第三話 爆破
――巳の刻。その時刻がやってきた。
白装束に身を包み、まるで死装束を纏った屍のように、村長は石段をよろよろと上がってゆく。その背は軽やかさの欠片もなく、まるで絞首台に向かう罪人のようだというのに、顔だけはやけに神妙だ。
――村の「朝の儀」。
いつも通り、疑うこともなく、今日も“それ”は粛々と行われようとしていた。
「供物です」
信徒に扮した黎麟は、寺の僧に向かいしれっと布で覆った壺を掲げる。
その壺――くすんだ鈍色の陶壺。手垢と歳月に染まり、よくある供物の一つにしか見えない。だが、その中身は、血塗られた代物だった。
水袋に見せかけた精密な爆薬容器。火薬を練り上げ、無数の鉄釘をぶち込んだ地獄の抱き合わせ品。そしてそれを、獣の脂で密封し、炭綿を撚った導火線を腹に仕込んだ、まさに“黒き火の珠”。
「感謝を」
僧が壺に手を伸ばしかけた瞬間、黎麟はすっと身を引き、歪な笑みを口の端にだけ浮かべた。
「私がお運びします。それより、他の信徒が呼んでおられましたよ」
僧の目に、鋭い光がぴかりと一閃したが、それ以上は何も言わず、踵を返して消えていった。
黎麟は壺を抱えたまま、静かに、まるで神の化身でも気取るように祠の奥――神座の前へと歩を進める。
そこには、村長がいた。熱心な信徒の、いや、狂信者の顔で、膝を折り、掌を合わせ、目を閉じて祈っている。
壺を村長の座る台座の足元に供え、黎麟は丁寧に、そして慣れた手つきで導火線へと火を灯した。
しゅう……と、導火線が蛇のように音を立てて這い進んでいく。
じり、じり……音なき死のカウントダウン。
村長はなおも祈っている。黎麟は背を向け、何事もなかったかのように静かにその場を去った。
寺の裏手へと回り込んで、溜めていた息をひとつ、深く吐き出す。
「……これが、仁獣にはできないことだ」
ぽつりと呟き、石畳を蹴って歩き出す。その足取りには一切の迷いがなかった。
黎麟が山門をくぐる――その刹那。
空が、裂けた。
轟音。爆風。神域を引き裂く火と鉄が、咆哮を上げて炸裂した。
耳が潰れるような爆音。空気が震え、骨が軋む。天井が砕け、柱が折れ、村長の絶叫が火煙に飲まれる。
飛び散った瓦礫は空を切り裂き、炎は紅蓮の蝶となって舞い踊る。
黒煙が渦を巻いて立ち昇り、焼け焦げた肉の匂いが、甘く鼻孔を突く。
(罪悪感?そんなもの、どこにもない)
むしろ、その匂いと断末魔は、黎麟の“喪失”をじんわりと撫で癒してくれる。
(今世の仁獣にはできぬ残虐を、前世の俺がやった。それだけのことだ)
麒麟の姿へと転変した黎麟は、悠然と空を翔けながら、冷たく呟いた。
「さぁ、次は誰を焼き殺すか」