7. 基礎魔法学二限目「魂」
私の中の常識。クロエさんに壊されがち。
いっそ常識なんて持たない方が良いのでは?と思いつつも、それでは魔法が使えなくなってしまうとも思う。
常識とは偏見であり、凝り固まった思考である。
これは魔法学において大敵とされながら、しかし、排すのではなく御すべきものとして扱われる。
人における『本能』のような立ち位置で、溺れたり任せたりしてはならないが、無いのも困る、と言う、とても面倒な存在だ。
魔法を発動させるのに、思考上の想像だけでは足りない。
それで事足りるのなら、赤ん坊は魔法を乱発してしまうだろう。
その足りない想像を補強してくれるのが、他ならぬ、『常識』であり、『偏見』、即ち『思い込み』なのである。
経験などで積み重ねた常識が、ただの想像を「有り得る」と肯定し、補強するからこそ、魔法は紡がれる。
逆に「有り得ない」と思い込んでしまうと、どれだけ緻密に想像しようと、魔法は紡げない。
クロエさんも言っていたように、『物質化した炎』を私以外の魔法使いが作れないのは、「炎が物質化するわけがない」という常識を皆が持っているからだ。
私の炎魔法が発動不可能になっていない事からも、私の中の常識が完全に崩壊したわけではないと知れるわけである。
とはいえ、ボロボロなのは確か。
でも、そうして崩れた常識を別の形に組み直したからこそ、新しい魔法が作れたのだろう。
クロエ・エヴォニア。
あの薬師見習いは、本当に魔法に明るくなく、精々「魔法には意思と想像力が大事」くらいしか知らないようだ。
だけど、それでも彼女が教師として優れていることも確かである。
魔法を教えなくても、魔法使いを育成できる。
彼女の空想魔法学は、想像力を鍛えることで、生徒自ら魔法を育てていける授業。
想像を、あるいは『知恵』を授け、育む。そんな離れ業な授業だった。
あれならばクロエさん自身が魔法使いである必要さえないだろう。
あんな方法を、どこでどうやって身に付けたのやら。
「私も賢者になる前に、一度くらい旅に出てみるべきでしたかしら」
いえ、今からでも遅くありませんわね。
いつか新鋭枠から外れるなりして賢者でなくなった時にでも、世界を見て回りましょう。
そのためにも、もっとたくさんのことを学ばなくてはなりませんわ。
差し当たっては、そう、『魔法の基礎』の学び直しから。
自分の授業で自分が学んだって、悪いことではありませんからね?
基礎魔法学、第二回のテーマは、『魂』。
魂は魔法学の基礎でありながら、非常に難解。
生徒たちの中には「実のところ魂が何なのかよく分かっていない」という子も多いだろう。
ある意味で基礎魔法学一番の難所かつ一番有益な授業になるはずだ。
ちらりと教室の奥を見る。
クロエさんの授業と同じく、私の授業も見学者が増えていた。
当然のようにクロエさんも居て、今回はシューデイル先生も居る。
心なしか、シューデイル先生の顔色がおかしいですわ。
にこにこ、つやつや。でも目の下のクマは酷くて髪はボサボサ。
あれは私が鏡越しによく遭遇する、「寝食を忘れ研究に没頭する魔法お馬鹿」そのもの。
……先生も、クロエさんの授業が良い刺激になったのかしら。
よく見ると他の先生方の中にも「魔法お馬鹿」の相が出てる方が居ますわね。全体の六割くらい。お馬鹿ばっか。
まあ、私の授業ではそこまでの刺激にはならないでしょうが、基礎の見詰め直しは重要です。
せっかく眠い目擦って見学に来て下さったのなら、しっかりと学んでいっていただきましょう。
授業成功の目安は、クロエさんが魂を完全に理解すること。
もしクロエさんに「魂についての知識がある」という場合は、リアクション次第ですわね。
