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黒檀の魔女  作者: ラテオレ
永焔のフィオロオウラ
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14. 空想魔法学四限目「合体魔法と究極魔法」

 特別講師の授業、その最終日は、休日に行われる。

 そして希望者は、どの学年の生徒でも、そしてどの先生でも、参加できる。

 なので、毎年最後の授業は『イベント』になることが多い。


 クロエさんの授業でもそうなのかはまだ分からないが、クロエさんは授業の開催場所を魔法学校の『校庭』に指定した。

 学校の敷地内にある庭は、前庭と中庭と裏庭。校庭と呼ばれるのは一番広い前庭で、平時なら四頭立ての獣車が乗り付けたりするほどに広い。

 中庭は噴水もある、昼食に適した憩いの場。裏庭は観賞用と実験用の花壇が広がる、ちょっとした森である。


 クロエさんが校庭に指定したのは、これからイベントを行うつもりか、それとも参加希望者がとんでもない数になると踏んでのことか。


「どちらにせよ、英断ですわ」


 もはや「盛況ですわね」なんてお決まりの文句さえ似つかわしくない。

 校庭には、ほとんど全校生徒と、ほとんど全教師が勢揃いしていた。

 数より質を重んじるザルバミダス魔法学校においてさえ、生徒も教師もほぼ全員となると、百人規模にはなる。

 当然、教室に収まりきる人数ではない。


「やあ。これは凄いねぇ」


 シューデイル先生が私の隣に立ち、周りを見渡して息を吐く。

 基本マイペースで自分の研究第一な魔法使いたちが、こんなに一堂に会することはない。

 壮観、としか言い様がなかった。


 百人や二百人程度ではさしたる人混みにもならないが、彼らは皆魔法使い。

 各々の魂が犇めき合い、異様な魔力の奔流を生んでいる。


 そんな中に現れたクロエさんは、周囲の魔法使いたちを見渡しては驚き、ニコニコとしている。

 あの子からしてみれば一流の魔法使いに囲まれているのが嬉しいのだろうが、その魔法使いたちが皆自分目当てだと分かっているのだろうか。


「こんにちはー! 今日は私の最後の授業です!

 今日は見学がすごい数ですねぇ!

 えーと、例年特別講師の特別授業は上級生たちも参加できる、でしたね。

 聞いてはいましたけど、こんなに集まって貰えて嬉しいです!」


 手を振りながら挨拶をするクロエさんが、軍靴を鳴らすように踵を合わせる。

 すると、ブーツのヒールが伸びて、クロエさんが地上数メートルにまで持ち上げられた。

「ちょっと人が多いので、見易いように高所から失礼しますね!」と言って微笑むクロエさん。


「あんな魔道具も持っていましたのね……!」


 魔女帽だけで二つも魔道具が付いているくらいだ、他にも色々持っていそうだとは思っていた。

 なにせクロエさんは上から下まで全部着た切り一張羅だから。

 羽織っているローブも、袖口の爪型装飾が気になるし、袖を通していないのにゆらゆらと宙を泳いでいるのも気になっている。


「旅人らしい魔道具だね。あの高下駄以外にも、スパイクを生やせたりするのかな?」


「分かりませんが、以前猛ダッシュしていた時もあの靴のままでしたわ」


「駆け足にも対応出来るのかぁ。良いなぁ、僕の故郷にも欲しいよ」


 先生の羨ましそうな顔を見て、靴は山岳部での生活には欠かせないのだなと思う。

 都市部暮らしの私は泥を踏むことすら稀ですからね。周囲の反応を見ても、フィールドワーカーとデスクワーカーで反応が二分されていて面白い。


 そんな反応を楽しみ、クロエさんのまだ見ぬ魔道具に思いを馳せていると、校舎の鐘が鳴り始めた。

 休日は鳴らないはずだが、今日は特別。

 クロエさんの授業開始だけを告げる鐘だ。


 その鐘の音が響くごとに、周囲のざわめきが静まり、やがて無音が訪れる。

 その中でただ一人、クロエさんだけが口を開いた。


「ここの生徒さんはみんな優秀で、きっと凄い魔法使いになったり、魔法を使う技能職に就いたりするんだと思います。

 私のように、新しい魔法の習得はおろか、魔力拡張も出来なかった人間とは違います。

 ですが、私も魔女。

 特別講師として呼んでいただけたのですから、最後に一つ、魔法の極致をお見せします」


 いつになく、迫力のある重々しい言葉。

 いつも通りの愛らしい笑顔に、どこか得体の知れない影が差す。


「――でも、その前に授業です!

