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黒檀の魔女  作者: ラテオレ
永焔のフィオロオウラ
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17. 『継ぎ火』

 自室に戻ってからずっと、クロエさんの言葉について考えていた。


 あの子は『継ぎ火の魔法』の正体、と、言っていた。

 それはまるで、あの魔法がただの『炎強化魔法』ではないと言っているようだった。

 それが『奇跡』の正体なのか。

 それが、誰にも再現できない持続性の原因なのだろうか。


 最後の授業も終えて、あとは教師寮の借り部屋を明け渡すだけ。

 もう滞在期日は幾ばくも無い。

 クロエさんの方も何かを調べているのか、学内をうろうろしたり、解禁された図書室に通ったりしている。


 私は、地獄の門の前に居る。


 クロエさんは示した。「この先は地獄である」と。

 私は今何にも辿り着けていない。

 なら、今引き返せば、地獄に落ちずに済むのだ。


 クロエさんは「生徒たちのために」と言っていた。

 だが、私が地獄に落ちたからと言って生徒たちを救えるとは言っていない。

 そもそも『継ぎ火』の正体と生徒たちに何の関係性があるのだろう。


「知りたくない……」


 薄々は勘付いていた。

 嫌な予感がしていた。

 それらを丸ごと無視して、「クロエさんが何か誤解しているようだ」とは思えなかった。


 だから。

 一から考える事にした。

 感情を排し、ただ論理的に、事実だけを追求する。


 今まで数多の魔法使いが挑んできた。

 私だってそうだ。

 その度に、『継ぎ火の魔法』は特別だと結論付けてきた。


 今回もきっとそうなる。

 そう信じるふりをして、私は机の上の紙に筆を走らせた。


 継ぎ火の魔法の再考察。


 まずは概要。

『継ぎ火の魔法』とは、「対象の炎魔法を強化する魔法」であり、その効果はそこまで大きくない。

 具体的には、「火力向上」「範囲拡大」などの部分強化ではなく、「炎魔法自体がスムーズに発動出来る」というもの。


 この効果の恩恵を最も受けやすいのが、炎魔法を使えない子だ。

 それまで炎魔法を使おうとして使えなかった子が、『継ぎ火』を受けると、あっさりと使えるようになる。


 逆に、私のように炎魔法を使いこなせるものにとっての恩恵は、ほとんどない。

 少なくとも自覚できるような効果は無く、『継ぎ火』自体が残っているのかどうかさえ曖昧になっていく。


 この魔法は、シューデイル先生以外でも再現は可能だが、持続性が大きく異なり、再現版では一日も経たずに効果が切れる。

 対して、先生の『継ぎ火』はだんだん効果が薄くなっていくものの、最終的にはほぼ永続に近い形で残る。


 私にもこの魔法が残っており、もはや『気休め』程度ではあるものの、やはり持続性が高いことが分かる。

 この持続性は本人にも理由を説明できないため『奇跡』と呼んでいた。


 が、もしそれが「説明していない」だけであったなら。


 こんな時こそ発想法だ。

『継ぎ火』の要素を分解し、一つ一つ解析する。

 重要なのは持続性。

 これには二つ問題がある。


 一つは維持魔力問題。

 もう一つは魔力同化問題。


 維持魔力問題はそのままの意味、「継ぎ火の魔法の効果を維持するための魔力」に関する問題だ。

 人や物に掛けた魔法は、魔力が尽きれば消える。

 避けるためには魔力の補給が必須になる。

 最終的にはかなり小さくなるため、魔力補給さえ出来れば維持は簡単だが、しかし付与者以外に魔力供給は出来ない。


 魔力同化問題。こちらは「他者に魔法を掛けるのが難しい」という話の原因。

 相手の魔力は操作できないし、魔法を掛けてもその魔法が相手の魔力と混じってしまって制御できなくなる。

