16. 基礎魔法学四限目「奇跡」
私の最後の授業は、クロエさんと同じく、校庭で行うことにした。
『基礎魔法学』なんて退屈な授業にも関わらず、見学者は多い。
流石にクロエさんの時のように全校生徒と教師陣、とはいかなかったが、それでも半分以上は参加してくれているだろう。
当然のようにクロエさんも居るし、私が呼んだシューデイル先生も居る。
一番興味を持って貰えないだろうと思っていた上級生たちも居た。
居ないのは多忙極まる一流の魔法使いと、あと、先日の対クロエ戦で対抗心に火が点いた方、魔力の使い過ぎでまだ体調が優れない方、だろうか。
「さあ始めますわよ! 皆様方!」
広い校庭にまばらに散っている参加者たちに向かって、声を張って手を叩く。
私を中心にして、ぞろぞろと集まってくる生徒たち。その後ろに並ぶ見学組。
私は、そんな参加者たちの前で、『物質化した炎の魔法』を使った。
生み出した炎は私の身体を持ち上げ、椅子と机になる。
クロエさんが先日の授業で見せた『ハイヒール』の、私なりのアレンジ版だ。
これで見学者全員から私が良く見えるだろう。
試してみて分かったのだが、クロエさん考案の『魔法維持魔法』は、私の『物質化』と非常に相性が良い。
魂の持つ『物質不透過の性質』が、『物質化した炎』にも適応され、更に『魔法維持魔法』でより魔力流出を抑えた結果、私の魔法は凄まじいコストパフォーマンスを実現させたのだ。
より『物質化』を完璧に出来れば、ほぼ発動コストだけで丸一日維持することも出来るだろう。
流石に魔力供給無しには『魔法生成物の自然消滅』に抗えないが、それでも、ほとんど「魔法を使い続けている」に等しかった維持コストが、数十分の一にまで軽減できたのは、革命的と言って良い。
「さて、皆様方、高所から失礼しておりますが、見えていらっしゃいますか?
私の声が届かない方は、どうぞ、もう少し前へ出て下さいませ」
言いながら、私は更に『物質化した炎』で大きな黒板を作り出す。
その表面の色を自在に変化させ、文字や図形を生み出していく。
先ずは「ご覧頂けていますかしら? 基礎魔法学最後の授業ですわよ!」と書いて、私のデフォルメ自画像イラストも添えてみる。
生徒たちから「見えてまーす!」「イラストかわいー!」の声が聞こえる。ふふ、ご満悦ですわ。
ちょっと調子に乗って、イラストの私にウインクさせてみる。
女生徒からの黄色い歓声。素直に嬉しいですわね。
物質化の訓練、色変化による絵や文字の表示、間に合って良かったですわ。
見学組は、生徒たちとは違う視点で驚き、盛り上がっている。
そうでしょうとも。
私の『物質化した炎』は、再現できる者がなかなか居らず、私自身も『物質化』の先へ到達できていなかった。
既に『ミクロの発想法』習得後には数々のアレンジ、即ち『発展形』を生み出していましたが、それらはまだ公に公表していなかった。
つまり、見学組の教師陣は、一か月前の私しか知らなかったのだ。
それがまさか『物質化した炎』で椅子に机に黒板まで作って、果てはイラストをリアルタイムに動かして見せるなんて、想像もしていなかっただろう。
まだ『物質化』で躓いている私の後続者たちは、特に驚愕したはず。
懐かしいですわね。天才の名を欲しいままにしていた頃は、こうして周囲の魔法使い皆を驚かせていたものですわ。
……クロエさんに会ってからは、私自身が「天才の偉業に驚く一般人」でしたが。
「早速楽しんで頂けているところ申し訳ありませんが、そろそろ授業を始めますわよ?」
私の言葉に、生徒たちが「はい先生!」と元気よく応える。
私は頷き、黒板に花丸を描いて、授業を開始した。
「最後のテーマは、『超常』についてですわ。
私たちが扱う『魔法』は勿論『超常』ですが、世界には魔法以外の超常も存在します。
今日はそれらを学び、いずれ魔法以外の超常を魔法に活かせるように、心に留めて頂きたいと思います」
シューデイル先生の神聖魔法学のように、別の超常を魔法と結びつける学問や、発想法もある。
クロエさんが語った儀式魔法が、神官と魔法使いで共通項が多かったりもする。
なにより、人の頃使えた魔法が、神に成ると権能へと進化する、なんて話も多い。
魔法とその他の超常に関係が無い、なんて、思えないのだ。
「まずは、超常とは何か。その定義から始めましょう。
少し神話的な、不確かな情報が混じりますが、一説として受け止めて下さいね」
一言断って、私は黒板に「天秤と本を手にした神」を描き出す。
「彼は『法の神』と呼ばれる存在。この世界の秩序と摂理、『大前提』そのものです。
隣界では『物理法則』や『宇宙の法則』などとも呼ばれます。
彼は最初の神であり、子概念『天使』を遣わす、と、されています」
