13. 継がれゆく火
「疲れましたわ……」
ふー、と息を吐き、両肩をぐるぐる回す。
談話室の一角を借りて進めている作業は、まだ半分ほど残っていた。
魔導院の仕事、国会の仕事、特別講師の仕事。これは終わった。
私的研究は、もう、永劫に終わる気配は有りませんが、一番厄介なのは監視役の仕事かしら。
こんな公の場では出来ませんので、ここには持ってきていませんが。
円卓のクロウ様から、今朝方返事が返ってきていた。
内容は、「私はクロエさんの有する特別な力を知っています」という曖昧なもの。
それと、「彼女は師の技術を正しく引き継いでいます」という意味深なもの。
もし、私の予想が正しければ、クロウ様はクロエさんの『不眠不休』と、その出所を知っている。
知っているからこその、意味深発言なのだろう。
だとすると、クロウ様は「誰もが不眠不休、ひいては不老不死になれる可能性」を理解していながら沈黙していることになる。
人類の守護者であるクロウ様が、人類の利になることを隠すだろうか。
それとも、『利益』とは呼べない、何かしらの代償があるのだろうか。
……考えても分からない。
思い浮かぶのは、クロエさんの笑顔だけ。
絆されているのだろうか。
あるいは、毒されているのだろうか。
あの子が齎した『知恵』は、今年の新一年生の能力を大きく成長させた。
その『知恵』は、後に二年生や三年生にも広がり、やがて魔法界全体に波及していくことになるだろう。
まるで、彼女こそが『新鋭の賢者』であったかのように。
考えてみれば、「魔法界に新しい風を」と言いながら、魔導院から選出しているのが間違いなのかも知れませんわね。
本当に新しい風を望むのなら、魔導院の、あるいは共和国の窓を開いて、もっと遥か遠くから風を呼び込むべきでした。
それを、クロエ・エヴォニアが示したのですわね。
あの子の秘密が何であれ、あの子はこの国と生徒たちにとても大切なことを教えてくれた。
もう、あの子の秘密を探るべきではないのかも知れない。
お友達の秘密なら、話してくれるまで待つのが礼儀だろう。
「精神衛生上でも、それが良さそうですわ」
そうと決まれば、もうクロエさんのことは忘れて、作業に集中しよう。
今は『物質化した炎』を使った、複数素材の生成、の研究。
火の鳥とまではいかなくとも、例えば『瓶状炎』に『液状炎』を詰めた『全火炎瓶』とか、そういった不思議なものが作れるようになりたい。
あとは『炎』を抑えて、より物質に近いものとか。現状はどうしても炎らしい波や揺らぎが見て取れる。
更にフィンメルさんの『色付きの風』に着想を得た、カラフルな物質化炎。これを実現し、極めれば、炎でイラストや人形が作れるだろう。
ああ、時間が足りない。
研究資料がどんどん分厚くなっていく。
それもこれも、全部クロエさんのせいだ。
振り返ってみれば、実りの多い特別講師期間だった。
当初はスランプに悩んでいたが、今ではいくつもの新しい魔法を習得している。
クロエさんに振り回されていただけに思えて、実際は導いて貰えていたんだと、今なら分かる。
振り回され過ぎて項垂れた時でさえ、あの子は優しく手を引いてくれた。
こうも善人ムーブが続くと、ただ「異常な能力を持つ」というだけで疑ってかかる私の方が悪人に思えてくる。
国と国民を守らなければならない立場としては、疑り深いくらいで良いとは思うが、しかし、それで言うなら最も武力に警戒しなければならない騎士団がクロエさんをノーマークなのである。
つまりは安全・安心、だと、思うべきなのだろう。
「難儀ですわ……」
どの角度から見ても大丈夫そうなのに、一抹の不安が拭えない。
考えるのをやめようと思ってもつい考えてしまう。
困ったものですわ。
まるで話に聞く『恋』のようですわね。
「やあ、フィアンマ君。お疲れ様」
そんなことを振り返りながら談話室で作業をしていると、授業を終えたシューデイル先生が現れた。
朗らかで穏やかないつもの笑顔に、少し傷んだ朱色の髪と、目の下のクマ。相変わらず気持ちの良い夜更かしが続いている様子。
きっと先生も私と同じく、終わらない研究に夢中なのでしょう。
同じ、と言うと、私も同じ顔をしていますのかしら?
