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黒檀の魔女  作者: ラテオレ
永焔のフィオロオウラ
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6. 空想魔法学二限目「ミクロの発想法」

 翌週。

 今日はクロエさんの二回目の授業。

 私は教室後ろで待機していた。


 特別講師の授業は、一般教室よりは二回りほど大きい特別教室があてがわれる。

 にも関わらず、今日は少し狭く感じるほどに見学が多かった。

 生徒たちも既に席に着き、先週のおさらい『想像力鍛錬法』を試しながらクロエさんを待っている。


 ……いえ。あれはおさらいと言うより、成果自慢ですわね。

 こんなことが出来るようになったんだ、と友人と報告し合う、実に楽しい瞬間ですわ。

 それを見守る教師陣も「ほう」「なるほど」などと興味深げですわ。無論、私も含めて。


 ただ、生徒と同じくわくわくしているばかりではいられない。

 先週はスランプ脱出が気持ち良すぎて過剰に評価してしまったかもしれない、と今更思い直し、今日はフラットな目線で臨む。

 そうでなくても評価が二転三転する彼女のことだ、先入観を持っていてはまた振り回されるだけだろう。


 それでもわざわざ時間を作って見学に来るのは、監視役としての責務だけでなく、魔導の徒としての興味もあった。

 今日はどんな授業をするのだろう、何を学べるのだろう、と。


 そう思っているのは私だけではないようで、今日はシューデイル先生を始めとして、先週は居なかった教師も多い。

 前の授業の評判が広がっているのか、それとも先生みたいにスケジュールを空けるのが遅かっただけか。

 なににしろ注目度は高い。そんな中でどんな授業を見せてくれるのだろう、と思ったところで、クロエさんが元気に登場した。


「空想魔法学、第二回! 発想力を鍛えよう! ミクロ編ー! はじめまーす!」


 わーっ!と盛り上がる生徒たち。

 教師陣からもパチパチと拍手が響く。

 の、ノリが良いですわね。


 まるで初等学校のような賑やかさに、見学組は笑ったり驚いたりしている。

 見方や感じ方はそれぞれだが、私はアリだと思った。

 方向性は違うが、私が理想論を説いているのと同じ。教師として生徒に学ばせるためにも、モチベーションを引き上げるのは重要だ。


 生徒の興味を引き、学ぶ意欲を高める。良い手段ですわ。先週の授業を通して、学生の性格を既に把握したということでしょう。

 私の理想論は、「魔法使いならば誰でも高まるでしょう」という想定の下。生徒一人一人に寄り添っているわけではありませんでした。

 学ぶのは生徒だけではない。見習わないといけませんわね。


「さて、今日は発想のヒントを学んでいきましょう!

 なんだか教室後ろで見学している人が増えてますが、気にしないでくださいね!」


 授業参観みたいなことを言うクロエさんに、ハーイと子供のような返事を返す生徒たち。

 一週間で随分仲良くなってますわね。


「今回のテーマは『ミクロの発想法』です。

 これは魔法の要素を分解する、『細分化』を使った発想のヒントですね。

 例えば、今日も後ろで見学中のフィアンマさん」


「当たり前のように見学者を巻き込みますわね」


 ビシッと五指で示され、私は一歩前に出る。

 注目が集まるも、今回の私はゲスト。前回のように振り回され無様を晒さないよう、平静を保つべきですわ。

 ……シューデイル先生の前ですしね。


「フィアンマさんの『炎』は『熱』『光』の要素を持ちます。あとは『炎の動き』ですね。

 前回の授業でも言いましたが、本物の炎には必要な『酸素』『燃料』といったものはありません」


 クロエさんの言葉に合わせて、小さな炎を生み出して見せる。

 私自身は意識していなかったが、確かに『炎の魔法』に燃料は必要無い。

 それは私の知る限り全ての魔法使いがそうであり、逆に「魔法で燃料を生み出して火を点ける」なんてことをしている魔法使いは居ない。

 そんな非効率的な事をしなくても良いのが魔法の良いところだ。 


「実際の炎は重力、熱、周囲の空気、風やらなにやらが組み合わさって、炎らしい天へと立ち上る揺らめきが発生します。

 フィアンマさんの炎がその辺無視して見た目だけ炎っぽいのも、想像力のたまものですね」


「人の魔法を見掛け倒しみたいに言わないで下さいませ……」

 

 世の炎魔法使い全員を敵に回す発言ですわ。


「……え? みたいもなにも、見掛け倒しですよ? そもそもあれは『炎』じゃないですし。

 だからフィアンマさんは、明らかに炎じゃないものを炎だと思い込んで、「炎の向きや形」の固定観念が魔法制御の邪魔になってしまっていたんだと思います」


「――……」


 クロエさんは言外でこう言った。

 あなたの魔法は正真正銘見掛け倒しで、その見掛けにあなた自身が騙されている、と。


 ……ド正論で殴られましたわ。


 その通り。

 私は「明らかに炎ではないもの」を炎だと勘違いし、そのせいでそこから動けなくなっていたお馬鹿さんでしたわ。

 その事に前回の授業で気付けて、スランプを脱したはずなのに、一週間でまた同じ思い込みに囚われていた、ですって?