 今日は『集団魔法』について話しましょうね!」


 しかしそんな緊張感をあっさりぶち壊して、クロエさんは朗らかに笑う。

 慣れている生徒たちや見学組は苦笑しながら緊張を解き、不慣れな上級生や今日初見学の魔法使いたちは「ええ!?」と声を上げて狼狽えていた。


「締まりませんわねぇ」


 私も苦笑し、肩を竦める。

 でもこうして他者のペースを搔き乱すのがクロエさんらしい。

 いつだって誰かの予想通りにはならない。まるで魔法そのもののような子だった。


「ほら、フィアンマさんも「締まりませんわね」なんて呆れてないで、参加してくださいね!」


 ぶんぶん手を振るクロエさん。

 そこそこ距離が有るはずなのにばっちり見つかっているし、聞かれてもいた。

 目と耳も良いんですのね。


「私の授業の内容は『想像力鍛錬法』に始まり、『ミクロの発想法』と『マクロの発想法』を伝えましたね。

 これはきっと皆さんにいい刺激やいい参考になったんじゃないかと思います。きっとね!

 でも皆さんならもう気付いてますよね。これって全部、一人で魔法を使うこと前提の考え方なんです」


 いや、気付いていなかった。

 少なくとも私は。


 と言うより、魔法は基本的に一人でしか使えない。

 想像力が重要である魔法に置いて、複数人で魔法を共有すること自体が困難極まるのだ。

 クロエさんは『集団魔法』と言ったが、そのカテゴリで実用レベルなのは、複数人が別々の魔法を使う『連携魔法』くらいである。


 既に冒頭から見学組内にざわめきを生みつつも、クロエさんはそのまま続ける。


「授業の前に、私が調べた限りの『集団魔法』について話しますね。

 これは名前通りに複数人で力を合わせて魔法を使うことを指し、その力の合わせ方で更に分類が分かれます。

 例えば『連携魔法』なら、『水魔法』『風魔法』『雷魔法』を合わせて『嵐の魔法』を作るとか。これは一人一人が別の魔法を使い、相乗効果を狙うタイプです」


 珍しく、クロエさんが知識を披露している。

 いつも考え方ばかりを話していたので忘れがちだが、あの子はあの子で図書館に入り浸っていたりするくらい、知識にも貪欲だ。

 資料も用意せずつらつらと語る姿は、彼女の知識量が確かなものだと思わせる。

 実際にはこの一カ月で仕入れたものでしかないのに。

 ……今更ですが、クロエさんって、記憶力が凄まじいですわね……。


「『合体魔法』は、複数人で同じ魔法を使うタイプですね。

 これは想像力の差異によってかなり不安定になるというデメリットが有りますが、その分、複数人の想像と魔力で編み上げられた、強力な魔法が生み出せます。

 まあ、そのメリットも、デメリットと掛け合わさって、「強力で不安定な魔法」というトンデモないものになってしまうわけですが」


 そう。それが実用に向かない理由。

 それに、『魔力の融合』自体が不可能とされる技能であり、辛うじて実現できる『合体魔法』は、魔力ではなく、生み出した魔法自体を融合させる形式である。


「で、そのデメリットをどうにかしようとして生まれたのが、『連携』と『合体』の合わせ技、『儀式魔法』です」


 クロエさんの言葉に、生徒たちは目を輝かせ、教師陣は静かに頷く。

