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第4章 新たな時代の幕開け

危機のあと、アルカディアは静かな熱に包まれていた。治療室では傷の手当てが続き、薬草の匂いが満ちる。瓦礫の撤去は翌朝まで続き、夜空に吊られた月が石粉を銀に染める。廊下では誰もが足を止め、すれ違うエリスに頭を下げた。称賛は嵐のように押し寄せるが、彼女はそれに溺れない。「ありがとう」「助かったよ」——その一つひとつの重みを、彼女は掌で受け止めて胸に納めた。

エリスはもはや「魔力なし」ではなかった。彼女は「論理魔術」の創始者として名を呼ばれ、学院の掲示板には臨時講義の告知が貼られる。王国魔法局からの使いが研究内容の説明を求め、新聞の見出しは「魔法界を変革した天才」と彼女を称えた。彼女が提唱する「外部魔力理論」は、術者個人の魔力に依拠しない新しい学の扉を開け、研究室では若い魔術師たちが新しい陣式の可能性に目を輝かせた。教育課程は見直され、詠唱中心の講義に加えて、環境魔素の理解と調律の基礎が組み込まれていく。

新しい教科書が刷られた。厚い紙の第一章の末尾に、「エリス・ヴェールの功績」と題された小さなコラムがある。そこには彼女の設計した陣の簡略図と、理念が簡潔に記されていた。「魔法とは、意志の拡張に過ぎない。媒体も、魔力も、すべては手段。ならば、知性こそが最強の魔法である」——その言葉は、若い学生たちの胸の中でひとつの灯となった。

ある黄昏、学院の塔の頂上で、エリスは風に髪を遊ばせながら街を見下ろした。銀色の髪は夕陽を受けて白金に光り、瞳は沈みゆく空の色を映す。石の冷たさが足裏から伝わり、風が頬を撫でる。足元で鳴る小さな音は、遠くの研究棟で誰かが陣式を描くチョークの擦れだ。彼女は目を閉じ、過去の自分に触れる。屋敷の影、冷たい微笑み、見えない壁。今、その壁は別の形で周囲に立っている。既存勢力の反発、嫉妬、誤解。だが、彼女はもう一人ではなかった。

背後から足音。学院長が現れた。白い髭を風に揺らし、皺の深い目に笑みをたたえる。「エリス、これが……君の理論か?」彼女は頷く。言葉は簡潔だが、瞳は穏やかに燃えている。「“魔法とは、意志の拡張に過ぎない”。媒体も、魔力も、すべては手段。ならば、知性こそが最強の魔法よ」学院長はゆっくりと笑い、「恐ろしいことを言う」と肩をすくめた。「だが、私はそれが好きだ」

彼女は塔の縁に近づき、街の灯りが星座のように散るのを見つめる。まだ見ぬ未来は、挑戦の連なりだろう。論理魔術が広がるほどに、古い権威は声を荒げる。研究内容を盗もうとする者、彼女の足を引こうとする陰の手。新しい徒弟たちは彼女に期待と恐れを抱き、組織は彼女を必要としながら裁こうとする。それでも彼女は笑う。胸の奥に、静かな誓いがある。「私が選ばれなかったのなら、選ぶ側になればいい。私は、魔法に愛されなかった。でも——私は、魔法を愛してる」

風が強く吹き、彼女のチュニックは布の音を立てて鳴る。露出した肩に涼しさが走るが、その軽やかさは彼女の動きと一体となっていた。活動的で、ためらわず、しかし他者を置き去りにしない。彼女の歩幅は、自分で選んだものだ。過去の孤独は消えはしない。だが、その孤独はもう、彼女の中で違う役割を持っている。鋭さではなく、深さとして。

エリスの旅は始まりに過ぎない。魔力なき者が魔法を創るという、誰も想像しなかった新しい時代は、彼女の一歩から開かれた。石造りの学院は歴史の重みを保ちながら、その内部で別の光を育てている。大図書館の棚の奥で眠っていた古文書に起こされた風は、今や都市全体、王国全体へと広がっていく。彼女を見上げる新入生たちの瞳に、かつてのエリスが宿り、彼らは自分の壁を疑い、扉を探すだろう。

彼女の物語は、ひとりの少女が知性と魅力、そして決して諦めない精神で、世界の前提を書き換える物語だ。見えない壁に囲まれながら、彼女は壁自体の設計図を描き直した。涙はあった。夜もあった。だが、そのすべてが彼女の礎となった。銀の髪が風を割り、青い瞳が未来を掬い取る。静かに、確かに、新たな時代の幕が上がる。


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