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黒檀の魔女  作者: ラテオレ
永焔のフィオロオウラ
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2. 旅の薬師見習い

 ルードザルバ飛脚連。

 今や一大産業である『飛行船』と、それを繋ぐ『飛行船ネットワーク』という概念そのものを生み出した『飛脚連合』を母体とする政党。

 ここザルバトゥーレ共和国において、「軍事の騎士団」と「学術の魔導院」に並び立つ、「経済の飛脚連」である。


 議席は他党と同じく五つ。しかし、商業の範囲はあまりに広い。高名な職人、広大な農地を管理する者、飲食や観光といったサービス業の長。様々な分野から代表を選出しようとしては、その度に議席の少なさが原因で揉めている。


「その結果、『飛脚代表』すらいない時が有るんですのよね……」


 飛脚連、と名を冠しているというのに。


 まあ、それは今に始まったことではないから良い。けれど、飛脚関係者が議員にいないからという理由で、この私が『クロエ・エヴォニア』を迎えに行く羽目になるとは思いもしませんでしたわ。


 ここはザルバトゥーレ共和国が世界に誇る、国際飛行船ターミナル。今日の定期便でクロエ・エヴォニアが入国する。それを迎えに行くのが、本日の私の仕事。


 先日の会議で、無事、クロエ・エヴォニアの特別講師就任は決定した。併せて、私も特別講師となった。

 読み通り、飛脚連と魔導院から『監視役』を要するという意見が出て、騎士団もこれを了承。私を含む何人かの監視役が選出された。私とクロエ・エヴォニアの二人が講師枠を占有したことに反対意見はなく、今年の特別講師選定会議は例年よりずっとスムーズに終わったくらいだった。


 一番長かったのは、その後の雑談でしたわね。皆様、それぞれの分野の頂点に立つ方々ばかり。そうそう話す機会もありませんもの。

 ……まあ、私はスランプ気味なので、少しばかり肩身は狭かったのですけれど。


 そんな流れで話が決まり、「それではクロエ・エヴォニアを我が国にお呼びしましょう」となった段階で、私がお迎え役に任命された。飛脚代表が不在である以上、議員かつ同僚となる私が適任、というのは、至極自然な流れ。

 ええ、なにもおかしくはありませんわ。


 でも、私はスランプなんですの! 気が急いて仕方がありませんのよ!

 ああ、早く研究塔の静寂とインクの匂いに満ちた自室に籠りたいですわ……!


「ありゃ。どうしたのフィアンマちゃん? そんなに眉間に皺を寄せて」


 やきもきと焦燥を募らせていると、不意に頭上から軽やかな声が降ってきた。視線を上げれば、鮮やかなパンツルックの女性が、何もない空間から一段、また一段と、まるで見えない階段を降りてくるかのようにこちらへ近づいてくるところだった。


「お久しぶりですわ、ニック商会長」


「ひさしぶりー! ちょっと寝不足? 顔色悪いよー?」


 手をひらひらとさせたニック商会長は、最後の一段を踏み切って、私の隣へ軽やかに着地した。


 リベンジャー総合商会代表、ニック・ネーム。

 世界を股にかける大商会の長でありながら、儲けは二の次という独特なスタンスを持つ隣界人の女性。彼女の商会は、商業版の円卓とでも言うべき高潔さを持ち、健全な流通を広げ、価格のバランスを取る『経済の守護者』とさえ呼ばれている。

 理念も独特で、「打倒メサイア」と公言し、かの『正体不明の救世主』を一方的に競合相手ライバルと定めている。……本当に、なぜなのかしら?


「まさかニック商会長が仲介役を買って出てくださるとは思いませんでしたわ」


 飛脚連も、彼らが運航する飛行船ネットワークも、リベンジャー総合商会とは懇意にしている。以前の山岳地帯への航路開拓の折にも、彼女たちは協力を惜しまなかった。

 これで、騎士団は円卓、飛脚連はリベンジャー総合商会の名で、「クロエ・エヴォニアは信用できる」とお墨付きを与えられたことになる。

 ますますどんな人物なのか気になってきましたわ。


「クロエちゃんはね、ちっちゃいころから見てきたから、つい世話焼きたくなっちゃうのさ」


 そう言って、商会長はどこか懐かしむように頬を掻いた。


「あら! ということは昔馴染みですの?」


「そうなの。あたしが商人始めたころのお得意さんの娘さんでねー」


 昔を思い出しているのか、商会長はにこにこと、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。

 これは……クロエ・エヴォニアの信頼度が、私の頭の中で限界突破しましたわね。

 私も魔導書の取り寄せなどで商会長には度々お世話になっている。彼女自身が信頼に足る人物なのは、重々承知しているつもりですわ。その商会長が、昔から見守り、大切に思っている少女。これは間違いなく善人なのでは……?