 分かりやすい説明だ。

 集団魔法と言えば、儀式魔法。そう言われるくらいに、儀式魔法は洗練されている。


「『儀式魔法』とはなにかと言うと、『魔法陣』や『魔術刻印』、『魔道具』に至るまで、あらゆるツールを使って魔力を制御して生み出す魔法のことです。

 儀式の中心となる司祭者が想像の核を担い、儀式の参加者たちが幾つもの魔法を紡ぎ、それらを司祭の下で一つの魔法へと編み上げていく。

 と、言うと、ものすごい魔法が生まれそうですが、実際には魔力の大半を制御に充てているため、非常に効率が悪いというのが現実です」


 生徒たちから「えー?」と声が上がる。

 まあ、期待はしてしまいますわよね。


「それでも、一人では到達できない大きな魔法を生み出せるんです。

 効率で言うなら、「千人がかりで十人分の魔法」といった程度ですが、皆さん、「自分の魔法が十倍に強化される」と言えば、その凄さが分かりませんか?」


 それが儀式魔法の真価。

 一人では成し遂げられない大魔法を生み出す、そのための儀式だ。

 時間も人手も魔力も道具も山ほどかけてリターンは僅か。それでもそこには確かな価値が有り、そして浪漫が存在する。


「複数人で一つの魔法を作り上げる。その時に必要なのは、話し合いです。

 複数の意思や想像、発想、そして常識を束ね、たった一つの魔法を作る。

 これは簡単な事ではありません。だからこそ、途轍もない効果が得られます。

 だから、同じ儀式でも、魔法使いたちの儀式より、宗教上の儀式の方が、大きな効果が得られます」


 有名なのが『降臨祭』に見られる『神降ろしの儀式』だと、クロエさんが話す。

 あれらの神事が魔法か神秘かは議論の的だが、似た事をやっても信徒たちに敵わないのは事実。

 例えこの場の魔法使い全員で儀式を行ったとしても、神を顕現させる魔法なんて使えはしないだろう。


「前回の私の授業でも言いましたよね?

 個には個の、そして国には国の、種には種の、つまり集団には集団の常識があるって。

 集団が生み出す魔法は強いですよー!」


 そんなことを言いながら、クロエさんは私の名前と授業内容についても話し始めた。

 ちょうど前回取り扱った、『飛行船』についての話だ。

 あれは一個の儀式場だ、と、私は確かにそう言った。

 そしてその儀式魔法の成果が、彼の巨大建造物の飛行と航行なのだった。


「つまり、「一人で悩む必要はない! 皆の知恵を借りても良い!」と、いうことです。

 ……それが、私が教える、最後の発想法ですっ」


 クロエさんがそう言ってこれまでの授業を纏める。

 魔法使いとしても重要だが、それ以上に、教師として生徒に寄り添うかのような教えに、生徒たちが少しだけ感極まったような顔をする。

 私も少しだけ、じんと来てしまっていた。


「私も皆さんからたくさんの着想を得ましたよ!

 とってもとーっても楽しかったです!

 フィアンマさんともまた夜通し語り合いたいですね! 今度パジャマ選んでくれるって約束、忘れてないですからね!」


 そしていつも通り台無しにするクロエさん。


「脱線してないで話を戻しなさい、クロエ先生」


「え? 脱線しました?

