9. 魔女の薬
「整理しよう」
私は起きて、すぐに服を着た。
大事な大事な一張羅。着てないと落ち着かない。
まさに魂の通った私の一部と言える。
「さて、どうしたものかな」
フォストレア教の歴史と問題は長くて多くて複雑だ。
だから解決を急げば新たな歪みを生む可能性が高い。
今現在、一番の問題は、信仰商法で破滅者が出ていること。
じゃあ信仰商法を辞めればいいかというと、それで救われる人を切り捨てることになる。
それに、銭ゲバなんて言われているけど、稼ぐことは悪くない。皇都の平和も大半がお金の力で実現できているのだろう。
信仰だけじゃご飯は食べられない。飢えは健康を大きく損なう。「健康に努めよ」のためには稼ぐことも大事。
フォストレアさんだって、ビジネスを辞めて欲しいとは思っていないだろう。
そしてもう一個の問題、医学・薬学の排除。
ビジネス的には競合相手を排除しようとするのは当たり前だ。
神秘も独占する連中が市場は独占しません、なんてあるわけがない。
この問題は結果として、『癒しの女神』のお膝元でありながら、他国よりも怪我や病気が癒えにくい国を作ってしまっている。
フォストレアさんの意思に背くどころか、真っ向から反対の事をしているのだ。
どうやって破滅者をなくすか。
どうやって市場独占をやめさせるか。
「無理だ」
犠牲を払わない道はない。
『神秘』の独占が有る限り、それを求める人は破滅してでも手を伸ばす。
いっそ全人類に『神秘』を配ればいいけど、その権利はフォストレアさんの手には無い。
例え実行できたとしても他の『命の営みを尊ぶ神々』と対立することになる。
市場の独占も同じだ。
フォストレア教皇国という建国以来『癒しの神秘』一本で成り上がった国が、今更独占を解いてしまえば市場は崩壊しかねない。
上手いこと乗り切れる商才の持ち主も居ないだろう。だって枢機卿があの通りの交渉術だから。
詰んでる、とさえ言える状況だ。
だからフォストレアさんは「殺して」と言ったのだろう。
「はぁ……」
任せて、なんて力強く返したものの、憂鬱だ。
私は私の覚悟を決めよう。
神を殺す覚悟を。
そして、その咎を背負う覚悟を。
で。
決めたら行動! 迅速に!
「神様神様! おいでませい!」
ぱんぱんっ!と手を叩いて拝む。
神様の故郷では一般的なお祈りのポーズ。
神様はあれでちゃんと神様だ、これで通じるからすごい。
「はいよ。やっぱりもう起きたの?」
むむむ、とつぶっていた目を開くと、目の前に半透明な青年が立っていた。
ちょっと呆れ顔なのは、私が『復元魔法』で無理矢理目を覚ましたからだろう。
「丸一日爆睡してたって誰も文句は言わないだろ」
「いいえ、私が言いますよ。寝てる暇なんかないだろーって」
「そんなとこは相棒に似てきたなあ。神様心配です」
ふへ、と変な笑みが出た。
そうか、師匠に似て来てるのか。嬉しい。
「そんで? フォストレアになんて言われた?」
神様が問う。
神様の中では、フォストレアさんに会えるのは分かっていたらしい。
でも、何を言われるかは分かっていないらしい。
……もしかすると、神様が予想を外す瞬間を見れるかも?
「神様の予測では、なんて言われると思いました?」
「『助けて』が5%、『殺して』が93%」
「殺してって言われましたよぉ! もーーーッ!!」
この人やっぱり頭おかしい!(誉め言葉)
未来予知は出来ないはずなのに先読み能力が尋常じゃない!
人知を超えてるかと思いきや、説明を聞くとちゃんと筋道立てて推理してるだけだと分かるのがまたおかしい。
私、師匠には近づけても、神様の思考力を真似できる気が全然しないんですけど!?
「相棒にも『お前に賢さで敵う気はしない』って言われてるしな」
「だから! 私の心を読んでるような先読みはやめて下さいっ!」
もー!と怒り続ける私にケラケラ笑って返す神様。
相変わらず真面目な空気を吹き飛ばしてしまう人だ。
生かす殺すの問題が、ただの推理ゲームのように感じてしまう。
「クロエちゃん、フォストレアの願いはちゃんとわかってあげてる?」
「もちろんです」
殺して。
それは、死んで楽になりたい。なんて話じゃない。
彼女が求めているのは変革だ。
「腐った患部は癒しの女神も癒せない。切り捨てるしかない。それがどんな苦痛を伴うとしても」
私は薬師見習いだ。
いずれは医者にだってなりたいと思ってる。
彼女の、患者の覚悟は、真摯に受け止めるべきだ。
「フォストレアさんは未来のために、今の信者を犠牲にする覚悟を決めました。
死ぬのは彼女だけじゃない。彼女の神秘が失われれば、信者たちの混乱と絶望は免れない。何より神秘でしか救えない人たちはそのまま死ぬことになる。
加えて政治問題に経済打撃。私の故郷のように国が滅ぶことだって十分にあり得ます」
「それでもフォストレアは選んだ」
「はい。彼女は信じたんです。未来を」
「違うさ」
……あれ。
神様が目を細め、微笑んだまま私を見る。
「曖昧な未来に希望を託し、その身を投じる。それは『安価な薬』だ。神に成った時と何も変わらない」
「ッ! それはっ、そうですけど……!」
でも。
いや、あれ?