残念ながら『法の神』も『天使』も目撃例が殆ど存在しない。
かつての『神々の大戦』の遥か以前には人の前に現れたりもしたとか。
「彼が世界に秩序を齎したからこそ、世界は安定し、私たちが生まれました。
それ故に『創造神』とも呼ばれ、後に説明しますが、『唯一神』ともされています。
秩序そのものであるため、その権能はあらゆる超常を打ち消すとされ、『魔法生成物の自然消滅』も彼の神の加護により「世界があるべき姿へ修正された結果である」、とされています」
この神は世界のルールそのものなので『絶対者』ともされ、かつてはそれに背く魔法使いが『世界の敵』として弾圧された過去がある。
『魔女』という言葉が生まれたのもその頃だ。
「まあ、この辺は宗教絡みなので事実か否かは不明です。
知識として、あるいはいずれは意味を持つかも知れないため、説明しましたが、『法の神』が実在すると信じ込む必要までは有りません。
とりあえず、この世界に『大前提』という世界の法則が存在するというのだけ覚えて下さい」
これまた元気に「はーい」と返事をする生徒たち。
クロエさん含め、一部の見学者も手を上げてますわね。
花丸あげちゃいますわ。
「『超常』とは、『大前提』を逸脱したもの全てを指します。
具体的にどんなものがあるのかは、『超常分類学』を参考にしましょう。
超常を大別すると、二つに分けられる。これが分かる方はいるかしら?」
問い掛けてみれば、生徒たちはまばらに、見学組は全員手を挙げた。
今日は参加者ですけど、そんなに積極的に参加して下さると思っていませんでしたわ。
あら、クロエさんも手を挙げてますわね。ちゃんと勉強してますのね。花丸あげちゃいますわ。
「では、生徒の皆さん、先ずは私たちに最も身近な『超常』を教えて下さいませ。
せーのっ!」
「魔法ーーー!!!」
「はい、正解です」
大輪の花丸をあげて、にっこり笑う。
超常の大別、その一つは、『魔法』だ。
「私達にとって最も身近な『超常』、それが『魔法』です。
これは『大前提』に対しての『特例』に該当します。
魔法はやがて消え去り、元に戻る。まさに前提と特例ですわね。特例はその場限り、都度作らなければなりません」
魔力は変質し、魔法は消える。
それは魔力と魔法の性質のせいだが、魔法そのものではなく、「魔法で生み出したもの」が消える理由は、実のところよく分かっていない。
クロエさんが最初の授業で説明していた「想像が不足しているもの」=「摂理に反するもの」が消える、というのは事実だ。
しかし、何故摂理に反していると消えるのか、それが不明なのだ。
実在するかも不明な『法の神』の話をしたのはこれが原因だ。
魔法によって歪められた摂理を正す存在、そういった上位者が居なければ、説明が付かないから。
魔法によって摂理が歪むのなら、その歪みはそのまま残るか、あるいはどんどん歪んでいくはず。
なぜ正されるのか。何をもって『正しい』とするのか。
それらを司る者、それを暫定的に『法の神』と呼んでいる。そういう話だ。
「では、次。魔法と対を成す、もうひとつの超常。
こちらは教師陣の皆さんが答えて下さいませ。
せーのっ!」
「権能ーーー!!!」
「はい、正解ですわ」
先生方にも花丸あげちゃいましょう。まるまる、っと。
ここは『神秘』と間違えそうなところですが、さすがに教える側が間違えませんわね。
クロエさんもニコニコしているので、おそらく正解したのでしょう。
「超常分類学、序。超常とは摂理に反するもの全てであり、大別して『魔法』と『権能』がある。
テストには出ませんが、覚えておいてくださいませ」
言いながら、黒板上の『法の神』の下に、『神』と『魔法使い』のイラストを横並びに配置する。
それぞれ『権能』と『魔法』の象徴だ。
「権能とは、神という概念が、自分自身の概念を用いて物理法則を曲げることを指します。
神の使う魔法とも言われますわね。
ただし、『火の神』ならば『火の権能』、『風の神』なら『風の権能』しか使えないというのが基本です。
例外は、そうですわね。眷属の神が居ればその神の権能を使えたり、元々複数の概念の神ならばそれを使い分けることで実質権能複数持ちにもなります。
あとは概念の範囲が広い場合。『軍神』なら、『行軍の権能』や『戦術の権能』など、軍事全般に携わる数々の権能を使えたと言います」
ふむ。クロエさんがこくこくとしきりに頷いていますわね。
あれであの子も『神様』を信仰する者。宗教方面、権能関係は、魔法以上に詳しいのかも知れませんわ。
それなら、授業前に色々と訊いておけばよかったですわね。
「大別すればこの二種。
更にここから、幾つかの超常が細分化していきます。
おそらく最も知られていて、『大別』として誤解されることが多いのが、『神秘』ですわね」
