10. 空想魔法学三限目「マクロの発想法」
「盛況ですわねぇ」
今日はクロエさんの授業の三回目。
集まった生徒たちと、それ以上の数に膨れ上がった見学者たちを見て、思わず声が出る。
毎週言っている気がするが、今週は驚くほどだ。
特別講師期間は一カ月、授業は週一回で計四回。
クロエさんの『空想魔法学』は折り返しで、後二回。
年甲斐もなくわくわくそわそわとした見学者たちに、普段なら呆れていそうな私も、シンパシーを感じていた。
「やあ、フィアンマ君」
「シューデイル先生」
声を掛けられ振り向くと、先生がいつもの穏やかな笑顔で教室に入ってきた。
目の下のクマは薄れているものの、どこか顔色は白い気がする。
山岳地帯出身で、基本フィールドワーカーのシューデイル先生は、穏やかながらも体力は魔法使いの平均以上に有る。
なのにこのくたびれ感。研究に熱を上げ過ぎているようですわね。
原因は言うまでもなく、クロエさんでしょう。
「あまり無理はよろしくありませんわよ?」
「ははは……開口一番に釘を刺されちゃったね」
照れくさそうに頭を掻く先生。
ここで言い訳せずに困った顔で笑うのも昔と変わらない。
「でも、大丈夫だよ。
フィアンマ君の授業で言われてた通り、ちゃんと『自分』と相談しながら研究してるから」
と、ウィンクして見せる先生。
思いがけないカウンターに、私は「そっ、それなら結構ですわっ」と声が上擦ってしまう。
あれは生徒たちと、あとクロエさんに向けたものでしたが、魔法お馬鹿になっていた方々には良い忠告になっていたようですわね。
忘れちゃいけない当たり前も、今後も発信していきましょう。
「でもフィアンマ君こそ大丈夫かい? 公務に教師に大変だろうに、少し疲れた顔をしているよ」
心配そうな先生が私の顔を覗き込む。
今度は私が苦笑で返す羽目になるが、言い訳は思いつかなかった。
スランプ解消のおかげで、公務も教師も順調で、研究も捗って仕方ない。が、寝不足の一番の原因は、クロエさんとの寝落ち女子会だろう。
睡眠時間は必ず確保していたのに、あの日からちょっとガタガタになっている。
でもさすがに「友達と話してたら寝るのが勿体無くって」なんて女学生みたいなことは恥ずかしくて言えない。ので、笑顔で誤魔化しておく。
「さあさあ始めますよーっ!」
例によってクロエさんの元気な声が響き渡る。
ざわついていた教室が別の意味でざわつき、生徒たちも見学組も慌ただしく定位置に着いていく。
私もシューデイル先生も姿勢を正して前向く。すると、早速クロエさんと目が合った。
うーん。可愛いですわね。
相変わらずずーっと勉強しているとの監視報告が入ってきているのに、全く疲弊しているように見えない。
滋養強壮に効く薬でも常用しているのか、それとも本当に健康の秘訣を実践しているのかしら。羨むべき肌つやですわ。
「空想魔法学、第三回、発想力を鍛えよう! マクロ編!」
高らかに授業のテーマを告げるクロエさん。
それだけで拍手と歓声を上げる生徒たち。
だいぶ仕上がってますわね。関係性が。
「皆さん、魔法は生んでますか? 育ってますか?
私は図書室に籠ってみたり授業見学の旅に出たりしてますが、新魔法一つも習得できず!
だから上手く行ってないよと悩んでいる方、大丈夫!
私みたいなのでも特別講師になれますから! ねっ!」
その盛り上がりをぶっ壊していく自虐語り。
明るく朗らかなのに悲哀が瞳に滲んでいるのがやや怖い。
聞いてはいましたが、本当に習得できていないんですのね。
知識や発想と魔法の発現は別物。分かっていても、少々信じがたいですわ。
「私みたいに魔法が三つしか使えないというのは稀有なんだそうですが、在界全体を見ても「なんでもできる魔法使い」は少ないそうですね。
同じ魔法を繰り返し使うことで『魂』がそれに適した特性を獲得し、想像が脳裏に焼き付いたイメージになる。
このメリットは、逆に、焼き付いたイメージを拭い去ることは困難だというデメリットでもあります。
平たく言うと、魔法の質を取るか、数を取るか、どっちかになる、ということですね」
私は間違いなく前者です、とクロエさんが纏める。
それでもたった三つだけで新しい魔法を覚えられないというのは極端だ。
それをクロエさんは、「三つだけ、死ぬ気で勉強して、ようやく習得したんです。才能無いんですよ私」と言って笑う。
「……本当にそうなのでしょうか」
隣のシューデイル先生に小声で問う。
確かにクロエさんの言い分は分かる。間違っているとは思わない。
しかし、クロエさんほどの想像力を持ちながら、それでも魔法を使うことすらできないなんて、どうにも納得できないのだ。
「三つの魔法しか使えない。そう、思い込んでいるのかもね。
クロエ君が悲観的に見えないのも、むしろ「三つの魔法しか使いたくない」という心情の表れなのだとしたら、僕は理解出来るかな」
「なるほど……」
先生の推察に、小さく頷く。
そうでしたわ。クロエさんの魔法は師匠や神様から習ったもの。そのどれもが『特別』なのだとしたら、クロエさんにとって「魔法を習得すること」そのものが途轍もなく大きな意味と価値を持つことになる。
どんな小さな魔法でも、独力で習得したくない、なんて心理が働いているのかも知れない。
……そう考えれば、納得できますわ。
「私の魔法習得状況はいまいちですが、皆さんは急成長してるって聞いてますよ!
