表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/3

お尻

「バドミントンってこんなにストレスフルだったっけ」


 欲求不満の彩ちゃんがブンブン! って、ラケットを振り回す。たしかに思いっきり力を込めて打ててない。


「羽がズルいよね。相手のミス待ちするしかないもん」


「ほんとそれ。あたしはともかく、奈穂はさ、もっと動けるしいつもフォローしてくれるし、スマッシュでシャトルを見上げてるときの目つきなんて、ほんとぞくぞくするくらいかっこいいし――」


「彩ちゃんのお尻もかわいいよ」


「おい、もっとなんかあんだろ」


 不服そうな声だけど口元がひくひくしてて嬉しそうでもあった。


「んー、汗ばんだ背中とか。首筋に張り付いた髪とか――」


「肉体ばっかじゃねぇかよー!」


 そう言ってから彩ちゃんはにこにこしながら野っ原を転げ回っていた。こんなに喜んでもらえるならもっと早く言っておけばよかったな、と思う。できれば死んじゃうまえに。


「おっさんさー、神のくせに不公平じゃない? あたしたちにも羽つけてよー。これじゃ天国行けないっつーの」


 ポワンって音がして、転がる彩ちゃんの背中に小さな白い羽が生えた。ズルすぎたから私もお願いしてみたらちゃんと生えた。フワフワしててあんまりかわいいもんだから、スマホでお互いの写真を撮ったり、羽を動かして動画に収めたりしてみた。はやくTwitterにあげたかったけどここ電波がないんだよね、って彩ちゃんがボヤく。でもどうせならみんなで撮りたいねって話になって、天使の二人も呼んで神に写真を撮ってもらった。私のスマホで先に撮って、次は彩ちゃんのスマホ。神は苦笑いだったけどわりと気さくに応じてくれてさすが神って感じだった。

 満足した私たちは無駄に飛行しながらコートに戻ると、再びラケットを構えた。


『それでは試合を再開します。セカンドゲーム、ラブオール、プレイ!』


 天使が打ったショートサーブをわざと高くクリアで打ち返す。案の定、めちゃくちゃな角度からスマッシュが返ってきたけど、私も羽を使って低空飛行で横っ飛びして拾う。できるだけネット際に落として、天使が高く打ち返したところを後方にいた彩ちゃんが羽ジャンプで真上からスマッシュを打ち込んだ。綺麗にきまった。とにかく気持ちよくって、ハイタッチした。

 そこからはこれ見よがしに羽を思う存分にいかして戦ったんだ。でもみんながみんなやたらと飛ぶもんだから次第に空中戦になっていって、どんどん高度は上がってしまって、どこがネットでどこまでがインでどこからがアウトなのかもよくわからないままに打ち合うことになった。彩ちゃんなんて真下にスマッシュ打ったりしてんだよ? こんな意地悪な子が天国なんて行けるわけないよね。

 ビュンビュンっていう風切り音を聞きながら雲をラケットで払いつつ私は彩ちゃんに話しかけた。なんかわかんないけど自然と声が大きくなる。


「なんで死んじゃったの! 意味わかんないんだけど!」


「……ほんとごめん!」


「いいけど、やっぱよくない!」


 渾身の力で真下にスマッシュを打った。天使の二人は慌てて急降下していく。追いかける気にもならない。私たちも見えるところまで降りないと地上で勝手にゲームが進められるかもしれない。けど、そんなのもうどうでもよかった。


「なんかほんと、やけ起こしちゃってて。楽しかった反動もあって、勢いで死んじゃってちょっと後悔してる。……あ、でもさ、ほら、羽とか生えたし、ね? おあいこ?」


 彩ちゃんがぎこちないウインクをしてきた。


「あーもう、ほんとバカ」


「でしょ。奈穂の方がずっと頭いいんだっ――」


 言い終えるまえに神の咳払いが聞こえてきた。痰が絡んでて地獄みたいな音で酷く不快だった。


『マッチワンバイ、天使さんチームぅ! イェーイ! はい、それでは死に損ないの敗北者どもはお帰りくださいね。つーかもっと現世で努力しろや! ガハハ!』


 試合終了が告げられた。もっと言葉選べよおっさん! って抗議する前に意識は途切れてしまった。


 ***


 目が覚めると私は公園の茂みところで頭を突っ込んでいた。絶対に人に見られたくないやつだったので、枝をバキバキに折りながら素知らぬ顔で抜け出す。それと同時にポケットの中のスマホが震えた。彩ちゃんだった。


『奈穂ぉぉ~』


「え、怖ッ。ってかそっち電波あるんだ」


『そっち、ってか浜辺に打ち上げられてるんだけど……ウミガメのポーズしてる』


「は? え、なにしてんの?」


『飛び込んで失敗したっぽい……でもね、寒くてまた死にそう、です。ごめんなさい』


「は? なにそれ」


『へへ。なんか生きてるんで、着替えお願いしますマジで。ってか、バドのユニフォームまじ恥ずかしいんで! 誰もいないけどさ! 無理だから!』


「ほんと頭悪すぎなんだけど!」


 あーもう。いったん家に帰って着替えとってこないと。そう思って走った。またスマホが震える。彩ちゃんから野っ原で撮った動画が送られてきた。それには私のお尻ばっかりが映っててちょっとだけ笑った。私もお尻の写真を送り返してから、すこしだけ空を見上げて、また走り出した。


(了)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