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GO! 天国

 彩ちゃんの家族、それに私の家族や警察の人に昨夜のことを訊かれたけど行き先なんて私にわかるはずもなかった。スマホに連絡を入れてみたけど電源は入ってないみたいで位置情報も目撃情報もないらしい。

 酷くムシャクシャした。あんなに楽しそうにしてたのに、なんなんだよって思った。楽しかったのは私だけだったのかよって思った。笑顔と言葉の裏側を察してあげらんなかった。そんなことをぐるぐる考えながらスマホを握りしめてベッドで呻いてるうちに体を動かしたくなって、バドミントンのラケットとシャトルを持って向かったのは深夜の公園だった。


 公園には誰もいない。時間は夜中の二時を過ぎたところ。ポッポッって点在する街頭の近くで、シャトルを空に向かってぽーん、ぽーん、と打ち上げる。だんだん頭に血が上ってくるけどやめない。まだ高く上げられる。もっともっと。まだいける。

 そうやって何度も打ち上げているうちにシャトルが風に流され、茂みの、暗闇のなにか吸い込まれてしまった。取りに行くのも面倒だ――なんて思った瞬間、シャトルが私の胸の位置を目掛けてビューンって飛んできた。私は咄嗟にそれをバックハンドで暗闇に向けて高く打ち返す。でも今度は、角度のついたスマッシュが膝の位置へと返ってきた。またクリアで高く打ち返す。今度はあっちもクリアで返す。なんだか知らないけどチャンスだ。私は上半身を反らしてスマッシュを打ち込む。でもきまらなかった。ゆるく高く上がってふらふらと風に乗って戻ってくるシャトルをラケットですくうみたいにして受け止めた。

 暗闇にいるのは彩ちゃんだと思った。なんとなくな感覚で察した。


「ガリ勉のくせしてやるね」


『へへ。有能なんで』


「……ねぇ、今どこにいるの?」


 目の前の暗闇にいて、私とバドミントンをしてるはずの彩ちゃんなんだけど、そこにいるようでいないような、そんな気がした。だからちゃんと訊いた。


『ここはあれだね、三途の川的なとこ』


「地獄に行くんだ?」


『え、なんで地獄に落ちると思ったの? ……あたしそういうイメージだった?』


「あ、いや、そうじゃなくて。自分で死んだ人って地獄に落ちるっていうでしょ。残された人を、みんなを悲しませるからって」


 自殺とはなんとなく言えなかった。


『いや、それ、死生感古くない? なんかおじさんが言いそうな格言っぽいし。説教くさ』


「なにそれキャバ嬢の愚痴みたい」


『へへ』


 私もちょっとだけ笑った。もう一度シャトルを暗闇に打ってみた。やっぱりちゃんと返ってる。あの世的な場所って意外と近くにあるのかもしれないと思った。


『ちょっと手伝ってほしいことがあんだけど、いい?』


「いいよ。なに?」


『マジで? ありがと。めっちゃ嬉しい』


「そういう薄っぺらいのいいから」


『なんか当たりキツいなぁ。怒ってんでしょ』


「あたりまえでしょ」


『じゃあさ、ちょっとこっちの茂みんとこに手を突っ込んで』


「じゃあ、ってどこにかかってんのそれ」


 ってか、この茂みの手突っ込むとかホラーかよ。午前二時だぞ。それにあれだよ絶対これ枝とか刺さって痛いやつでしょ。わりと鋭利っぽいんだけど。


『あぁー、トゲってんね。ラケット突っ込んでくれたらいいよ。引っ張るから』


 頷いて、躊躇なくラケットのグリップ部分を茂みにブッ刺した。

 直後、ぐぐぐ! って、めちゃくちゃ強い力で引っ張られて私は体ごと茂みの中に引き込まれ、足が縺れてツンのめって転んでしまった。ガザガザって音が耳のすぐ側で鳴ってた。けど体は痛くもなんともなくって、それどころかなんかクッションみたいな柔らかい感触が頬にあって、春の匂いがした。目を開けると私は野っ原に寝転がっていたんだ。

 鼻に当たる草が擽ったい。なんか土の匂いもむんむんするし。顔を上げると彩ちゃんがすぐそばで体育座りしてた。見覚えのある服を着ている。バドミントン部のユニフォームだ。相変わらずいいお尻をしてやがった。


「え、ここどこ?」


「んー、天国の入り口みたいな? あっちの方――あれ見える?」


 寝転がったまま彩ちゃんの指差す方を見ると、遠くの方に観覧車とでっかいお屋敷がいくつも見えた。空にはクジラが飛んでいて大きな虹が四つも五つも掛かってる。そんなバカみたいにメルヘンな景色が遥か遠くにあった。