個人的には、風魔法使いのフィンメルさんが「想像力鍛錬法が上手く出来ない」と悩んでいたところ、ミクロの発想法で『風の色』を弄ることを思いついたこと。そして編み出した『色付き風魔法』で想像力鍛錬法を出来るようになって色んな風魔法を習得できたのが嬉しかったです!
隣界人曰く、『百聞は一見に如かず』と言いまして、人間が視覚を通して得る情報は本当に多いんです。
魔法の習得段階では「分かりやすさ」即ち「想像しやすさ」が最重要だという証左ですね!
フィンメルさん、おめでとうございます!」
わあ!と教室中が沸き上がり、生徒の一人が照れながらも嬉しそうに周囲へ笑顔を振りまいている。
彼が風魔法使いのフィンメルさんだろう。
先日の女子会で話した通り、風魔法は初級魔法と呼ばれ、炎魔法と同じく、さほど研究されていない魔法だ。
これも炎魔法と同じく、風の強さや範囲が重要とされる。
ただ、炎魔法以上に専門的に学び使い続ける者は居ない。
『空気を生み出す魔法』から、生成系魔法に進む者。
『空気を動かす魔法』から、操作系魔法に進む者。
その始まりとしての役割を持つ初級魔法、というのが、風魔法の役割だ。
なので、フィンメルさんが生み出したという風魔法がどんなものなのか、ものすごく気になりますわ……!
まず間違いなく聞き馴染みのない魔法でしょうからね!
「でも、世の中には視覚以外の知覚を上手く使う魔獣なんかも多いですよね。
そんな魔獣に倣う、第三回のテーマは、『マクロの発想法』です!」
ん?
急に話が変わりましたわ。
「前回がミクロでしたから、次はマクロ、と予想してくれた人も多かったですね。
先を読むのは私も好きです。下手ですけど。
先読みしてた人は、実際に授業を受けた後、どのくらい想像と現実が違ったか教えて下さいね?」
えー!?と、生徒たちから声が上がる。
私もミクロとマクロは予想していましたが、クロエさんが予想通りの授業をするとは思えませんわ。
ちらり、と横目で先生を見ると、先生も小さく首を振った。
見学組、おそらく全員、苦笑してたり咳払いしたりするのを見聞きするに、生徒たちと同じ気持ちらしい。
まあ、読めませんわよね。
「……フィアンマさんも来てくださってますね。
前に言った通り、今日の授業で「傷付く必要はない」って説明しますからね!
聞いててくださいね!」
ばっちり目が合ったので、笑顔で手を振っておく。
前に言った、というのは、前の授業で私が「見掛け倒し」にショックを受けた時のでしょうか。
約束したみたいに言ってますけど、そんな話はしていませんわ。
あとそんなに気に掛けていただけると逆に恥ずかしいですわ。せめて先生と生徒たちのいないところでしてください。
「クロエせんせー! 先生はフィアンマ先生と仲良いんですかー?」
と、内心で照れていると、生徒の一人が手を上げて質問した。
そんなしょうもないことより聞くべきことがあるでしょう、と思っていると、周りの生徒たちも「聞きたい」「知りたい」と騒ぎだす。
「はい? ええ、そうですよ? 私、フィアンマ先生とよく話すんです」
対するクロエさんは照れも恥じらいもなく答える。
同僚として、というニュアンスとも取れるが、ニコニコ笑顔の眩しさがビジネスライクを否定する。
「この前は部屋を訪ねて夜通し『魂』や『炎魔法』について話したんですよ!
本当に夜通しだったので途中でフィアンマさんは寝ちゃいましたけど」
おい、恥じらえ。
なんで生徒の前でプライベートの話しますの?
威厳とか気にしませんの?
私は気にしてますわよ? 私の授業での立ち居振る舞い見てました?
「フィアンマ先生の寝顔見たってことですかー?」
なにを聞いているんですの!?
「寝顔? 見ましたけどあれは、気絶した顔なので……」
そしてなんで答えますの!?
そしてその苦笑はなんですの!?
私はいったいどんな顔で寝てましたの!?
「あっ、可愛かったですよ!?」
「ッ手遅れですわよ!!」
「あーっ! 火を飛ばさないでくださいフィアンマさん!」
私の視線に気づいてバレバレな嘘フォローを入れるクロエさんに、火の玉を投げ付ける。
ミクロの発想で『熱』を抑えた火の玉は、教卓や床や壁に当たってボワンッと破裂して消える。
全く、ろくなことを言いませんわね……。
「酷い顔って言ったら怒るかと思って可愛いって言ったのに……」
「そもそも乙女の寝顔の話を教え子に聞かせることがアウトですわ!」
「えー? 人の心は魔法以上に難しいなあ……」
それには同意しますが、あなた、魔法も一つも覚えられていないじゃないですの……。
「――さて! 気を取り直して、マクロの発想法やっていきましょう!」
クロエさんが全てを誤魔化す笑顔で立ち上がり、わざと外す心算だった火の玉をパシッとキャッチした。
……キャッチした?
一瞬、教室中で「え?」という空気が流れる。
熱を抑えているとはいえ、火の玉を素手で掴んだ?