「……? えっと、なぜかフィアンマさんが項垂れてしまいましたが、続けます」


 ぐったりして反応が無くなった私を気にしながら、クロエさんが授業を再開する。


「ちなみにこの、『熱と光と揺らぎで作った炎』は、さっき言った通り、更に分解できます。

 この炎の利点は想像しやすいこと、つまり魔法として発現しやすいことなんですが、実践向きではありません」


「えっ」


 クロエさんの言葉に、俯いた私と、他の何人かの先生方から声が漏れた。


「敵を焼きたいなら『熱』だけの方が回避が難しくて効率的です。何かに火を点けたい時も同様です。

 炎が持つ『光』や『形』って、習得時・鍛錬時以外の、『実践の場』では無駄になることが殆どなんです」


 ねっ、フィアンマさん! と、クロエさんが私に笑顔を向けてくる。

 驚きのあまり俯いていた顔を持ち上げていた私は、果たしてどんな顔をしていただろう。


 ついさっき、「燃料を生み出してそれに火を点ける魔法」は非効率だ、と私は考えていた。

 でも実際は、「光や形の付いた炎」自体が非効率だった。


 私は、非効率な魔法を効率的だと思い込み、何一つ改善せずに扱い続けていた。

 それは他の先生方も同じなのだろう、さっき「えっ」と零した人は、おそらく私と同じ顔で固まっているに違いない。


 燃料の有無を意識していなかったのと同様に、光や形の有無も意識していなかった。

 これもまた、固定観念の恐ろしさ。

 ……私は、いったい何度同じことでショックを受けなければなりませんの?

 自分の学習能力の無さに辟易とする。

 これが……これが天才とまで呼ばれ、最速で国会議員にまで上り詰めた魔法使いの姿……ですの……?


 再び項垂れた私をよそに、クロエさんは「実際に巨人鍛冶師のグランメルクさんは『発熱の魔法』と『冷却の魔法』を操り、『火』は使わないんですよ。凄いですよねー!」などと語り、生徒たちの興味をグイグイ引き込んでいる。


 わ、私も引き込まれたいですわ。

 でなければ引き籠りたい。


「こうして、要素を分解して思考するのが『ミクロの発想法』です」


 と、纏めて、クロエさんは一度話を切った。

 生徒たちは「へー」「なるほどー」といったポジティブなリアクションだが、見学組、特に私を含む炎の魔法使いたちのリアクションは、『ショック』としか言いようがない。


 でも、それだけに、『ミクロの発想法』の有用性を痛感出来た。


 前回の授業後、直ぐに炎魔法の新たな可能性が開けたように、今も炎魔法のアレンジ案が次々に湧いてきている。

 燃料を生み出すなんて非効率だと断じていたのに、今では「可燃性ガスを生み出して対象に送り込み、発火させる」なんて案まで考えている始末だ。

 それは他の先生方も同じらしく、見学組が小声で何事かをぶつぶつ呟いているのが聞こえて来ていた。

 シューデイル先生は「なるほど、逆に炎への思い込みを利用すれば、より早く魔法を習得できる……」と、感心していたようだった。


 いや、待ってくださいませ。巨人鍛冶師のグランメルク?

 飛脚連が「誘致して職人通りの鍛冶師たちに技術継承させたい」と言っていた『カナン・ヘスタ=グランメルク』ですの?

 国会でも話題に上がって、一度は調べたことも有りますわ。結局本人が忙し過ぎて、かつ親方の技術継承も終えていない半人前だからと、未だ誘致は出来ていませんが。

 なぜ私はその時『発熱の魔法』について引っ掛かりませんでしたの?

 鍛冶師なのに火を使わない、なんて、絶対に見逃せない情報でしたのに。


 ああ、凹みますわ!

 だから嫌なんですのよ、常識を破壊される側になるのは!


 これ以上考えても凹むだけだと、私は頭を振って思考を散らす。

 それより今は、授業に集中しませんと。

 これだけ凹まされたのに、その先を聞き逃したとあっては、凹むどころでは済みませんわ。


「例えば『石礫の魔法』というのが有ります。これは石を生み出して対象へ向けて射出する魔法ですね。

 この魔法の要素は『石』と『射出』。

 さらに分解すると石の『形状・重量・構成物質・重力方向・回転』に射出の『速度・方向・回数』などと分解していけますね!

