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漆品目 理

 ――陸徒が北海道での経験を語り終えてからは大変だった。

 香奈美は嘘だ嘘だの大騒ぎ。山爺のほうは陸徒が選んだコゴミを調理して食し、絶対本物だと力説した。

 当事者の少年だけが、なにに対して嘘か本物なのかも認識できないまま悩み、二人の口論に質問する隙間も与えてもらえず、悶々としながらもとりあえず山爺家に泊めてもらって一夜を明かすはめになった。


 かくして翌日の昼。

「はあ、めんどうなことになったなあ」

 陸徒は会津若松市内を散策しながらぼやいていた。

 朝から香奈美は修行と称して出掛け、山座衛門からは明日開催されるという山菜バトルに関する熱心なレクチャーをされた。それに、陸徒が参加するはめになったのだと。


 報酬ありの山菜バトル開催権限とルールの決定権は一帯で一番旨い山菜を食わせたと認識される統治者たる山主とデイダラボッ娘にあるが、報酬なしならば誰にでも開催権もルール決定権もある。従って勝敗の条件は様々だが、基本共通するのはうまい山菜をボッ娘に食わせたほうが勝ちということ。

 結果は葦原ネットの山菜戦績に記録され、報酬は勝ったほうにデイダラボッ娘から望む〝文明〟が与えられる。また、山魔王の定めた資格維持のために山主は定期的に市民とバトルをせねばならず、敗れた場合は挑戦者に山主の地位が移譲される。代わりに、その勝負での敗者にはどのような私刑を下してもいいという権利もある。

 ために大半の勝負は、欲しいものを訴えてきた市民と部下たちとの報酬ありのバトルを山主が許可。形だけ行って、ボッ娘から得た文明で近代的な生活をどうにか維持するためのものとなっていた。


 とにかくごたごたが済むまで山爺の家で厄介になってもいいと許可ももらえた陸徒だが、なにかを期待するような眼差しを注いでくる老人が薄気味悪くもあった。家族間に不和をもたらした原因のような自覚もあって、散歩と称して山爺宅から借りた地味な私服姿で表をぶらつくことにしたのだ。

 とはいっても元引きこもり、よその街に詳しいわけもなかった。

 なので、迷わないように道順を憶えられる程度の範囲で放浪した彼には、観光地だった街でも遠方には行けなかった。旧滝沢本陣の歴史ある藁葺き屋根の木造家屋前は通ったが、もはや山界政府の兵士たちが拠点としてたむろし、年貢と称して市民の身ぐるみを剥いでいた。


「あ、あのちょっとすいません」

 陰キャといえどさすがに見かねて、陸徒は敷地に踏み込んで声を投げてみる。

「おれ壊れたスクーター持ってるんで、それでそこの人たちの年貢の代わりとかにならないですかね」

 表でしばらく躊躇していたので、求められているものはだいたい聞こえていた。ここでは物々交換が基本で、壊れているといっても山界政府ならある程度の修理は容易い。でなくとも、分解すれば使えるパーツがいくつも手に入るので、代用になりそうだったのだ。


「……おまえ、明日のバトルで香奈美とやり合う新入りだな」

 八咫烏の紋章入り制服の兵士たちが、勾玉型のスマホで陸徒を確認しながら応じる。

「情報は入ってる、あれなら足りるか。よし、後でもらっといてやるが、ここに住むなら自分の心配もした方がいいぜ?」


 デイダラボッ娘を介してハイエナの昂とやらに山菜バトルの許可を出されるや、どこで撮影したかも不明な香奈美と自分のキメ顔がテレビ等に映って明日の通知をしていることは陸徒も承知していた。そいつを山爺宅で老人と仲良く眺めるよりはましなので出てきたのだが、案の定知れ渡っているらしい。政府には他の事情も筒抜けのようだ。

 ゲラゲラ笑う兵士たちと感謝を述べる市民たちをどうにかあしらい、目立ちたくはない陸徒はそそくさと場を去った。


 そのまま歩いて、文明崩壊以前は大河ドラマとやらで有名にもなったという石部桜が満開のちょっとした広場に到る。

 山爺の家が街の中心部から外れていたからで、そこの雰囲気が思い出の場所に似ていたせいもあったかもしれない。ためになんとなく立ち止まって覗くと、男の声が聞こえた。


「あっちゃー。やっぱ、理子ちゃんには敵わねえなぁ」

 広場を囲む草むらに人影があった。近くには小学生くらいの子供たちもいて、声を上げた影たちを観察している。

 対象は中年男性三人と理子だった。いずれも農夫のような身なりで、手にいくつかの植物を持っている。例によってそばにはデイダラボッ娘の亀姫もいたが、周りの畑でチョウチョを追う子供のように青鷺を追いかけて遊んでいた。

 理子と中年トリオは対峙した格好で、少女は威厳に満ちているのに対し男たちはうろたえている。


 そんな光景にも飽きてきたらしき子供の一人が、ふと陸徒を発見した。

「あっ、あのお兄ちゃんだ」

 その子が指差すや、他の人員も釣られて陸徒に注目。中年男性たちが喚声を上げる。

「ほんとだ。あのあんつぁま(兄ちゃん)、告知に表示されてた」

「ああ、あれが噂の!」


 もはやちょっとした有名人らしい。

「失礼しました」

 嫌な予感がするので陸徒は即断り、そそくさと帰ろうとする。


「待ってください」大声で止めたのは理子だった。「あなたが、陸徒さんですよね」

「そ、そうだけど」

 無視するわけにもいかず立ち止まる少年へと駆け寄り、少女は要求した。

「わたしとも山菜バトルをしてください! 時間は取らせませんし、この場で結構ですから」

「……この場で?」

 そら見たことかとうんざりしつつも、陸徒は周囲を確認する。ここは住宅地裏の畑で、山は近いが行くにはかなり歩かねばならない。で意見した。

「でも、ほら。ちょっと明日に備えて身体を休めたいというかなんというか」


「ご心配なく、広義の山菜とは野山に自生する食用植物全般と定義できます。特別な規定がない限り、山にある幸はみんな評価対象ですよ。この広場付近のものでも、山にある種類なら実力を測る目安となるでしょう」