「……時間ですわね。始めますわよ」
手にした資料を教卓に置く。
始業の鐘の音。これも集中力を高めるスイッチ。
生徒たちの顔つきが変わったのを確認し、私は言葉を紡ぐ。
「今回は前回予告していた通り、『魂』の説明を致しますわ。
先に申しておきますが、これは抽象的、宗教的な『魂』とは違います。
飽くまで魔法学における「変質した魔力」を『魂』と定義しています。
混同誤認には注意なさってくださいませ」
これが多くの魔法使いが出だしで躓く理由。
魂には複数の意味があり、一般的には『命』や『誇り』に類するものとして知られている。
あるいは死後身体から抜け出す「肉体と切り離された自我」、零体、幽霊の元だとか。
とにかく魂の定義は多い。
曖昧で感覚的な意味ばかりが氾濫する中で、まずはしっかり「魔法学上の定義」を身に付けて貰わなくてはならない。
「……クロエさん、口が開いてますわよ?」
指摘され、クロエさんが慌てて口を閉じる。
やはり詳細は知らなかったようですわね。
今日も生徒以上に教え甲斐のある子が混じっているようですし、懇切丁寧に参りましょう。
「先ずは前回の補足から。
全概念の源、『魔力』。これはあらゆる概念を創り出せます。
しかしその万能性から、あまりにも不安定な概念となっています。
例えば、火の中に有れば火に近く、水の中に有れば水に近い存在に変質してしまいますの」
何にでも成れる魔力は、何にでも成ってしまう。
触れているものに近付く性質。
ただし、「近付く」だけで「そのもの」にはならない。
水や土が勝手に増えたりしないのはそのおかげ。
「では、この変質が何を齎すのか。順を追って説明いたしましょう」
用意していた資料の中から、数枚のイラストを取りだし、教壇側の壁に張り付ける。
魔法学校には複数の国から生徒がやってきている。
入試を突破しているのだから、ザルバトゥーレ共和国の公用語は学んでいるはずだが、なるべくなら文字より図で示す方が理解しやすいだろう。
だんだん恥ずかしくなってきたが、この生徒に寄り添う姿勢もクロエさんから学んだ事だ。
「まずは物質。
物質=物体の中に入り込んだ魔力は、『物質の特性』を得ます。
その特性の中には「他の物質をすり抜けられない」という特性があり、この特性を得ることで魔力は物質の中から抜け出しにくくなりますわ」
図では白い魔力が灰色の岩に入り、少しずつ灰色に染まっていくにつれ、岩から抜け出さなくなる様子が描かれている。
同じ物質でも気体や液体では「周囲に混ざり合う」という特性が有るので、今回の説明には向かない。
この事も後で説明が必要だろう。
「そうして抜け出しにくくなり、長く留まる内にますます『物質の特性』は濃くなっていき、より深いところまで「触れている概念」に近くなっていきますわ。
結果、魔力は、入り込んだ物質と全く同じ特性を持つに至ります。
これが『魂』。魔力で形作られた、重なり合う、もう一つの同一存在です」
図の最後では完全に灰色となりほぼ同化した魔力が表され、私はそれを指し示して「これが『岩の魂』ですわ」と言った。
基礎とはいえ、一般的な認識とは異なるからか、これだけの説明でも生徒たちからは新鮮な反応が見て取れる。
逆に教師陣は「そうなんだよね」の顔で頷いていますわね。一人を除いて。
「私たち人間に宿った魔力が定着し魂になると、当然『記憶』や『肉体』、そして『神経』の特性を持ちます。
この「神経の特性を持つ魂」こそが、魔法の鍵となりますの。
どういうことか分かりますか? クロエさん!」
「ふわぁー!? ごめんなさいボケーっとしてました、怒らないでください!」
「怒ってませんわ!? でも口は閉じて傾聴なさい!