「これは一言で言うと『拡大解釈』です」
何事もなく、クロエさんが話し続ける。
その様子を見て、周囲は「ああ、なんだ、全然熱くない火の玉だったんだな」という顔をした。
が、実際は違う。
私の認識では、あの火の玉は火の粉程度の熱は有る。
爆ぜた破片ならともかく、塊を素手で鷲摑みにして火傷どころか熱がりもしない、なんて代物ではない。
「使い方はざっくり、『拡大』『連想』『飛躍』となります」
ああ、授業が進んで行く!
混乱している場合ではありませんわ!
なんで仲良くなってちょっとは分かり合えたと思っていたのになお振り回されなきゃいけないんですの!?
「この三つの使い方で、既に使える魔法のイメージを膨らませて、新たな魔法を生み出していこう、というタイプの発想法なのです!」
進んで行く授業に着いて行くべく、疑問を振り払って居住まいを正す。
私の様子に、隣のシューデイル先生がくすくすと音もなく微笑んでいた。
……恥ずかしいですわっ。
「やっていることは前回のミクロの発想法と同じですが、既に使える魔法を「細かくする」か「膨らませる」かの違いがあります。
私も魔法は三つしか使えないと言いながら、『拡大』からの『応用』はよく使います。
元の魔法では師匠に勝てなくっても、応用力では勝てたりするんですよ。ふふふんっ」
胸を反るクロエさん。
自慢げなのは良いんですけれど、あなたの魔法を一つも知らないから凄さが分かりませんのよ……。
「クロエ先生の魔法ってどんなのですか?」
ナイスですわ生徒! 確かあなたはフィンメルさん! ナイスでしてよ!
クロエさんは一瞬ぱっと答えようとして、はた、と止まる。
「そうですねー。折角だからそれも授業にしましょうか。
ヒントは『最強の矛』にして『最強の盾』です」
……一様に首を傾げる生徒&教師陣。
ただ、私はクロエさんが手をヒラヒラさせているのを見て、ハッとした。
やっぱり、さっき火の玉掴んで無傷だったのも、魔法の効果でしたのね!?
最強の盾、ということは、防御魔法?
最強の矛はなんでしょう。
いえ、矛にして盾、と言うことは、単一の魔法?
身体強化魔法かしら。
筋肉教の話はまさかの伏線……?
「私の魔法の正体を解き明かしたいのなら、今日の授業も参考になると思いますよー?」
その言葉で、ざわついていた教室内が静まり返る。
いい加減、皆が気になっている、クロエさんの魔法。その正体に迫るヒントが、今回の授業にある。
そう聞かされてしまえば、授業そっちのけになりつつあった皆の興味が、否応無しに引き戻されてしまう。
やりますわね、クロエ先生。掌の上で踊らされていますわ。
「そう言えばフィアンマさんも恩師が炎魔法使いって言ってましたね。
それでフィアンマさんが魔導院のトップ5、賢者になれたっていうことは、完全では無くても恩師越えを成し遂げているってことでしょう」
「残念ながら賢者は魔導院のトップ5ではありませんが……」
「えっ」
よく勘違いされるので、こういう時の説明は慣れている。
魔導院のトップ、院長は、賢者以外から選出する。そして賢者は条件に沿って選出される。
『老師』『新鋭』『異彩』の三席は、魔導院だけで選出する。
残りの二席は「騎士団の推薦枠」と「飛脚連の推薦枠」だ。他党が推薦する魔導院の魔法使い、これが賢者として不足なければ賢者に選出される。
つまり、魔法使いとしての純粋な実力のみで選出される賢者は居ない、ということだ。
そもそも賢者は「魔導院所属の国会議員」のことであって、当然重視されるのは議員としての能力である。
更に言えば、魔法使いはその実力の比較が難しく、『最強』を決める方法すらない。
「というわけで、トップ5でもベスト5でもないのです」
「なるほど……!」
クロエさんの勘違いを正すと、クロエさんは素直に「ありがとうございます!」と頭を下げた。
ここでも恥ずかしがらないのは立派ですわね。見習いたいですわ。
「ちなみに、私の恩師は隣に居られるシューデイル先生ですが、こちらも単純に師を超えたとは言いにくいです。
と言うのも、『物質化』などで先生にも出来ないことが出来るようになった私ですが、それでもまだ先生に出来て私には出来ない魔法もございます。それも、『炎魔法』で」
そう言うと、先生は照れくさそうに頬を掻き、クロエさんは目を輝かせた。
「シューデイル先生が恩師だったんですか!?
わー! 私、授業見学しました! 『神聖魔法学』!
宗教と魔法の関係、「昇神の儀式は神を生む魔法ではないのか、ならば魔法は神秘や権能を作れるのか」! 興味深かったです!