 本来ならば『継ぎ火』も相手の中で溶けて消える筈のもの。

 それが、何年も残り続けていることが異常……いや、『超常』で、そこに説明が付かないから『奇跡』と呼ばれている。


『継ぎ火』はこの二つの問題を克服しているから『奇跡』なのだ。

 クロエさんの提示した『魔法維持魔法』は革新的だが、あれは飽くまで「大気中に魔力が溶け出さないよう、疑似的な器を用意する」というものだ。

 他者という器の中に別の器を作ったとしても、その器ごと飲み込まれるだろう。

 いや、持続時間は多少伸びるかも知れない。

 それでも年単位は難しい、と、私は考える。


「早速行き詰りましたわね」


 魔力が尽きる。

 魔力が混じる。

 この二つの問題を突破しない限り、『継ぎ火の魔法』を完全再現できない。

 誰にも再現できないなら、それは『奇跡』だ。


「……では、クロエさんが嘘を吐いた?」


 あの子は「今のフィアンマさんなら暴ける」と言った。

 あの子は私を評価してくれていた。

 信頼か信用かは分かりませんが、私だって、あの子を認めていた。

 ならせめて、魔導院に帰るまでは続けたい。


 そうだ。

 そもそもどうしてクロエさんはあんなことを言ったのだろう。

 どうして『継ぎ火の魔法』の正体を、「暴けるもの」と考えているのだろう。


 根拠がない筈はない。

 その根拠がどこかに有ったはずだ。

 それがクロエさんにしか気付けないことだとしたらお手上げだが、クロエさんは私ならと言ってくれた。


 クロエさん。

 そう、クロエさん。

 授業中に一度引っ掛かりを覚えたのを思い出す。

 あれはそう、人類から生まれた竜、『黒檀の騎士』について考えた時だ。


 黒檀。

 国によって呼び名は違うが、大抵の土地に生える魔法植物。

 隣界での名を、『エヴォニー』と、呼ぶらしい。


 ああ、だから引っ掛かったのだ。

 クロエさんが愛用していた『弓』、あれは黒檀製だった。

 そして彼女の持つ禁じ名『エヴォニア』と、黒檀、隣界人の神様と師匠、隣界語の『黒檀(エヴォニー)』。

 それらが脳裏で繋がって、「クロエさんの名前は、師匠と神様が『黒檀』を文字って付けたんですので」と思いついたのだった。


 だからどうしたというのだろう。

『継ぎ火の魔法』には何も関係が無い。


 ……いや、クロエさんのことを知るというのは、クロエさんの視点を知れるということでもある。……はず。

『黒檀』の名を持ち、『黒檀』の弓を愛用するクロエさんだからこそ気付けた何かが有るのでは?

 そう、黒檀はどこにでもある魔法植物だが、その特性故に、魔法使いならば必ず「忌避する物」のはずだ。

 そんな物を愛用すること自体が特殊で独自の視点を持つことに繋がる。


 無駄でも良い。

 考えてみるべきですわ。

 黒檀、あの魔法植物の特性を、今一度。


 と言っても、魔法植物の中ではかなりポピュラーな特性だ。

 魔法植物の七割は同じ特性を持つと言っても良い。

 強いて言うなら、『魔樹』では珍しい特性、というところか。


 特性は至ってシンプル。

「周囲の魔力を吸収し、『成長の魔法』を発動する」というもの。

 要約すると、「魔力も養分に出来る」というだけだ。


 飽くまで効果は「周囲の魔力」に限られる。

 根が水を吸い上げるように、葉が陽を取り込むように、黒檀は触れた魔力をゆっくりと吸収し、養分に変える。


 とは言え、身に付けていれば魔力を吸われるような物を、愛用する魔法使いなんて居ない。

 クロエさんの謎がまた一つ増えただけで、やっぱり関係が……。


「……マクロの発想法」


 呟く。

 行き詰ったなら、発想法を使う。

 クロエさんならそうするだろうと考えて、無意識に口にした言葉。


 マクロ。拡大。なにを?


 黒檀の特性。魔力吸収。成長魔法。


 それを拡大してどうする?