 ……はぁーい」


 夜通しとかパジャマとか、プライベートな話には触れずに突き返すと、クロエさんがしょんぼりする。

 なんであの子には「公私混同」とヤジが飛ばないのかしら。

 むしろ「フィアンマ先生、つめたーい」というヤジが聞こえてきそうですわ。


「さて。伝えたいことは伝えました。

 発想法はこれで全部。

 ここから、いつものように、『実践編』です」


 しょんぼりクロエさんの言葉に、授業常連組が「待ってました!」と浮足立つ。

 本日初参加の生徒と教師は、「これが噂の」と、一歩遅れてそわそわし始めた。

 勿論、私だって例外ではない。


 テーマがテーマだ。

 集団魔法における、「斜め上の発想」が飛び出すに違いない。

 それがどんなものかと、私はずっと考えていた。

 残念ながらここまで何も思いつかなかったが、期待値だけは膨れ上がっていた。


「授業最後に皆さんに提供したいのは、いわゆる『ズル』です。

 魔法ってこの世界に無い特別ルールを作っちゃうことですから、イコール、ズルです。

 ズルしましょうね!」


 と、盛り上がる観衆に冷や水をぶっかけるクロエさん。

 これにも常連と初見で反応に差があって面白い。

 そりゃあいきなり自分の誇りと言うべき魔法を『ズル』呼ばわりされたら脊髄反射で反発してしまいますわよね。

 分かりますわよ、初見の皆様方。と、常連組がうんうん頷く。

 でもこれこそが常識の壁を打ち砕く、ファースト・インパクトですのよ。と、最近理解しましたわ。


「はいはーい。ブーイングは聞きません。

 これは私の中の常識なので否定しないでくださーい。

 それとも皆さん、今から教える「簡単に集団魔法が作れるズル」、聞きたくないんですか?」


 クロエさんの軽口に、恐ろしいほど一瞬で全員が沈黙した。


「……わー。さすが魔法学校の生徒&教師たち。急に全員黙るじゃないですか」


 その統制ぶりに、クロエさんの方が引き気味だ。

 初見組はクロエさんの発言が信じられず、虚を突かれ飲み込めずに固まるし、常連組はクロエさんを信じているからこそ続きが聞きたくて直ぐ黙る。

 ここで文句を言い続ける「実益より見栄」タイプが居ないのが、実に魔法学校らしい。


「仕方ないですねぇ。では伝授しましょう。

 先ずはこの中の『意思疎通の魔法』が使える方、手を挙げてくださーい!」


 クロエさんの言葉に、まばらに見学組が手を挙げる。

 生徒たちの中にも数名居るが、いずれも異国出身の子たちだ。


 ザルバトゥーレは開けた国。多文化国家だ。だから外国人も多く、言葉が通じない問題もよく発生する。

 無尽蔵の魔力がなければ使い難いとされ、在界人には不人気な『意思疎通の魔法』も、通訳代わりの適宜使用としては有用なのである。

 そんなわけで、国会議員である私も、『意思疎通の魔法』は習得している。

 生徒たちの中でも習得している子が居るのは、共用語が不確かだったからだろう。困った時の保険としても最適だ。


「お! 結構いますね! フィアンマさんもですか!

 まあ、無尽蔵の魔力ないと使いっぱなしは出来ないとはいえ、この国では特に活躍させやすい魔法ですしね!

 嬉しい誤算です!」


 ニコニコしながらクロエさんが参加者たちを見渡す。

 確かに不人気魔法にしては習得者が多い。割合にすると、八人に一人くらいだろうか。


 しかし、こんな魔法を要するとなると、今回のクロエ・アイディアは、少し複雑なのだろうか。

 実は『意思疎通の魔法』は、共通言語での会話以上に相互理解がしやすいという一面がある。

 なにせ聞き間違いや、言葉の解釈違いがない。まさに『意思疎通』の魔法なのだ。

 難しい説明での一助になる、と、既に有益な発想を得られた。こんど国会で使ってみよう。


「ではでは、皆さん輪になってください」


 誘導され、参加者がクロエさんを中心に、輪を作る。

『意思疎通の魔法』習得者は等間隔に配置され、それ以外は生徒や教師など関係なく、自由席になっていた。


「簡単に集団魔法を作れるズル、それはシンプルに、『意思疎通の魔法』で集団全員の意思と想像を共有することです。

 そのために、『意思疎通の魔法』を『意思共有の魔法』へと進化させてください!」


 と、ぞろぞろ移動している最中に、あっさりネタ晴らしするクロエさん。

 えっ?と思っているうちに無茶苦茶なリクエストをぶち込んでくるのもクロエさんならではだ。

 流石の常連たちも、「うんうん、これがクロエ先生だよなぁ」とは流せない。


「――いやいやいや! なに!? 意思共有!?」


「今この場で新しい魔法作って集団魔法使えって!?」


「いくら何でも無茶苦茶すぎる! 魔法が暴走したらどうするんだ!?」


 と、輪のあちこちから怒号が上がる。

 声を荒げているのは初見組だけだが、常連組も気持ちは同じだ。

 クロエさんへの信頼があるから怒らないだけで、無茶だとは感じていた。


「……無茶苦茶、ですか?

 私は出来ると思ってますけど?

