第八話:君の願い、あなたの願い
常和たちとのグループが成立してから、特に何もなく数日が立った。だが、変わった事と言えばお互いを名前呼びするようになったくらいだろう。
「清君。あれ以降ペアの細かいことを伝えられていませんが、どうなったのでしょうかね」
食べている際に灯が問いかけてきた。
灯とはペアになるまでが早かったため、何が起こってもいいように計画を立てているのだが、学校側からのペア情報が止まったままなのである。
そのため、どうすることもできず困ったままなのだ。
「動きがないことに越したことはないんじゃないか?」
清は手に持った味噌汁を啜りながら答えた。
「灯とのペア関係が広まって焦るよりも、平穏無事に過ごしていたいからな」
「それもそうですね」
にっこりしながら答える灯に、清としては朝から心臓に悪い。灯の方は特に気にした様子もなく、箸を進めている。
今日の朝ごはんは、ご飯に味噌汁、卵焼き、ほうれん草とベーコンの炒め物と言った感じだ。
いつも食材に感謝を忘れずにはしているが、灯の手が加わっているからか、更に感謝を込めて口に運んでいた。
そんな様子を見ていたらしい灯が声をかけてきた。
「話は変わるのですが、今日は星がきれいに見えるみたいなのですよね」
「へー、ニュースでやっていたのか?」
「星の魔石を持っていればわかるはずですけどね」
灯が呆れながらにため息をついたので、清は慌てて星の魔石へと目をやった。
普段は見ないため気づかなかったが、透き通るように明るい輝きを放っていたのだ。
『持っていればわかる』と灯が言ったのは、星の魔石が輝いている時は星がきれいに見えるのを知っていたからだろう。
「すまない、知らなかった」
「謝る必要はありませんよ。確認してまとめなければ気づけないことですし」
灯は努力を惜しまない人物の認識でいるが、それでも、まとめていることをサラッと言えるものなのだろうか。そのことを清は疑問に思いつつも箸を進めた。
……食器の片づけが終わり、清は学校の準備をしていた。
「清君、私は先に行きますね」
「ああ、また後で」
制服の上からローブに身を包んだ姿の灯は、少し不安げな顔をしていた。
他人である清が聞くべきではないだろう。だが、多少の不安は取り除いてあげたいと思えてしまう。
「暗い顔しているけど、どうかしたのか?」
灯は不安を感じさせないようにしていたらしく、指摘すると手で顔を隠した。
「い、いえ、ただ」
「ただ?」
「この世界でも一緒に行ける日が来るのかなって思ってしまって……」
灯は一緒に学校へ行けることを望んでいたらしく、そのことに気づいてあげられなかったのだ。
この世界という言い方をみるに、過去で灯と一緒だったことがうかがえる。
それを聞いた今の清から言える答えは一つしかなかった。
「……行きは無理でもさ、帰りくらいは一緒に帰るか?」
清がそういうと、灯の瞳はきらきらと輝いていた。
「清君がいいならお願いします」
「断る理由はないし、むしろ俺から言い出したことだから安心しろ」
不安がなくなったようで、笑顔を見せてくれる灯に清はほっとした。
気づけば時間になっていたらしく、灯は改めて制服を整えなおしていた。
「では、行ってきます。清君は遅れないようにしてくださいね」
「灯、いってらっしゃい。それと、俺は遅れたことないから」
清が呆れながらに言うと「知っています」と灯は言い残して家を出た。
(その笑顔で、その返しは反則だろ)
頭を冷やしつつ、少し経った後に家を出るのだった。
学校の昇降口で靴を履き替えていると、後ろから声が聞こえた。
「清、おはよう」
「常和か、おはよう」
この時間に来ることがある常和に出会ったのだ。いつもは清より先に登校しているらしいため、教室以外で会うのは珍しく思えた。
挨拶を済ませた清たちは教室へと向かっていった。
「そういや、あの後から星名さんとの関係どうなんだよ」
「何で今聞くんだよ」
教室で聞いてくるならまだしも、廊下で聞くのはどうなのかと思ってしまった。
すれ違う人もいるため、聞かれたら面倒ごとになるのは確実だろう。
「ただでさえこの学校は生徒が少ないんだから、やめてくれよ」
「すまなかったって、そんな睨むなよ」
笑いながらに許しを請う常和に呆れつつも、教室へと足を進めた。
「とっきー、まことー、おはよう!」
教室に入ろうとした瞬間、教室から出てきた心寧に挨拶をされたのだ。
