3. 空想魔法学一限目「想像力鍛錬法」
クロエさんの爆弾発言から、一週間が経っていた。
私は公務と授業の準備、学校側への挨拶から諸問題の解決まで、山積みの雑務に忙殺され、結局クロエさんとは一度も話せずにいた。
あの日、クロエさんに街を案内した後に教師寮へ同行し、部屋に送り届けたのが最後。
私は私で、研究塔から大量の私物を持ち込み、教師寮に与えられた部屋を第二の研究室としてセッティングするのに忙しかった。
もう少し魔法学校と研究塔が近ければ良かったのですが、そう都合よくはまいりませんわね。
魔法が三つしか使えない。
使わない、ではなく、使えない、と彼女は言った。
さすがに謙遜か、あるいは何かの比喩だとは思うものの、私の中で「クロエ・エヴォニアとは何者だ問題」以上に、「クロエ・エヴォニアに講師が務まるのか問題」が日増しに大きくなっていたのは言うまでもない。
ニック商会長はあれ以降、例の巨大な鎧を連れて海外を飛び回っているらしく、そちらからもクロエさんの情報を得ることは叶わず。
結果として、私は一抹の不安を抱えたまま、クロエさんの最初の授業の日を迎えることになった。
「盛況ですわね……」
教室の後方から見渡せば、生徒たちは勿論、教師の姿も多い。
特別講師の授業はいつも人気だ。魔法学校の体系化された授業とは違い、「新たな知識」や「未知の刺激」に重きを置くことが多いため、生徒たちにとっては良い息抜きになり、同時に教師たちにとってさえ学びになり得る。
私も『新鋭の賢者』の名に恥じぬよう、「最新鋭の魔法学」を伝える万全の準備をしている。
私も名目は見学だ。さすがにクロエさん本人に「監視役がついている」とは伝えていない。
時間が空いている教師は、他の教師の授業を見学し、互いに研鑽を積むことができる。これがザルバミダス魔法学校の良いところであり、「もう一人の特別講師」が監視役に相応しい理由の一つだ。
でも、監視は監視として、純粋に授業内容も気になる。
私は賢者であり監視役であり、そしてスランプに悩む一人の魔法使いなのだから。
「ええと、授業名は……」
事前に渡されたコマ割表には、「空想魔法学」と記されている。
そんな学問は寡聞にして存じ上げておりませんが、そこも含めて空想なのでしょう。
授業名含めて講師に一任されていますから、極端な話、「無題」でも可ですわ。
今期、私とクロエさんが担当するのは新一年生たち。
入学間もない、まだまだ常識に染まりきっていない生徒たちに対し、クロエさんは「発想力と想像力を育てる」と学校側に説明していたらしい。
それ自体は、世界を旅してきたというクロエさんとは相性が良さそうですわね。
不安は拭えませんが、私のスランプ脱却の糧になるやもしれませんし、まずは静かに拝聴いたしましょう。
「『空想魔法学』第一回:想像力を鍛えよう!
というわけで初めまして皆さん! 薬師見習いのクロエ・エヴォニアです!」
教壇に立ったクロエさんが、明るく元気な声で挨拶した。
前と同じ魔女ルック。その肩書に一部の生徒がざわつきながらも、おおむね元気よく挨拶を返している。
自称も、魔法使いではなく、薬師見習いなんですのね……。
「皆さんも知っての通り、魔法に必要なものは、意思と想像力。
意思は発動のスイッチのようなもので、より重要なのは想像力の方となります。
魔法とは『想像した概念を生み出す行為』ですから、想像が貧弱では魔法も脆弱になります」
語りだしは順調だ。
魔法をよく知らないと言っていたのが嘘のように、その言葉には芯が通っており、堂々と授業を進めている。
「魔法で作った物はやがて消える、という話は知っていますか? これは事実ですが、絶対ではありません。
例えば魔法で宝石を作ってもすぐに消えてしまいますが、これは想像力が足りないからなんです。
宝石の見た目だけを再現しても、その硬さ、重さ、構成物質、融点、味、その他もろもろ。あらゆる項目すべてを完璧に想像出来なければ、この宝石は世界の理からほつれ、やがて消滅します」
まだ常識の範疇ですわね。
しかし、「消えない魔法もある」と聞いて驚く生徒が数人いた。
なるほど。生徒たちは「なぜ魔法で作った物が消えるのか」という理屈までは、まだ学んでいなかったらしい。
魔法の常識に染まっていない分、偏見や思い込みが残っているのかも知れませんわね。
「事実上、不可能ということですね。食べ物や飲み物を魔法で作っても消えちゃうから意味無い、なんてのは、よく言われる話です」
それが出来たら飢餓は消える。
宝石を含む希少な素材も、魔法で作れるならどれだけ世界が豊かになるか。
でも、そう上手くはいかないのがこの世界だ。
「でも、消えたとしても『作れる』こと自体が凄いことで、重要なことなんです」
それもそう。
永続しなければ意味が無い、なんてことはない。
私の『炎魔法』もそう。
より高度な『物質化』まで習得したとはいえ、本物の物質と違い、すぐに消えてしまう。
それでも、「だから意味が無い」なんて言われたことはない。
そんな安い挑発、「無意味な炎魔法」とやらで蒸発させられますもの。
――なんだ、意外と普通の授業をこなせるじゃないですの。
そう安堵しかけた、その時。ふいに、教壇の上のクロエさんと目が合った。
「ここから先は、今後ろで見学しているフィアンマさんに手伝ってもらいましょう」
「えっ?」
聞いてない。
突然名指しされ、思わず間の抜けた声が出てしまった。
それアリなんですの!?