「そもそも神は概念であり魔法は概念を生み出す行為なのだから、神産みの魔法が有ってもおかしい事などない」って、こういうそもそも論大好きなんですよ!」
ものっすごい食い付きましたわね……。
監視役からの報告で聞いていましたが、クロエさんは生徒顔負けなくらい沢山の授業を見学している、とのこと。
やはりシューデイル先生の授業も聞いており、そして強く興味を惹かれたご様子。
シューデイル先生は炎の魔法使いだが、魔法使いとしては『優秀』止まりだ。それは、私としては認めたくないが、客観的事実である。
魔導院においてもシューデイル先生の功績は『魔法の使い手』ではなく『魔導の研究者』としての方が大きく、だから半ば研究者のまま魔法学校で教師をやっているというわけだ。
特に彼の専攻している『神聖魔法学』は、クロエさんが言った通り、神を魔法の産物、神秘もまた魔法により再現できる、と定義するもので、当然ながらほとんどの宗教に嫌われる考え方だ。
そして残念なことに「理論には一理有っても、実績は無い」というのが現状だ。
シューデイル先生でさえ『儀式魔法』や『神産みの魔法』は再現出来ておらず、結局「神事や儀式は魔法では無い」との宗教家の言葉を裏付ける日々だという。
「……あ、ごめんなさい! 授業、授業ですね……」
と、私がクロエさんの食い付きにまんざらでもない顔をしていると、クロエさんが我に返ってしまった。
残念ですわ。
「せっかくなので今回もフィアンマさんの炎魔法を例に、マクロの発想法をやっていきましょうか」
ねっ!と手を引かれ、教室の前へと連れていかれる。
なにが折角なのかは分かりませんが、まあ、協力は惜しみませんわ。
特等席かつ一番乗りで授業の成果を得られるのが私のポジションの美味しいところですので。
「まず第一に、『拡大』ですね。
これはとてもシンプルです。
炎が持つイメージを、魔法に組み込むんです」
女子会で話した、「師匠の得意なやり方」ですわね。
炎のイメージ、『炎』という概念を、想像力の補強に用いる。
そして、補強を必要以上に繰り返すことで、イメージの拡大解釈を起こす。
と、言うのは簡単ですが、具体的にどうすれば良いのかが分からず、私は話に集中する。
「例えば、炎の持つ「焼き尽くし、灰にする」イメージ。
これを強く想像して生み出した炎は、『焼いたものを灰に変える炎』になります。
ごく普通に思えますか? でもこの炎、水でも金属でも灰に変えてしまうんですよ」
なにせ『灰に変える炎』の魔法ですからね。と、クロエさんが笑う。
焼くでも焦がすでもなく、灰に変える。燃焼反応をすっ飛ばして結果だけ齎す魔法。
同じく燃焼反応も無いのに生み出される『魔法の炎』と同じだ。有り得ない。だからこその魔法である。
ちなみに、私はこの『灰に変える炎』は作った事が無いし、思いついた事も無い。
いい加減驚きもしなくなりましたが、相変わらず私のこれまでの常識と人生を容易くひっくり返してくれますわね。
「このように、イメージも利用することで、水を蒸発させずに焼く、金属を溶かさずに焼く、そんな炎も作れます。
ただ、無意識的に「水や金属は燃えないし灰にならない」という常識がブレーキになってしまうので、実現は難しいです。
フィアンマさんの『物質化した炎』を誰も真似できないのも、常識ブレーキのせいでしょう。
『基礎魔法学』的に言うなら、「脳裏に焼き付いたイメージ」が「無理矢理組み上げたイメージ」を破壊してしまっていると言えます」
女子会の話のおさらいになってきましたわね。
私は二度目なのもあり、有識者ぶって頷いているが、今日この場で初めて聞いていたなら生徒たちや見学組と同じく目を輝かせて前のめりになっていただろう。
「なので、今の拡大例はいまいちでしたが、別の拡大例はどうでしょう」
「……?」
別?
……ああ。『延焼の魔法』のことでしょうか。
あれはまだ試せていませんが、それでも少し難しい気もしますわ。
やはり温度も何も無視していきなり燃え移るというのは、これもまたイメージのブレーキが掛かってしまう気がする。
「フィアンマさん。『燻る』イメージを魔法に付与したことはありますか?」
……なんか、全然違うイメージを振られた。
「く、燻る? 消えそうで消えない、半端な状態の火ですわよね。付与も何も、そんなものに何の意味が?」
「そのリアクションは、「付与した事が無い」ってことですね! それはちょうどいいです!」
困惑する私をよそに、手を叩いて喜ぶクロエさん。
さてはこの子、天然ですわね?
意図せずして私の精神を揺さぶってますわ、絶対。
「ではフィアンマさん、魔法をお願いします!」
予想通り、ここで実践役として振られる私。
クロエさん自身が魔法を全く習得できないということを知ってから、ただ悪戯に私を巻き込んだのではなく、クロエさんの理論を直ちに実践できる最適な魔法使いとして重宝されているのが分かってきた。
まあ、私が居なければ居ないで、クロエさんは生徒たち自らに実験させていたでしょうけれど。
「良いですが、どのような?」
燻る。
はっきり言ってマイナスイメージだ。
それをそのまま盛り込んだとして、良い魔法にはならない。
重要なのは、イメージの『拡大』だ。
「燻る炎は、消えない火種です。いつでも再燃する可能性を秘めています。
そこから拡大し得るイメージは、『時間差発火』の魔法!」
「時間差……?」
「はい! これはきっと有用ですよ!」
クロエさんが人差し指を振りながら笑う。
有用性は、確かに有るだろう。
しかし魔力の不安定さを考えれば、実現は難しそうに思える。
「イメージはそうですねー……火の粉みたいな、赤いポチッとした火を想像しまして。
煙草の火のような、火の粉のような。それで、間を置いていきなりボッと発火する……」
「こうですの?」
指先に砂粒のような火を生み出す。
これは「生み出し続ける」なら何時間でも維持できるが、私が魔法の発動を止めてしまえばあっという間に大気に混じって消えてしまうだろう。
「そうですそうです!
それに、『魔法を維持する魔法』をミックスしてですね」
「『魔法を維持する魔法』!?」
なんですのそれ!?
