4. 大聖堂の密会室
ゼノロスさんと別れた後、私は一人、大聖堂の出口へと向かっていた。
けれど、どうにも足がそちらへ向かない。
先ほどのデリング枢機卿の言葉が、妙に心に引っかかっていた。
『敬虔なる信徒』。
あの言い方。まるで、これから行われるのが神聖な儀式ではなく、ただの商談であるかのような響きがあった。
神様が言っていた「銭ゲバ神」という言葉が、脳裏をよぎる。
「……ちょっとだけ、覗いてみようかな」
好奇心、というわけじゃない。
ただの確認だ。この国の腐敗が、どの程度のものなのか。
私は踵を返し、音を殺して、デリング枢機卿が消えていった扉へと向かった。
あまりに綺麗で明るく、隠れる場所の無い聖堂内での隠密行動は不安だったけれど、幸い誰にも遭遇せずに引き返してくることが出来た。
もしかするとデリング枢機卿がゼノロスさん以外も追い払っているのかも知れない。
好都合だけど、ますます怪しい。
扉には鍵がかかっていなかった。人払いはしてもこういう所は杜撰だなぁ。
そっと中へ入ると、そこは豪華な絨毯が敷かれた長い廊下だった。突き当りの部屋から、話し声が漏れ聞こえてくる。
「――ええ、ええ、枢機卿猊下。いつもながら、女神フォストレア様の慈悲には感謝の念に堪えません」
媚びるような、卑屈な男の声。
私は壁に張り付くようにして、部屋の扉に耳を寄せた。
「うむ。貴殿の信仰の篤さ、女神様もさぞお喜びだろう。して、例の件だが」
デリング枢機卿の声だ。
さっきの作り物めいた声とは違う。蜜のように甘く、それでいて蛇のように冷たい響きがあった。
「は、はい! こちらが今月の『献金』にございます。これで、我が商会の船旅にも、女神様のご加護を……」
「よかろう。女神様は、篤き信徒をお見捨てにはならん。
……だが、近頃は魔獣の動きも活発でな。他の商人たちからの『祈り』も増えている。女神様のお力も無限ではないのだ。わかるな?」
「も、もちろんでございます! 来月は、これをさらに倍に……!」
……ひどい。
これはもう、宗教じゃない。ただの脅迫と搾取だ。
神の奇跡をちらつかせて、人の弱みに付け込んで、金を巻き上げる。
神様が言っていた通り、いや、想像以上に腐りきっている。
「それにしても、ゼノロスという若僧には困ったものだ。青臭い理想ばかりを口にして、これでは信徒たちに誤った期待を抱かせかねん」
「ははあ。あの若造は、まだ現実というものが分かっておりませんな」
「全くだ。癒しの神秘には『黄金の価値』が有る。貴殿も商人ならばわかるであろう? あれだけのものを安売りなど出来るものか。
あれは我ら指導者層が管理し、価値を維持し、そして『正しく』分配してこそ意味があるのだ。……そうは思わんかね?」
「猊下のおっしゃる通りでございます!」
もう、聞いているだけで胸が悪くなる。
私はそっとその場を離れた。
これ以上聞かなくても、十分に分かったから。
フォストレア教は、上から腐っている。
そして、その腐敗を分かっていながら、それに縋るしかない弱い人たちが、この体制を支えている。
救いようがない、とは、まさにこのことだ。
でも、私には関係ない。
私の目的は、あくまで『癒しの魔法』の秘密を探ること。
この国の問題はこの国の人たちで解決すべきことだ。
旅人が正義感で口を挟んでいい問題じゃない。
……ちょっとゼノロスさんが可哀そうだけど、それも彼の問題。助けてくれと言われたわけでもない。
だから、私は この国と宗教の闇に首を突っ込む気は無かった。
――この時は、まだ。