「彼女は炎の魔法使いとして名を馳せました。調べたところ『物質化した炎』を使えるとか! これも想像力のなせる技です」
教室中の視線が、一斉に後方の私に突き刺さる。「本物の賢者さまだ」「特別講師なんだよね」「会えて嬉しい」なんて囁きが聞こえてきて、なんだかくすぐったい。
だが、慣れてもいる。
私は小さなころから魔道を歩み、賢者となって、誰よりも注目を浴びてきた。
そしてその注目を活かし、己の才能を見せつけてきた。
この程度の注目に圧を感じるほどやわではありませんわ。
「それでは、フィアンマさん。『上下真逆の炎』を作れますか?」
と、むず痒さをプライドで堪えていると、クロエさんがとんでもないことを言った。
「上下逆、ですの? 炎は天へと立ち昇るもの。下方向に放射することは出来ても、地に落ちる炎など作れませんわ」
「はい。炎は上に向かって立ち上るもの。その通りです。
でもフィアンマさん。あなたは既に『燃料も酸素も必要とせず、燃焼反応も無い炎』を作れていますよね?」
「……そうですわね」
ディズィジーア翁の癖を真似て、顎先に指を当てながら考える。
確かに、私の生み出す魔法の炎に燃料は無い。強いて言うなら魔力そのものが燃料。そして「酸素が要らない」のも事実。
そもそも、あれは燃焼反応ですらない。
そんなでたらめな炎を、私は既に生み出せている。
思わず否定してしまったが、そもそも存在し得ないものを生み出すのが魔法。
であれば、上下真逆の炎は、全く新しい概念ではない分、実現も可能そうに思える。
「そんな『炎という現象の一部だけ』を切り取って創れるのも、魔法の凄さです。
ならば当然、上下反転だって出来ますよ。
……できませんか?」
「……出来ませんわね」
右手に炎を生み出してみるも、それはやはり、当たり前のように上へと立ち昇る。
掌を下に向けて、炎を下向きに噴き出してみるも、勢いが弱まると、そこから上方向に立ち昇ろうとし始める。
上下真逆とはこういうものではないだろう。
魔法は想像力。
しっかりイメージさえ出来れば、と思うも、どれだけ念じても炎はぐにゃぐにゃと変形するだけで「上下真逆」とはとても呼べない代物しか作れなかった。
悔しいが、これは私の落ち度。
つまり……。
「そうです。これが『想像力の不足』です」
クロエさんは、きっぱりと言い切った。
「フィアンマさんほどの炎の使い手でも、想像が追い付かない事というのは存在します。
私の授業では、この重要で不足しがちな想像力を育てましょー!って内容になります!」
おぉー!と沸く生徒たち。
協力、というよりは、完全にダシに使われましたわ。
生徒たちにはさぞ衝撃的で鮮烈だったでしょう。想像力の必要性を説くには、これ以上ないデモンストレーションでしたわ。
私が途轍もなく悔しくて恥ずかしいという一点を除けば……ッ!
ついさっき「注目を利用してきましたわ!」なんてドヤって心を落ち着けてたのが、全ッ部裏目に出ましたわよ!
『顔から火が出る魔法』が暴発しそうですわ!
「それでは早速、フィアンマさん」
「まだなにかありますの!?」
これ以上辱められたら、私は本気で逃げ出しますわよ!?
人の心配をしている場合ではなかったというオチまで含めて、私のプライドはもうボロボロですわ!
