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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第二章

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八十二:四日目、今までの自分を受け入れて

 四日目の日が昇らない時間、清は灯と共に湖へと向かっていた。

 湖に続く森の中は霧がかかっており、うっすらと差し込む明かりだけが頼りになる。


 確かになるものがあるとすれば、灯と繋いだ手の感覚だけだろう。


「清くん、あの宝石はちゃんと持っていますか?」

「持っているよ……今も魔力の源に存在しているからな」

「ふふ、なら良かったです。日が昇る前に急ぎましょう」


 清はうなずき、灯の手を離さないように握りなおした。

 昨日の夜にちょっとした出来事があったものの、清がそこまで気にしない性格なのと、灯が特に気にした様子をみせないおかげか、お互いの距離感が変わることなく接している。


 距離感関係なく一つ疑問になるとすれば、なぜ湖に向かっているかだろう。

 なぜ魔法に関与する記憶で灯が湖を選んだかは不明だが、理由が無いのは確かだと言える。それは、隣に居る灯にだからこそ信用できるのだろう。


 転送魔法が展開されている場所を使えば、霧が行く手をふさいでいようと、湖に行くまでは困る事がなかった。

 道中会話が起きることはなく、終始無言ではあったが、繋いだ手はずっと握ったままだ。お互いに力を緩めることなく。


 日が昇る前に湖に着けば、灯がゆっくりと口を開いた。


「霧が晴れて、日が昇るまで……おおよそ数十分ほどですかね」

「……灯、寒くないか?」

「大丈夫ですよ。ジャージを着ていますし……今は清くんの隣で温かいですから」

「そうか、ならよかったよ」


 灯は嬉しそうな笑みを浮かべた後、三日月の付いたヘアゴムを外し、透き通る水色の髪をおろした。そして、前髪に白い羽がモチーフでついたヘアピンをつけ、小さな笑みを浮かべている。


「少し、なぜ星夜の魔法が清くんの元を離れたか……話しましょうか。憶測にすぎませんがね」


 そう言って無邪気な笑みを浮かべる灯は、一切の迷いが無いように見えた。


「憶測でも構わない。聞かせてくれるか?」

「わかりました」


 灯は静かに呼吸をし、ゆっくりと口を開く。


「清くんが私や清くんの家族を忘れるのを境に、星夜の魔法も記憶のカケラとなり消えていってしまった……魔法の影響を受けた、というよりも清くんの感情影響を強く受けたのかなと私は思っています」

「俺の感情がトリガーだったってことか?」

「そこまでは憶測なので分かりませんが……一つだけ確かだと言えることがあります」

「確かに言えること?」


 その時、水面が小さく波を打ち、木に囲まれた空間に小さく音がこだました。


「星夜の魔法は、清くんが魔法を完全に思い出すことで記憶のカケラとなって姿を現す。そして、清くんは魔法を思い出している……後は魔法の力が一番強くなる瞬間のこの湖なら、大丈夫だと思います」

「この湖にそんな力が……」

「魔法世界で唯一、この湖が神秘の力を強く発している瞬間――日が昇ると同時に霧が晴れ、光が差し込む瞬間でしたから」


 灯がこの湖を選んだ明確な理由を聞き、清は湖の全体を見まわした。

 湖のところどころから魔法のような魔力が溢れ出ており、灯の理由にも納得がいく。

 ふと灯の方を見れば、灯は真剣な眼差しで清を見てきていた。透き通る水色の瞳であるのに、確かな思いを感じ取れるくらいに。


「清くん――過去の自分を恐れず、抱きしめてあげられますか?」

「灯、当然だ。覚悟はとっくに出来ているからな」

「……時間になります。魔力の宝石が導くままにゆだねてあげてください……私は隣で離れずに、ずっと見守っていますから」

「分かった。でも、何が起きるかはわからないから少し距離を空けてくれるか? 灯が傷つくようなことが起きたら……嫌だからさ」


 灯は小さくうなずき、少しだけ距離を空ける。


(灯の為にも――俺自身の為にも!)