初めて聞く単語に、私だけでなく、生徒たちや見学組が驚いてざわつきだす。
「あ、じゃあ、こっちの『拡大』から説明しましょう」
と、さらっと言ってクロエさんが話を始めた。
「基礎魔法学で、魔力が魂に成る過程を学びました。
そこでは「物体に入り込んだ魔力」が、『物質の特性』を得て他の物体を通り抜けられなくなり、物体の中に留まり、その物体の特性を完全にコピーする、といった流れでしたね。
これを、魔法で再現します」
「肉体を作るんですの?」
「それが一番手っ取り早いですね。
調べたところ、魔法使い自身の血肉を媒体にした魔法陣や呪印が有るらしいです。
古くから存在し、原理は解明されていませんが、これらがただの魔法よりも長時間効果を発揮するのは、自身の魔力を保存するのに最適な『自分自身』を媒体として用いているから、だと考えられます」
血の魔法陣は大きさ的に自分の血だけでは足りないので、動物の血を使うことが多い。
これに自分の血、あるいは魔力を混ぜ合わせ、陣を完成させる。
この仕組みは現代の『マナリンク・システム』と同じですね、と、クロエさんは述べた。
途端、見学組から「おぉー!」と歓声が上がる。
新たな発見・発明だと思われていた『マナリンク』が、実は太古から連綿と続けられていた魔術の応用だった。と、クロエさんは言ったのだ。
魂と魔力についてよく研究している熟練の魔法使いほど、クロエさんの言説が説得力を伴うことを理解できる。
私もそうだし、シューデイル先生もいつになく真剣な面持ちで頷いている。
「とはいえ、都度肉体を消費するのは不便ですし痛いですから、肉体の代わりを魔法で用意します。
これが『魔法を維持する魔法』ですね。
肉体の代わりと言った通り、これの内容は、『魔力を留める魔法』です」
魔力が周囲と混じってしまう最大の原因は、肉体の外に出た魔力が大気に溶け出していくから。
魂の持つ「物質を通り抜けられない特性」が、空気中では発揮し切れないのだ。
逆に言えば、魔力を留めておくだけで十分長持ちするはずだとクロエさんは言う。
なぜなら、魂には俗に言う『魔力不干渉性』が有り、もともと他の魔力の影響を受けにくくなっているから。
「おぉ……!」と再び歓声が上がる。
これなら、魔力を注いだ分だけ魔法の効果時間を引き延ばせる。少なくともその理屈に矛盾は無い。
検証と研究次第だが、クロエさんの何気なく投げた一石は、魔法学に大きな波紋を齎すだろう。
魔法の効果時間を伸ばす研究は古今東西盛んに続けられているが、クロエさんが示したアプローチは初めて聞いた。
いや、血肉を用いた呪印は確かに存在するし、血のインクで書かれた魔導書は古書でも高い効力を持つ。その理由をロジカルに説明できる者が居なかったと言うだけだ。
私も今まで「血は魔力が込めやすい」とは知っていても「血は肉体の一部だから魔力が抜けにくい」と言うのは知らなかった。完全に盲点でしたわ。
古くから、魔法使いの血や爪、髪の毛などは、媒体としてよく用いられてきた。
調べればその理由も分かったのかも知れませんが、私は「そういうもの」として流してしまっていた。
魔法や神秘といった超常がそこかしこで見られる在界では、私のように「深く考えない」という思考が蔓延っているのかも知れない。
一般人ならばそれは生きる術ですが、探求者である私がその思考に染まっているというのは恥ずべきことですわ。
「では続けましょうか!」
「あ、続けますのね」
パン!と手を叩いて仕切り直すクロエさん。
正直私は『魔法維持魔法』や魔力媒体の方が気になって仕方ありませんが、今は生徒のための授業中。私は一度咳払いをして、刺激された知的好奇心を抑える。
同じように見学組が居住まいを正して気持ちを切り替えているのが見えた。
先生も難しい顔を解いて、苦笑してから背筋を伸ばしていた。
「フィアンマさん、行けそうですか?」
クロエさんに頷いて返し、私はもう一度『火の粒』を生み出す。
今度は多めに魔力を込めて、『魔力を留める魔法』を合わせて紡ぐ。
魔力への直接干渉は非常に困難だが、クロエさんが言っていた通り、魂が留まりやすくするだけで良いなら、難易度は格段に下がる。……筈だ。
目に見えない魔法は想像も難しいが、そこは経験でどうにかするしかない。
「出来ましたわ」
とは言ったものの、上手くいったかは分からない。
指先に生まれた『火の粒』を教卓の上に乗せ、私は一歩下がり、『火の粒』をマナリンク範囲から外す。
これで『火の粒』は私からの魔力供給含めた干渉を一切受けなくなり、あとは発動した魔法効果のままに燃えるだけ。
ここからが本番だ。
「あと十秒です」
私は告げる。
火の粉サイズの『火の粒』は、その小ささから、それこそ火の粉のように一瞬で消える。
それが魔力供給を断たれても燃え続けている時点で、『魔法維持魔法』は成功している、かも知れない。
ならばあとは『燻る』イメージの『時限発火魔法』が機能するかどうか。
「……四、三、二、一!」
クロエさんと生徒たちが、大きな声でカウントダウンする。
その最後の一秒からやや間を置いて一秒半後、机の上で、ぼんっと音がした。
『火の粒』が『火の玉』へと燃え上がった爆発音だ。
「おおーっ! すごい! 一発で成功です!」
教室中から拍手が上がる。
見学組は『時限発火魔法』より『魔法維持魔法』の成功に盛り上がっている気がするが、さもありなん。
私も自分でやっておいて、興奮冷めやりませんわ。
勿論、『時限発火魔法』自体も有用だ。
炎魔法の弱点でもある遠距離攻撃の困難さ。これに一つの解決策を提示した『横向きの火柱』が、霞むほどの有用性だ。
今後は『時限発火魔法』を仕込んだ矢や投げナイフを使えば有効射程はとんでもなく伸びるし、「発火するかも」と思わせればブラフとしても機能する。
これはあまり想像したくないが、戦争時飛行船に詰め込む爆弾を、ただの砂や小石で代用出来てしまう。
「ご協力ありがとうございますフィアンマさん!
