九十:夜に咲く花
魔法合宿も、気づけば最後の夜を迎えようとしていた。
月明かりが差し込む校庭の真ん中に、温かなオレンジ色の火は囲まれた中で灯され、木炭の上で音を立てている。
そして網の上に置かれた、串に貫かれた食材の数々が、香ばしい香りを周りに漂わせていた。
清達とツクヨを含めた五人は、灯と心寧の事前用意もあり、魔法合宿最後の夜ご飯で焼肉を開催していたのだ。
現代文明の力はしようせず、四角い石を囲うように置き、その上に鉄の網を置くという、魔法の庭の自然を存分に利用している。鉄の網が文明の力なのは、仕方のない妥協点だろう。
『まさか、私も誘われるとは思ってもいなかったよ』
「魔法合宿を開催した主催でもあるし……最後くらいは呼びたいと思っただけだからね」
『多く言わなくとも、美咲君と君達のご厚意はありがたく思っているよ』
心寧が何故かツンデレ気味に見えたが、黙っておくのが身のためだろう。
ツクヨは食べることをしないが、肉や野菜の串を丁寧に裏返しては、香ばしく焼き上げている。
一つの温かな火を皆で囲み、それぞれが笑顔で食べる時間は、とても幸せなのかもしれない。
お互いに恨みや憎しみ、疑心暗鬼があれば、こうして仲良くできていなかった未来もあるのだから。
「にしても、星名さんと心寧が仕込みをしたとはいえ、この肉美味しいよな」
「常和、俺もそれは思う」
「おお、淡白なご感想で」
「これが俺らしいだろ」
「確かに……清が丁寧な食レポしてたら逆に怖いわな」
常和がさらっと貶したような気もするが、否定できないのが難しいところだ。
と言っても、これから自分を磨いていくつもりでいるため、今は進化の過程に過ぎないと清は思っている。
ふと気づけば、灯が焼かれた野菜が刺さった串を持ち、こちらへ近づいてきていた。
「清くん、お野菜もしっかり食べないと駄目ですよ?」
「……母親かよ」
「はい、どうぞ」
「自分の手では食べさせる気が無いと?」
「どう思います?」
灯は表情に笑みを蓄えているが、このまま食べてください、と言わんばかりの圧を透き通る水色の瞳の奥から感じさせてくる。
灯の優しさは嬉しいが、自制を保ち続けるこちらの身にもなって欲しい、と思ってしまう。
それでも、灯に手を出そうや、傷つけるような真似をする気は一切ない。男としてではなく、清という灯を愛する一人の存在としての、ゆるぎない決意表明だ。
(ただ、食べればいいだけだ)
灯から目の前に差し出されている野菜の串は、火の明かりに照らされ、鮮やかな色素を輝かせている。
「……いただきます」
清は目をつむり、灯に持たれた野菜の串へとかじりつく。
一噛みすれば、広がるのは野菜の甘みと、違う何かの甘みが中枢神経を強く刺激してくる。
羞恥心から来るものなのか、はたまた子供扱いされているからなのか、という理解を脳は拒んでいた。
「灯、ありがとう。すごく美味しかった」
「ふふ、良かったです。ほら、まだ残っていますよ」
「いや、自分で食べるか――」
「清くんは頑張ったのですから、遠慮することは無いのですよ?」
清は引き下がる気のない灯に折れて、灯の手から食べさせてもらう事となった。
恋人同士でならやっても困惑は無いと思うが、灯とは付き合ってすらいない関係だ。それでも、控えてほしいと言う気もなければ、止める気もない。
灯の楽しそうな笑顔が、頑張る希望の星となるのだから。
常和と心寧から微笑ましいような視線が飛んできているが、諦めて受け入れるしかないだろう。
火が灯っている横で、二つの温かな火は小さく燃料を増やし続けた。
焼肉が終わり、星々の輝く夜空の下で、四人は一つのロウソクを前にしている。そして、手には花火を持っている。
