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弐品目 山四章

「……えさん! お姉さん、大変だよ!」

 小学校中学年くらいの少年が喚く。ランドセルを背負い活発そうな子供服姿で、夕陽の中を駆けている。


 学校か、そういやそんなものがあったな。懐かしい、すると五年以上前の出来事か。

 走ってる場所はそう、北海道の故郷。あの山村だ。


 校舎の裏手にある小高い丘。そこの中腹に位置する小さな公園に少年は向かっている。

「――だいだらぼっち~だらぼっち~」

 だんだんと澄んだ歌声がしてくる。これはなんだったか。

 ……そうだ。


 『山四章・だいだらぼっちの春』


 公園に入るや、最深部にあるベンチで歌っていた女性が迎えた。

「ん。どうしたんだい、少年?」

 童話の魔法使いのような、フードを被ったローブ姿。首に注連を下げ、金剛杖をベンチの傍らに立て掛けている。婉然とした目鼻立ちに長髪、二十代後半ほどのすらりとした美女だった。

「たぶんお姉さんのことが、不審者扱いされてる」

 彼女に走り寄りながら、少年が訴える。

「こないだのこと、あいつらが先生にチクったんだ。お姉さんを怪しい奴だって!」

 女性の隣に掛けた少年は、ポケットからスマートフォンを出した。

 そこには警察から届いたメールが表示されており、女性の容貌とそっくりな人物の特徴が不審者として通知されていた。出没箇所もその公園になっている。


「あははははははっ!」

 ところが、画面を一瞥するや女性は爆笑した。それから語る。

「やれやれ、わらわはあんたをいじめる奴らを叱っただけだろう。手さえあげてない。あんたに暴力を振るったあのクソガキどもと違ってね」

 そうだ。数日前、ここでいじめられていた少年を助けたのがこの女性なのだ。

「おれも、説明したんだけど」少年はうな垂れて嘆いた。「向こうは何人もいるし、話を合わせるから……」


「少年」

 彼の肩を、女性は励ますように叩く。

「なにもしてない人を嘘でけなして爪弾きにするのはいけないことだって、学校は教えてないのかい?」

「教えてる」

「じゃあなんでいい大人たちがそれをするんだろうね」

 答えられずに少年が顔を上げると、女性は異様に綺麗な歯を覗かせてにニヤリとした。

「そこがあんたたちの暮らしてる世界だよ。でも負けることはないんだ、確かにあんたはわらわみたいな浮浪者と仲良くしたりする変わりもんだ。でもなにも悪いことはしてないし、集団でいじめるなんて卑怯者だよ。クソガキどもは、群れてなきゃなにもできないザコってことさ」

「……うん」

 返事でやや明るさを取り戻して、少年は報告した。

「お姉さんの言うとおりだった。こないだ、あいつらのリーダーと一対一で喧嘩したら勝ったよ。それからおれにはほとんどなにもしてこなくなった」

 女性は手を叩いて称えた。

「そいつはめでたいね」

「でも代わりに、お姉さんのことででたらめを……」

「放っておけばいい」

 そこで、女性は眼下に見下ろせる集落の方に視線を移した。

「いずれ、わらわが変えてみせる。見過ごされてきた才能を蔑ろにする、現代社会を。根底からね」


 少年はゾッとした。

 急に表情を消した女性。その横顔に、異常な迫力があったからだ。

 なんだか怖くなって、話題をそらすことにする。

「ね、ねえ。また、なんか旅の話してよ」

「そうだね」

 女性の顔つきが優しくなったので、少年はちょっとだけ安堵した。

 ここで出会って以来。時代錯誤な旅人だという彼女の、道中で得たというおとぎ話が密かな楽しみになっていた。

 内容は豊富で、まるで日本中のあらゆる伝承に通じているかのようだった。

「じゃあ、あれなんかどうかな」

 女性は物語りだした。

「本州の東北地方で耳にした昔話なんだけどね。そこには、妖怪の姫が住んでたっていうんだ」

 黄昏の昔に初めて聞いた名称が、つい最近も耳朶に触れた気がする。

 彼女は、こう告げたのだ。


「――〝亀姫〟っていう名前のね」

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