言って、『神』のイラストの下に、『神官』のイラストを描き出す。
その下には何人かの『信者たち』も描いておく。
「言うまでもないでしょうが、神秘とは、神の権能を人間が授かったものです。
もちろん権能の全てを使えるわけではありません。ですが、人の身では想像出来ず、故に創造出来ない超常を、発現することが出来ます。
人では再現できない、という所ばかりが注目されて、『神秘』は『魔法』より優れていると言われますが、もちろんこれは違います。
神秘は授かりもの、その源泉である神もまた自分自身という概念に縛られている。権能も神秘も、魔法ほどの自由さを持ち得ないのです」
魔法は想像次第で幾らでも変化していける。可能性の塊だ。
しかし、権能は真逆。神自身でも己の概念を書き換えられず、権能は成長や進化、アレンジさえ、殆ど出来ないという。
神秘は輪を掛けて不便とも聞く。なんでも、魔力枯渇が無いにも関わらず、連続使用が出来ないとか、出力調整すら難しいとか。
「ちなみに神官の下は信者です。
『権能』の貸与である『神秘』は、選ばれた一部の信者しか授かれません。そして使うのにも何らかの条件が有ります。
しかし信者たちが皆平等に授かると言われる『加護』は、使わずとも効果を発揮し続けます。
加護もまた超常であり、ささやかながら万人に与えられる祝福ですわ」
これも存外馬鹿に出来ない。
農民に信仰されやすい『農耕神』は、権能や神秘は『天候を操る』というものが多く、肝心の農作物を美味しく実らせる力はほぼ加護頼りらしい。
作農に休み無し。なればこそ、その時限りの神秘より、常に微弱ながら効果を与える加護こそが重要なのだろう。
まあ、中には、一瞬で「作物を実らせる神秘」というのもあるそうだが。(ちなみに、すかすかで美味しくないらしい)
「おっと。説明を忘れていましたわ。
魔法が『特例』なら、権能は『改定』。
神とは権能、即ち概念。神こそが摂理を曲げる『追加ルール』そのもの、という解釈です。
そういう意味では、権能は「追加ルールを利用すること」であり、神秘や加護とは「人間にも追加ルールを適用したもの」と言い換えられます。
少しは理解しやすくなったかしら?」
生徒たちからは、「へー」という初見ならではのリアクションが伺える。
今回は少し魔法から外れた部分の解説とあって、生徒たちにも未知の部分が多いのだろう。
授業の準備や計画を練る内に気が付いたのだが、「魔法使いを志す」というのは、それだけでかなり視野を狭めてしまう。
例えばこれが「画家を志す」のであれば、絵の練習ばかりして、絵の描き方ばかりを学ぶ。そういう視野の狭さがあるのだ。
私が基礎魔法学を通して『定義』だとか『道具』だとか、果てはやや畑違いの、言ってしまえば隣の畑の話までし始めたのは、この『視野狭窄』がやがて『スランプ』となり、自分では解決法が見つけられなくなることを知っているからだ。
と、言ったところで、「その時」までは役に立たないので伝えてはいない。
学ぶ時に重要なのは「必要かどうか」ではなく、「楽しいかどうか」なのだから。
「さあ、ここからは魔法に戻って解説していきますわよ!」
黒板から『法の神』や神官たちを押し出して、『魔法使い』を大きく表示させる。
そろそろ良い時間になってきたが、まだまだ魔力は潤沢。やっぱり、この魔法は相性が良い。
不要な『熱』を捨てて常温ままにしているから、なおのこと魔力効率が良いのかも知れない。
まだまだ研究のし甲斐が有りますわ。
「超常大別の片翼、権能には、貸与たる神秘、祝福たる加護、という『派生形』がありましたわね。
実は、魔法にも、『派生形』が存在します。
それが、『魔物』と『魔効』、そして『モンスター』ですわ」
ざわつく生徒、「待ってました!」と見学組からヤジが飛ぶ。
そちらのお調子者にはチョーク状の炎を投げ付けて、私は黒板に幾つかイラストを追加する。
「先ずは『魔物』です。
これは『魔法生物』の略で、「魔法を使う生物」あるいは「魔法で生命活動を保持している生物」となります。
更に分類分けすると、『魔獣』や『魔樹』など、生物の各分類に『魔』と冠したものになります。
俗称も多く、説明はし切れませんが、皆様方にも馴染みの多い言葉でしょう。
もし詳しく知りたいとお思いでしたら、我が校ではレスデル・パナマグウス先生が教える『分類魔法学』を学んでみてください」
私が紹介すると、見学に来ていたレスデル先生が生徒たちに向かって笑顔で手を振って見せる。
その姿をなるべくそのまま写し取り、黒板に一時的に表示した。
「この『魔物』は、魔法を使う、と言いましたが、どうやって使っているのかは分かっていません。