そのまま急いでどこかにいく心寧を横目に、清たちは教室へと入った。
……席で用意をしていると灯が近づいてくるのが見えた。
「清君、聞きましたか?」
「灯、何をだ?」
小さな声で灯は、周りに聞こえないようにしつつ話しかけてきたのだ。
ここに来る途中で何かを聞いたわけでもないので、灯の質問には疑問だらけだ。また、少し考えていると常和が近寄ってきていた。
「お二人さん何を話しているんだい」
ニヤニヤしながら聞いてくる常和は一体何を考えているんだか。
灯は常和が来たのを良いことに話をしてくれた。
「ペアでの内容が明確になるって話をしようとしていたところです」
噂をしたらなんとやらとは、このことを言うのだろう。朝に話題として上げはしたが、まさか、こんな早くにもわかるとは予想外だった。
そもそも、何で灯が知っているのか謎なのは、そっとしといた方がいいだろう。
隣で聞いている常和は興味があるらしく、静かにしている。
「内容まではわかっていないのですが、心寧さんに教えたら職員室に向かっていったのですよね」
「それ、常和まずくないか?」
「さっき会った時に止めるべきだったって、後悔してる……」
落ち込んでいる常和を見て、後悔先に立たずとはこのことを指すのだなと思う瞬間だった。
それから、心寧が戻ってくるのを待つまで三人で話すことにした。
常和を心配しつつも、もしもの場合は灯が原因でもある分、こちらが責任を取るという約束を交わした。
……心寧が戻ってきたのは担任に引き連れられてというのは言うまでもなかった。
朝の連絡事項では、灯の言った通りペアの情報が開示されたのだ。
それと同時にわかっていたことではあるが、心寧の監督責任を負うものは放課後に職員室に来るようお告げされたのだ。
「……清君、大丈夫ですか?」
お昼休憩になると灯が話しかけてきた。常和たちに関して、今日は悪かったという理由で灯と二人きりになっているのだ。
心配そうな瞳で見てくる灯に、心配させるわけにもいかないなと思いつつ声を出した。
「大丈夫だ。放課後に、職員室寄る手間が増えただけだからな」
「それを普通だと思わないでくださいね」
呆れながらにいう灯には申し訳なく思えてしまう。
「それはそうと、おにぎり食べますか?」
「……え、灯の手作り?」
「私以外に誰がいるのですか」
そう言うと灯は、おにぎりが入っているのであろう包み布を手渡してきたのだ。清は素直にそれを受け取ることにした。
布を開くと綺麗な形をしたおにぎりが二つ入っていた。
おにぎりが好きな清としては学食を食べるよりも嬉しいことだった。
「灯、ありがとうな」
「いえ、塩味なのですがよかったですか?」
「シンプルな塩おにぎりが一番好きだから嬉しいよ」
灯に感謝をすると、どこか恥ずかしそうに照れているようだった。
そんな照れて頬が赤くなっている灯を冷ますようにしつつ、屋上へと向かうことにした。屋上に人影はなく、いるのは今来た清と灯だけだろう。
風が肌をひんやりとなするような冷たさは十月の終わりを感じさせる。
灯と相談しつつ、その場で座ってお昼を食べることにした。
「このおにぎり美味しいよ。ありがとうな」
絶妙な塩の風味と、米の甘みが完璧に交わりながら味を引き立てている。これは至難の業だろうに、それを難なくやってのける灯には感謝してもしきれなかった。
「いえ、美味しいと言ってもらえてよかったです」
話していて笑顔の絶えない灯は心の休めどころにも思えてしまう。
考え事をしつつも昼休憩の終わりが近づいてきたので、灯と一緒に教室へと戻ることにした。
放課後になり、清は職員室から戻る際中だった。
(心寧の事よりも、ペアのことを話されるのは一体何なんだ)
責任を取るために職員室に行ったのだが、関係ない話に時間を取られてしまったのだ。
外はもう日が沈みかけている。窓の外を見ながら、教室へと戻った。
教室に人はいないだろうと思っていたのだが、一人だけ残っていたようだ。空いた窓からから入ってくる風になびく、透き通った水色の髪はとても美しいものだ。
「……灯、待っていたのか」
「一緒に帰る約束したじゃないですか」
灯は話が終わるのを教室でずっと待っていてくれたようだ。
「待たせてすまなかった。帰ろうか」
「はい」
灯が寄り添うように近寄ってきたのは、最初のころを思い出させてくる。
人がいないのはわかっているのでそのままでも許すことにした。