 清は右手の平を上にしながら腕を前に出し、魔法陣を展開する。

 魔法陣から透き通るような輝きを放ち、星の形をした透明な魔力の宝石が姿を見せる。

 以前よりも透明度がはっきりとしており、魔力そのものを露わにしているかのようだ。


「俺はもう二度と……迷わない。過去の自分を受け入れて、今を変えてみせる」


 清は覚悟と共に、魔力の宝石を力強く握りしめた。


 その瞬間、木々や水面を揺らしながら風が吹き出し、霧の中の湖に自然の音を奏でる。

 昇り始めた日の出と共に霧が晴れ始めれば、湖は嘘偽りのないまばゆい輝きを放つ。

 清が握った星の宝石からは魔力が溢れ出し、清の持つ星の魔石と共鳴しだした。


 星の宝石から手を離せば、日の光と反射した湖の輝きに照らされながら、宝石は静かに砕ける。そして、砕けた中から扇状の透き通る黄色のカケラ――記憶のカケラが姿を現した。


「記憶の……カケラ」


 清の身体は小さな光の粒を発し、今まで集めてきた二つの記憶のカケラが姿を露わにする。

 三つの記憶のカケラは湖のほとりで宙に浮き、中心に集まるかのように円を描きながら回り始めた。

 記憶のカケラは互いに光を放っており、まるで共鳴しているかのようだ。


「あの透き通る黄色のカケラは、私との思い出のカケラ……」

「今は濁りが抜けた黄色のカケラは、家族との。そして――小さな星が刻まれた最後の記憶のカケラ、星夜の魔法の記憶」


 回っていた扇状の記憶のカケラは、灯との記憶、家族との記憶、そして魔法の記憶の順に繋がりはじめる。

 それはやがて、透き通る黄色をした丸い宝石へと姿を変えたのだ。


「記憶のカケラ……いえ、記憶のピース」


 灯から記憶のピースと呼ばれた宝石は、日に照らされながらゆっくりと清の元へ舞い降りてくる。

 清は舞い降りてきたピースを、目をつむりながら両手で抱きしめるように、自分の元へと手繰り寄せた。


 手繰り寄せられた記憶のピースは、光の粒になりながら清の身体に溶けていく。


「とても温かい……え? これは……」


 目を開けば、周りには透き通る白色の魔力が溢れ出ており、懐かしい温かさと共に不思議な感じを与えてくる。


「清くん……大丈夫ですか」

「俺は大丈夫だ。灯、俺の後ろに居てくれないか?」

「え? べつに構いませんが……何をする気で?」


 灯が背に回った後、清は湖の方へと左腕を向けた。

 そして、魔法を口にする。


「星夜の魔法――零式【ぜろしき】――」

「え、清くん、それは――」


 灯の制止よりも早く、清が魔法陣を展開すると、湖の中央には黒い魔法の球体が姿を現した。

 その瞬間、球体を中心に光が吸い込まれる。

 球体が光と音を消した時――突如、中心からまばゆい光を放ち、音の無い爆発を引き起こした。



 爆風と光が収まった時、清は目を疑った。


「湖が、消えた……」

「水だけを丁寧に消し去るほどの零式……これは、油断できませんね」


 清の魔力が膨大に圧縮されていたのも原因ではあるが、零式は湖の水だけを綺麗に跡形もなく消し去っていたのだ。


 清と灯が驚きを隠せずにいれば、森の方から足音が聞こえてくる。


「まことー、あかりー。やっぱりここに居たん……だ?」

「ありゃー、お二人さん、もしかして勢いで湖吹き飛ばした感じか?」


 湖の跡地へと来た常和と心寧に驚いた様子はないが、不思議そうに首をかしげている。

 流石に湖が消し飛ぶとは思っていなかったので、常和の言葉に首を振っておいた。

 この状況を説明しようとした時、遅れてもう一人――ツクヨが姿を現した。


『黒井君、このありさまを見るに……星夜の魔法が戻ったようだね』

「星夜の魔法、無事に戻ってきました」

「それよりも、何があってこうなったのか説明しますね」


 湖の跡地で木々が揺れて音を立てる中、清と灯はここまでの経緯を話すのだった。

この度は数多ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました!

ついに清くんの全ての記憶が戻ってきましたね。第二章も終盤に向かっているわけですが、記憶を戻った後の成長を温かく見守っていただけると幸いです。

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