 違う。拡大じゃない。マクロの発想法はまだ別にもある。


 連想。

 そう、連想だ。

 要素から別の要素を連想し、繋ぎ合わせる。

 私が『魔力吸収』から『根』や『光合成』を連想したように。


 無理筋でも良い。

 繋がらないなら繋げてしまえ。

『黒檀の特性』と、『継ぎ火の特性』を。


「――維持魔力問題。これを魔力吸収で解決する。

 これは可能? 周囲の魔力とはつまり対象の魂。魂不干渉性がある以上、そう易々と吸収は出来ないはず。

 では不可能? そう思えますわね。魂に干渉するより前に、魂に上書きされるのがオチですわ」


 ガリガリと紙に仮定と推察、反論、思いついたこと全てを書き連ねていく。

 維持魔力問題へのカウンター、魔力吸収。

 しかしこの魔力吸収は魂不干渉性に阻まれ、魔力同化問題を突破できない。


 いや、仮に突破したとしても、無駄だ。

 対象の魔力を吸収し、『炎強化魔法』を発現する。

 そんなもの、本人が常時『炎強化魔法』を使い続けているのと同じだろう。

 当然そんなことしても魔力が枯渇してしまうだけで、永続化なんて出来るはずがない。


「最終的に小さくなった『継ぎ火』ならともかく……」


 と、ペンを止める。

 何気なく呟いた言葉。

「小さくなった『継ぎ火』なら」……これは、確かに、維持できる。

 消費魔力よりも、魔力の自然回復量が上回るからだ。


 だが、それはどうでも良い。

 私はそれより、「そもそも何故『継ぎ火』は小さくなるのか?」が気になっていた。


 今まで考えていなかったが、魔力同化による魔法効果消失は、基本的に「効果が薄れ、やがて消える」だ。

 魔法そのものが小さくなる、なんて、聞いた事が無い。

 例えば私が作った『炎の黒板』なら、黒板が小さくなるなんてことはない、全体的に不安定になり、やがて一気に掻き消える。

 魔法で生み出した物体などもそうだ。小さくなんてならない。

 こんな当たり前のことに、どうして今まで気が付かなかったんだろう。


「『小さくなる』のには何かしらの意味が有るはず」


 でも、その意味は何だろう。

 小さくなるにつれ、効果が弱くなっていったのは確かだ。

 メリットと言えるのは維持魔力が少なくるということくらいだが、どうして維持魔力を気にする必要がある?

 やっぱり『魔力吸収』で『継ぎ火』を維持させるため?


 つまり、『継ぎ火』は小さくなりながら『魔力吸収』で永久に持続できるサイズに調整されていた……。


 いや、意味が無い。

 そうまで永続しても、そもそもの効果が気休め程度だ。普通に掛け直した方がマシだろう。


 更に言えば魔力同化問題は解決できていない。

 と言うかさっきから魔力同化問題に関しては対策が何も浮かんでいなかった。

 それは私が後回しにしているからだろうか。


 少し頭を振って、息を吐く。

 冷静に。

 一個一個、一歩一歩だ。


 ――よし、魔力同化問題について考えよう。


 対象に掛けられた魔法は、対象の魂と同化してしまい、上書きされる形で消えてしまう。

 これも、一応の解決策が浮かばないか、考えてみよう。

 一番解決に近そうなのは『魔法維持魔法』だが、これも時間の問題で、永続は無理だ。


「魂……同化……上書き……維持……」


 クロエさんならどう考える?

 あの子ならどんな方法を思いつく?