私が基礎の基礎として語った『意思』と『魔法』の関係、これが、魔物には見られないのです。
より具体的に言うと、魔物には、魔法を使うために必要な意思や想像力が足りていないのです。
これは『魔樹』や『魔花』などの植物が特に分かりやすいですわね。植物が、どうやって魔法を想像し、自らの意思で発動出来ると言うのか。と、そういうことです」
確かに、と言うように、生徒たちが「むむむ」と悩む。
しつこく言って来た基礎の基礎だけに、それが当て嵌まらない『魔物』に対する疑問は大きいだろう。
だが、説明するまでもなく、『魔獣』などの超常存在は一般人にも広く知れ渡っている。
「仮説では有りますが、現在最も有力視されているのが、『魔物』=『神の創造物』説ですね。
と言っても一から作り出したのではなく、太古の神が神秘や加護を与えた生物が、その超常を当然のものとして受け入れて進化を続け、やがて加護が無くても自分で魔法を使えるようになった、という説です。
この説を裏付けるかのように、魔物は単一の魔法しか使えず、状況に応じてアレンジを加えるといったことが出来ません」
「あっ! 神秘と一緒だ!」という声が上がる。
そう。そうですのよ、パルナレッカさん。
今日わざわざ裾野を広げて『権能』まで解説したのは、その『気付き』に至って欲しかったから。
私は生徒に向けて頷いて見せ、それから話を続ける。
「かつての神々に『動物好き』や『植物好き』が居たのでしょう。
こうして神によって得た力を種族的特徴として取り入れて進化し、やがて獲得した超常に沿った姿形へと変じていった。
それが現在の魔物たち、と、されています。
ちなみに、この説を補強する情報として、「半端に魔法が使える・使えそうな魔物が居ない」というのが有ります。魔法を使えるものは皆魔法を使いこなしており、使えないものはまるで使えるようにならない、ということですわね。
もし進化の過程で魔法を獲得したのなら、今まさに魔法を使い始めた種がいても良いはず、という言い分ですわ」
だから、魔物たちの魔法は自然に獲得したものではない。
自らの意思と想像で得た力ではない。
故に、『被造物』である。
「この説を転用したのが『魔効』です。
先に『魔効』の説明をしますと、これは『魔法非生物』のことですわ。
魔法的効果を持つ、鉱石や、水、空気、その他。それらの総称を「魔法的効果を持つ物」、略して『魔効』と呼びます」
少し伸ばして『魔効物』とも言う。
こちらも魔獣や魔樹と同じく、魔石や魔水晶など、とにかく『魔』を冠する俗称が多い。
正式名称が有るには有るのだが、国ごとに呼び名が違う上に分類法も異なるので、いつまでたっても国際的な基準が出来ていないのだ。
「こちらの『魔効物』も、何故魔法を内包しているのか、その原因が分かっていません。
ですが、『魔物被造物説』と同じく、『魔効被造物説』が一般的かつ有力説とされています。
神々が生み出した物、あるいは、神々という追加ルールの下で生まれた物、と言った感じですわね」
言いつつ、魔効の具体例として、黒板には『エンゾロストル鋼』を表示する。
これは圧力を加えると水を生む、なんて魔法が含まれている。
飲み水には適さないが、一部の植物を育てることが出来、乾燥した土地ではかなりの高値で取引される。
「魔効物は魔道具の材料によく使われていますわ。
なにせ天然で安定した持続可能な魔法ですから、マナリンクで魔力供給しなくても良い、というのが最高です。
今はもう鉱床が枯れてしまった『キュクロレム氷結晶』は、今で言う『氷室』にぜひ入れておきたい魔効物でした」
延々生み出される、ほど良い冷気。
夏場は氷室ではなく自室に置きたい天然冷房魔法装置。
欲しいのですが、たっっっっっかいんですわよねぇ……。
「さて、最後が『モンスター』なのですが」
説明しながら、魔獣のイラストを大きく表示する。
これはクロエさんの魔女帽に使われている、灯の眼のアダンヴァールだ。
「魔物たちは、自身の持つ超常に沿って進化してきました。
分かりやすいのが魔獣ですわ。世代交代も早いですし、特に肉食獣は特技を伸ばし、無駄を削ぎ落す方向で進化しますからね。
見た目からしてただの獣ではないと分かる。これは魔樹や魔虫とは違う特徴ですわ」
灯の眼のアダンヴァールも分かりやすい。
大型の肉食獣風なのに巨大な角を持ち、前肢は爪、後肢は蹄。
そして暗闇に潜み、とても目が良い。
いかにも魔獣らしいアンバランスさだ。獣らしい洗練さが無い。
「そして、魔獣が更に進化していくと、モンスターに成ります」
イラストの魔獣を、変化させ、モンスターに変える。
例えばアダンヴァールなら、目は退化して小さくなり、闇に潜むために音の出易い蹄も無くなるだろう。