今回は成功した拡大イメージ『燻る』ですが、この時間差で発火する特性を「条件を満たすと発火する」に変えられればさらに有用になります!
これでフィアンマさんは冬場の暖炉に火をつけて部屋が温まるのを震えながら待つことがなくなるわけです!」
しかしながらクロエさんの発想は牧歌的だった。
つい戦闘や戦争に結び付けてしまう私が蛮族に思えてきましたわ。
まあ、賢者として、国民を守らねばならない者として、常に魔法の危険性に意識を向けるのは必要なことなのですが。
「折角ですが、暖炉の管理は使用人に任せていますので結構ですわ。
この魔法では発火は出来ても程よい火加減なんて出来そうにありませんしね」
ふふ、と笑って返す。
和ませてくれるのもクロエさんの美点ですわね、なんて微笑ましく思っていると、クロエさんの方は何故か笑顔が固まっていた。
「……え、使用人が居るから大丈夫? 凍えたことないんですか?」
「ありませんわね」
もともとザルバトゥーレ共和国の冬はそこまで厳しくはない。
加えてフェルマの一族は商人の家系で、だからこそ私は幼いころから魔導書を読み漁ることが出来た。
当然、飢えや渇きも、茹だるのも凍えるのも、縁遠い。
「クロエさんは?」
と、聞いてから、「しまった」と思った。
クロエさんは旅人だが若い。きっと小さなころから魔法に触れていたはず。
だから私と同じくそれなりに裕福な生まれだと思ったが、そうではないと私は知っている。
師匠や神様から魔法を習い、在界の魔法学には触れていない。その話は聞いていた。そして、そこにご両親やご家庭の話が一切含まれていなかった。
「……あー。いえ、私の実家はそもそも暖炉が無かったです」
あははー、と、頭を掻くクロエさん。
途端に教室の空気が凍てついた。
この場に居るほぼ全員が、それなりに恵まれた家庭の生まれだ。
シューデイル先生は山岳部出身だが、だからと言って田舎者や貧乏人ではない。魔法の勉強が出来るくらいには裕福であったはずだし、魔法学校に通える実力と財力も有った。
暖炉が要らないくらい温暖な国、というのも考えたが、クロエさんの反応的にそれは無い。
凍えた過去があるから、凍えなくても済むなんて話をしたのだろうし。
「――さあ! この話は止めて次に進みましょう!」
凍った空気を、クロエさんの笑顔と手拍子で砕いて溶かす。
どうやらクロエさんは自身の家庭環境を気にしていない様子。
……肝が冷えて凍えるところでしたわ。
「次は『連想』です!
これは元になった概念からどんどん離れたものを思い描く発想法ですね」
いきなり新しいことは思いつかない。
ミクロの発想法や、イメージの拡大でも、全く新しいものは思いつかないだろう。
そこで使うのがこの『連想』だという。
「例えば、炎は熱い、熱いと言えば夏、夏と言えば虫、虫と言えばさざめき、と連想していきます。
これを元に、炎へとイメージを紐づけていくわけです。
更に遠くへ連想を続けていって、元とはかけ離れたイメージから魔法を生み出すというのもアリです」
クロエさんが「連想途中にミクロを織り交ぜても面白いですよ」と語る。
なるほど、これも面白い発想法だ。
一つ二つの連想は私も良くするが、どんどん連想を連ねていく、といったやり方はした事が無い。
これ自体がゲームのようで、面白おかしくイメージを膨らませることが出来る。
イメージを具現化する魔法に置いて、このゲーム自体が魔法使いに与える影響は限りなく大きい。
ちらっとシューデイル先生を見ると、思った通り、必死で何かをメモしていた。たぶん、この発想法を教育に組み込みたいのだろう。
先生は特に幼い子供への教育に熱心ですからね。一番支えや導きを必要とするのが子供だから、とかなんとか。
「さざめきは詠唱。虫は集団。夏はフィールド。
これらで私が思いつくのは、「炎強化の詠唱をする、虫型疑似生命を生み出す魔法」です。
この虫は周囲に飛んで散らばって隠れ潜み、さざめきの詠唱により炎を強化するフィールドを作る。ごく小さく簡易的な『炎強化の儀式場』を作る魔法です。
切り札として、この虫を炎魔法に飛び込ませることで『供物』となって更に炎を強化する、「飛んで火に入る夏の虫」システムを搭載しておく。
どうでしょうか、この発想は!」
むむむ、と考えながら話していたクロエさんが、パッと顔を上げた。
「もろもろ問題はあるでしょうが、パッと作った空想魔法としてはなかなかなんじゃないかと……わぁ! 拍手!?」
そんなクロエさんに万雷の拍手が送られた。
もちろん私も惜しみのない拍手を送る。
出来る・出来ないは置いておくとして、発想としては素晴らしいですわ。
全体としての完成度は勿論、部分的に採用しても効果がありそうな内容も多い。
虫型魔法による強化詠唱。これは、『魔法維持魔法』を知らなければ「一瞬で消える」と断じていた。だが、今ならそれが可能だと分かる。
ただし強力な分、魔力の消費が相応に多くなるだろう。これはクロエさんが言っていた「もろもろの問題」の一つなのは間違いない。
それでも。
思いつくこと。これ自体が魔法使いにとっては値千金の価値を持つ。
「あっ、ありがとうございます……!