良いから答えて下さいませ!」
急に当てられて叱られたと思ったのか、クロエさんが慌てだす。
話を聞いていなかったならともかく、口をぽかんと開けてたくらいで怒ったりはしない。
と言うかあなたは生徒じゃなくて教師でしょう。例え話を聞いていなくても怒ったりしませんわよ。
「えっと、神経の特性を持つということは、私たちの意思や想像を汲み取り伝える特性がある、ということだと思います!」
お。ちゃんと考えてますわね。
さすが発想と想像の特別講師。
「そう。私達の意思と想像は、この『神経の魂』を通って、魔力へと伝えられるのです」
ここでも図を使って説明する。
私たちの意思や想像は、物理的に実在する脳から生じる。
それを、『魂の脳』も再現し、『魂の神経』を伝って、『魂』即ち『魔力』へと伝達する。
「そうして魔力は概念を生み出す」
図では、『実在の脳』が「右手よ火を生み出せ」と思考し、それを『魂の脳』が真似している。
命じられたとて、『実在の右手』はただの右手なので無変化だが、『魂の右手』は『魔力』なので、命じられたまま、本当に火を生み出している。
こうして図にするとよく分かるが、私たち魔法使いは実際に魔力を操れてはいないのだ。
魔力が、こちらの意思を汲んでくれている、というだけ。
……まあ、魔力に限らず、世の中なんてそんなものかも知れませんけれど。実際に自分が操り、支配できているものなんて、何一つ存在しないかも知れませんわ。
ちなみに、何故意思を伝えただけで魔力が応じてくれるのか、ということに関しては判明していない。
しかしこれこそが『魔法概念』である、と、されている。
つまり、本来は魔力が意思に応じる理由は無いが、『魔法概念』は『魔力は意思に応じる』という概念なのだろう、という説だ。
隣界人が隣界では魔法が使えないというのも、この概念が隣界には存在しないからだと仮定できる。
「なので、ちゃんと魔法をどこから出すかは考えなければなりませんわよ?
罷り間違って体内で魔法を発動させようものなら、大惨事ですからね」
少し逸れた思考を強引に戻しつつ、話を続ける。
さすがに体内で魔法発動はなかなか無いが、掌に魔法を生み出そうとして掌がちょっと抉れる、というのはよくある話だ。
特に私と同じく炎を扱う魔法使いは、身体から離れた場所に炎を生み出さないと、魔法を使うたびに火傷したり服が燃えたりする。
「……(こくこく)」
……?
クロエさんが頷いてますわね……。初めて見ましたわ。
どの部分に同意しているのかはよく分かりませんが。
「纏めると、意思を魔力に伝える、その基礎が『魂』ですわ」
と、クロエさんの態度に物珍しさを感じながら、一度話をまとめる。
やっぱり少し難しかったのか、生徒同士で意見交換会が始まっていた。
懐かしいですわね。「ねぇ、これってどういう意味?」「ああ、これはね」なんて、私もよくやってましたわ。
なんでその質問を目の前の先生にしないのかは未だに謎ですが。
「さて、魔法使いには欠かせない、とても便利な『魂』の話をしましたが、ここからは逆に不便さを語っていきましょう。
前回も少し触れましたが、魂は個々人によって全くの別物になります。なぜそうなるのかは、今日の授業で理解していただけたことと思いますわ。
ですので、他人の魔力=魂に干渉するのは、自分の神経を他人の神経と繋ぐような荒業になりますの。
不可能とまでは言いませんが、無謀とは言っておきましょう。
この、俗に言う『魔力不干渉性』によって、相手の体内に魔法を直接打ち込むというダイレクトアタックが出来ないのですわ」
相手の魂には干渉し難く、対象が立ち止まって魔法を受け入れていたとしても難しい。
なんとか魔法を掛けられても、掛けた魔法自体が相手の魂と混ざり、肉体の特性で上書きされ、すぐに消えてしまう。
などなど、問題が多いことをたくさんのイラストで視覚的・感覚的に伝える。
所謂『強化魔法』の類いも、自己対象かつ短時間のものしか実用レベルで存在しない。
魔法使いに「強化魔法を掛けてくれ」と頼んでもほぼ不可能だと聞いた騎士たちは、魔法騎士を目指したりもする。