体臭を隠すためには体毛も無くなっていくかも知れない。
そうすると、どんどん蛇に似た姿になっていくが、しかし外敵との戦闘を考慮し、角や体格は維持しそうなので残す。
闇が溜まる洞窟に生息するということで、通常の肉食獣より四肢の関節の可動域を広げて、と。
「こんな感じかしら」
出来上がったイラストは、魔獣とも呼べない、実に奇妙な『怪物』の姿。
にも関わらず、なぜか一部の授業参加者からは熱い視線が注がれている。
なんであれ、強い者に憧れてしまうのは、人の性なのかしら。
「重要なのは、これがただの進化ではなく、内包する『魔法』も変化していっているということ。
モンスターにまで変じた魔物は、その魔法も複雑化し、『肉体強化』や『再生能力』など、人間でも扱い切れない魔法を複数操ります。
人には無い器官、人には無い発想、人には無い魔法。ある意味で、「人知を超えた存在」と言えます」
イラストのモンスターを更に変化させ、誰でも知っている怪物を描く。
『ドラゴン』
人類に並ぶ、知的生命体、竜類。
その種族は人と同じくあまりに多岐に渡り、人と違って社会を作らない。
なにより、人と同じく「単体で進化し得る生物」でもある。
「ドラゴンは魔獣の進化系、モンスター、その頂点。
獣と違い知性を持ち、それ故、人と同じく『新たな魔法』を作り出せます。
社会を構築しないのも必要がないからで、彼らがその気になれば、地上の支配者は人類ではなく竜類になっていたでしょう」
実際に、『神々の大戦』以前は、竜類が地上を半ば支配していたという。
だからこそ、『戦殺しの大神』によって、神々と共に大半が討たれたとも聞く。
つまり、ドラゴンとは神に並ぶ存在だということ。
「神とは、『法の神』の領域、即ち『摂理に並ぶ者』。
一般に摂理の外を『神域』と呼び、そこに到達した者、『神域到達者』を『神』と呼びます。
これには神による召し上げや、信徒たちによる昇神の儀式など、誰かの助け合って初めて神域に至るわけですが、稀に、個人で、そして生物のまま、神域に至ってしまう者が現れます。
これが俗に言う、『神域侵犯者』である『竜』です」
神域とは概念の領域。
世界の新たなルールとなるのが『昇神』である。
しかし『竜』は、己という存在を概念化した逸脱者。
「言わば、『自我』ですわね。
言うまでもなくただの『自分ルール』ですが、それが世界を歪めるまでに成った存在。
ドラゴンとは、最も多くの『神域侵犯者』を輩出した種。結果、『神域侵犯者』を『竜』と呼ぶようになりました」
真の怪物。
まさしく理解不能のモンスター。
ハイ・ルールに仇なす、究極のマイ・ルール。
隣界人は彼らを「我思う、故に我在り」と称して讃えたと言う。
私が思うに、魔女もまた『竜』だ。
言ってしまえば、自分を貫き通し、道理を捻じ伏せる存在。
少なくとも、それだけの力が無ければ、クロエさんの理想は叶わない。
「『竜』の恐るべきは、まだ生物であるということ。
進化の余地、成長の可能性が残っているということですわ。
神が既に完成したルールであり、自分で自分に背けないのに対し、竜は己にさえ牙を剥けます」
クロエさんが神ではなく竜たる魔女なのも、これが原因ではないかと踏んでいる。
神は概念そのもの。生物と違って永遠の存在だが、それ故に先が無い。神に成った時点で完成してしまうのだ。
その完成品に手を加えられるのは他者のみであり、つまり神は成るのも変わるのも他者が必要となる。
クロエさんのようにただ己の理想を追うのであれば、選択肢は自然と竜になるだろう。
ふと、クロエさんを見る。
いつものニコニコ顔で、楽しそうに話を聞いていた。
周囲の見学組や、その手前の生徒たちも、楽しそうだ。
魔道具もそうだが、モンスターもまた、ロマンに溢れている。
あえて授業で説明はしないが、『魔獣被造物説』をなぞれば、人間も『神秘』を『魔法』として会得することが出来るのではないか、と言われてもいる。
つまり人もまたモンスターに成れる、と。
クロエさんがどうかは分からないが、実際に『竜』と呼ばれる人間は存在する。
人間から見ると、概念としてうんぬんより、『戦闘力』が分かりやすいため、『竜』と呼ばれるのは専ら『超常的強者』だ。
例えば円卓最強たるクロウ様が、二度も秒で完敗したという『黒檀の騎士』。
円卓が認めた『黒の円卓』に名を連ねる『黒騎士』は皆、一度はクロウ様を負かした怪物揃いだが、特に『黒檀の騎士』は最強の黒騎士と謳われる。
クロウ様にしても「彼は剣技、魔法、頭脳、そして授かり物の全てが超常であり、いずれかを封じた所で、私は残りの能力だけで斬り伏せられるだろう」と述べている。
当然、そんな怪物の中の怪物は人知の及ばぬ概念であるとされ、『竜』とされた。
……ん?