……本当だ。何も変わっていない。
失敗したからリセット、今度は自分ごと。
なんて、神に成った時より酷いとさえ思える。
でも違う筈だ。
この選択は、覚悟は、『安価な薬』なんかじゃない。
なにか明確に違いが……。
「クロエちゃん」
「ぅえ!? はい!」
嫌な汗が噴き出していた。
それを復元魔法で拭い去り、神様に向き直る。
「君は、フォストレアの指名により、腐った患部を除去する執刀医を任された」
「はい……」
「なら、自覚しなさい。フォストレアが信じたのは曖昧な未来なんかじゃない。
――信じたのは、『クロエ・エヴォニア』だ」
「あ――」
そうか。
私が、『高価な薬』なんだ。
フォストレアさんが突然変革に踏み切ったのは、それを起こせる私という存在が現れたから。
この機会を逃せばフォストレアさんの意思は再び誰とも話せない場所で漂い続ける。
それだけじゃない。フォストレアさんは、私だから変革を、その先を、信じられたんだ。
私は『薬』だ。
しかも『劇薬』だ。
強烈な副作用で死にたくなるほど苦しむことになるだろう。
だけど、
ぜっっっっっっっっっっっったいに、治して見せる!
「良い顔になったね、クロエちゃん」
神様が少しだけ悲しそうに笑う。
本当は止めたいんだろう。だけど神様は、いつだって私を支えてくれる。
ごめんなさい神様。私、やっぱり、『ただの女の子』にはなれないみたいです。
今ならその切なさがちょっとだけ分かる。
私もフォストレアさんを見て、悲しくなったから。
「それじゃあ続きだ、クロエちゃん。
フォストレアが死ねば神秘は失われる。そうすれば傷付いた者たちが路頭に迷うだろう。
それをどうにか出来るのは薬師連中だ」
「その面でも私が最適なんですね?」
「いやそれは無い」
「なっ!?」
「たった一人、しかも薬師見習いが、どうにかできる惨状じゃないだろ」
「それはそうですけどぉ!」
なんでモチベーションぶち上げた後で叩き落とすのこの人!
復元魔法が無かったら情緒ぐちゃぐちゃで泣いちゃってますよ!?
「だから信じたんだよ、フォストレアは。
クロエという信徒を通して初めて知った『癒しの神秘の無い世界』と同じように、自分が居なくなった後も「この国の人々はちゃんと幸せになれる」って」
神様は笑った。
私は、笑えなかった。
やっぱり夢の中での直感は正しかった。
フォストレアさんは知ってしまったんだ。
自分が、フォストレア教が、健全で大衆的な『医療』の発展を阻害していることに。
私を通してフォストレアさんは『独占と排除』がどれだけの人の癒しの機会を奪っているかを知ってしまった。
だから、ゼノロスさんと違って宗派分けではなく『死』を望んだんだ。
分かっている。
分かっているけど、こんなに苦しい『救い』はない。
「『もしも』の話だ。クロエちゃん、君はフォストレアを殺す方法を考えろ。徹底的に、圧倒的にな」
「は、はいっ!」
殺す方法。
そうだ、相手は神、概念だ。
私の手持ちの武器で通じそうなのは一つか二つ。
それもダメージを与えられるだけで、殺すとまでは言えない。
概念の死。概念的な死。
それを与える方法。
そのヒントは、師匠と神様のやり取りにあった。
そう、師匠は神様を殴ってた。
やっぱりちゃんと訊いておけばよかったんだ。
「教えたくねぇー!」
「教えて下さーい!」
相変わらずの先読みで頼む前から断られる。
でもごり押す。
あからさまに嫌がってはいるけど、神様はきっと教えてくれる。
なんたって私の神様だからね。
「はぁ……最後にもいっこ。
ゼノロス君は意識しなくて良い」
「えっ?」
急にゼノロスさんの話が出てびっくりした。
確かに、宗派分けしようって思っている時に神が殺された、なんてなれば、ものすごくショックを受けるだろう。
私はきっと一生恨まれる。
いや、そうじゃなくて、神様が言ってるのは「まずい」と言ってたことだろう。
結局どういうことかよく分かってない。
「懸念材料だったけど、上手いこと反転してくれた。あとは彼が彼の自由意思で変革を担うだろう」
「え? いつ反転したんですか?」
「クロエちゃんのおかげだぞー? 俺の計算できなかった『2%』をよくぞ引き当てた!」
えっ、えっ。
本当に自覚がない。
なんだろう、神様の計算外っていうことは、たまたま偶然なんかしちゃった感じ?
……もしかして、ゼノロスさんに睡眠薬を渡したこと?
「ちなみにクロエちゃん、相棒が俺を殴った方法、察しがついてたりする?」
「はい、そっちはなんとなく」
神様の先読みは無限の枝分かれ。私じゃ枝を分け切れない。
でも師匠の発想法は一本道。出来る事の延長線上に答えは有る。
師匠に出来る事は、実は私より少ない。
ただ一つ一つがまさに極まっているだけ。
「それじゃあ、試してみるか」
「はいっ」
ゆるりと差し出された神様の右手を、私はさっと掴んで握った。
空いた手で神様の右手を覆うようにして、両手でぎゅっと握手する。
すり抜けない。
触れられないはずの神様に、しっかりと触れている。
確かな体温と感触を感じる。
神様が人だった頃以来、懐かしい暖かさだ。
「あーあ。大丈夫そうだね」
「はい! いつでも神様を殴れますよ!」
「やめてね?」
なんでそんなとこだけ推察と学習が上手いんだろうなー、と頭を掻く神様。
やっぱり私の素質は師匠寄りなのかも知れない。
これで、覚悟は決まった。
鍵も揃った。
あとは、いつ仕掛けるか。
私は空を見上げる。
星空の向こうに、白い月が浮かんでいた。




