20. 二人の花火
『意思共有の魔法』。
メサイアが作った『意思疎通の魔法』を使い、意思共有すること。
新しい魔法ではなく、新しい使い方。
ただの『翻訳ツール』としての利用法から一歩進めた、『意思疎通』の名に相応しい魔法。
そんな魔法を介してクロエさんから流れ込んだ『意思』は、心配、だった。
クロエさんの地獄の深さを私は知らない。想像も出来ていない。それでも飛び込むと言って、思いを繋げた。
――大丈夫ですわよ。
クロエさんの『心配』の意思を宥めるように、私の意思を伝える。
言葉と魔法、音と意思、肉体と魂。
それぞれが淀みなく、偽りなく、行き交うごとに、少しずつ共鳴していく。
その先に、ようやくクロエさんは秘密を明かした。
『復元魔法』の秘密。
国によっては禁じられ、国家資格を要するほどに危うい魔法。
それでいて使用目的は「物品の復元」に限られ、生物を含む、他の全てへの使用は禁じられている。
魔導院があり、魔法への理解と普及率の高いザルバトゥーレ共和国においてさえ、その扱いは変わらない。
だがクロエさんは『復元魔法』を使いこなす。
それも、全身を瞬時に復元する『完全復元』ではなく、記憶などを維持したままの『部分復元』を、だ。
授業で述べたとおり、それは本来、禁忌以前に不可能とされている魔法のはずなのに。
「魂を設計図に用いる。しかし生物の魂は変化し続ける。故に復元にブレが生まれ、致命的な不具合が生じる。
特に部分復元は、復元箇所と維持箇所の境目で確実にズレが生まれ、断裂が生じる。
これらの問題により、復元魔法を生物に使うことは、『死』を意味する」
だからこその禁忌だ。
生物に使用する場合、それは『復元魔法』などではなく、恐るべき『生体破壊魔法』へと変貌する。
そんな物を、許可するわけがない。
「師匠は、そんなことは知らずに、復元魔法を使い始めました」
師匠。
タカシロ・ツカサ。
隣界人、元男性。
最強と謳われる、『黒檀の騎士』、その人。
隣界から訪れた彼は、本当は『治癒魔法』を習得したかった。
だが出来なかった。
神にのみ許された『癒しの魔法』は、どれだけ治癒レベルを下げようとも発現しなかった。
だが、『治癒』の解釈を広げ、『回復』や『接続』、『結合』、『回帰』などとマクロの発想法を試した結果、タカシロ・ツカサは『復元』に辿り着く。
もちろん、ただでさえ高難度の魔法である『復元魔法』が、そう簡単に独学で習得できる筈も無い。
爪や髪の毛など、何かあっても問題ない部位での実験を経て、初めてツカサは復元魔法の危険性を知ったという。
だが、そこで、諦めるような人間ではなかった。
執念という言葉が、これほどまで軽く聞こえたことはない。
クロエさんから伝わってくる意思と、そこから汲み取れる「タカシロ・ツカサ像」は、もはや呪われているかのようで、
しかし、その言葉でさえ軽かった。
機械的。
ただ淡々と、実験と研究を繰り返し、少しずつ少しずつ『復元魔法』を完成させていく。
そもそも「魂を設計図として利用する」という方法を独学で思いついた時点でおかしいのに、今度は「常に変動する魂の変化を止める」という方法まで思いついた。
それは思いついてしまえば簡単なのに、どれだけ途方も無い発想なのかは人類の魔法史が証明する。
「魂の、複写」
ここでミクロの発想法。
要素の分解。
魂の読み取りと、物体の復元を、切り分けた。
読み取りながら復元するとブレが生じる。
ならば先に読み取りだけ済ませてしまう。
その読み取りもなるべく速く、そして復元を終えるまで変化させずに保存する。
それが『魂の複写』であり、魂を写真に収めるかのようにしてその一瞬だけを写し取り、保存する方法。
要するに、『魂の複写魔法』と『復元魔法』の二重構造にしたのだ。
「たった、それだけ」
それだけのことで、人は完璧な『復元』を可能となった。
クロエさんと会ってからは「こんなことで」と言ってばかりだ。