今、なにか引っ掛かったような。
はて? と思いつつも、授業を再開する。
「ここまでが『超常分類学』の基礎ですわ。
ご覧頂いたように、超常は二分されつつも互いに影響を与え合っています。
超常が新たな超常を生み出す。果てが無いようでいて、神も竜も死ぬ時は死にます。
神域に至れても、超えることは叶わない。『大前提』が『大前提』である所以ですわね」
『神域超越者』は、空想の中にしか登場しない。
それはそうだ。
この世界のルールが丸ごと新しくなるなんて、想像のしようがない。
私たちは『異世界』でさえ、私たちのルールの延長線上にしか想像できていないのだから。
まあ、そんな考えようのない話は置いとこう。
今はもう一つ、生徒たちにしたい話がある。
「さて、皆様方。
『奇跡』と呼ばれる、第三の超常を、御存じかしら?」
黒板に描かれた幾つもの超常。
それらを押しのけて、真ん中に空白を生み出した。
「第三と言いましたが、より正確には超常分類学上の『未分類』にあたるもの。
つまり、権能か魔法かも分からない超常を、『奇跡』とよびますの」
正体不明の超常現象。
例えば、人が行う『昇神の儀式』や『降臨の儀式』は、神の権能とは関係が無い、しかし魔法で再現も出来ない、「何故出来るのかが分からない」という『信仰の奇跡』である。
これを「いいや魔法だ」と言い張って研究しているのがシューデイル先生なのだが、その研究はあまり進んでいない。逆説的に「やっぱり魔法じゃないのでは?」となってしまっている。
そんな奇跡の究明者であるシューデイル先生にも奇跡が宿っているという、そんな偶然も「奇跡的」で面白い。
「本当に『第三の超常』なのか、それともいつか正しく分類できる日が来るのか。
『奇跡』とは、私たち魔法使いが、魔導の探求者として、やがて解き明かすべきものです。
あなたたちもいずれ、魔法使いとして何らかの職に就いたのなら、その仕事の中で『奇跡』と出くわすこともあるでしょう。
未解明の謎を解き明かすこと、それもまた、新たな境地と新たな魔法を生み出すのに、有効な手段の一つですわね」
そう、『新鋭』として、私が為すべきことの一つ。
空のように開けていて、まだ誰も手が届いていない高み。そればかりが『新境地』ではない。
常識に閉ざされている場所、謎に覆い隠されている場所、その向こうもまた、『新境地』なのだ。
だから、古くからの『基礎』に挑んだ。
新鋭の賢者として、古来の向こうに、新天地があると信じて。
……後に、基礎を『破壊』まではしなくて良い、と諭されましたが。
「私たちは、魔法学を学び、魔法使いとなる。
曲がりなりにも『超常』を習得し、摂理を捻じ曲げられる存在となる。
そうして私たちはいずれ、階段を上るように、誰でも神域に至れる世界を創れるのかも知れません。
それが魔法学であり、私たちの未来」
素晴らしい、とは、言えないかも知れない。
誰でも神域に至れる世界と聞いて、見学組だけでなく、生徒たちの中にさえ顔をしかめる子たちが居た。
魔法使いは万人が目指しても良い、だが、万人が神に成れる世界とは、果たして許されるのか?と。
まず間違いなく世界は混乱し、混沌と化すだろう。
かつての『神々の大戦』を思い出す人も多いはず。
あれだって増えすぎた神々が争いだしたのが原因だ。
誰もが神に成れる。
だからと言って、誰もが神の如き慈愛を得られるというわけではない。
『復元魔法』のように、国や組織が管理しなければならない、ともなるだろう。
しかしそうなれば「神に成れなかった人」「人のままで居るのを強いられる者」が出てくる。
そんな未来が、素晴らしいとは、なかなか思えないかも知れない。
でも、それはちょっとネガティブになり過ぎだ。
力には責任があり、代償もある。
それでも得られる幸せだってあるのだ。
「では皆さんに、最後の授業を始めます。
奇跡とはいかなるものか。そして、魔法とは何を成すものか。
その証明の協力者に、シューデイル先生、よろしくお願いします」
名を呼びながら、黒板の空白に先生の顔を描く。
奇跡の発現者、シューデイル・マーシュウォート。
その奇跡たる『継ぎ火の魔法』を、生徒たちに掛けてあげて欲しいと、私はお願いした。
流石に見学者全員には掛けられない。先生の魔力が枯渇してしまう。
なのでクロエさんはお預けだが、いずれ機会があれば試して欲しい。
もしかすると、クロエさんにも『炎魔法』が使えるようになるかも知れないから。
「さ、出来たよ。どうだい?」
「うーん……胸があったかい、感じが、します」
「うんうん。良い感じだね。実際に使ってみないと分かりにくいからね」