以前、清と灯は心寧に『心寧の好きなことを一緒にやる』という形の無い誕生日プレゼントをあげていた。無論、後日形あるプレゼントは渡している。
プレゼントをあげた際『魔法合宿の時にしたい』と言っていたが、みんなで花火をしたいというのは予想外だった。
心寧は普段から誰よりも、四人の仲を大切に思っており、笑顔を絶やさないでいる。だからこそ、みんなで楽しめて、思い出に残る花火を選んだのだろう。
「えっと、火をこの先端につければいいんだよね?」
「ええ、そうですよ」
「わかった! 久しぶりだから忘れてた……準備は良い?」
「心寧、力入れすぎだ……ゆったり楽しもうぜ」
「そう言う常和も、ずいぶんと力、入っているんじゃないか?」
「清、入ってるわけないだろ。初めてだから緊張しているだけだ」
「それを力が入っているって言うんだよ……」
心寧は一人で花火をやったことあるらしいが、常和は花火の存在すら知らなかったと言っていた。だからこそ、まだ見ぬ世界への恐怖があるのだろう。
四人に笑みが宿った時、心寧が先陣を切る。
花火にロウソクの火が燃え移り、暗き世界に鮮やかな色が音を立てて吹き出した。
心寧に続いて清は灯と一緒に、短き命を吹き込み、花火に産声をあげさせる。
常和は心寧の花火から火を分けてもらい、鮮やかな世界を生み出していた。
「わー! 綺麗!」
「子供の時以来したことなかったのですが、とてもいいものですね」
「灯に誘われて、こっそりやったのを思い出すよ」
「子供の時に火を軽々しく使うとか……お二人さん反抗期早いな」
「とっきーは反抗期来なかったもんねー」
「反抗する必要が無かったからな」
「花火はまだまだあるし、楽しも―!」
「無視かよ」
「心寧らしいな」
「心寧さんらしいですね」
花火の火は途絶えようとも、次の色が世界を何回も彩り、暗闇を作ることは無い。
ふと気づけば、清も含め、四人は笑顔を宿していた。
「魔法の庭でね……皆で楽しんでみたかったの。その夢が今は、独りぼっちだったこの魔法の庭に、笑顔という名の花で今は咲き誇ってる。心から嬉しいよ」
「心寧……よかったな、夢が叶って」
「うん!」
花火をしながらも心寧の頭を撫でる常和は、見ていて微笑ましいものだろう。
そうして、鮮やかな色で世界を輝かせた花火は、最後の一本が燃え尽きた。
これで終わりと思っていた中、心寧は袋からあるものを取り出した。
赤いひらひらが持ち手の細い紙紐みたいなもの、線香花火だ。
「……締めと言ったらこれかなと思って」
『線香花火か、懐かしいものだね』
近くでずっと静かに見守っていたツクヨが、線香花火に興味を示したかのように声を出した。
心寧はツクヨの方に近寄り、線香花火をひとつ差し出している。
「これは、頑張っているツキに対する労わりだから……うちが中立を離れた訳じゃないからね」
『君の思いは、わかっているよ』
「あ、そっ」
「心寧、あまりツクヨ先生を敵対視するなよ」
そう言う常和を横に、心寧は線香花火を全員に手渡した。
五人同時に花火に火を灯せば、最初は赤いだけの先端が徐々に弾けて、花を散らし始める。
昔ながらの物とは言え、線香花火はいつの年代もいいものだろう。それも、切羽詰まるような時間の日々に、ゆっくりとした癒しを与えてくれるのだから。
「シンプルなのに飛び散る感じ、まさに古人の教え、だね」
「独特な感想、心寧さんらしいですね。落ちてしまうのは悲しいですが……」
「……この火が落ちようとも、俺らの希望はどんな地からも咲き誇り、新たな星となって輝き続けるけどな」
「清……言う通りだよ、ほんと。まるで、希望を届ける先導者だな」
音を立てていた線香花火は、五人同時に地へと赤い玉を落とした。
そして、ロウソクの明かりだけが灯り続け、校舎までの帰り道を月と共に照らしている。