こ、これが『連想』です!
無軌道にイメージを広げて、それを元の魔法に繋いでいく。
間を抜いて、例えば『炎』と『虫』を結びつけたりするのも効果的ですね。
『連想』の発想法は常識で考えるから常識ブレーキが働きにくいという利点もあります。
もちろん両方組み合わせても良いですし、さっきも言った『ミクロ』を挟んでさらに複雑にする方法もあります」
拍手に照れたクロエさんが、やや早口で進めていく。
なるほど。連想と間抜き、そしてブレーキが働きにくい。これを組み合わせれば、一見有り得ない組み合わせでも、自分の中では有り得るものとしてイメージできる。
私が炎を物質化できたのも、これを出来ていたからなのかも知れませんわね。
「想像は無限大。想像力も、皆さんきっと、大きなものを持っています。
重要なのは想像力を引き出すフック。それが発想であり、それを見つけるのが発想法です」
そう言って、クロエさんは一度話を纏めた。
クロエさんは魔法が三つしか使えない。それが想像力の欠如、あるいは想像のブレーキによるものであるなら、クロエさんは生徒たちより魔法の才能が無いとも言える。
だがクロエさんを侮る者はこの教室には居ない。
それだけ、クロエさんの持つ『発想法』という武器が、素晴らしく、そして恐るべきものだと、分かっているからだ。
なによりも恐ろしいのは、その特別な武器を、クロエさんは使い方まで含めて生徒たち全員に手渡している、ということ。
それは『魔法使い』ではないからこそ出来る事とも言える。
私も含め、魔法使いの知識は同時に『財産』でも有るからだ。
研究資料の開示を渋らない魔法使いは居ない。私でも、そして先生でさえも。
だから、クロエさんの言葉に、もう一度拍手が送られるのだった。
「えへへ……なんか今日は褒められますね。照れます。
……「人の気持ちもそのぐらい想像してください」!?
その言葉を言われた私の気持ちも想像してくださいね!?」
拍手と共に送られたブラックジョークに、クロエさんは「もー!」と怒って見せた。
教室中が笑いに溢れ、和やかな空気が生まれる。
「笑ってないで次行きますよ?
最後は『飛躍』、一番難しい発想法です」
緩んだ空気が、クロエさんの言葉で程よく引き締まった。
この緊張と緩和が、授業に対する集中力を維持してくれている。
「皆さんは邪教徒に多い『狂信者』を知っていますか?
全てを都合の良いように捻じ曲げて解釈し、到底理解できない思考回路を持つ人です。
発想の『飛躍』には、この「捻じ曲げられた解釈」が重要になります」
その前に、と、クロエさんが五指でシューデイル先生を指し示す。
「シューデイル先生、良ければ『狂信者』について、その定義をご教授頂いてもよろしいでしょうか!」
「あはは! いいよ、喜んで!」
急に振られて、先生は笑いだしながら一歩前に出た。
先生まで巻き込むなんて、と思いつつ、私は静かに先生の声に耳を傾ける。
「『狂信者』とは、信仰に狂ってしまった者のことだね。
ただひたすら信じ込む『盲信』との違いは、クロエ先生が説明した通り、「捻じ曲げられた解釈」にある。
要するに、「なんでも信仰に結び付けて、勝手に納得する」ということだよ。
つまり『狂信者』とは、邪教徒に限らず、どの宗教にも存在し得る、「行き過ぎた信仰心で解釈を狂わせる者」といったところだね」
先生が説明を終えると、クロエさんが拍手しながら礼を言う。
身体ごと振り返っていた生徒たちも拍手し、中には一礼する者もいた。良い子たちですわね。
先生も一礼して一歩下がり、生徒たちの視線もクロエさんへと返ってくる。
「説明していただいた通り、『狂信者』の解釈は、他者には理解できません。
到底理屈が繋がらない。
どうしてそうなったのか説明されても分からない。
そんな思考が生む発想の飛躍が、時にとんでもない魔法を生み出します。
常人が真似しても常識のブレーキが掛かって真似できない。本物の才能の領域です」
そう言いつつ、クロエさんは「ただし狂信者が使うのは『神秘』なので、当人の想像力は関与しません」と付け加えた。
神秘は神が与えたもの。信徒に出来るのは使うか否かだけであり、神秘の改変は不可能だという。
「邪教徒は数が少ないにも関わらず信仰は深く、神秘も凶悪な場合が多いです。
これは邪教徒に狂信者が多いから、と考えられます。
良いことがあればそれは全て邪神のおかげ、悪いことさえ良いことへの布石。そんな狂信的思考が、無限に信仰を生むんです」
結果、神は信仰を得て強くなり、神秘も効力を増す、とクロエさんが纏める。
狂信者は一般人や一般信徒から見ると理解できない部分が多く、付き合いづらい相手だが、神からすれば敬虔とは言えなくとも厚い信仰心を持つ者とは言えるのだ。
「これを常人が真似するには一つ方法がありまして、それもものすごく難しいんですが。
それは、自分の中に『真理』を生むことです。
なにも邪神を崇める必要はありません。真理。信念。なんでもいい。
全てに繋がり全てに勝る、『自分の中の神』を持ってください」