だがこれは『完全復元』だ。
タカシロ・ツカサは、ここから200年以上に渡り、この『復元魔法』を極め続けていく。
その道のりは、あまりにも壮絶で、グロテスクで、見るに堪えない地獄だった。
「――ぅ」
胃の底がひっくり返るような感覚と共に、喉奥に何かが迫り上がる。
それを寸でのところで抑え込み、クロエさんの意思に集中した。
あまりに惨い、師匠の半生。それを伝えたクロエさんの意思には、やはり『心配』が見える。
開示したものの、使って欲しくないのだろう。
クロエさんを見れば『復元魔法』は無敵の魔法だと思えるが、そこに至るまでにこの子は何百回も死んでいる。
ツカサさんが編み出した時限式の完全復元魔法『タイムリミット』を掛けているからこそ、死んでも復活できるだけ。
それだって魔法が失敗すれば復活出来ずに死ぬ。
そもそも死ぬほどの苦痛を何百回も味わうなんて、正気ではいられない。
それでもクロエさんは習得した。
その事を察し、ニック商会長は怒った。
そして今、私が習得することを、クロエさんは恐れている。
自分のことは気にも留めないくせに。
どうして私が同じ思いをするというだけでもそこまで嫌がるんですのよ。
「大丈夫、真似できませんわ」
繊細な魔法のコントロールは、意思共有でイメージだけを獲得したところで再現出来ない。
そもそも無尽蔵の魔力を持たない私にとって、魔法を使い続けるということ自体が未知の領域であり、「呼吸するように無意識下で魔法をコントロールする」など、神の御業に思えてならない。
「いざという時は、『タイムリミット』でシューデイル先生の支配から逃れて下さい」
と、クロエさんが言う。
そんなことだと思った。
この『復元魔法』は強力だが、どう考えても攻撃用ではない。
シューデイルに魔力掌握される前に『時限式復元魔法』を仕込んでおけば、それが発動した瞬間に支配から逃れられる、という話だろう。
その為だけに『復元魔法』の秘密を開示したのだ、この子は。
「そんな一瞬で、しかも私も復元直後のわけが分からない状態なのに、逃げられるとは思いませんが」
そう返すと、クロエさんがしょんぼりと項垂れる。
私の肩に鼻先が押し付けられてちょっとくすぐったい。
「でも、これで十分ですわ」
クロエ・エヴォニア。
ごく普通の女の子。
大切な人の役に立ちたくて、一生懸命勉強した薬師見習い。
大切な人を救いたくて、人間を辞めた、黒檀の魔女。
どこまでも優しくて、どこまでも素朴で、どこまでも愛くるしい。
私の、初めてのお友達。
意思疎通を介して知った『復元魔法』なんかより、
クロエさんの切り札である『神降ろしの魔法』を使った『概念攻撃』より、
ただ、クロエさんが、私の事を友達だと思ってくれていることが、嬉しかった。
「ただの概念攻撃では、撃退は出来ても、滅ぼせはしない。でしたわね?」
私の言葉に、クロエさんが頷く。
教えてもらった『神降ろしの魔法』も『復元魔法』も、決定打にはならない。
前者はまず神様が不在だし、もしこの場に呼び出せても言った通り『神殺し』を成すほどの効果は無い。
だから、クロエさんはこれ以上進めなかった。
シューデイルを殺して神域に追いやり、『継ぎ火』を受けた者全員を殺して回る。
あるいは、何もせずに国を離れ、いつかどこかでこの陰謀の顛末を知る。
クロエさんには、その二つしか選択できなかった。
意思疎通で流れ込むクロエさんの意思からは、あの日授業で笑ってしまった、「立ち止まってはならない」という信念を感じられる。
泣きながらでも、血反吐吐きながらでも、悩み、悔やみ、藻掻きながらでも進む。それがクロエさんだった。
なのに、クロエさんは立ち止まった。
私の知恵を、借りるために。
ならば応えねばならない。
賢しき者たる『賢者』なれば、例え理外の『魔女』にとて、知啓を与えられん。
私がクロエさんの地獄へ落ちたのは、一緒に死んであげるためじゃない。
私という炎で、地獄の底を照らすためですわ!