目の下のクマはメイクで隠しましたし、髪も梳いてオイルを使いましたが、傷んだ髪質と荒れた肌は完全には隠せませんでしたわ。
化粧は魔法。しかして魔法は解けるもの。ましてや相手は魔法使い。
バレてないと良いんですけれど……。
「やつれているね。ご飯はちゃんと食べなきゃだめだよ?」
「……はい」
秒でバレましたわ。
しかもメイクではどうしようもない肉付きの部分で。
お肌隠してお肉隠さず。なんとも恥ずかしい結末ですわ……っ。
「もう、来週が最後の授業だね」
恥ずかしくて黙ってしまった私を見て、苦笑しながら先生が話題を変える。
そんな優しさに乗っかって「そうですわね」と返しながら、この三週間を振り返ってみた。
特別講師期間はひと月。来週の授業が最後になる。
それが終われば、またしばらく学校に顔を出すことはないだろう。
先生ともまたしばらくは会わなくなってしまうし、生徒たちやクロエさんも同様だ。
先生は勿論、生徒たちのことも離れがたく思っていた。
あの子たちは、これからたくさんの挫折を味わうだろう。
その時、私はそばに居てあげられないのだ。
誰かにちゃんと相談できるだろうか。それとも私のように引き籠って足掻き続けるだろうか。
絶望や失望を感じてしまわないだろうか。
感じたとしても、乗り越えていけるのだろうか。
苦しみに歪んでしまうのなら、いっそ魔法使いを辞めたって良い。
そう考えてしまうほどに、私は生徒たちの幸せだけを案じていた。
「不安だよね。生徒たちと離れるのは」
先生の寂しそうな笑顔に、頷いて返す。
「分かるよ。でも大丈夫。すぐにまた会えるから」
そう言って、先生は私の向かいの席に座る。
二人の間に置かれたテーブルには私の研究資料が広げられている。その端に授業の資料を置いて、先生はポケットから小さな水筒を取りだした。
金属製の蓋付き水筒は、底が指を差し込めるくらい細く長く凹んでいる。そこに火の魔法を入れて、蓋を持ってクルクルと回すように揺らすと、中身の液体が加熱されるというものだ。
そうして温めた飲み物を、先生が私に渡す。
学生時代にも時々貰った、甘くて黒くてほろ苦いお茶。クムユだ。
子供に人気で、でも飲み過ぎると眠れなくなる。その覚醒作用とほっとする味が好きで、夜毎に先生にねだった記憶がある。
「会える、と言うのは?」
お礼を言ってから訊くと、先生ももう一つの水筒を取りだして笑う。
「例えば、風の噂とか。あるいは新聞の記事の中とか。
時にはふらりと立ち寄った書店で、たまたま目に留まった本の著者名なんかで再会することもあるよ」
――そういうことか。
確かに、そうやって直ぐに生徒たちのことを知れるのなら、「今頃どうしているのだろう」と、不安に思うことはないだろう。
直ぐに会える、というのも、信頼の表れだ。
この学校を卒業するころには一人前の魔法使いになっているであろう生徒たちは、この国でも、あるいは古郷でも、間違いなく活躍してくれるだろう。
「そういう意味では、君は何度も何度も会いに来てくれたよ、フィアンマ君。
君が卒業してから、君の名前を見聞きしない日は無かった。
だからだろうね。君が特別講師としてやってきた時も、昨日も会ったような気がしていたんだよ」
「そうでしたの……」
私からしてみれば、何年も会っていなかった恩師だ。
未だ若輩の私からしてみれば数年という期間は長い。人生の一割以上も会えていないのだから。
でも、先生は毎日私の事を見守ってくれていたのだ。
気恥ずかしいが、嬉しくもある。
「そう、君が卒業後すぐに髪を染めたのも新聞で知ったんだよ」
「えっ」
「明るく綺麗な陽の色の髪を、毛先だけとはいえ、朱色にしただろう?