「実力を測る?」

「はい。告知によれば、明日のゲームは香奈美さんの方から挑んだとか」

 理子は広場を囲う木の柵を跳び越え、道路にいる陸徒の傍らへ来た。まるで演劇でもするように大げさな身振りで周囲を闊歩しながら語る。

「彼女はわたしの目標にして、何度勝負を挑んでも超えられない相手。わかりますか? 毎回こちらから挑戦し、敗れているのです。なのに、あなたには彼女から対戦を望むといいます。相応の理由があるはず。――ですから」

 ずいと少女は少年に詰め寄った。

「勝負しなさい、滝定陸徒! でなければ、わたしはおそらくいつまでも彼女に勝てない!!」


「いいえ帰ります」


 即答して陸徒は逃げ出した、――しかし回り込まれた。

「待ってくださいってば!」

 構わず横をすり抜けたら、理子は腰に腕をまわしてしがみついた。めげずに進もうとするとずり下がって足をつかむ形となり、引きずるような格好になった。

 冷や汗を流す陸徒。そこに、中年男性が声を上げる。

「でた! ああなったら理子ちゃんは絶対食い下がるぞ!」

「その通り」地べたの少女が、陸徒を見上げてほざく。「一度決めたら白黒はっきりさせねば気がすみません、それがわたし。〝ことわり〟の理子と呼ばれる由縁です!」

 とてつもないドヤ顔である。


  名前   / 理子

  職業   / しつこい女

  LV   / 40

  SS   / ???

  異名   / コトワリ


  ドン!


「おおーっ」

 と、謎の擬音と一緒に全員閲覧できる状態で表示されたステータスへ子供たちが歓声を上げて拍手する。

 陸徒は内心で、断らないの間違いじゃないのか、とツッコむのだった。おあえつら向きに、中年男性の暴露が耳に入る。

「ホントは対戦挑まれると断っても断るのを断られるから〝断り〟なんだけんじょも、あのニュアンスじゃまだ理解してねぇな」


 ステータスの名前と職業と異名は、どこにいようと本人及び周囲の評価を元にボッ娘が設定可能なものをそれぞれに授与する。当人は中からしか好きなものを表示できないのだ。


「……なるほど」

 納得して歩き去ろうとする陸徒。

 ずりずり。

 手放さない理子。


 しつこ!


 いらいらしだしたところに、近所の通行人たちの囁きが響く。

「なんだあれ。見ない顔だけど、理子ちゃんの彼氏かな」

「明日の山菜ゲームの出場者じゃないか?」

おんずくねえ(ろくでもない)野郎だな。あんなに好かれてんのに、めごいおなご(可愛い女の子)引きずって捨てようとするなんて」

「だぁ――――――ッ!」陸徒は絶叫し、振り返って理子の手を引くと立たせた。「めんどくさい! じゃあいいよ、野草の味比べすりゃ満足なんでしょ!?」

 かくして、少女はしてやったりと微笑んだのであった。



「ほんじゃ、ルールの確認をするねぇ」

 桜の木を背にアヒル座りでしゃべりだす亀姫。

 広場内の対面する位置に陸徒と理子、そして三人の中年がいた。柵の周囲にはさっきの子供たちを含む十人ほどの観客が、騒ぎを聞きつけて集っている。


「陸徒たんが来る前の中年おじたんたちとの勝負で、理子たんが食べさせてくれた山菜のうち一番おいしいのをあたちは記憶してる。だから、それらよりおいしいものを陸徒たんが採れるかどうかのテストってとこね。

 理子たんが三人の対戦相手に勝った野草はそれぞれ、蒲公英タンポポ土筆ツクシナズナ。このおのおのを採取して比較するんだよ」


 理子が口を挟む。

「三種中二種類の味がわたしを超えれば勝ちでいいでしょう」

「平均点が上でもいいね」にこやかに亀姫は補足した。「で、制限時間はそれぞれの山菜を見つけるのに理子たんが要した時間の合計と同じ。十五分ということで始めるよぉ」

 十の位を示す一と、五を、両手の指を立てて表現したあと、巨大幼女は立ち上がった。

「それじゃ、よーい」号令と共にジャンプする。「ど――――んっ!」


「……はあ、かったるいなあ」

 そんな一言を発しつつも、陸徒はしかたなくうろつきだす。

 石部桜の大きな枝が届く下辺りでは、ここまでの対戦でおいしそうなものは採られているようだ。もっとも、周りの畑などにも山の幸は満ちているだろう。

 けれども陸徒はもともとやる気がないので、十五分もいらずにさっさと帰りたかった。

 ならば、とるべき手段は一つしかない。


 手早く勝負を終わらせる。


 桜からは離れた近辺でも、充分な量だけはそろっている。

 そこに目をつけて獲物を選別しながら、ふと過去を想起させられた。

「野草、か」

 それから彼は、双眸に凄まじい輝きを宿した。驚嘆する周囲の反応をよそに、陸徒は追憶へと沈んでいく。

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