玖品目 見極眼
勝負は終わった。
「ふう」亀姫の審判を聞いた陸徒は、対峙する理子に背を向けつつ告げる。「えーと、これで気が済んだよね。じゃあ、おれ帰るから」
軽く手を振り、去っていく。
理子も三人の中年男たちも、なにもできずに立ち尽くしていた。観客たちすら唖然である。
「う、嘘だろ」広場から陸徒が出た辺りで、ようやく中年男の一人が開口する。「白昼夢でも見てんでねえべか。あの理子ちゃんが、まさか……」
残る二人の中年も続く。
「それよか、あの眼光。あれってもしかすっと……」
「間違ぇねえ。修験道の開祖たる役行者ほどに山岳と親しんだ卓越した山菜採りのみが開眼させる業、自然の一部である人の本質を取り戻すことで逆に山を人体のように操るほどの才を発揮するという異能――」
三人は驚嘆のままに合唱する。
「「「〝採取スキル〟!!」」」
バン!
採取スキル。それは地孫光臨以降デイダラボッ娘によって具現化しやすくなった、人類が生まれ持ち類稀なる才能や努力と山に親しむことで覚醒する超自然的な特殊能力だ。
かつて、魔術や超能力と呼称されたものの正体ともいわれ、一説によれば、産業革命以降そうしたものが否定され衰退し眉唾なオカルトの領域に甘んじたのは、人が科学文明に耽溺し山を離れることが多くなったためともされる。これが、日本の異世界転移によって再興しつつあるのだと。
茫然自失の理子は、角を曲がって民家の陰に隠れた陸徒の幻影を眺めて請うた。
「……亀姫。もう一度、結果を教えてください」
「うん、いいよぉ」
彼女の横で、巨大幼女はにこにこして述べた。
――もはやそこでしゃべりだしたのは病床に横たわる戦国大名、毛利元就だった。
「タンポポ、ツクシ、ナズナ。一品一品はたいしたことがない」
彼の傍らにはその三本の野草があり、それらを前にして、元就の息子に扮した三人の中年男がいた。
誰もが時代がかった着物を纏い、辺りはすでに和風の居城。畳敷きの室内となっている。
「野草を一本ずつ折ってみよ」
元就に命じられるがままに、三人の中年――もとい息子たちは、タンポポ、ツクシ、ナズナをそれぞれ折ってみた。もちろん、簡単にできる。
「では」父は、さらに要求した。「三本を束ねて折ってみよ」
新たに三人の息子の前には、タンポポとツクシとナズナのセットがおのおの現出した。
息子たちは三つの束を一人ずつ持ち。力を込める。
「どうだ、容易には折れんだろう。そんな風におまえたちも一人一人は弱かろうと、三人で力を合わせれば――」
ポキ、ポキ、ポキ。
本来は三本の弓矢で語られる逸話なのだが、ここでは脆い野草で例えられているのだから当然だった。
「……」
元就は病床から起き上がり、やらかした三人から折れた野草をひったくると口に放り込み無理やりまとめる。
「このように。一本一本はたいしたことがなくとも、三本合わせて食べれば絶妙な相乗効果により、陸徒のものの味が理子を上回る。つまり……」
景色はもとの広場となり、ただ中でデイダラボッ娘亀姫はウインクしながら宣告したのだった。謎のテロップを虚空に表示させると共に
理子のトリプル山菜/★★★☆☆
陸徒のトリプル山菜/★★★★☆
「――この勝負、滝定陸徒の勝ちってわけだねっ!」
理子は、もう影も形も窺えない陸徒の去った方角を凝視して囁く。
「一品一品の味を正確に把握していないと、ありえないことだと思います」
「も、もしかすっと」中年男たちも少女の視線を追い、一人が言及する。「あの採取スキルは、千里の先にあるんめえ山菜さえも発見するっていう伝説の……」
そこで三人の中年は、またも仰天して合唱したのだった。
「「「〝見極眼〟!?」」」
ドドン!!