 いえ、円卓と商会の両方からこれほど信頼されているというのが、一周回って逆に疑わしいほどですわ。


「ま、あたしはあたしで別の用があるからさ。仲介役とは言ったけど、クロエちゃんのこと、よろしくね?」


「……? はい、わかりましたわ……?」


 どういう意味でしょう。

 その真意を問う暇もなく、ターミナルに響き渡る到着のベルと人々の喧騒に、私は顔を上げた。


 巨大な飛行船が翼を休め、船体からタラップが渡される。そこから、旅を終えた乗客たちがぞろぞろと降りてくるところだった。

 おそらく、あの中にクロエ・エヴォニアが居るのだろう。


「あ、居た」


 はやっ。

 商会長が指差す先を見る。そこにはタラップを降りる人の行列があるが、……ん?

 なにか、ひときわ巨大で、全てを呑み込むような漆黒の鎧が見える。

 明らかに周囲の乗客の1.5倍は大きい。ディズィジーア翁に全身鎧を着せたとしても、あそこまで大きくはならない。

 荷物……? いえ、二本の足で、確かに歩いているような……。


「あれはツカサ君だね。「認識できる」ってことは、サギリ君も居るな? 周囲のパニックを避けてのことかな、よしよし」


 商会長が何やら一人で納得しているけれど、半分も理解できない。

 とりあえず、あの黒くて巨大なのは『ツカサ』という人物で良いのだろうか。

 ……それで、クロエ・エヴォニアはどこに?


「さ、会いに行こうか」


「え、あっ、はい!」


 カッカッ、と小気味よいヒールの音を立てて歩き出す商会長に、私は慌てて小走りでついて行く。

 くぅ……運動不足が祟りますわ……!

 待つのも苦手、歩くのも不得手だなんて。私の引き篭もり生活が、ここまで身体を鈍らせていたとは……!


 たかだか数十メートル歩いただけで息が上がる私を尻目に、商会長はタラップのたもとまで近づくと、大きく手を振った。

 それが視界に入ったのか、巨大な鎧の頭部、その兜がゆっくりとこちらを向いた。


「ニック。久しいな、壮健か?」


 地を揺らすような、重く低い声。

 兜の中で反響しているからか、人ならざる響きさえ感じる声だった。


「やーツカサ君! 壮健も壮健だよ。そっちも元気そうだねぇ!」


 ニック商会長はそんな声にも臆さず、より元気いっぱいに手を振った。

 ツカサさんは、近くで見ると、ますます大きい。まるで動く黒い塔だ。

 幼児の頃、大人たちを見上げていた感覚を思い出しますわ。背景に青空と飛行船しか入らない角度で、見上げることになるとは。


「商人さん、お久しぶりです!」


 と、その巨大な鎧の影から、明るく元気な子供の声がした。

 視線を下げると、黒を基調とした魔女のようなローブを着た女の子が、鎧の後ろからひょっこりと顔を出し、嬉しそうに商会長を見つめていた。


「クロエちゃぁあーーん!! 久しぶりぃー!!」


 商会長はその子を見るや否や、勢いよく抱き着きに行った。

 結構な速度だったが、女の子は少しもよろけず、嬉しそうにそのハグを受け止めている。


 あの子が、クロエ・エヴォニア……?

 ずいぶんと普通の、そして愛らしい少女ですわね。魔女ルックでなければ、ごく普通の女の子に見えるくらい……いえ、よく見れば腰に物々しい長刀を提げているような。やはり普通ではないかしら。


「紹介するね、クロエちゃん! こちらは魔導院の賢者、つまり国会議員の、フィアンマ・フィオロオウラ・フェルマちゃん。炎に長けた天才魔法使いで、クロエちゃんと同じく魔法学校の夏季特別講師だよ!」


「ご紹介に預かりました、フィアンマ・フィオロオウラ・フェルマです。よろしくお願い致しますわ」


「それでこちらはクロエ・エヴォニアちゃん。薬師見習いで、修行の旅の最中」


「は、初めまして! クロエです! よろしくおねがいします!」


 少し緊張した面持ちで差し出された手を、私も握り返す。

 やはり、普通の女の子ですわね。私と同い年か、その立ち居振る舞いから、一つ二つ年下にも見えますわ。

 握った手や指先も、『薬師見習い』と言うには細く綺麗だ。調合と採取で酷使してる分、もっと荒れていても良さそうなのに。


 ……失礼ながら、「こんな子が円卓推薦で商会長推しの魔法使い?」というのが、正直な第一印象。そもそも今の紹介は「旅の薬師見習い」で、魔法使いとすら呼ばれていませんでしたわ。


「フィアンマちゃんは『物質化した炎』の魔法を使えるんだよね。『新鋭』枠で初めて賢者になったのが、それ習得した時?」


「そうですわね。あとは学校の飛び級最速卒業記録更新など、対外的にインパクトのある実績が続きましたので」


 新鋭枠は、その名の通り新進気鋭の魔法使いを賢者(議員)に選出するためのもの。国会に魔法界の新しい風を吹き込むための枠だ。

 私がそれに選ばれたのは名誉なことですが、稀に「五つの議席に座れたということは、国の魔法使いトップ5なのだ」という勘違いをされるのが玉に瑕ですわね。私と真逆の老師枠であるディズィジーア翁は、間違いなく国内最高峰の魔法使いですけれど。