……昇降口にたどり着くと、灯が声をかけてきた。
「清君。今日、一緒に寄りたい場所があるのですがいいでしょうか」
「わかった。なら寄って行こうか」
灯の寄りたい場所がどこなのか楽しみにしつつ、靴へと履き替えた。
手を引かれるままに世界にある夕焼けの下を歩いていた。
最初に気づくべきだったのだろうか、手を握られ向かっているところに。それは、清と灯が出会った草原に向かっていたのだ。
灯が朝、星の話をしていたのに気づいてあげられなかったのだ。気遣いできない愚か者である自分自身を攻めたくなってしまう。
その時、灯は握っていた手をさらに優しく強く握ってきた。
「ほんと……感情に出やすいところは変わっていないんですから」
不安な感情は気づかないうちに表面へと出てしまっていたようだ。灯に指摘されるほど荒んでいたのであろう。
「あなたの抱えきれない不安があれば私を頼ってください」
灯は歩きながらも、強く握りしめた手を放そうとせずに話をつづけた。
「近くても、遠くても、あなたの優しさは誰よりも私がよく知っていますから」
清の知らない清を知っている灯だからこそ言えるのだろうか。優しく言われた言葉は、清の不安で溜まっていた心を洗い流すようだった。
落ち着いた清は灯の方をしっかりと見た。
「ありがとう灯。君がそばに居てくれてよかった」
灯に感謝を言うと、灯は笑顔を返してくれた。また、この笑顔に救われているのだなと、清は思った。
気づけば、木々を抜け草原へとたどり着いていた。やはり、人はいないから穴場であるのは間違いないだろう。
夕方であるため、日が暮れて星が覗き始めるまではまだまだと言ったところだろう。
一人で待っていたら暇だっただろう。けど、今は一人じゃない、隣にいる灯と話していれば時はあっという間にすぎるのだから。
「そういえばさ、灯はペアでの話どう思った?」
朝の連絡事項であった話を灯に持ち掛けた。
「ペア試験で優秀な成績を修めれば、学校側で叶えられることなら一つだけ叶えてくれるやつですよね」
突然の事ではあるが、ペアで行われることになる試験の結果次第で、願いを叶えてもらえるようなのだ。正直な話、このことが嘘か真かわからない以上は半信半疑である。
だが、放課後の呼び出しされた際に、真実を無理矢理聞き出したので嘘ではないであろう。
「そうだな」
「私の叶えたい願いは、叶えてもらうことはできないので諦めています」
灯のバッサリとした返答は本当に無理なのだと直感が察知した。それでも願いを知りたくなってしまったのだ。
「あのさ、願いを教えてもらうとかできないか?」
「……なら、お互いの願いを言い合うのはどうでしょうか」
灯から言われたことは筋が通っている。お互いの願いを知った方が、いざこざが起きない平和的解決方法だ。
「わかった。そうしよう」
返答をすると、灯は結んでいた髪をほどき風になびかせた。夕焼けになびく水色の髪は透き通っているのも相まって、灯自身の美しさを際立てていた。
見とれる前に話をすることに意識を向けなおした。
清の願いも実際のところ叶えられる代物ではないので、どうしようか悩んでいたのだ。
「俺の願いはさ、魔法を望まない世界なんだ」
灯は小さくうなずき聞いてくれている。
「記憶を忘れた原因に魔法が関与していると思っているんだ。だからこそ、魔法を望まない世界にしたいんだ」
本当に記憶を忘れてしまった原因はわからないが、魔法が関与していると清は思っているのだ。
また、魔法の世界に隔離されてしまう人を無くす方法として、魔法そのものを無くす手段を選ぶことにしたのだ。
最後まで静かに聞いてくれていた灯は口を開いた。
「あなたの忘れた記憶に魔法が関与しているのは事実です。けど、これ以上の事はまだ言えません。ごめんなさい」
魔法が記憶に関与しているのは事実らしい。それ以上を喋らないのは、こちらを思っての事だろう。
「灯、この情報だけでも十分だ。ありがとう」
過去を喋るというのは心苦しいことだろう。ましてや、それが他人の過去の事ともなればなおさらだ。
水色の瞳をパチクリさせているのは、深く聞かれると思っていたからなのだろうか。
また、隣に並びあっていたためか、灯はいつの間にか手を握ってきていた。かすかに聞こえる呼吸の音は、時間の流れを感じさせる。
「……私の叶えたい願いは」
小さく呟くように灯は言い出した。
「魔法の存在しない世界で暮らすことなのです」