 だって、ちょーっと『意思疎通の魔法』を使う人が「全員の意思と想像を共有する」って意思を持ち続けるだけですよ?」


 輪の中心でクルクル回りながら、クロエさんが意地悪く笑う。

 あれはたまにやるクロエさんの『煽り』の演技だ。

 今だから分かるが、素直で純朴なあの子が誰かを煽ろうとすると、唐突過ぎて浮く。演技は上手くても、スイッチが急すぎるのだ。「あ、なんか今スイッチ入れたな」が分かりやすすぎる。

 もっとシームレスになさい、と、今度アドバイスしましょうか。


 しかしそれもひと月の交流があって初めて分かること。

 初見組は煽られるままに顔を赤くし、「できらぁ!」「やったらぁ!」と鼻息を噴き出していた。


「まあまあ試してみましょうよ!

 今日は参加人数が人数なので青空教室です!

 多少とんでもないのをぶっ放しても平気ですからね!」


 まだ少し残っていた文句を半笑いの演技で流して、クロエさんが地上に降りてくる。

 しっかり煽られ怒っていた人たちも、輪は乱さず、結局は『集団魔法実験』を楽しみにしてしまっている。

 クロエ・エヴォニアの術中である。


「それで、「じゃあ集団で何の魔法を作るのか」という話ですが……ここで私の『意地』を見せます。

 最初に言いましたね? 魔法の極致をお見せする、と」


 と、授業冒頭で感じた、クロエさんの笑顔の影が、背筋を撫で上げた。

 まだカリカリと怒っていた魔法使いたちも、クロエさんの底知れない気迫に、顔が引き攣る。


「集団対個人。

 魔法学校対、私一人です。

 ――もちろん、私は負けません」


 そう言いながら、クロエさんは提示する。

 作る魔法は、『合体攻撃魔法』だと。


「とはいえ私をぶっ飛ばすのには抵抗があると思いますので、今回のターゲットはこれ! 私愛用の『弓』です!

 元は木製の弓ですが、私の魔法がたっぷり込められています」


 さすがに、と誰かが口を挟もうとしたところ、先にクロエさんが魔女コートの中から棒を取りだして言った。

 言った通りの『弓』だ。黒い、木製の、何の装飾もない、強いて言うなら大きいくらいしか特徴のない弓。

 弦も張っておらず、ただ弓に巻き付いている。それもあって、遠目には「蔦の巻き付いた細長い枝」にしか見えない。


 こんなものに、集団攻撃魔法を叩き込む……?と、全員が首を傾げる。

 そこにどんな魔法が込められているかは謎だが、なんであれ耐え切れるとは思えない。


 クロエさんは魔力拡張が出来ず、マナリンク範囲はほぼゼロ距離。

 弓を置いて離れるのなら、弓には事前に掛けた魔法しか効果を発揮しない。

 つまり最低でも例の『魔法維持魔法』は必要になるだろうから、大量の魔力を注ぎ込んだとしても『防御魔法』に割ける分は目減りしてしまう筈。


 真面目に考えるほどに無茶だと思う。

 が、クロエさんが『魔女の意地』とまで言ったのだ。

 そもそも薬師見習いとしか名乗らないあの子が、自らを魔女と称したのだから、そこには何か特別な意味が有るはず。


「ルールは、授業終了時刻までにこの弓を真っ二つにすること。

 それ以上のダメージを与えてもクリアと見なします。

 ……さすがに簡単だろう、と思いますか? さあ、それはどうでしょう」


 にっこー!と笑うクロエさんに、引き攣っていた魔法使いたちの顔が別の意味で更に引き攣る。

 再び怒号が飛び交うが、今度のそれらはもはや独り言。皆文句を言いながら、あるいはわくわくしながら、『実験』の開始を待つ。


「魔法使いとしては才能のさの字も無い私ですが、だからこそ、三つしかない上に自分対象にしかできない魔法は鍛えぬいてきました。

 集団は強い、ただし、個が弱いわけではない。

 皆さんの生み出す『合体魔法』に、私ただ一人が生み出す『究極魔法』が打ち勝って見せる。

 私はこの弓を通じてそれを証明し、最後の教訓とします」


 言って、

 ズドンッ!!!!