私の事を忘れないでいてくれてるのかな、なんて、自意識過剰かもしれないけれど、嬉しくてねぇ」
「せっ、先生!? ここここれはオシャレであって! っその、先生の真似とかでは……ッ!」
「そうだねぇ。時々メッシュにしたり、髪形を変えたりもしてるもんねぇ。
今でも忙しい中、わざわざ時間を作って染めているんだろう? お洒落だねぇ」
「っもう! 先生!」
ははは、と笑う先生に、顔を赤くして怒鳴る。
そう言うのは分かっていても弄っちゃダメですのよ! もうっ!
そうだ。
私は先生と離れ、一人で居るのが寂しく感じる自分に気付き、気を紛らわせるために髪を染めたのだった。
今ではあまり聞かないが、魔法使いとしての才能は遺伝するとも言われ、だから優秀な魔法使いたちは同じような髪や眼の色をしていたという。
それに倣って、髪を朱色に染め、「先生の教え子」の証にしていたのだった。
……まさか本人にバレているとは……っ!
寝不足バレの数十倍恥ずかしいですわぁ……!
「別に髪を染めなくても、『継ぎ火』があったじゃないか」
「そうですけど、あれも日に日に小さくなっていきましたし……」
私は両手のひとさし指をツンツンと合わせる。
『継ぎ火』は先生に掛けてもらった魔法だ。それが「教え子の証」と言えばそうなのだが、でも消えていく魔法に焦ってしまったりもした。
そもそも魔法は他者に掛けられず、掛けられても直ぐに消える。
先生の『継ぎ火の魔法』は特別であり例外でもあるが、それでも、掛けてもらった頃から比べてどんどん小さくなっていったのは事実だった。
今でも私の中に『継ぎ火』は残っているが、意識してよーく探さないと見付けられないほど弱く、小さい。
「君は今ではもう、教え子じゃなくて、先生だろう?」
「いいえ。先生ですが、シューデイル先生の教え子に変わりありません」
強情だなあ、と言って、先生が笑う。
何とでも言うと良い。それでも私は、先生から卒業する気はない。
「まあでも、そんなことを言いながらも、君はやっぱり立派な先生だよ。
君が来てくれたおかげか、今年の生徒達は例年より生き生きとしていて、しかも成績も良い」
先生が褒めてくれる。
嬉しい、が、それはクロエさんの影響が大きいだろう。
「もちろんクロエ君の影響も大きいけれどね」
と、私の気持ちを察してか、先生が付け加える。
「でもね。君の授業には、たくさんの先生たちが来ていただろう?
そして生徒たちも、誰一人、君の話から意識を離さなかった。
それだけ君の授業は新鮮で、刺激的で、そして誰にとっても為になるものだったんだよ」
「……先生」
「うん。やっぱり、君は『新鋭の賢者』の名に相応しい」
先生がそう言って、にっこりと笑う。
その言葉にはきっと、嘘も慰めもない。まるで誇るかのような言葉だった。
……ああ。
ついさっき、「クロエさんこそが『新鋭』だ」と考えていた私を、こんなに優しく否定して下さるなんて。
思わず涙ぐみそうになったのを慌てて堪え、首を振る。
恩師への恩は、返せたのだろうか。
それとも、より大きな恩が出来ただろうか。
分からなかったが、私は精一杯の笑顔で、「ありがとうございます」と先生に伝えた。
それからクムユを一口飲んで、その甘さに心を落ち着ける。
泣きそうになってる場合ではない。
ちゃんと先生を呼んだのには理由があるのだから。
そう、先生に聞きたい事とお願いしたいことがあって、談話室に呼び出していたのだ。
だからこんなところで資料を纏めつつ待っていたのだ。
でなければ普通に自室で作業している。
「先生、今も『継ぎ火の魔法』は使っていますか?」
私が先生に掛けてもらった魔法。
『継ぎ火の魔法』は、シューデイル・マーシュウォートの使う『炎魔法強化の魔法』のことだ。
内容は文字通り、「対象の使う炎魔法を強化する」というもの。
もう少し具体的に言うと、「炎魔法が発現しやすくなる」、といったものだ。