 どうですか? こうして分解してみると、「この要素に手を加えてみたい!」って思いませんか?」


 ……思いますわ。


『石礫の魔法』は、『火の魔法』同様、初級扱いされる、どこにでもあって誰にでも使える魔法。

 とはいえ、そのままでは「そこらの石を拾って投げた方が早くて強い」というもの。

 ひたすら鍛えて、ようやく『武器』になる。その程度のものだ。

 ただ、そんな初級魔法の要素をわざわざ分解してまでアレンジを加える、と言うのは、聞いたことが無い。


 ただ石を飛ばすだけの魔法も、こうして分解してみると面白いですわね。

 射出速度を限界まで上げた後、射出回数を増やして、連続多段射出で強制加速させれば、石とは思えない破壊力が出せるかも。

 石の形や回転も重要ですわね。貫通力を上げる形状、狙いを安定させる回転。想像が捗りますわ。


 ただ、この『石』も『石のようなもの』なんですわよね。

 だからこそアレンジが出来て、応用が利く。

 なら私の『炎もどき』もそれはそれで良いはずですわ。


 逆になんでショックを受けているやら。

 そりゃクロエさんが困惑するわけですわよ。


「人間は意外と「出来上がったものをそのまま使ってしまう」という癖が有ります。

 ですが、クリエイティブな活動には『ミクロの発想法』が不可欠です」


 なんとかメンタルを持ち直して顔を上げると、クロエさんと目が合った。

 にこっとするクロエさん。……可愛らしいこと。


「皆さん、料理はしたことありますか?

 食材が全く別の形に変わっていく、調味料の元が想像できない、調理法次第で完成形がまるで違う。

 あれは身近なもので最も『ミクロ』を体験できますよ」


 おや。これも納得できますわね。

 私は料理人の作った物を食べるだけですが、市場と食卓で見るものがあまりにも違う、ということは分かりますわ。

 ましてや自然に生っているものや生きているものと比べると、本当に同じものか疑わしくなるほど。


「ザルバトゥーレには職人通りというのが有りますよね。

 興味のある分野が有れば、少し見学させてもらうだけで勉強になると思います」


 そこは私がクロエさんに案内したところですわ。

 興味深げにきょろきょろしては職人たちに話しかけていると思ったら、この子はそんなところからも『学び』を得ていらっしゃるのね。

 楽しそうで何よりですわー、なんてほっこりしていた自分が間抜けでしてよ。

 気を抜くとすぐ凹みますわ。私ってこんなにネガティブでしたかしら。


「ちなみにフィアンマさんは何か、料理とか製造とか、やったことありますか?」


「いいえ。私ごときには何一つできませんわ……」


「……な、なんでそんなに卑屈なんですか……」


 いけない。また項垂れてしまいましたわ。

 日常に溢れている魔法のヒントを見逃し続ける私の不甲斐なさはこの際忘れましょう。

 どうせ後退は出来ません。前を向くのですフィアンマ・フィオロオウラ・フェルマ。


「大丈夫ですよ? むしろ凄いですよ! 魔法一筋でここまで来れたなんて!

 もう伸びしろしか感じませんね!」


「……そうですわね。

 ええ、そうでしょうとも!

 なにせ私はこの生き方で賢者まで上り詰めた女でしてよ!」


 努めて明るく、強引に笑ってみせる。

 先生の前で、何より生徒たちの前で、賢者とまで呼ばれる私が『後悔に項垂れる』なんて情けない姿を見せるわけにはいかない。


「そうです! その意気です! 「悩んで立ち止まってる暇があるなら泣きながらでも歩け」って言いますからね!」


「いや言いませんわよ。なにそれ、こわ……」


「ええ!?」


 しまった。

 あまりに言葉が怖すぎて素で拒絶してしまいましたわ。

 乗せられるまま乗っかろうと思ってたのに。


 生徒たちも私の方に乗っかって悪乗りを始めた。

「鬼」「スパルタ」「鞭打ち役人」などと罵声が笑い声交じりに飛び交う。

 ……鞭打ち役人? どこの文化ですの?


「……私って、怖い? ……スパルタなん、ですか? み、皆さん?」


 クロエさんが困った顔で教師陣の方を見る。

「ないわー」「人の心ないのか」「落ち込むときぐらい立ち止まらせてやれよ」などの叱責が飛ぶ。

 もちろん、こちらもまた笑い声交じりに。


「えぇ……ええぇえええぇー……?」


 クロエさんは四面楚歌に陥り、両手を所在なさげにワタワタ振り回した後、フリーズしてしまった。

 その様子に、教室中から笑い声が上がった。

 なんだか可哀そうなことになってしまったが、私はそんなクロエさんを見て、少し吹き出してしまう。

 ようやくネガティブから切り替えられた気がした。


 熱血講師クロエ、ド根性論が時代に合わず、困惑したまま二回目の授業が終了したのだった。







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