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7.大好きな女の子(アンリ)

 私はアンリ・ミュレール。ミュレール公爵家の次男で、幼い頃は体が弱く隣国のサナトリウムに入院していた。なぜ隣国かといえば体の弱い子供がいることは公爵家では弱みになる。両親は家を継ぐ兄ばかりに夢中で私のことにはあまり興味がなかった。公の場で「次男は隣国で勉強中」と触れ回っていた。


 私は両親に見捨てられたと思った。自分が欠陥品だからいらない存在なんだと。

 ただ幸い兄とは仲が良く、サナトリウムにも頻繁に手紙や本などを送ってくれた。手紙に絵に興味があると書いたら、スケッチブックやペンを揃えてくれた。自国にいるときに私の世話をしてくれたのは乳母のエマと夫のブロワ。彼らは私をまるで本当の子供のように大切にしてくれた。たとえ両親が私を愛していなくても、決して不幸ではなかった。


 それでも隣国のサナトリウムに面会に来てくれる人はいない。月に一回だけ手紙や差し入れを持った遣いの者が来るだけ。

 他の患者たちには定期的に家族が面会に来る。寂しく部屋に引きこもりがちな私に、声をかけてくれたのがリーゼちゃんだった。

 リーゼちゃんの存在は大きかった。私はサナトリウムの職員にも入院している子供たちにも心を開けなかった。

 でもリーゼちゃんはそんな私を部屋から引っ張り出し、人の輪に入れてくれた。思い返せばリーゼちゃんも寂しかったのだと思う。時折無理にはしゃいでいるように見えた。きっと自分もみんなも寂しくならないように声をかけていたのだろう。

 

 リーゼちゃんは綺麗な青い髪と青い瞳の可愛い女の子。青空のように澄んだ心が眩しくて、すぐに惹かれた。

 子供の頃の私の見た目は女の子みたいだったので、リーゼちゃんは私をアンリちゃんと呼んだ。お別れの時に私は男の子だけど知っていた? と聞いたら目を逸らされたから、そういうことなのだろう。


 遊んでいるときに「大人になったら一緒にたくさんの空を眺めよう」とプロポーズをしたのだが、まったく伝わっていなかった。後日エマにその話をしたら呆れ顔をされた。


「そういうことはわかりやすく伝えないと駄目ですよ」

「次は気を付ける……」


 果たして次のチャンスはあるのか。いや、作って見せる。

 サナトリウムを退院してから厳しい教育をこなしながら、趣味で絵を描いた。リーゼちゃんと見たかった景色、空の絵をキャンバスに描く。一度賞に応募したら入賞して人気が出た。それなりの値段が付くようになり、アズールという名で身元を伏せ画家としての活動を続けた。


 学園を卒業すると文具屋をはじめた。

 両親は地味だと反対した。もっと公爵家を盛り上げるような儲けの大きな仕事を選べと言われた。両親を説得し協力してくれたのは兄だ。兄は両親が私を放置していながら、自分たちの思い通りに行動しないと憤ることを不快に思っていた。


「家に縛られるのは私だけでいい。アンリは自由に生きろ。その代わり家には貢献してもらうけどな」

「兄さん……ありがとう」


 兄こそ自由を求めていた。旅行記を眺めながら悲し気に溜息をついている姿を知っている。公爵家の嫡男に生まれた責務を受け入れ、自分の自由を諦めて私を家のしがらみから解き放ってくれた。

 しばらくして兄が公爵家を継いだ。すぐに兄は両親を領地に隠棲させた。同じタイミングで私は公爵家から籍を抜き、兄の勧めでルサージュ伯爵となった。


 我が家はいくつかの事業を行っているが、低迷しているのが製紙工場にかかわるものだった。紙は良質でいいものなのに、人気がない。


 私は紙の良さを広めるために尽力した。周辺国に売り込み王家との契約も取れた。

 お金がある程度貯まったところで隣国に文具屋を出店した。自国では数店舗経営していたので実績はある。きっと上手くいく。軌道に乗ったらリーゼちゃんに会いに行ってプロポーズをしたい。


「坊ちゃん……貴族令嬢ならもう婚約者がいるかもしれませんよ?」

「……」


 自分の考えなしに頭を抱えた。だが貴族同士の結婚となると手順がある。適当に付き合って気が合ったから結婚しましょうとはいかない。言い訳になるがそれなりに準備をしたかったのだ。

 とにかくまずは確認だ。ブロワに頼みリーゼちゃんのことを調べさせた。幸いまだ婚約者も恋人もいない。ほっと安堵するもブロワの報告に驚く。


「自分で仕事を? 貴族をやめて平民として生きていくつもりなのか?」


 貴族令嬢が平民として生きていくには相当な覚悟がいる。でも報告を聞く限りリーゼちゃんに気負いはなく、むしろ楽しみにしているように見えたそうだ。その自由な考えはリーゼちゃんらしくて好感を抱いた。


「代筆屋をはじめるそうです。心配なので私が受付窓口となることを提案いたしました。しっかりしているとはいえ、まだまだ世間知らずの女の子です。騙されることもあるかもしれないので」

「ああ、助かるよ」


 ブロアやエマの中ではリーゼちゃんはすでに私の嫁として保護する対象になっていた。リーゼちゃんを見守ることを使命だと思っていそうだ。ありがたいがまだ私たちは再会もしていないのに振られたらどうするつもりだ……。

 不安を抱えつつも仕事に追われている日々の中、そろそろリーゼちゃんに会いに行こうかと考え始めた頃、ブロワが突然私に死も同然の宣告をした。


「リーゼさん。好きな人がいるようですよ。幼馴染の男性ですね」

「え……」


 告白する前に失恋が確定した。


「坊ちゃんがぐずぐずしているからですよ。はあ……」


 ブロワがこれ見よがしに大きなため息を吐く。


「でもこの国での地盤もなくプロポーズをするのは、彼女の人生に対して無責任になるだろう?」

「すぐに結婚じゃなくてまずはお付き合いでしょう? 坊ちゃんは変に完璧主義ですよね」


 エマが呆れ顔になりながらも、憐れみを含んだ目を私に向ける。

 自分を完璧主義だと思わないが格好は付けたい。再会してがっかりされたくないじゃないか。私は未練たっぷりにリーゼちゃんの幸せを祈ることになった。せめて想いくらい伝えたかった。


 個展最終日に時間ができたので会場に顔を出した。そこには私の絵を熱心に見つめるリーゼちゃんがいた。横顔に懐かしい面影を見つけて話しかけたくなった。でもどう声をかければいいのかわからない。

 

 躊躇っているとリーゼちゃんの青い瞳から美しい雫がぽろぽろと零れ落ちていった。その様子に愛おしさが込みあげて、思わず私は声をかけた。

 リーゼちゃんと念願の再会。きっとこれは最後のチャンスだ。すぐにお茶に誘った。

 リーゼちゃんは私を覚えていてくれた。それだけで十分……ではなく、私は自分の気持ちを整理するために、リーゼちゃんに好きな人がいるか聞いた。彼女自身の言葉で失恋して、この想いを昇華したかった。

 ところがリーゼちゃんは失恋したと言った。これは私に神様が与えてくれたチャンスだと思い告白をした。リーゼちゃんは驚きに目を瞬かせた。顔を赤らめて照れた顔が可愛い。それから私は積極的にリーゼちゃんを口説いた。



 そしてプロポーズを受けてもらえた。

 今日の青空は私の人生の中で一番輝いている。忘れることはない。今夜にでもキャンバスに描こう。







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