15. 魔女なる者
クロエさんの最後の授業は大盛り上がりで幕を閉じた。
最初の一撃で単純な火力押しは効かないと見て、「電撃で内部から破壊する」「ガチガチに凍らせてから瞬間加熱する」「超重量で押し潰す」など試してみたがビクともせず。
たまに地面の方がえぐれ過ぎて弓が倒れたりするくらいだった。
最終的には『魔力枯渇』が起き始め、一度休憩を挟んで、ラストチャンスに賭けよう、という意思で統一された。
魔法学校ほぼ総員で当たって、しかし、クロエ・エヴォニアただ一人に敗れる。
なのに、皆、心底楽しそうな顔で目を輝かせていた。
あれはきっと、『意思共有』なんてなくても私たち全員が共有していた気持ちだっただろう。
時に「弓が特別なのでは?」なんて意見も出たが、クロエさんが「本体の方が無敵ですよ」と返し、実際に強烈な魔法の直撃を数回無傷かつ笑顔で受け切って見せてから、誰も何も言えなくなっていた。
無論、クロエさん本人以外も、魔女帽も武器も靴も髪の毛一本に至るまで、全てが無傷だった。
「もしかして『無敵の魔法』かしら……」
これも馬鹿げた話だが、しかしそんな魔法が実在するなら、不飲不食も、不眠不休も、実現できる。
飢えや渇きを無効化し、疲労や睡魔も無効化する。そして果ては老いや死まで跳ね除ける。
うん、辻褄が合う。そんな魔法が存在するのなら。
ちなみにクロエさんが肉弾戦も強いというのは本当だった。
休憩中、頭脳労働派は作戦を練っていたが、肉体労働派は暇を持て余してしまっていた。
その相手をクロエさんがしており、突発的な模擬戦会場となっていたのだ。
初めはユーズベルさんのリベンジマッチで、その時に私は報告書通りの圧勝を目撃した。
あまりにも美しく無駄の無い体捌きだった。
そちらには詳しくない私でさえ、格の違いが手に取るように分かってしまった。
その一戦を機に、騎士志望の生徒たちがクロエさんに群がり、手合わせを頼み込んでいた。
丁寧に指導しながら完勝するクロエさんは、息一つ上がらず、汗一つ掻かないままだった。
……あの子、自分の異常さを隠す気はないんですの?
そう言えば、明確にあの子から「不眠不休なのは内緒」と聞いていない。たまに挙動不審になるから「隠したいのでしょうね」と思っているだけだ。
と言うか、あの子、本当に何なのでしょう。
仮に『無敵の魔法』があったとして、それと体捌きは別だし、卓越した発想力も『無敵』とは関係ない。
ユーズベルさんが「魔法無し」のルールで戦わせてもらっている以上、あの体捌きが何らかの魔法ということも無いだろう。
騎士志望の生徒たちへの指導を立ち聞きした感じでは、クロエさんは戦闘全般にも詳しいようだ。
仮想敵を『人』とするか『魔物』とするかで学ぶべきが違う。技巧は先鋭化、体術は基礎力、まずは後者を鍛えながら、自分の敵を見定めるのが良い、と。
その上で武器や魔法も選択し習得していくのが良いとも言っていた。
なんとなくで剣を手に取り騎士団の剣技を修める騎士志望の子たちには、実に耳に痛く、しかし有益な助言だったでしょうね。
この国で魔獣を相手取ることはそう多くない事ですが、だからと言って忘れて良いことではないでしょう。
そんなことをしているうちに授業の終わりが近づき、私たちはクロエさんの弓へラストアタックを仕掛けることにした。
最後に私が提案したのは、物質化した炎で枝切りバサミを作り、グリップをジェット噴射させて断ち切るというもの。
炎のイメージを更に拡大して、『浸食』で『クロエさんの魔法』を焼き切るイメージを付与。
弓が木製だとも言っていたのできっと相性もいいはずだとポジティブなイメージで魔法強化など。
諸々全部乗せで放った最後の一撃は、今まで無傷だった弓に、くっきりと焦げ跡を付けたところで終了した。
魔法学校連合軍の敗北である。
「クロエさんは「凄い凄い! どうやったんですか!?」なんて、純粋に驚いていましたが」
それでも負けは負けだ。
クロエさんの魔法の正体は秘密のまま。
あまり気にしている者は居なかったが、魔法学校側の面目も丸潰れ。
しかし、私たちは「安定した合体魔法の作り方」なんて学界を揺るがす新情報を受け取って解散したのだった。
同時に、クロエさんの異常さも、学界に知れ渡るだろう。
魔導院では魔法学界が混乱しないよう、また、革新的技術が軍事転用されないよう、知識の流布を制限することもある。
クロエさんが齎した数々の『発想』は、ほぼ全てこれに引っ掛かる。
『意思共有の魔法』と、その使い方は、特に拙い。