魔法の存在しない世界、その言葉にこちらの願いとどこか通じるものを感じ取れた。
そして、日が本格的に隠れそうになる時、風が緩やかに吹き始めた。
「これ以上、私以外の人が大切な人を失わないためにも、この世界を敵に回す気でいます」
告げられた言葉にはどこか、冷たいトゲでも生えているようだった。
灯がこれまで他人、いや、清にしてきたことは過去の一例があり、近くで失うような人を無くすための事だったのだろう。
願いを言い切ったらしい灯の顔は悲しそうで、ほっとけば一人になるのではないか心配になるほどだ。
過去のことを覚えていないから、灯のことを知らない他人である。けれど、このまま過去だといって、見て見ぬふりすれば失い続けるのは清だ。
――覚悟を決めた清は灯との距離を限りなく縮めた。そして、優しく腕の中に包み込んだ。
「ま、まこと、く、ん」
「一人でずっと頑張ってきたんだろ。確かに俺は過去を忘れている。けどな、君が近くにいる日常がなくなってほしくないんだ」
灯を抱きしめた清はゆっくりと願望、願いを告げていた。
傍から見れば告白みたいなものだろうが、今の清には関係なかった。
「君と過ごせてからずっと感謝していた。だからさ、少しくらいは俺を頼ってくれよ。君にやってもらったことをそのまま返してやる」
「……少しだけ、頼らせてください」
抱きしめている胸元からは、小さく嗚咽が聞こえてきた。
それを見ないように抱いて、背中を撫でることが今の清にできる最大限の労わりだ。
現れ始めた月明かりは二人の姿を優しく照らし、緩やかに吹く風は静かに包み込んでいく。
どれくらいの時が過ぎたのだろうか、すっかりと日は暮れ、夜空には満点の星が輝いていた。
抱きしめたまま離れようとしない灯はとても柔らかく温かく感じた。
「……あ、あの、ありがとうございます」
「感謝されるようなことは何もしてない」
月明かりだけで灯の顔はよく見えないが、照れて頬が赤くなっていそうなので、余計なことは何も言わないでおいた。
冷静になりつつも、学校のカバンから清はあるものを取り出した。
「寒いだろうし……これ、着ろよ。警戒しなくとも新品だから」
灯に差し出したのはパーカーだ。忘れていたが、星を見ることになった時ように持ってきていたのだ。
素直に受け取った灯は、ローブの上からパーカーを着ていた。ローブは魔法で作ったらしいのだが、防寒性はあまりよくないらしい。
「とても温かいです。ありがとうございます」
そう言うと灯はきらきらと広がる星空を眺めていた。
最初に出会った頃も星空を見たが、今見る空は前に見た時とはすべてが違うように感じた。
ひとりぼっちだと思っていたあの時とは違い、今は隣で手を繋ぎながら見ている君がいるからなのかな。
「綺麗ですね」
「そうだな」
少ない言葉だがこれ以上は要らないだろう。
隣を見ると、なびき続けている灯の水色の髪は、星の光を反射してさらに輝きを出していた。
……空を見上げていると灯が声をかけてきた。
「そろそろ帰りましょうか」
「冷えてきたしそうだな」
家へと向かって清たちは帰路を辿っていた。
「清君。私はいずれあなたに、過去のことを話す時が来るかもしれません」
今の灯は透き通るような声でとても安定していた。
「もし、その時が来てもあなたは隣に居てくれますか?」
透き通った水色の瞳に見られながらも、清の決意は固まっていた。それの答えは一つしかないだろう。
「灯——君と一緒ならどんなことでも受け止めて、隣に居るよ」
これは告白なんかじゃない、隣に立って、居てあげることへの決意表明だ。
嬉しそうな笑顔をした灯は握っていた手を、さらに優しく握りなおしていた。
「約束してくださいね」
「約束では無く行動で示してやるよ」
清がそう言い切ると、灯は微笑んでいた。そんな、小さな希望である君の微笑みはとても愛おしいよ。
清は思ったことを心の中だけで留めておくことにした。
魔法陣を抜け、家の玄関前で行き、ドアを開けた。
「ただいま」
「ただいま」
二人で帰宅の言葉を口にして家の中へと入った。
そして、ドアを閉める清の頬に小さな雫の後が出来ていることに、灯が気づくことはなかった。
この度は数ある小説の中から、私の小説を読んでいただきありがとうございます。
今回の八話は最高傑作になるよう一番力を入れているので、感想等を頂けると幸いです。
また、次の九話も張り切って制作していきますので応援よろしくお願いします!