イヴ・イヴ・バレンタイン
2月12日。
今年は2月14日が日曜日。
だから、学生にとってはみんなと会える今日こそが“本当のバレンタインデー”。
ところで、最近のバレンタイン事情はどうなっているかというと・・・女子は同性の友達や先輩・後輩などにチョコを渡す「友チョコ」として愛を表現することが多い。異性に渡すといってもその相手は日頃お世話になっている先生などがほとんどである。「本命チョコ」をあげて好きなことを告白する機会は減っているらしい。また、男子が女子にチョコを渡す「逆チョコ」なるものもある。バレンタインではもてる男子は余裕だが、もてない男子は貰えないとわかっていても2月14日が近付くとソワソワする。・・・これだけは変わりないようだ。
2月12日、金曜日。都内の区立中学校、2年A組の教室。
「・・・ありがとう。わたしも昨日一日かけて作ったよ。はい、どうぞ。」
栗原亜美、快活な十四歳の彼女は日頃から親しくしている女子の友人たちにチョコを渡した。しかし、カバンの中には渡せずにいる箱がまだひとつ残っていた。
昼休みになり、この教室だけでなく校内全体がざわつき始めた。女子は友人同士でチョコを交換し合ったり、職員室に行って先生にチョコを渡したりと大忙しだ。また、前日が祝日で学校がお休みだったから手作りチョコも例年以上にこだわりが強くなっている。今年のバレンタインチョコは一味も二味も違うのだ。
「亜美ちゃんてさぁ、本命とかいるの?」
同じクラスの丸川ひとみが唐突に尋ねてきた。ひとみは悪い子ではないが、時々突っ込んだ質問をしてくる。亜美は思わず体をギクッとさせた。
「え・・・?い、いないよ・・・」
「ホントに~?あれぇ、顔が赤くなってきてますけど?」
「いないってば!もう・・・。からかわないでよ。」
亜美はみるみる顔を赤らめさせた。本当は“好きなひと”がいないわけではない。少しだけ気になるひとがいるだけである。でも、その気持ちをあえて伝えたいほどでもない。告るのは単純に恥ずかしいし、別にバレンタインデーでいわなくても・・・。自分自身に素直になれないほど乙女心は赤く、熱くなる。
「じゃあさ、ひとみちゃんはどうなの?」
「わたし?うーん・・・いるんだけど、勇気がなくてまだ渡せてない・・・。」
「そうなんだ・・・で、誰が好きなの?」
「・・・B組の大野翔太君。」
ええっ・・・!マジ!?
亜美は心の中でそう叫んだが、それを態度に出さないようにした。大野翔太はサッカー部でキーパーを務める背の高い男子。女子からの人気は高いほうだ。それよりも何よりも、翔太は小学校以来の亜美の親友であるC組の武藤茜と付き合っている。ひとみはそのことを知らない。真実を言うべきか、言わざるべきか・・・。
友達なら言うべき?ひとみちゃんの気持ちを尊重するなら言わないほうがいいかな。チョコをあげるだけだし。翔太はちゃんと受け取ってくれるはず。付き合ってる子がいるからやめたほうがいいよ、なんてゼッタイ言えないし。でも、知ってるくせに黙ってるのってマズイかな?自分は好きなひとがいるのにみんなには内緒にしてる。ズルイよね・・・。うちらに言えるだけ、ひとみちゃんは勇気があるよ。
あれ?なんでこんなにやきもきしてるんだろう???
「ひとみちゃん、みんなで一緒にB組の教室へいこうよ。」
高崎美帆はひとみをうながす。美帆はひとみの親友のひとりである。彼女はもちろん翔太と茜の関係を知らない。
「そうだよ、ひーちゃん。うちらがついてるからさ・・・。勇気だしていこう!」
中田希もチカラになってくれるという。亜美は何もいえなかった。希もひとみを応援する気満々だったから。
「亜美ちゃん?どうかした?」
「ん・・・ううん、別に・・・」
四人はB組の教室へ向かった。ひとみと亜美と希は廊下で待っていた。中に入ったのは美帆だけ。B組の女子が数人と、義理チョコも貰えそうにない、さえない男子達がちらほら席に座っている。
「大野君はどこにいるか知ってる?」
美帆は近くにいたB組の女子に尋ねた。
「ごめん、わかんない。あ・・・まさか?大野君のこと・・・」
「わたしじゃないけどね。うーん・・・どこにいるかな?」
「あいつなら知ってるかもよ。同じサッカー部だし。」
“あいつ”といって指差したのは窓際の席に頬杖をついて座っている岡本浩二だ。浩二は校庭の様子をじっと眺めていた。
「あのぅ・・・大野君って今どこにいるか知ってる?」
「・・・」
「ねぇ、聞いてる?」
「・・・」
「ちょっと、シカトしないでよ。」
美帆は浩二の肩を揺さぶった。浩二は体をビクッとさせて不機嫌そうな顔で振り向いた。
「なんだよ、あんた・・・なんか用?」
「大野君はどこ?」
「あ?大野?・・・知るかよ。」
校庭でサッカーをしていたのが翔太であることを浩二は知らないフリをした。