「最終試験のお時間ですわよ」
鐘の音は聞こえない。
でも、脳裏で私はペンを執る。
考えろ。
これまでの積み重ねと、新しく学んだ事。
状況整理と把握。
勝利条件と必須条項。
洗い出せ。書き連ねろ。全て余すこと照らし合わせて、地獄の底に垂れた蜘蛛の糸を手繰り寄せろ。
クロエさんの魔法ではシューデイルを止められない。
なら私が新たな魔法で止めるしかない。
でも私は実質的に戦えない。バックドアがある限り。
ならまずはバックドアの対策だ。
でもこれは事実上不可能だ。
『継ぎ火』の位置は特定できても、私からは操作も排除もできない。
出来たとして、私の魂が汚染状態から元に戻るのにどれだけの時間を要するか分からない。
汚染と同じ時間が掛かるとすれば、年単位の時間が必要になる。
もちろん、そんな時間はない。
悩んでいる時間も無い。
行き詰ったなら別のことを考えろ。
そもそもどうやってシューデイルを止める?
既に『昇神』を果たしている相手だ。
付け入る隙があるとするなら、まだ自覚が無いことと、肉体を維持していること。
今ならば肉体を介して概念に介入できる。
とはいえ、肉体を破壊しても概念の破壊にまでは至らない。
そこまでの深い繋がりは無い。
どうする。
ミクロに考えても、マクロに考えても、答えは見つからない。
こんな時に最高のアイデアが降って湧けば飛びつくが、そんな物はない。
考えるんだ。
もう一度。
何度でも。
クロエさんが、その身を盾にして守ってくれている間に。
焦げた臭い。
尾を引く赤色。
黒檀が消し炭になり、灰が舞う。
炎。
それは、私の、代名詞。
時に温かく、時に熱く、時に明るく、時に眩しく。
同じ概念の中に優しさと厳しさを兼ね揃えた、私の理想。
私の、神。
「炎は全てに通ず」
狂信の心得。
マクロの発想法。
その三、飛躍。
炎は全てに通ずるのだから、炎は全てを解決できる。
馬鹿げてる。
それでも良い。
理屈など焼き尽くせ。
作り出せ。
この状況全てを焼き尽くし、灰燼に帰す、最高で最悪な炎を。
「足りない――」
黒檀の灰が舞い、熱気が頬を掠めていく。
熱いとか怖いとかよりも、盾になって焼かれ続けるクロエさんを思うと胸が痛み、気が逸る。
足りないなら足せ。
飛躍の発想法は、自分では使えない。
それこそ降って湧くのを待つしかない。
出来るのはせいぜい、刺激を与え、飛躍の切っ掛けを作ることくらい。
他に出来ることはないか。
私の武器は、想像力。
この一カ月で、私の発想力があまりに貧弱だということは痛感している。
でも今必要なのは私の発想力なのだ。
だが、なんでクロエさんは思いつかない?
私より遥かに自由で卓越した発想力を持つクロエさんが思いつかないことを、私が思いつけるのか?
発想の土台になる知識の量では私が圧倒しているが、その差さえ覆して見せたのがクロエさんだ。
なら、クロエさんとは違う発想法が必要なはず。
――いや。クロエさんでは思いつかない発想が、必要なんだ。
優しくて素朴なクロエさん。
そんな彼女が思いつかないとするなら、それは、最低で最悪な発想だろう。
それにおいては私には師事すべきお手本が居る。
そうだ。クロエさんの授業ではやらなかった、クロエさんの発想法を思い出せ。
あの楽しかった女子会で見せた、クロエさんの発想法。
「師匠ならば」と思考を走らせる、『思考トレース』の発想法を。
元にするのはクロエさん。
ただし、倫理的ブレーキを破壊し、最低で最悪な思考をミックスする。
その元には、我が恩師、シューデイル・マーシュウォートの思考をトレースする。
思えば、裏切られたと知ってさえ、私は彼を『大魔法使い』として評価し続けた。
その発想と実力はまさしく天才だと。
クロエさんが示した『魔法維持魔法』を、彼もまた発見し使用していたのなら、彼はクロエさんに比肩するほどの発想力を持つことになる。
少なくとも、私よりは遥かに上だ。
賢者なれば、己が無知をこそ知るべし。
誰かの知恵を借りても良い。
思考トレースで誰かの常識を辿れば、私では思いつかない方向へ思考を走らせることが出来る。
「フィアンマさん」
そうしてようやく一つの『答え』を思いついた時、クロエさんが顔を上げた。