 いつだって根底からひっくり返すあの魔女ならば、この『奇跡』の『根源』さえひっくり返すのだろうか。


 根源。

 根底。

 ……基礎。


「――魂の、基礎」


 魔力同化。

 その後の上書き。

 何故その現象が起きるのか。

 それは対象の「作られ続ける魔力」の中に、シューデイル先生の「切り分けた魔力」を注ぐから。


 言わばお湯を足し続けている浴槽の中に、一滴の『インク』を垂らすようなものだ。

 混じり合い、そして、薄れ、やがて消える。


 魔法維持魔法は、『インク』を固形にした感じ。

 溶け出すまでに時間が掛かるが、溶けて消えることには変わらない。


「うーん……」


 固形インク。

 じわじわ溶け出す。

 そんなイメージが、脳内でふわふわと浮かぶ。


 と、


「あれ?」


 妙な感覚に襲われた。


 ちょうど『黒檀』と『エヴォニア』の結びつきを見つけた時のような、あの感覚。

 理性や思考より先に、頭の裏側でパズルが完成したような、奇妙な快感があった。


 それが浮かんだのは、『固形インク』を思い浮かべていた時だ。

 固形インク。

『魔法維持魔法』で維持された『魔力』。

 周囲に溶け出しながら、なお形を保つ、『魂』……。


 ――それは、

 まるで、『魂』による、『魂』の汚染のようで――


「あ――」


 思いついた。


 思いついてしまった。


 どうして私は思いついてしまったのだ。


『魔法維持魔法』はクロエさんの提案した魔法だ。

 あの授業以前から存在する『継ぎ火』には用いられていない可能性が高い。

 でも、「既に見つけていた」とするのなら、私の仮説は成立する。


 仮説。

『継ぎ火の魔法』とは、『魂の移植魔法』である。


 内容は簡単だ。

『魔力吸収魔法』と『魔法維持魔法』を合成したものを、対象に埋め込むだけ。


 最初はただ、『シューデイル先生の魂』が、『対象の魂』に溶け出していく。

 これにより、『シューデイル先生の魂』が持つ「炎魔法が得意」という『特性』を得られる。

 結果、対象は炎魔法が得意になる。

 これが『炎強化魔法』の正体。


 魔力同化問題は、『魔法維持魔法』で克服する。

 この魔法自体がやがて魔力同化すると考えたが、ここで重要なのが『魔力吸収』だ。

 つまり、『魔力吸収』とて得た魔力で、『魔法維持魔法』を掛け直していた。

 これにより対象の魔力が尽きるまで『吸収と維持』を繰り返すだけの魔法が完成する。


 ただしそれだと魔力枯渇が起きる。

 それに、『魔力吸収』は魂不干渉性に阻まれる。

 その両問題を解決するのが、『小さくなる』だ。


 これの正体は、私が感じていた通り、『継ぎ火』=『シューデイル先生の魂』が小さくなっていたということ。

 何故小さくなったかと言えば、『魂』を消費していたから。

『魔力吸収』が出来ない以上、『魔法維持魔法』は先生の魔力で維持するしかない。

 それを維持した結果、魂が目減りしていき、小さくなっていった。


 そして、小さくなって、やがて尽きてしまうその前に、『対象の魂』は『シューデイル先生の魂』の特性を写し取る。

 結果、『対象の魂』は、『シューデイルの意思に従う』という特性を得て、『魔力吸収』に応じるようになる。

 魂不干渉性は、『魂の同化』により、無効化されるのだ。


 こうして小さくなった『継ぎ火』は『吸収と維持』で対象の中に残り続ける。

 残り続け、永遠に『対象の魂』に『シューデイルの魂』を書き込み続ける。


「魂の移植」


 それが、『継ぎ火』の正体。

 炎魔法への適性を受け継ぐ、継承の魔法。


 それだけだったなら、どれほど良かったか。


「どうして秘密にしたんですか、先生……」


 その言葉の忌まわしさから、明かすのを躊躇った?

 でもそれなら使用自体を躊躇いそうなものだが、その様子はない。


 そもそも魂の移植に危険性は無いのか。

 そもそも対象の魔力の利用なんて出来るのか。

 今一度考えてみて、嫌な推察が浮かぶ。


『シューデイルの魂』とは、「シューデイルに使用される事に最適化された魂」。

 だから、魔力吸収が出来るようになる。先生の魔法を、先生の魔力で発動させているようなものだから。

 そして対象は常に「シューデイルの意思に従う魔力」を維持し続けることになる。


 魔力は人それぞれ。

 だから、他者の魔力は操れない。

 なのに、『継ぎ火』は、『魂の移植』は、その壁を突破した。

 そして壊した壁を維持し続けている。


 それは、言うなれば、裏口を作ったようなもの。

 まさに『魂のバックドア』だ。


「どうして……ッ!」


 頭を抱える。

 否定したい。

 否定すべきだ。

 なのに、この仮説をどうしても否定できない。


『継ぎ火』を付与する時の、穏やかでゆっくりした動作。

 先生の言葉の一つ一つ。

 胸の内の『継ぎ火』を意識して、というアドバイスに至るまで。

 その全てが、『継ぎ火』が馴染み、魂が汚染されるのを待っているのだと、思えてしまったから。


 そう、汚染を待たなければ、特性の複写が行われなければ、『炎魔法強化』も起こらない。

 付与自体にも、付与してから実践に移るのにも、たっぷり間を空けるのは何故だろう、なんて、思ったことはなかった。

 でもそこには確かに意味があったんだ。


「……聞かなきゃ」


 話を。


 先生に。


 それでないと私は、

 地獄に飛び込むことさえ、出来ないのだから。






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