「・・・。余計なお世話かもしれないけど、そんなんじゃチョコ貰えないわよ?」
「俺あまいもん嫌いだからな。貰ったとしても食わねえし・・・。」
「・・・かわいくないわね。素直にほしいっていえばあげてもいいのに。」
「はぁ?何様だよ。そんなに偉いのか、女子ってのは。」
「あんたみたいな男子こそカッコつけてんじゃないわよ!強がってもムダなんだから。もてない男って惨めね。」
「うっせーな・・・どっかいけ、ブス。」
「・・・最悪。」
美帆は鼻息を荒げて教室を出ていった。三人が美帆の顔色をうかがう。
「どこにいるって?」
「ウザイ男子が、そんなの知るかよ!だって。あー・・・ムカつく。」
「あ・・・あのさ、ウザイ男子って誰?」
亜美がキレ気味の美帆に恐る恐る尋ねた。
「え・・・?名前は知らないけど、サッカー部らしいよ。そうは見えないし、性格悪いし、とにかくウザイ。」
「そ・・・そうなんだ・・・それよりもさ、大野君はここで待ってれば多分くるよね?」
「そうだよぉ!早く言ってくれれば不愉快な思いしなくて済んだのに。・・・あ、ごめん亜美ちゃん。悪口に聞こえた?」
「い、いや・・・そんなことないよ、大丈夫。」
四人がそのまま待っていると、昼休みの終了を告げるチャイムが鳴り始めた。チャイムの音が鳴り止むと共に翔太が他の友人たちと共に三人で現れた。美帆と希は恥ずかしがるひとみを前に出させ、翔太を呼び止めた。
「ほら、がんばって!」
「あの・・・大野君。一年のころから好きでした・・・。これ、受け取ってください。」
ひとみは声を震わせながらも何とか言い切った。チョコを差し出す手も震え、翔太と目も合わせられない。翔太も二人の友人にヒューヒューと冷やかされながら前に突き出された。
「あ・・・ありがとう。」
翔太がチョコを受け取ると、ひとみはその場から逃げるように立ち去った。亜美、美帆、希もあとに続いた。亜美は走りながら振り返り、翔太に向って「ゴメン」と口では言わず両手を合わせることでその気持ちを伝えた。
「ん・・・?翔太、あの子がゴメンって・・・なんだ?」
「・・・え?・・・さぁね・・・(そっか、わかったよ。)」
・・・そして、放課後。
「亜美ちゃん、一緒に帰ろう。」
「・・・ああ、ごめんね。ちょっと茜に用があって一緒に帰れないの。ほんとゴメン!」
亜美は昼休みの終わりにやったのと同じように謝り、小走りでC組の教室に行った。
「・・・茜!あのこと彼に話したでしょ!」
教室に乗り込んできた亜美はまっすぐに茜のもとへ詰め寄った。
「あ、亜美・・・。」
「私はそんなつもりじゃなかったのに・・・なんで?・・・わけわかんない!」
「・・・そんなにムキにならなくても・・・。あ、ということはやっぱり?ちゃんと彼のために作ってきたんでしょ?」
「そ・・・それはそうだけど・・・」
「ほら、メールがきたよ。体育館の裏で待ってるって。私からは渡せないから、あとは亜美が自分でがんばって!」
茜は翔太から送られてきたメールを亜美に見せた。確かに(ベタなシチュエーションだが)「体育館の裏で待ってるから亜美に伝えてほしい」との文面だった。
「むこうもその気があるかもね・・・わかんないけど。待たせちゃ悪いでしょ、ほら早く早く!」
「うん・・・。」
気がつくと亜美は高鳴る鼓動を隠すように走っていた。
人気のない体育館の裏で亜美を待っていたのは・・・浩二だった。
「あ・・・」
「あ・・・」
二人が目を合わせた瞬間、ふたりの間を春の風がそれとなくふぅっと吹きぬけた。実は、以前に亜美が茜に「浩二のことを気になっている」と“本心を隠した”冗談半分で話していた。想いを伝えるのは2月12日の昼休みにしようかな・・・と。それを本気にした茜が翔太に話し、サッカー部で馴染みがあった翔太から浩二に「おまえを好きな子がいる」と伝わったのだ。
「・・・翔太にいわれてきたんだけど、栗原?だっけ・・・。」
「うん・・・。栗原亜美・・・です。岡本くん、だよね・・・」
「そうだけど・・・。昼休みにくるかも、って聞いてたからさ・・・。翔太のいたずらだと早とちりしてひどいこと言ったんだ・・・あの女子に謝っといてくれるかな?」
「うん・・・わかってるよ。あの・・・その・・・」
亜美は自分の気持ちをなかなか言い出せず、口ごもった。すると、それを察して浩二が口を開いた。
「・・・俺も気になってたよ、栗原のこと。」
え・・・両想い、だったの?
「これ・・・口に合うかどうかわかんないけど・・・。」
亜美は渡せずにいた箱をぎこちない手つきで浩二に渡した。箱の中身はチョコではなく、甘さを抑えて作ったクッキーだった。
「ありがとう。」
2月14日。バレンタインデー・・・二人は一緒に遊園地に来ていた。