少しだけ身体を離し、至近距離で向かい合う。
始めて見る顔だった。
泣きそうに見える。けど、それ以上に、怒りが滲んでいた。
「あれ、伝わってしまいました?」
バツが悪く、私も初めて作る顔でへらへらと笑う。
こんなに不誠実な笑顔、我ながら最低だが、仕方ない。
まあ、クロエさんは怒るだろう。
こんな答えは、例え正解だとしても、選ぶべきではないと思う。
でも選ぶ。
私は賢者で、教師だから。
「私は反対です」
初めて、クロエさんが私を否定した。
真っすぐに、理屈も理論も無く、ただの我儘をぶつけてくれた。
思わず「ならやめましょうか」と言ってしまいたくなる。
それほど嬉しくて、愛おしいけれど、私はその我儘を跳ねのけた。
「クロエさん。お願いします」
真っすぐには、真っすぐを。
縋るのではなく、協力の要請を。
その意図も意思も、伝わっているはずだ。
だから、クロエさんの表情から怒りが薄れ、泣き顔が色濃くなる。
つられて私の眉も八の字に歪んだ。
でも、せめて、と微笑む。
シューデイルを止めるには、新たな魔法が必要だ。
クロエさんはすぐには魔法を習得できない。
私は魔法を生み出せるが、シューデイルと相対した瞬間に支配下へ置かれる。
その為の秘策。
それが、『合体魔法』。
私が造り上げた魔法を、クロエさんに託す。
二人の魔力で練り上げた魔法なら、それが出来る。
ただし、この『合体魔法』は、私の魔力が入っているせいでシューデイルにも支配権が発生し得る。
だからこの方法では、どんな新魔法を思いついたとしても、意味が無い。
そこで師匠、タカシロ・ツカサさんに倣うのだ。
段階の切り分け。
先ずは『継ぎ火』の支配から脱し、それから合体魔法を生み出す。
それは、つまり。
「魔力を使い切ります」
汚染された魔力。
これを全て使い切り、燃やし尽くせば、合体魔法にはクロエさんの魔力だけが残る。
そうすれば操られることはない。
もちろんそんなことをすれば私は魔力枯渇で死んでしまうだろう。
でも、ただで死んでやるつもりはない。
「でも、低魔力症で倒れて魔力を使い切ることが出来なければ、この魔法は失敗します。
重要なのは、一欠片も残さず、全魔力を燃やし尽くすこと。
だからクロエさんには、私との合体魔法で、私の魔力を燃やし尽くす手伝いをして欲しいんです」
それは、
遠回しに、「私を殺してください」と言っているようなもの。
クロエさんが項垂れ、唇を噛み締める。
肩も頬もふるふると震え、グッと堪えた涙が、それでもボロボロと落ちていく。
今もなお背中を焼かれながら、そしてそれを『復元失敗』で切り離しながら、それよりもこっちのほうがよっぽど苦しいと言わんばかりに泣いていた。
大丈夫。
もう、その意思を伝えることしかできない。
信じてもらえるか、そして受け入れてもらえるかは、クロエさん次第だ。
と、
ぎゅっ、と、クロエさんが私を抱きしめた。
もう堪え切れなくなったのか、鼻を鳴らしながらグスグスと泣く。
私は、そんな泣き虫の背中を、優しく撫でることしかしてあげられなかった。
ごめんなさいね?
でも、ありがとう。
もはや言葉を介さずに通じ合う意思と魂に、クロエさんはふるふると首を振って応じる。
受け入れてくれたのだろう。
納得は出来なくても、クロエさんもまた、この地獄を歩き出した。
ああ。
本当は地獄からこの子を救い出したかったのに。
でも、私のせいで更なる地獄へ落ちるこの子の優しさが、思いが、不謹慎ながら、愛おしくて仕方がない。
この地獄の深さは、きっとこの子の愛の深さと同じなのだ。
落ちた分だけ、私を愛してくれているとの証明になる。
そんなことで喜ぶなんて、私も大概、最低ですわね。
「……さあ、そろそろ始めましょう」
泣き続けるクロエさんの背中を、ポンポンと優しく叩く。
これが私の最後の魔法。
私の魔力はここで使い切る。
でもそれによる失敗は無い。
私の魔力が尽きれば、直ぐにクロエさんの『無尽蔵の魔力』が引き継いでくれるから。
だから、燃費なんて考えずに、最大火力を練り上げよう。
これは最後の授業の続き。
さあ、『花火』を打ち上げよう。
私とクロエさん、火と薬の、合体魔法で。
地獄の底まで照らす、大輪の花火を。