「凄いんですねー!」


 内容をよく分かっていない様子ながらも、キラキラした純粋な眼差しで私を見てくるクロエさん。どんどん印象年齢が下がっていきますわ。というよりもはや、人懐っこい小動物を見ているような気分に……。


「クロエさんの魔法は、どういったものなんですの?」


 よく使う魔法は、魔法使い本人の性質を色濃く反映する。一つ得意な魔法を聞くだけで、その性格の半分くらいは分かる、というのが私の持論だ。


「あたしも興味あるなぁ」


 しかし、私とは対照的に、なぜか少し怒気を孕んだ声色で商会長が便乗する。しかも、クロエさんではなく、背後のツカサさんへ向き直って。


「ねえ、ツカサ君。クロエちゃんは今『どうなってる』の?」


「どう、か。魔法制御と強度は以前の俺にも及ばない。が、応用力は良い。既に俺では及ばない域だ」


 鎧が、向けられた怒気にも全く意を介さず、淡々と答える。

 ツカサさんがクロエさんの師なのだろうか。単純な実力は師であるツカサさんが圧倒的で、応用力ではクロエさんが上。

 それで、その魔法とは一体どんな……。


「なるほどねぇ。じゃあ今度はサギリ君。クロエちゃんが『どうなってる』か教えてくれる?」


「うっ」


「……?」


 商会長さんが、ツカサさんを「サギリ君」と呼んだ。

 その途端、山のように佇んでいた鎧が、びくりと震え、僅かに後ろに下がった気がした。


「あー。どう、とも、なってないぞ? クロエちゃんはクロエちゃんだ」


 明らかに口調が軽くなったツカサさんが、どこか視線を泳がせながら答える。

 ん? どういうことですの? サギリさん、とは?


「そうだねぇ。クロエちゃんは可愛い可愛いクロエちゃんのままだよねぇ。なんでかなぁ!?」


「ううっ」


 商会長の謎の圧に、なぜかツカサさん(いやサギリさん?)が詰められている。

 これは……二重人格というものですの?


「あっ、逃げた」


 クロエさんが小さく呟いた。

 私が首を傾げている間に、サギリさんは逃走を図ったらしく、商会長がそれを追いかけて、何もない空中を蹴って空へと跳んでいく。

 ……なるほど。「よろしく」と先に言っていたのは、このためでしたのね。


「師匠は商人さんに真正面から正論パンチ出来るんですけど、神様は商人さんの良識パンチに滅法弱いんです。三竦みなんですよ、あの三人」


「私には二人にしか見えませんでしたが……」


 えっと、神様というのがサギリさんかしら。……神? え、あだ名ではなくて?

 もしかして鎧と中身が別……? それとも「複数の顔を持つ神」とか?

 そう考えると『ツカサ』と『サギリ』で名前の響きが似ていますわね。


「……とりあえず、教師寮にご案内しますわ」


 考えても仕方ありませんわね、と切り替えて、クロエさんに向き直る。


「っ! ありがとうございます!」


 空駆ける二人をジッと見送っていたクロエさんが、ぱっと振り返る。

 直前までクロエさんが何者か考えていましたが、それ以上にあの鎧(ツカサさん? サギリさん?)が意味不明すぎて、思考が逸れてしまいましたわ。

 まあ、今すぐ知ろうとしなくとも、講師期間中におのずと明らかになるでしょう。


「荷物を置きましたら街を案内しますわ。必要なものもあるでしょうし」


「わぁ! 助かります! こんなに大きな街は初めてで、見て回るだけで一週間くらい掛かるかなって思ってたんです!」


「一週間では、きっと足りませんわよ?」


 ふふ、と意味ありげに笑ってみせると、クロエさんが「おぉ!」と眼を輝かせる。

 うーん。本当に、普通の子供みたいですわね。

 だんだん、別の意味で不安になってきましたわ。


「ねぇ、クロエさん。先ほど聞きそびれてしまいましたが、あなたはどんな魔法が使えますの?」


 使えるのは間違いないはず。ツカサさんの言葉が本当なら、その腕前も相当なもの。あとは、その魔法のジャンルさえ分かれば……。

 もしかするとあまり知られたくないのかも知れませんし、ちょっと遠回しに聞いてみましょう。


 さて、答えてくれるかしら。と考えながらクロエさんを見ると、少し照れ臭そうに笑いながら振り返った。


「実は私、魔法三つしか使えないんですよ」


 ……。


 ………はい?


 今なんと? と、フリーズしかけた頭の中で疑問が浮かぶと同時に、クロエ・エヴォニアは「魔法知識もほとんどありませんし」などとぶちまけたのだった。







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