零品名 山嵐
変わりやすい山の天候が本領を発揮した。にわかに天上はかき曇り、雷鳴が轟く。
アイヌの民族衣装を纏ったひげもじゃの大男、弥十郎が、そんな山間の道路すみに屈んでいた。
雨は降らないも暴風は荒ぶっている。だのに彼の周囲だけは水面のごとく静寂しているのだ。
視線はひたすら、目前のなだらかな下り斜面に広がる無数の同じ山菜に注がれている。
先端が丸まり、そこから茎まで柔らかく小さな葉をびっしりと纏った植物。草蘇鉄の若芽、屈。
嵐の一角にありながら、それらはまるで湖面に浮かぶ水草のようにそよいでいるのだ。
ふいに、そこにひとつの日溜まりが落ちる。天使のはしごのように、暗雲を切り裂いて注いだ光柱。
弥十郎はまなじりを決し、飛んだ。――光柱中心にある一本のコゴミ目掛けて。
「採取スキル、〝コシンプ・カムイ〟!!」
それはアイヌの精霊コシンプの助力を得て、視界内に映る山菜から最も美味なる一品を見出だす芸当。
バシュウ!
もぎ取られ、握られた獲物は拳内で閃光を放つ。
彼の巨体は前転し、やや転がって立て膝のまま背後を向く。
斜面を見上げ、山頂と対峙したのだ。
そこに入手したコゴミをかかげ、宣言する。
「さあ、準備は整うたぞ。お主の力量を拝見させてもらおう!」
落雷。
山の頂きに雷が落ちた。――否!
落ちたのではない。山腹から昇天した光線だった。
そいつは薙ぐように山林を駆ける。
「……ピㇼカ」弥十郎はアイヌ語で驚愕した。「なんたる眼力、あれが奴のスキルか!! まさしく――」
――眼からビーム!
やがて木々が動いた。
あれは針毛の幻だ。背中に逆立てた無数の刺を纏う化け物。
その錯覚はまもなく一人の人間となり、森から這い出て大男と対面した。
「採取スキル、〝見極目〟」
そいつの宣告に、弥十郎は震えていた。
武者震いと喜びで。冷や汗をかきながらも。
強大な相手が握ってきた、自分のもの以上のコゴミを前にして。
彼は満足して、こう言ったのだ。
「こやつめ。紛れもなく〝山嵐〟だ」