大丈夫だよ、と、シューデイル先生が一人一人に声を掛けながら『継ぎ火』を与えていく。
機械的にぽんぽん付与していったりしないのが先生らしい。
先生がそうして『継ぎ火』を掛けて下さっている間に、私は『継ぎ火の魔法』がどういうものなのかを説明した。
単純な『炎強化魔法』であり、しかしそこに「ほぼ永続」という『奇跡』が宿っていること。
クロエさんの『魔法維持魔法』が魔法界に激震を与えたとしても、しかし、先生の『継ぎ火』並みの持続力は発揮し得ないだろうということ。
そんな話をしていると、クロエさんが何かを考え込む様子で唸っていた。
もしかすると、早速先生の『奇跡』を解き明かそうと、『超・魔法維持魔法』や『永続化の魔法』を考えているのかも知れない。
本当に生徒のような教師ですわね。花丸あげちゃいますわ。
既に『魔法維持魔法』だけでも相当に凄いことだ。
私の『物質化』も、練習したとはいえ、この授業の最後までもってくれた。
おかげで、いつまでも椅子の上に座って黒板を書き換え続ける私を見て、一流の魔法使いの皆さんが目を剝いている。
私の授業をクロエさんのと違って「所詮基礎学、参加する価値無し」と判断した不参加者たちは、後に後悔するでしょうね。ふふふ。
そうしてる内に先生から「終わったよ」と合図があり、私はそれに一礼してから、生徒たちに向き直る。
「授業最後の実験パートですわ。
これで生徒の皆さんは今『炎強化』が掛かっているはず。
そこに、私の『意思共有の魔法』で、一人一人に「ある魔法」の使い方を伝えます。
それを実際に使ってみること。それが実験ですわ」
先生の『継ぎ火』の有用性。これは既に証明されている。
『意思共有の魔法』は、クロエさんに習い、『合体魔法』の安定化に有効なのは証明された。
ただ、この魔法は、教育にこそ、「魔法の継承」にこそ真価を発揮すると、私は思う。
魔法は難しい。
口で説明されても、本を何度読んでも、一度発現してコツを掴むまで、いつまでも「使えない」日々が続く。
でも『意思共有』なら、コツから何から、言葉に出来ない部分さえ余さず伝えられるんじゃないか。
そう考えて、私はこの授業の最後に急遽盛り込んだのだ。
本当は口で伝えるはずだった。
でも、それで伝わるかは不安だったのだ。
良い魔法を教わった、と、クロエさんをチラッと見て思う。
クロエさんは未だにうんうん唸っていてこっちを見ていなかったが。
椅子と黒板を片付け、地上に降りる。
そして生徒たち一人一人に、内緒話でもするように、耳打ちで『意思共有』する。
途端に目がキラキラする生徒たち。素直ですわね。
「さあ、皆さん。何をどうするかはちゃんと伝わっていますわね?」
いつも通り、「はーい!」と元気な声。
そこにクロエさんが含まれないのが逆に新鮮だ。
そうして生徒たちは挙げた手を、少しだけ傾ける。
掌の前に『炎の種』が生まれた。
綺麗な球体だ。
先生の『継ぎ火』と、私の『意思共有』と、そして生徒たち自身の力。
全てを注ぎ込んだ、特別な魔法。
――クロエ・エヴォニアは、危険である。
その発想法は素晴らしい。
その実用例もまた素晴らしい。
しかし、その素晴らしさの果てには、あまりに急で歪な進化がある。
クロエ・エヴォニアの齎した知恵は、やがて世界を混沌へ突き落す。
そう遠くない内に、世界中で魔法文明が怪物的な進化を遂げ、戦争が多発します。
それは『神々の大戦』のように、世界を荒廃させるでしょう。
『戦殺しの大神』との決戦の行方までは分かりませんが、ただ、確実なことが一つ。
世界を滅ぼしかねない遠因である彼女。
禁忌の扉を開け放った『魔女』、クロエ・エヴォニア。
そう呼ばれる日が、必ず来るでしょう。
……魔導院への『クロエ・エヴォニアに関する報告書』の返答。
それは、彼女の齎した全てを『禁忌』として封じるという決定。
追って学校側に、そして生徒たちに伝えられる。
そんなのあんまりじゃありませんの。
あの子は何も悪くないのに。
それどころか、誰よりも一生懸命だったのに。
でも、言い分は分かる。
人間はあの子ほど純粋じゃないし、賢くもない。
だから、私たちが、施政者が要る。
「さあ、皆さん!」
私は笑って、手を挙げた。
その手の先にも『炎の種』が生まれる。
そして、その『火種』が空へと放たれる。
これは『クロエ』を象徴するもの。
やがて世界を焼き尽くしかねない火種。
故に、封じ込め、捨て去らねばならないもの。
いつか人類が、それに見合う自制と慈愛の精神を身に付けるまでは。
でも、争いしか生まない火種なんかじゃない。
『魔法維持魔法』で包み、『時限発火魔法』を組み込んだ『火種』。
私の『火種』を追いかけて、生徒たちの『火種』も空へと放たれる。