物理的な限界を超えるには魔法が必要。しかし他者に魔法は掛けられない。だから自分で魔法を修め、物理的限界を超越した剣技を習得する。それが騎士の浪漫だとかなんとか。
「他対象魔法は、かつては熱心に研究されていたみたいですが、戦時下での非人道的な魔法実験を経てさえ成果を上げなかったことから鑑みるに、まあ、難しいのでしょう。
神性の力を借りた神秘、所謂『祟り』も、神の力あってこそ。呪術・呪法もその一種と言われていますわね」
習得難易度以外にも、実戦では相手に魔法を掛けるような余裕も無く、結局戦いの場での魔法は「魔法で生み出した何かしらを相手にぶつける」と言うのが基本戦略になっている。
ザルバトゥーレではあまり熱心に研究されていませんが、昨今の戦争では魔法で生み出した概念を利用した『超常兵器』が負のブレイクスルーを起こしたとかなんとか。
だが、負のブレイクスルーも有れば、正のブレイクスルーもある。
「しかしながら現代では研究も進み、他生物は無理でも、無生物になら魂に干渉できるようになりました。
それでも魔法の習得難易度はすさまじく高く、その魔法一つ覚えるだけで一生安泰と言われるほどですわ」
もしニック商会長が自分以外にも魔法を掛けられたなら、さぞ重宝しただろう。
それが出来ないから飛行船を作った。そのくらい、他者に魔法を掛けるのは難しい。
私も空気中に炎を作れても、物体内に炎を生み出すことは出来ませんしね。
「一生安泰な他対象魔法で一番有名なのは、『復元魔法』ですわね。
国によっては禁忌扱いだったり、免許が必要だったりと、危険で習得困難な魔法の代名詞みたいになっていますわ」
「っ!」
あら?
クロエさんのお目目がパッチリしてますわね。
「良いリアクションですわね? クロエさん。
そう言えばあなたは薬師見習いとおっしゃっていましたね。
『復元』、つまり『修復』に興味は惹かれるでしょうが……」
きょとん、としたあとウンウンと力強く頷くクロエさん。
なんか様子おかしいですわね。
「……折角です。少し復元魔法について説明しますわ。ちょうど『魂』の可能性についても言及できるでしょう」
クロエさんの謎挙動を気にしつつ、私は教卓から資料を一枚拾い上げる。
『復元魔法』は禁忌扱いされることも有るので、一応、生徒に教えるのにも魔導院の許可が居る。
今日の授業のために許可は得たが、その際、「教えるからにはキッチリ釘を刺すこと」と言われている。
「具体的な復元魔法のプロセスは、まず「対象の魂を読み取る」、そして「対象を読み取った魂通りに復元する」の二工程。
この時、『対象自身』と『魂』という二つの設計図を基に『復元』するので、「魔法製物質の消失」が起きなくなります。
下手に想像を加えて復元しようとすると、まず間違いなく不具合が起きますわ」
魔法による創造物はほぼ確実に消失する。それは想像が不足しているから。
これはクロエさんも授業でやっていた。この不足を補うため、そして間違った想像を排除するために、復元魔法では『魂』と『対象そのもの』を使う、ということだ。
「物質の魂はほぼ変化しないため、「完全な復元元の情報」として使えますが、生物は常に変化しているために魂も変動し、どうしても復元にブレが生まれてしまうらしいです。
そういうわけで、クロエさん。薬師が利用できる『復元魔法』は、残念ながらありませんわ。人は勿論、薬草なども生物ですからね」
話を振るも、クロエさんは何かを考えているようにやや俯いている。
……?
今日は大人しいですわね、クロエさん。
魂の説明が難しかったのかしら?
「クロエさん、もし分からなかったのなら後で私の部屋を訪ねなさい。同じ教師寮ですから、探せばすぐに分かると思いますわ。
あなた方も。難しければご学友や教師たちに遠慮なく頼りなさい。私もなるべく時間を作りますからね」
少し不安になって周囲にもフォローを入れる。と、生徒たちから嬉しそうな声が上がった。
あっ、やっぱり難しかったんですのね。
教師陣は「ちゃんと教えられるかな」と不安そうな顔をしていた方も居ましたが。
「話を戻しますわよ?
