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4.世界に、力があるということ。

その日、教室は夕日で薄赤く染まっていた。

生徒たちはすでに下校を終えていて、室内には誰の声もない。

机に手をつき、俺はしばらく窓の外を見つめていた。


(あの子……まひる。

 素源を見たことに対して、一切戸惑ってなかった)


自分が特別だなんて、これっぽっちも思っていないのに。

ただ、「見えた」と言った。迷いも恐れもなく。

……その感覚が、怖い。


制服の内ポケットに忍ばせた端末を取り出し、おもむろに起動する。

画面には、先ほどの戦闘と感知の状況を記録した簡易報告書が映っていた。


《対象:日向まひる》

《素源操作:ゼロ》

《視覚反応:限定的な素源視認の可能性あり》

《敵性:元《残響》構成員と推定/単独行動》

《即時制圧・拘束済み》


内容は正確に、淡々と。余計な主観は排除した。

だが、レポートには書かれていない要素が一つあった。

——まひるが、「あれを見た」と口にしたこと。


感知者ですら一部しか持たない“素源視認”の特性。

それを能力判定ゼロの人間が持つ。

事実なら、重大な異常だ。組織が黙って見過ごすはずがない。

通信を送信し終えた後、俺は端末をしまい、鞄を手に教室を出た。

制服姿のまま、駅前へと歩いていく。

通学路に紛れて、周囲の一般人の中に“力”の痕跡を探す。


——街は、いつも通り“能力者”で溢れていた。


掌の上でふわりと燃え、軽く揺れながら空中を踊る。

駅前広場。パフォーマンススペースでは、若い男が掌の上で炎を転がしている。

観客がスマホで録画していて、配信タグには《#炎芸人》《#素源アート》《#街角マジック》と書かれていた。

火は形を変え、花のように開き、再び球体に戻る。拍手が起こる。

男は笑顔で頭を下げ、チップボックスを掲げた。


「ちょっとだけ力が使える人」

そんな存在は、今では珍しくない。


カフェのカウンターでは、空中で液体の温度を調整するバリスタが注文をさばき、雑貨屋の前では、浮遊する広告パネルが回転している。

力を誇示するわけでも、戦うわけでもなく、ただ「便利だから」能力を使っている人々。

それが、この街での日常。この街での“普通”だ。


テレビのディスプ琉依が切り替わり、ニュース番組の画面に映像が流れる。

救助隊の能力者が崩れた建物の中から人を救い出すシーン。

空間操作によって鉄骨を浮かせ、瓦礫を取り除く。

現場では、能力者で構成された特殊部隊《C.A.S.T》の活躍。

ニュースキャスターが解説する、組織ランキング上位の能力者——


——そして、その中に

《この国唯一の能力者行政機構C.A.S.TNo.3:ノーフェイス。名前非公開、サポート型能力者。調律型”の超精密サポート能力者。

実働映像はほとんど残っていませんが、サポート型能力者にもかかわらず戦闘型能力者にも恐れられていることから、異次元の壁が存在しているとして、一部能力者たちの間では、Unattainable Symbol、到達できない象徴として伝説となっています。


「実際、彼が現場に現れた時点で“国家レベルの危機”と判断するべきだという声もあります。」

「……“ノーフェイスが動いた”ってことは、“それくらいの事件”ってことなんでしょうねえ……」

「この件について、C.A.S.T本部からの公式コメントはまだ発表されていません。市民の皆さまは、引き続き警戒を──」》


──画面が切り替わり、事件現場とされるビル群の上空映像に移る。


モニターに映った戦術図。

ナレーションとテロップが過剰に美化する。

——そこに映るノーフェイスは俺自身だ。

顔は出ていない。実働映像も、仮面、フード、歪ませた空間がそれを隠している。

能力者として認識されてはいるが、正体は完全に秘匿されている。


(世間は“顔のないヒーロー”に夢を見ている)


誰もが憧れ、称賛する。

しかしそれは、実態のない偶像だ。

力が“安全”に使われると思っているからこそ、笑って見ていられる。

でも——その力を否定する者もまた、この社会に根を張っている。


《残響》


数年前に壊滅したはずの反能力者組織。

素源を“毒”と呼び、能力者を“異物”と断じ、消し去ろうとした連中。

彼らは表舞台からは消えたが、地下にはまだ根が残っている。

今日現れたあの襲撃者も、残響の旧式術式を使っていた。


だが——それだけじゃなかった。


あの男の素源の流れは、人間のものじゃなかった。

空間に引っかかるような、不自然な揺らぎ。

それはまるで、“理屈の通じない何か”の気配だった。


外影がいえい

素源の根源に棲む、異形の存在。

言葉も意志もなく、ただ“世界を侵す”だけの災厄。

過去に、残響の一部が外影と接触しようとした痕跡が残っている。

もし奴らが再び、あの力を利用しようとしているなら——

この街はまた、“戦場”になる。


スマホが震えた。組織からの返信。


《対象に経過観察を継続。覚醒の兆候あれば即時報告。》


……やはり、まひるに何かが起き始めている。


俺は空を見上げた。

夕焼けは美しく、雲の流れは穏やかだった。

けれど、この空の下で、世界は静かに崩れ始めている。


そして、その中心に——日向まひるが立っている。


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