『意思共有』と『継ぎ火』と『物質化』まで加えた、特別授業の集大成。
それは天高くへと撃ち上げられ、そして大きく爆ぜた。
天に花咲く炎の魔法。
それは、鮮やかで煌びやかで、どこまでも美しい『花火』。
種が芽吹けば、花が咲く。
それが、クロエさんの齎したものだと、私はこの魔法で証明する。
火種が『戦火』しか生まないなんて、そんな『常識』なんて覆してやる。
「おぉ……!」
見学組から声が上がる。
私も生徒たちも、次々と『花火』を打ち上げた。
それらは授業の集大成。つまりは生徒たちの集大成。
大輪を咲かせるものもあれば、連続で何度も炸裂するものもある。
単色で眩く輝くものもあれば、複数色で空を彩るものもある。
生徒一同が、こんな余興に、それでも精一杯向き合ってくれている。
誰も、空に散るだけの花を、「無益だ」なんて考えない。
それだけで良い。
その思いさえ、忘れずにいてくれるなら。
きっと、私は生徒たちの中に、小さな明かりを灯せたことになるから。
夕暮れに、最後の花火が散る。
さわさわと揺れ落ちる火の粉が、星の瞬きに移り変わる。
授業も終わり、校庭は静けさを取り戻していた。
私は先生にお礼を言って別れ、生徒たちも見送り、最後に残ったクロエさんと一緒に居た。
彼女は、なんと、花火を見て泣き出してしまっていた。
「ごめんなさい……っ」
なんども謝りながら、ぐすぐすと鼻を鳴らす。
いつもニコニコで、どこか捉えどころのないクロエさん。そんな彼女が、ここまで感動してくれるとは思わなかった。
……いや。この素直さと素朴さが、本来のクロエさんなのだろう。
だからこそ、捉えどころがなくなるほどの修羅場を潜ってきたのだろうから。
「ようやく泣き止みましたわね」
ずっと隣で背中を撫で続けること数十分。
なんでもサクッとこなすクロエさんが、泣き止むことさえ満足に出来ないことに驚き、和む。
今にして思えば、何に対してでも極端なのがクロエさんなのだろう。
凄いのに、凄くない。
特別なのに普通。
なんでもすぐ出来るのに、魔法覚えるのと泣き止むのにはすごく時間が掛かる。
だから極端な生き方をしてしまう。
だから、魔女になんて、成ってしまう。
きっと、ただ幸せになるだけなら、無限に等しい道が選べた筈なのに。
「……はい」
最後にずずっと鼻をすすり、クロエさんが顔をあげる。
涙と鼻水でべしゃべしゃになったはずの顔が、どういうわけか、いつものつるっとたまご肌に戻っていた。
擦り過ぎて赤くなった目じりも元通り。ただ、頬の上を、音もなく涙が流れ、どこかへ消える。
「覚悟を決めました」
クロエさんが言った。
なにを、と聞き返そうと思うと同時に、クロエさんが立ち上がる。
ガシャッと音を立てて、クロエさんがいつも腰に下げている刀が、私の目の前で揺れていた。
そのまま立ち去りそうな空気に慌てて私も立ち上がる。
案の定、踵を返すクロエさんに、手を伸ばして肩を掴む。
危うく引き剥がされるかと思うほどのパワーに驚くが、今はそんなことはどうでも良い。
「何があったんですの?」
思えば、授業の最中からおかしかった。
挙動不審でも天真爛漫でもない、ただただ重苦しい表情で何かを考え込んでいた。
なにか、クロエさんにとってさえ困難な状況に陥っているのだろう。
私はそれが聞きたかった。
その思いが伝わったのか、クロエさんはまた泣きそうな顔で振り返る。
だが、口を開かず、何度も頭を振る。
そうして、長い沈黙の果てに、ようやくクロエさんは言葉を紡いだ。
「――フィアンマさんは、
生徒のためなら、地獄に飛び込むことが出来ますか?」
「聞くまでもありませんわ」
その言葉に、即答で返す。
同時に掴んだままの肩を引っ張り、クロエさんと正面から向き合った。
「私は特別講師です。この学校の生徒も、見学者も、クロエさんも、私の大切な教え子です。
あなた方のためならば、『地獄の業火』だって捻じ伏せて見せますわ」
その言葉に、有りっ丈の『意思疎通の魔法』を乗せた。
もう尽きかけの魔力でも、きちんと届いてくれただろう。
クロエさんの顔にはまた涙が浮かんで、流れて、鼻を鳴らす。
案外、泣き虫な子ですのね。
そんなクロエさんが、目を伏せ、涙を振り払う。
頬の赤らみも、涙の後も、なんらかの魔法で消し去って。
そしてあの、「魔女の顔」で、私を正面から見据え、
そして、言った。
「『継ぎ火の魔法』の正体を、今直ぐに調べて下さい」
きっと、今のフィアンマさんなら、暴けるはずです、と。
それだけを告げて、クロエさんは背を向けた。
私は、
……去っていくクロエさんを、もう、呼び止めることが出来なかった。