神を持つ。
それは、もしかすると、魔法を生み出すより難しい。
魔法使いは自力で超常を引き起こせるからか、信心深い者は居ない。
先生のように地元の風習や土地神などの信仰は有っても、神秘を授かり神官となるほどの宗教家は居ないのだ。
そういう意味では『魔法』こそが私たちの神とも言える。
つまり、魔法を信じ、なんでも魔法に繋げて考えるような、『魔法狂』に成れば良い。
……うん。たしかに、それは「本物の才能の領域」ですわね。
「……おっ。さすがに騎士志望のユーズベルさんは顔つきが違いますね」
と、クロエさんが生徒の一人を見て言った。
同じ方向を見ると、確かに周囲と違って何かを確信した表情で頷く男子が居る。
彼が報告に有った、ユーズベル・ヒューラーだろうか。クロエさんと模擬戦を行ったという。
「そう、騎士道も真理たりえます。
全ては騎士道に通じ、騎士道は全てに通ず。良いと思いますよ!」
そう言って笑うクロエさんに、ユーズベルさんも笑顔で頷き、「ありがとうございます!」と返した。
ボコボコにしたとの話でしたが、良好な関係を築けているご様子。
ちょっとうらやましいですわね。
「さて、以上がマクロの発想法なのですが、おまけをもう一つ」
ぽんと手を叩いて、クロエさんが締めに入る。
そう言えばもう結構な時間だ。
「ここまで何度も出てきた、「脳裏に焼き付いたイメージ」が、「常識のブレーキ」になるという話。
でもフィアンマさん……フィアンマ先生は、「脳裏に焼き付いたイメージが魔法をスムーズに生み出してくれる」とも言いました。
この脳裏に焼き付いたイメージ、つまり『常識』は、決して悪いものではないんです」
それは、何度もした話。
しかし、そうは言っても難しい。
『新鋭』として、最も常識に凝り固まっていないはずの私が、その実、授業のたびにベコベコにされるほどの頭でっかちだったりもした。
そう言った「分かってはいるけれど」という不安が、生徒たちの顔にも浮かんでいる。
見学組も他人ごとではない。
そんな私たちを見渡しながら、クロエさんは人差し指を立てた。
「とはいえ、ブレーキになるのはマイナスだ、という皆さんにアドバイスです。
『常識』を広げ、増やしてください。
人には人の、国には国の、種には種の常識が有ります。それらを否定せず、新たな常識として受け入れ、常識を『拡大』してください」
常識の拡大。
マクロの発想法、その締めとして、クロエさんは一つの提案をした。
「幸い、ここ、ザルバトゥーレ共和国は、飛行船ターミナルを持つ、世界でも有数の多種族多文化国家です。
この教室の中でも、見た目からして大きく異なる沢山の種族が、『常識』が、存在しています」
言いながらクロエさんの五指が、生徒たち一人一人、見学者一人一人を示していく。
砂漠の民、ディザメール。
密林の民、フォーカー。
西の荒野の移民、カンタリアス。原住民、アルカトラス。
東は渓谷の民、ウォルキンブス。山岳の民、ヴォルアプス。
翼持つ者、ワゥルホート。
牙持つ者、ジュラ。ディムロット。クシャス。
角持つ者、ガイムバルアン。レホープ。アグナカロラ。
私はこの国の生まれで、持たざる者、ザルバニア。
クロエさんも、かなり遠方の、持たざる者だという。
故郷も種族も姿形も違う者だらけ。
当然、クロエさんが言う通り、『常識』も違うだろう。
「フィアンマさん」
と、急にクロエさんが振り返って私を見る。
「あなたが持っていた『炎魔法の常識』は、あなたをこれまで支えてきた大切なものです。
決してあなたを縛り付けていたりなんかしません。
フィアンマさんは新しい常識を身につけて、『炎魔法』と『新炎魔法』の両方を使えるようになれば良いだけなんですから」
「――……はい」
驚いて、間の抜けた返事になってしまった。
まさかクロエさん、あなたはこの授業を通して、私にそんなことを伝えたかったんですの?
確かに私は幾度となく常識を破壊され、凹んでいた。
その度に立ち直ろうと奮起し、常識に囚われていた己を恥じた。
でもクロエさんは、「囚われていて良い」と言ったのだ。
そうか。
クロエさんが今まで容赦なく常識を破壊し、私を凹ませてきたのは、本当に悪意が無かったのだ。
そもそも本人には「新しい常識を提示した」という認識しかなく、「常識を破壊された」と感じていたのは私だけだったのだ。
そして、そのすれ違いに気付いたクロエさんは、わざわざ授業を使ってまで、私を肯定してくれた。
もうとっくに立ち直り、いい加減慣れて来ていましたけれど、
……それでも、心が救われた気がしますわね。
「皆さんもそうですよ!
私みたいな熱血教師が居たって良い!
まずはその新常識を身に付けてください!」
なんて、感動している私を余所に、またもクロエさんがコメディーに突っ走っていた。
生徒たちの爆笑と「はーい」を聞いて、ふんぞり返るクロエさん。
そんな愛らしくも馬鹿馬鹿しい姿に、再三の拍手が送られ、クロエさんの授業は幕を閉じたのだった。




