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いますぐ死にたい

 いますぐ死にたいから来て、とスマホのメッセージアプリで指定された場所は駅前のファミレスだった。いますぐは無理だけど待てる? って返事を送ったら、ミラノ風ドリア頼んだところだから大丈夫、だって。ドリンクバーも頼んだみたい。あやちゃんのいうところの、いますぐっていう感覚がちょっとわからなかった。

 それでもバカみたいに待たせるわけにもいかない。っていうか、今日は大晦日なんだ。部屋の時計を確認したら22時をすぎたところだったし、いくら突然な誘いだからってさすがファミレスなんかでひとり寂しく年越しさせるのも忍びないでしょ。

 コタツから這い出てニット帽を被って、部屋着のスウェットの上からもこもこしたフリースを羽織って、下は……このままでいいかな。とにかく脱ぐのが面倒だ。歯磨きはちゃんとした。


 外はわりと冷え切っている。空気がキーンってしてるし、妙に静かで自転車のスタンドの音がガシャン! とやたら響いて悪いことでもしたみたいにいたたまれなかった。大晦日っぽい厳かな雰囲気なのにこんな格好で出かけてもいいのかな。いっか、べつに。

 はぁーってするとやっぱり息が白い。鼻の中もなんだかスンスンする。こんなんじゃ風邪でも引きそうだけど、きっとファミレスの中はめちゃ暖かいんだからって無理やりに言い聞かせて自転車のペダルを思い切り踏み込んだ。バヒューン! って感じに。

 速度が上がるにつれ目が痛くなってくる。きっとこれは空気が凍ってて、結晶っぽいなにかが目に入って悪さしてるんだよ。片目を閉じて走る。南極とか北極じゃないんだから動けばなんとか体は熱くなるし。ましてやファミレスまでの道のりくらい我慢できるはず。ちゃんと風邪は引くけどね。

 車道のど真ん中を走って、信号も全部無視した。死ぬかと思ったけど、その度に寝ぼけた頭がどんどん冴えてきて、二年ぶりに会う彩ちゃんのことを思うとたまらなくなった。


 ファミレスの看板やその入り口周りにはクリスマスっぽいピカピカした電飾がそのままにしてある。無音なのになんだか騒がしかった。

 肩でドアを押すみたいにして開ける。ここには彩ちゃんと一緒に何度も来たことがある。部活帰りによく通ってたんだ。ていっても毎日じゃお小遣いがもたないから特別な日に、とても頑張った日に来てたんだ。

 中学生のころ、私と彩ちゃんはバドミントン部でダブルスを組んでた。そんなにガチガチの部活ではなかったけど、初心者だった私たちなりに真面目に取り組んだし楽しかった記憶しかない。彩ちゃんがサーブするとき、私は斜め後ろの位置でラケットを構えながらそのお尻や背中やうなじを観察することになるんだけど、盗み見してたことは一度も言ったことがなかった。冗談めかしてもそんなことは言えない。当時はそのくらいの距離感でたぶん卒業から二年経った今もそれは変わらないと思う。

 既視感のある店員さんに待ち合わせしている旨を伝えて、いつもの窓際のテーブル席に向かった。

 彩ちゃんは時が止まったみたいに今日も眼鏡でゆるっとした長い黒髪が艶々してて姿勢がいい。制服姿なのに同い年とは思えないくらいピッとした佇まいだ。


「遅いよ、奈穂なほ。ミラノ風ドリア冷めちゃったじゃん。どーすんのこれ」


「無理だから。これでもぶっ飛ばして来たんだからね」


 スプーンを奪い取ってドリアをひと口食べた。口の中いっぱいにミラノの街並みが広がって目の前には大聖堂が――ま、そんなことはないんだけど。いつもの味だ。


「ほんとお久しぶりって感じ」


 彩ちゃんは、ほんとだよー、って言いながらテーブルに力なく突っ伏した。いろいろ疲れることがあったに違いなかった。そのくらいは久しぶりでも察せる。


「予備校帰り?」


 膨れ上がった通学カバンに目をやりながら言った。


「そう。しんどい、ほんと」


「そっかぁ」


 彩ちゃんはとても頭がいい。中学のころも部活と勉強を両立していたし、とても偉い子なんだ。高校は県内トップクラスの進学校に通ってる。ためしに見せてもらった試験対策用の過去問とか、私にはこれがなんの教科なのかすら判断できないでいた。普通の子ならそのくらいわかるのかもだけど、私の通ってる学校って、答案用紙に名前だけ記入したら入学できるって感じの動物園みたいなところだから。ほんとにわかんないや。

 頭が悪いことに劣等感なんてあんまりないって思ってたけれど、それでも中学卒業後に彩ちゃんと疎遠になってしまった一因にきっと私の頭の悪さがある。そんな気がした。


「彩ちゃんってほんと頭いいよね」


「んなことない。奈穂の方がずっと頭いいと思うよ」


「は? んなわけないでしょ」


「あたしがそう思ってるから、それでいいの」


 よくわかんないけど、いいならいっか。


「いますぐ死にたいって、ほんとなの?」


「めっちゃほんと」


 彩ちゃんの笑顔はなんだか薄味でやっぱりどこか本調子って感じじゃなかった。


「へぇ。だったら死ぬ前に遊び倒さないとね」


「そうそう。だから奈穂のこと誘ったんだっつーの」


「都合のいい女感すごくない」


「へへ。すぐ来てくれると思った」


「察したからね」


 二人でニヤッと笑った。彩ちゃんのわがままなところは嫌いじゃない。


 それからファミレスで年を越してから、近所の神社で初詣をして、そのまま浜辺まで歩いて行って、ぼーっと初日の出を見た。私も大概とぼけた顔をしてだと思うけど、彩ちゃんはほんとにぼんやりした顔をしてて影が薄くて、波に吸い込まれちゃいそうで、でもなんて声をかけていいのかわかんなかった。

 浜から近い旅館の女将さんがおしるこを振る舞ってくれたのでありがたくいただいた。焼いたお餅も入っててあずきの粒をしっかりあって、おかわりして、食べ終わってから自販機のお茶を二人で分けて飲んだ。それからは街に繰り出して初売りとか福袋を冷やかして、コンポタを飲んだりした。よく笑ってた。自然な笑顔な気がした。すこしは気分転換になったかなって思って、心から楽しい気持ちでいてくれたらいいならって思いながら元日の夕方まで遊んで別れたんだ。

 でもその次の日、彩ちゃんが遺書を残して失踪した、と知らされた。その言葉の意味はわかるんだけど、いまいち釈然としなくてweb検索した。やっぱり意味はわからなかった。

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