「あそこが天国で、ここらはその入り口」


「へぇ。なんかあっち楽しそうだね」


「でしょ? でもねぇ、これがダメなんだよ」


「なにがダメなの?」


 手を取って起こされた。そこで気づいたんだけど、私も彩ちゃんと同様にバドミントンのユニフォームを着てるし靴までそれ用になってるし、手首にリストバンドまでしてた。試合スタイルだ。実に二年ぶりのこの格好はちょっと照れくさい。ちょっとってかだいぶキツい。けっこう際どいところまで脚が剥き出しだし、シャツもわりとこう、体のラインにフィットしちゃってなんか胸元とか腕で隠したくなる。野っ原っていうのがまた恥ずかしい。


「あたしがあっちに行こうとしても、あいつらが邪魔すんの。見て、あの小憎らしい微笑み」


 彩ちゃんが顎で指した方を見ると、金髪の人間っぽい二人組がやんわり微笑んでた。

 たぶんあれは人間じゃない。あくまでも人間っぽいなにかだ。顔や髪はまんま人間に見えるんだけど、頭の上には金色の輪っかが浮かんでるし首から下の胴体は真っ白な羽で包み隠されている。天使っぽいし鳥人間っぽい。とにかくあんまり普通じゃない。かわいいけど。

 優しそうだし無視して先に進めばいいんじゃ? って思って一歩踏み出したんだけど、突如、鳥人間の羽の中からボッ! っと、バドミントンのラケットが飛び出してきた。二人揃って構えてる。いつの間にかすぐ目の前にネットが設置されてるし、野っ原には黄色いパンジーの花でバドミントンコートのラインが引かれていた。


「あれね、たぶん天国の門番。あいつらを倒さないと私は天国に行けないっぽい」


「え、なにそれ」


「なにって――」


『奈穂さん、トゥサーブトゥ、天使さん。ラブオール、プレイッ!』


 空から野太い声がこだました。

 絶対に太ってるしビールばっか飲んでゲップとか連発してそうで布団の中で屁とかこいてうだつの上がらない人生送ってそうな、そんな感じのおっさんの声。なんとなく空を見え上げるとシャトルがひとつ、ゆらゆらと降ってきて私の足下に落ちた。彩ちゃんはラケットでそれを拾って私に向けて放り投げる。


「ほら、神に注意されるよ!」


「え、あ、うん……?」


 わかんないけど、天使とバドミントンして勝てば彩ちゃんが天国に行けるってことなんだよね。主審は神、会場は野っ原。わかんないことしかなくない?

 すぐ後ろからは、彩ちゃんが、サアァァー! って叫んでる。めっちゃ熱い。現役時代だってそんな声出したことないくせになんなの。天使は天使で羽を逆立ててる。なんか私だけテンション浮いてることない?


『奈穂選手。早くサービスして』


 頭の上から声が降ってくる。急かされるのほんとイラっとくるんだけど、ほんと何様なのこいつ。

 とりあえずは私がサービスしないことには何も始まらないらしかった。ショートかロングか……自信がなくってロングサーブを打ち込んだ。思ってたよかうまく打てた。

 打てたはずなんだけど対角線上にいたショートカットの天使は0.0002秒くらいで反応して羽を広げ飛び上がったかと思うと、あり得ない角度でスマッシュを打ち返してきた。打点が高すぎる。とてもじゃないけど拾えなかった。度肝を抜かされた。『サービスオーヴァー、ワン、ラブ』って、むさ苦しい声が響く。キレそう。


「ヤバいでしょ」


 彩ちゃんが真顔でいう。


「ヤバい。真っ裸だった」


 天使は羽の下になにも身につけていなかった。下着もない。生まれたままの姿だった。


「それでいて、私たちは性とか知りません、みたいな顔してるのがほんとムカつくんだよね」


「わかる。ってか、空からおっさんが見てるのに、恥じらいとかないのかな。私たちと歳そんなかわんないよね」


「無知って怖いね。あとで教えてあげようよ」


 煽りも込めてわざとデカい声で話した。天使は相変わらず涼しい顔をしてる。


『亡者チーム、故意にゲームを中断させないように』


 不服しかなかったけど、私たちはコートに戻って構えた。天使たちに羽を使われてしまう軌道で打ってはいけない。できるだけ直線的なドライブとネット際のヘアピンに持っていくようにした。それでもやっぱり二年ちょっとのブランクは大きくって、思うように打てないし反応もできない。ずるずると失点を重ねてファーストゲームを落としてしまった。

 彩ちゃんと一緒に野っ原で大の字に寝転がる。酷く神経を使う試合で疲れ果てていた。はっきり言って勝てる気がしない。

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