そんな私の内心を知ってか知らずか、クロエさんは悪戯っぽく笑いながら続ける。
「右掌を上に向けて、そこに火を生み出してください。なるべく長く使えるように、出力は低めで」
「……? こうですの?」
言われるがまま、蠟燭の灯火のような小さな炎を、前に出した右掌の上に生み出す。
これなら数時間でも維持できますが、一体これが何に……。
「そうです。そして、左掌を下に向けて、そこに上下反転の火を生み出してください」
再び言われるがままに、前に出した左掌を下に向け、炎を生み出す。
やはり下向きにはならず、掌がじりじりと熱で焼けるだけ。
「これが、想像力の鍛え方です」
「えっ?」
全く要領を得ない私や生徒たちに、クロエさんがにっこりと笑顔を振りまいた。
「まずは実物を、現実を知ってください。
知った気になるのでは意味がありません。
フィアンマさん、「右手の炎を、上下反転させて、左手にコピーする」イメージです。
ジッと右手の炎を見詰めて、それをそのままひっくり返し、左手に再現してください」
言われ、私は右手の炎をじっと見つめる。
ゆらめく、ごく普通の炎。これを、そっくりそのまま、上下逆さに……?
「見ながら作る。見たままを写し取る。これなら、一から想像するより遥かに容易く、確実で、効果的です」
確かに。全てをゼロから想像するより、遥かに容易い。
首を傾けて横倒しに見てみるだけでも、想像の補強になる。
難しい理屈は考えなくていい。ただ、上下を、そっくりそのままひっくり返すだけ。
『燃料も酸素も要らない炎』を創り出した私に、出来ないはずがない。
「……どうですか、フィアンマさん。出来るようになりましたか?」
訊かれ、答えずに集中し、しばらく左手の炎を調整する。
先程と違い、炎は「立ち昇る」のではなく、不規則に揺れていた。
この時点で、私は手応えを感じていた。
「もう少し……もう、す……あっ、出来ましたわ! これ、出来てますわよね!?」
生徒たちから「おおーっ」と歓声が上がる。
私の左手から、床に向かって火先を伸ばす、奇妙な炎が生まれていた。
一度できるとイメージが固まるのか、維持は容易い。そのまま少し勢いをつけてみれば、真下以外にも自在に角度を付けられた。
「……さすがフィアンマさん! 炎の賢者だけはありますね!」
「ええ! 私は炎の賢者ですからね!」
明らかに乗せられている気がしましたが、ここは乗っかって差し上げますわ! だって、とても気分が良いですから!
不可能、と断じたものが、あっさりと作れるようになる。
なるほど、手本を用意するというのは、当たり前すぎて逆に盲点でしたわ。
当然のように炎を作れていたからこそ、作れる炎ばかりに固執してしまっていたのでしょう。
なにか固定観念を一つ粉砕できたようで気持ちが良いですわ。ふふふ。
「ところで、フィアンマさんはものすごく大きな火柱を作れましたよね?」
「はい、作れますわよ! 賢者ですから!」
気持ち良さのまま高らかに返答する。
私が生み出せるのは、高さにして20メートルほどの火柱。実際に使う機会は無いが、出力強化鍛錬の一環でよく作っている。
それがどうかしたのかしら、とクロエさんを見ると、またもにっこり笑顔で頷いた。
「今後はそれを横向きに生み出すだけで、大抵の敵を薙ぎ払えるようになりましたよ!」
「……えっ」
なぎ、……ん?
一瞬、言葉の意味が飲み込めなかった。
火柱を、横向きに?
ああ、なるほど。炎を下向きに出来るなら、その要領で「真横に立ち昇る」火柱を作れる、という話ですわね。しかも、その角度を操作すれば、火柱で薙ぎ払うなどという、常識外れの芸当も可能になる、と。
なるほど。
……ッ駄目ですわ! 全く飲み込めませんわよ……!?
ちょっと待ってください!
こんな、こんな些細な発想の転換で、炎魔法の致命的な弱点である「遠距離攻撃時の威力分散と減衰」が克服できてしまう!? そんな馬鹿な話がありますか!?
私が炎を『物質化』させたのだって、火矢に着想を得て『炎の遠距離魔法』を安定させるためでしたのに!
こんな、こんなことで。
たった、これだけのことで。
私の『スランプ』は、音もなく消えていた。
なにも思いつかない。なにも上手くいかない。そんな思考の沼にはまっていた感覚が、きれいさっぱり消え去っている。
正直、先ほどまで耳障りだった生徒たちの喧騒も、今の私には小鳥のさえずりに等しい、癒やしの環境音楽。
……いえ、やはり少し煩いですわ。はしゃぎ過ぎですわよ、生徒たち。
こんなことが……。
「さて、これで私の授業の第一回目を終わります。どうですか、みなさん。魔法の可能性は、広がりましたか?」
生徒たちが、我先にと元気に手を上げる。
皆が自分の得意な魔法で、この『想像力鍛錬法』を試しているのを視界に捉えながら、私は両手の炎を、ただ呆然と眺め続けていた。




