七十三:魔法合宿開幕、魔法の庭へ
「清くん、忘れ物はないですか?」
「無いかな。ほとんどの荷物は先に送っているし。そう言う灯の方は大丈夫か?」
「私も大丈夫ですよ」
魔法合宿当日となり、準備を済ませて家を出ようとしているところだ。
この時の灯の髪型は、ポニーテールで綺麗にまとめられている。また、指定ジャージをしっかりと着用しており、服装にも一切の抜け目がない。
(……灯は本当に心配や隙がないな)
灯の様子に感心しつつ、清はドアの鍵を閉めた。
そして、灯が持っていたカバンをするりと腕から取り、清の手に移す。
灯は何故か呆然とした様子を見せたが、首を横に軽く振り、嬉しそうな笑みで横に並ぶ。
灯に何かをしようとしてカバンを取ったわけではないため、本人も理解はしているだろう。
「常和達も来ているだろうし行くか」
「そうですね」
常和達とは転送魔法陣前での待ち合わせとなっているため、学校集合ではないのだ。
転送魔法陣の前に差し掛かった時、不意に後ろから抱きしめられる感覚が清を襲う。
清は驚きつつも後ろを見た。そこには隣で歩いていたはずの灯がおり、清の背に顔をうずめ、手を回して優しく抱きしめてきていた。
清は気持ちを落ちつけつつ、ゆっくりと灯の頭を撫でた。
灯の透き通る水色の髪はいつも滑らかで指通りがよく、キューティクルも整っており、誰から見ても理想の髪と言えるだろう。
「灯、いきなりどうしたんだ?」
「……しばらくは、出来ないから」
小さく呟く灯に清は笑みをこぼし、灯の好きにさせた。
時間には余裕を持っていたため、灯が落ちつく頃には丁度いい時間になっていた。
二人で転送魔法陣を通り抜ければ、常和と心寧の姿が目に映る。
「よっ、お二人さん!」
「おはよう」
「心寧さん、古村さん、おはようございます」
「おはよー! ……挨拶はほどほどにしつつ、行こうか――魔法合宿開催地『魔法の庭』へ」
心寧は会って早々、両手に魔法陣を展開しながら目をつぶっている。
心寧の様子を見ていれば、急に魔法陣が輝きだす。
「世界と世界を繋ぐ狭間の入口を、今ここに」
心寧の詠唱が終わるとともに、目の前に魔法陣が浮かび上がり、別の景色が魔法陣の中に映りこんでいる。
映りこんでいる景色が今から行く場所、魔法の庭の一部なのだろう。
魔法陣が完全に形成されれば、心寧が手招きで合図を送ってくる。
「心寧、少しくらい説明してやれよ。魔法の庭……次元の間に存在している、忘れ去られた魔法世界の一部なんだ」
「魔法世界の一部?」
「まことー、魔法の庭は未だに神秘の謎として解明されていないの。だから、うちらも全てを説明できないの」
「ま、つまりは心寧の言う通りだ」
「忘れ去られた――」
「はーい、あかりーは感がいいから、それ以上はお口チャックねー。そんなことより、早く行こ!」
四人で魔法陣を通れば、そこは無数の木で囲まれた森の中だった。
(……この感じ、魔法の結界?)
周りを見渡してみれば、全体にうっすらと魔法の結界が覆われており、外部からの認識ができないようになっているようだ。
見るだけで分かるのは、魔法の庭は自然豊かで、近くには山があるという事だろう。
逆に言えば、それ以外の情報がここからでは入ってこないのだ。
「まことー、大体のことは一瞬で理解したでしょ?」
心寧は魔法陣を閉じ、振り向きざまに声をかけてきた。また、心寧の言う大体のこと、というのは場所についてのことだろう。
「ここは魔法の結界に覆われている、魔法空間でもあるんだよー」
「なんせ次元の間に存在しているからな。俺と心寧は結界内全体を総称して『魔法の庭』と呼んでるんだ」
「そうだったのですね」
「あかりーとまことーは同じ星の魔石使いなのに、やっぱりどこか違うよね?」
「いや、まあ……元の質が全然違うからな」
常和が「それくらいにしとけ」と心寧に言ったことにより、その場は丸く収まった。
灯とは同じ星の魔石使いとして括られているが、魔力の細かな探知や魔法の分析に関して灯は瞬時に出来ない。そのため、これらの事情は星の魔石を持つ二人の間で回していないほどだ。
(秘密にしたいという程ではないんだけどな……)
灯から聞かれない限り、無理に言う事でも無いのが現状だ。
景色の変わらない森の中を歩き続けていれば、心寧がふと一枚のメモ用紙を差し出してきた。
「そうそう、魔法の庭内は至る所に転送魔法の空間が展開されてるから、行きたい場所をそこで思うだけで瞬時にワープができるよー」
「で、今心寧が渡したメモ用紙に行ける場所が書いてあるから、自由時間はそれを参考にしてくれ」
「ありがとうございます」
「常和、心寧、ありがとう」
魔法の庭と言われているだけあり、至る所から魔力の流れを感じていたのはそのせいだろう。
清と灯が不思議に思っていたとしても、この場所で育った心寧からすれば当たり前の日常なのだろう。
「あ……言い忘れていたけど、ここでの生活はキッチンとか以外ほとんど魔法だよりになるからねー」
「なんでそれを早く言わないのですか?」
「忘れてたからかなー」
そう言いながら楽しそうに歩く心寧の横で、常和は安堵した表情を見せていた。
常和はここに来る前から心寧の事を心配していた為、悩みの種が取れたのだろう。
清もその立場で灯の事となれば、同じ心配を抱えていたのかもしれない。
数十分ほど歩き続ければ、一つの建物が見えてきた。
木造建築の建物となっており、外見から見て校舎という表現が正しいだろう。
盛られた土地の上に大小分かれて二つの校舎が建っており、渡り廊下が宙にかかる形となっている。
見ている範囲は綺麗に整備が行き届いており、どこもかしこも綺麗な木造校舎だ。
そして目の前には、木に囲まれた広めの校庭が存在感を主張している。
自然に囲まれた学び舎とはまさにこの事だろう。
「見てわかる通り、あの大きな校舎で俺たちは学んで、小さな校舎で寝泊まりして一週間を過ごすことになるんだ」
常和の言葉を聞いた瞬間、清はふとあることを思い出した。
「夢で見た光景と同じだ」
「夢、ね……本来であれば夢ですら認識が不可能な場所なんだけど、何かの縁がここへと導いたのかもね」
「……すごく自然豊かなところに校舎が建っているのですね」
「二人とも……校舎とかで分からないことがあったら、なんでもうちに聞いてね!」
心寧に灯と一緒に感謝を述べ、校舎へと歩を進める。
四人で校舎に近づけば、見慣れた姿をした人物が立っていた。
黒いフードをいつも身にまとい、管理者と担任の立ち位置を担う――ツクヨだ。
『長旅ご苦労だったね。泊まる部屋に全員の荷物は置いてあるよ。確認が終わり次第、ここの説明をするから集まるように』
ツクヨの言葉と共に、一週間の魔法合宿は静かに幕を開けた。