あれだけの攻撃魔法を数分で作れてしまう事実。直前までクロエさんの脳内理論、机上の空論だったと言うのが、まるで信じられない。
どこかの魔法大国の国家機密を盗み出した、と言われた方が、まだしも納得できる。
当たり前だが、本人はそれを否定した。
師匠や神様の受け売りも多いが、大抵は自分なりの考え方だと。
その二人が両極端なくせに仲が良く、意見が食い違うことがほぼ無いことから、クロエさんなりに極端に振れる真理を探しているのだという。
私は話したことがありませんが、クロエさんが理解に苦しむような発言をするお二人、ですか。
……話してみたいような、話したくないような……。
そんな誰もが認めるクロエさんが、教えてくれた旅の目的。
それは、「誰もが健康になれる世界にしたい」とのこと。
健康にする、健康でいられる、ではなく、健康になれる、というのがミソだとか。
あくまで自由意思を尊重した上で、しかし不健康なまま歪み倒れる事が無いように、誰でも一度は健康で健全な状態へ持ち直せる。そんな世界を、実現したい。
薬師見習いなのもその一環で、健康を得られるなら魔法でも神秘でも良いらしい。
目的のためには、手段を選ばない。よく悪し様に語られる言葉だが、全く何も間違えてなどいない。
が、だからと言って、クロエさんは行き過ぎている気もする。
「――いえ。違いますわね。
行き過ぎているどころか、まるで足りていない」
きっと彼女は本気なのだ。
本気で「誰もが健康になれる世界」を作ろうとしている。
だとしたら「無敵に近い耐久力」も「飲まず食わずの不眠不休」も、目的達成のための礎に過ぎない。
それ以上なんて無いだろうという高みに上り詰めてさえ、あの子の目標に手が掠りもしないのだ。
先程拙いと称した『意思共有』と『合体魔法』のシナジーも、クロエさんには微塵も通じなかった。
だからと言って、クロエさんに「どんな願いでも叶えられる力がある」なんて言えるわけがない。
強いて言うのなら、クロエさん本人だけならば、「どんな環境下でも健康でいられる術を会得している」、と、言えるだろうか。
「魔女……」
かつて、魔法が神秘の敵と見做されていた時代があった。
今ではそんな宗教観は稀だが、その時代では、魔法使いとは神敵そのものであったという。
中でも『魔女』とは特別な意味を持つ。
この場合の『女』とは、「受け入れる者」「器」「孕む者」といった意味だ。
つまり魔女とは、「魔法を受け入れた者」であり、「魔法を孕み、産み落とす者」であり、即ち「魔法と融合した者」「魔法生物」とされ、「魔法そのもの」となる。
魔女とは、人の形をした魔法。
摂理を逸脱した存在であり、神域を侵す者。
つまり、神域侵犯者たる『竜』。
それは神域到達者たる『神』の対極にあたる者。
そこまでして、叶えたい願いがある。
あんなに純朴で幼さが残る少女が、どうしてそこまで必死なのか。
分かる気はする。だがそれもきっと、表面だけ。
なんであれ。
私はクロエさんに敗北した。
心の底から敵わないと思い知った。
だから、このままでは終われない。
私の中に『欲望の炎』が燃え滾るのを感じていた。
そこにくべられた焚き木が、『誇り』や『責務』ではないのだけが、意外だった。
クロエさんを助けたい。
もっと年頃の少女らしい楽しみを満喫させたい。
もちろん願いも叶えさせたい。
私の胸には、そんな子供じみた願いばかりが燃えていた。
そのためにはまず、並び立たなければならない。
あの子の傍には神様や師匠が居るのだ。最低でも、クロエさんと互角で対等にならなければ、頼っても貰えないだろう。
まあ、国会議員としての権力を駆使すれば幾らかは助けになるかも知れないが、それはニック商会長とクロウ様が既にやっている。
私の中には、「あの子の友達でいたい」という願いが、一際熱く眩く燃えている。
だから、私は先ず、追いつかなければならない。
「だったら最低でも、『神』クラスには成らなければいけませんわね」
それに比べれば『賢者』なんて通過点にもなりはしない。
かつては到達点だとさえ思っていたものが、まさか踏み台としてさえ低すぎるとは思わなかった。
だが、もう決めた。
賢者は終わりだ。
次回は選出されても辞退しよう。
ちょうど『新鋭』は外部から呼ぶのが相応しいと考えていたところだし、クロエさんの活躍も相まって通り易い意見になるだろう。
そうして。
私は、ザルバトゥーレ共和国の歴史上、初めての『魔女』になると、誓いを立てたのだった。