『復元魔法』を利用した修理屋・修繕屋は大人気でして、特に日常的に魔獣やモンスターと戦うような職種の方からは重宝されていますわ。
この国でも古い魔導書の復元を任されている魔法使いがいらっしゃいますが、魂に『風化』や『損傷』まで刻まれていると『完全復元』は出来ませんので、『復元』はお早めに」
「はーい!」
よしよし。生徒たちは素直ですわ。
……クロエさんも一緒に手を上げて、また頷いてますわね。
なんなんですの?
「さ、魂の説明の最後は、魔法使いにとって最大の問題、『魔力枯渇』について説明しますわ」
気にはなるが、話を進める。
新しいことを学ぶのはとても大切なことだが、私が基礎を学び直させる上で最も重要なのが『禁忌』の再認識に有ると思っている。
禁忌と言うと大げさかもしれない。要は気を付けるべきこと、やってはいけないことだ。
しかし大げさだとしても禁じるべきことではあるとも認識して欲しい。命に関わるのだから。
「あなた方も魔法を使っているうちに「調子が悪い」「身体が重い」と感じたことがあるでしょう。
これは魔力の使い過ぎによる『低魔力症』の症状、その一例ですわ。
低魔力症の症状は、魂が個々人で違うように、個々人によって全く違う症状が出ます。
ちなみに私は頭痛と発熱ですわね。
一般に多いのは貧血に似た症状、寝不足のような症状、眩暈や意識の混濁、過度な疲労に似た症状ですわ。参考になさってください」
低魔力症は魔法使いとは切っても切れない問題だ。
特に戦闘職に就く魔法使いは低魔力症を起こした時にどう対処するかが重要になる。
私も戦闘能力が下がるが、中には昏倒・気絶などの症状を起こす方も居るとか。
「魂は霊的・宗教的なものとは別だと言いましたが、「枯渇すると死ぬ」という点では『魂=命』のイメージと相違ありません。
多くの場合は魔力枯渇で死ぬ前に『低魔力症』の諸症状で魔法を使えなくなりますが、しかし重い症状が出て、結果的に魔力枯渇前に亡くなる方も居ます。
魔法学校ではつい魔法を使い過ぎてしまう子が多いので、決して無理はせず、ちゃんと『魂(自分)』と相談しながら鍛錬なさってくださいませ」
はーい! と、クロエさんの真似して元気よく返事する生徒たち。
ええ、それでよろしくてよ。花丸を差し上げますわ。
……でも、クロエさん本人はフリーズしてますわね。本当にどうしたのかしら。
……あ。
そう言えば。
「――クロエさん! あなた、図書室に利用時間の始めから終わりまで居座っていると報告が上がってますわよ!?」
突然私に怒鳴りつけられ、フリーズしていたクロエさんが飛び上がる。
そうだ、監視役からの報告でそれが気になっていたのだ。
週一の授業以外は基本自由な特別講師は、普通なら他の授業の見学や自身の研究に時間を割くもの。私も公務や魔導院での仕事に時間を取られている。
しかしクロエさんは報告を聞く限り図書室に入り浸り、追い出される時も大量の本を借りていって翌日には全部返却しているとか。
「あなたは全然魔法使ってませんが、身体の方が心配ですわ! 身体は労わりなさい! 夜はちゃんと眠れていますの!?」
「あっ、あの、私、寝るには睡眠薬が要るので……」
「睡眠薬!? 薬師だからって薬に頼り過ぎてはいけませんわ!」
「は、はぁい……」
「もうっ! いつもの元気の良い返事はどうしたの!」
「ふへぇー……」
「「ふへー」ではありません!」
だんだん縮こまっていくクロエさんに詰め寄る。
と、ちょうどそのタイミングで鐘が鳴った。
「――……皆様すみませんが授業はここまで。
あなた方の善き魔法使い生活を応援していますわ」
締めの言葉を紡いだ瞬間、クロエさんが弾かれたように教室から飛び出した。
「先生有難うございましたー!」という声が尾を引き廊下の向こうへ去っていく。
「こら待ちなさいクロエさん! あなた今日の様子がおかしかったのも寝不足でぼんやりしてたんじゃ――!」
教卓上の資料を引っ掴み、逃げ去るクロエさんを追って私も教室を飛び出した。
あの子はもう! 生徒たちより目が離せないんですから!