 と、弓を地面に突き立てた。


 その凄まじい衝撃に、地面に罅が入り、地揺れが起きる。

 いつもの笑顔でサラッと何かとんでもないことをしたが、私はその衝撃より、そんな扱いを受けても折れない弓を見て、「やはりただの防御魔法ではない」と確信していた。


「でもそうですね。

 もしこの弓を破壊できたなら、私の魔法の正体を一つ教えましょう」


 と、『地面割り』や『無傷の弓』以上の衝撃を、またもサラッと口にするクロエさん。

 半ば秘密のままやり過ごす気だと思われていた『三つの魔法』の正体が餌としてぶら下げられ、一拍遅れて湧き上がる常連組。

 初見組も遅れて困惑しながらも盛り上がり始めた。


「さあ、始めましょうか」


 もはや魔女を超えて魔王のような佇まいで、クロエさんが宣言する。

 その言葉で、授業参加者が一斉に動き出した。


 丁寧に煽ったおかげか、全員が本気だ。教師陣まで大人げなく勝利を獲りに行き、生徒達に配置の指示を出し始める。


 まずは教えられたズルが本当に使えるのかどうか。

 これは一度試してすぐに効果があると分かった。


 意思中継役の私が誰よりも実感できる。

 特に、『意思疎通の魔法』を使っている者同士の意思共有がスムーズで、「超火力攻撃魔法のイメージ」の他、「クロエさんの魔法の正体が知りたい」とか「クロエ先生に一泡吹かせたい」とか、果ては「楽しい」「悔しい」「面白い」「意思疎通の魔法が有用過ぎて凄い」「凄すぎて既に怖い」などの意思や感情まで共有されていく。


「一度目はとにかくどでかい一撃をぶちかましてみよう」という意思とイメージの共有は五分ほどで完了した。

 内容は、私も居るからか、『極限爆裂魔法』だ。


 先ずは『冷却魔法』で弓と周囲を凍てつかせ、そこに極限まで圧縮した『超高温の爆炎魔法』を叩き込む。

 同時に『酸素生成魔法』と『風魔法』で『爆炎』を更に燃え上がらせる。

 そして、これは教師陣からの絶対外せない意思として、参加者を守る『空気断層の魔法』を組み込んだ。


 はっきり言って、やり過ぎだ。

 それでも「あと何か足せないか」「何か思いつかないか」と意思が行き来し、ちょっとした思い付きも全員の知識と経験で精査され、洗練されて適応される。

 本当に、あっという間に『儀式魔法』に匹敵する『合体魔法』が組みあがっていく。


「魔法が発動し終わり、全てが収まるまで『意思共有』は維持したままで! こちらに割く魔力は惜しまないよう!

 不慮の事故に即応する上でもこの魔法は絶対に有効ですわ!」


 言葉に込めた意思が即座に共有され、「はい!」との返事にさえ私が求めた通りの意思が込められていると汲み取れる。

 まさに一心同体。

 我が道を行く魔法使いたちと、こんなにも深く通じ合える日が来るなんて思わなかった。


「行きますわよ……ッ!」


 意思が広がり、魔力が伝わる。

 ああ、これは、こんなのは『ズル』だ。

 この場に流れる魔力の奔流が、全て、たった一つの意思沿って、形を成していく。


 まるで世界を書き換えるような感触。


 その手に生み出されるは、全てを吹き飛ばす、至高の爆炎。


 もはや確認するまでもなく、その瞬間、全員が『空気断層』の壁に身を隠した。

 頭上を途轍もない熱量が通り過ぎ、耳を塞いでも肌と骨を伝った轟音が鼓膜を揺るがす。


 大爆発。


 なんて、チープな言葉でしか表現できない事象が過ぎ去り、校庭にはぽっかりと穴が空いていた。


 悍ましいまでの火力。

 教室で撃っていたなら校舎ごと消し飛んだであろう熱量。

 いや、壁を作っていなければ、余波でも校舎が瓦礫の山に変わっていたはずだ。


 立ち上がり、沸き立つ生徒たち。

 大人げなく声を上げて喜ぶ教師たち。

 本当に出来てしまった安定した強力な『合体魔法』に、手が震える私。


 でも、それも続かない。


 校庭に空いた大穴。

 じゅうじゅうと煙を上げる抉れた地面。

 その中心に、あの『弓』が、無傷で見つかったから。




「まずは私の一勝ですね?」







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