「うん、使っているよ。
フィアンマ君の影響か、炎魔法を使ってみたいって子が激増してね。
試しに使ってみたいって子たちには打って付けだしねぇ」
相変わらず朗らかに笑う先生。
私としては先生の大切な『継ぎ火』を軽く扱われるのは心外なのだが、先生はそう言うのを気にしない。
そもそも『継ぎ火』自体が生徒の一助のための魔法だ。
すぐ消えるような強化魔法を、わざわざ研究し、習得したのも、全て教え子の背を押してあげたいからだという。
先生の故郷に伝わる、『継ぎ火の儀式』。
故郷の『霊峰』の頂きにある溶岩。そこから貰う火を聖火とし、それを大勢の人間で受け継ぎ渡しながら登下山する。
年始に聖火を受け取り、下山するのが『迎え火』で、年末に登山して聖火を火口に投げ入れるのが『送り火』らしい。
それで言うと先生の魔法は『迎え火の魔法』になるが、先生は「返すくらいなら次の誰かに継いであげて欲しい」と言って『継ぎ火の魔法』と名付けた。
ただの『炎強化魔法』と違い、特別で例外的な持続力を持つのが『継ぎ火』の特徴なのだが、私のように、残ってはいるけどほとんど用をなしていない、気休めレベルになってしまう。
寂しいが、それもまた先生の教え。いつまでも『継ぎ火』に頼っているようではいけないのだろう。
「魔導院での記録を読んで知っていますが、未だに持続性の謎は解明されていないのですか?」
「そうだね。自分でも研究はしているけれど、僕としては特別なことをしている心算がないからさ」
原因不明の持続性。
これは先生の故郷の風習、つまりは『宗教観』から来るものではないかとの説が有力だ。
つまり『霊峰』への信仰が神秘を発現し、魔法と混じり合って『継ぎ火』になっている、と。
しかし先生の故郷では、風習は残っていても宗教と言うほどではなく、神官も居ない。そんな薄れた信仰で、かつ自然神であっても神秘を授かれるのかが疑問点である。
なので、今現在は暫定『奇跡』とされている。
「でもクロエ君の『魔法維持魔法』の研究が進めば、僕のと違って誰でも使える『継ぎ火の魔法』が生まれるんじゃないかな?」
「そうなると『火』に限らず、様々な魔法の強化が出来ますわね」
「騎士団がずっと所望している『身体強化魔法』も現実味が出てくるかなぁ」
「あちらは解除時の反動と代償が一番の問題なので難しそうですが、『武具強化魔法』なら一気に実現まで持ち込めそうですわ!」
「良いね! 夢が広がるねぇ」
などと、ついつい雑談に興じてしまう。
確かにクロエさんの『魔法維持魔法』は盲点かつ衝撃的だった。
でも、さすがに『継ぎ火』ほどの持続力は持ち得ないだろう。
そっちに関しても、先生とクロエさん、三人で夜通し語り合いたい。
が、今は本題に戻ろう。
「それで、先生にお願いがあるんです」
「良いよ。なんだい?」
返事してから内容を訊くシューデイル先生。
久しぶりに聞いた先生の鉄板リアクションに、思わず軽く噴き出してから顔を上げる。
「私の最後の授業で『奇跡』について教えたいのですわ。
その時、先生に『継ぎ火』で実演して欲しいのです」
奇跡。
魔法ではなく、神秘でもない、正体不明の超常現象。
『継ぎ火』の持続力が、「それ」だ。
なにせ正体不明なので実例が少なく、ザルバトゥーレ共和国の中でもおそらく先生しか有していない。
それを授業で生徒たちに触れさせることが出来れば、良い経験になるだろう。
授業内ではその特異性は分かりにくいが、何年経っても自分の中で燃え続け、心を温めてくれる灯。
その存在が、やがて『奇跡』の存在を実感させる。
なにより、少しだけでも「魔法が得意になる」のが素敵だ。
「了解。スケジュール空けておくね?」
「またフィールドワークに出掛けないでくださいね?」
初日みたいに、と言うと、先生は噴き出して笑いだした。
つられて私も笑いだす。
談話室に、控えめな談笑が響いていた。




