閑話二:紡いできた思い出に星を添えて
「その本、久しぶりに見たな」
「あ、清くん」
リビングに入れば、灯が懐かしい本をテーブルの上に置いて広げていた。
一つ目の記憶のカケラが戻る前に心寧から貰った、不思議な魔法がかかっていた本だ。
今では、灯が思い出を本のページに綴りながら保管している為、お目にかかることは滅多に無い。
灯が見ている範囲の四人を魔法でたまに撮っているらしく、今は撮った日常を創成魔法で写真にして貼り付けているようだ。
灯は普段なら自室で作業している為、物珍しさがある。
「えっと……横、失礼してもいいか?」
「清くんの自宅なのですから、自由にすればいいと思いますよ?」
「異性であることを考慮した上で言ったんだけどな、俺は」
「……す、すいません。というか、今更ですね」
「そこは触れないでくれると嬉しいんだけど」
清は苦笑いしつつ、ソファに座っている灯の隣に腰をかけた。
故意に覗く気はなかったが、開かれているページの写真に目を引かれた。それは、二年生に上がってすぐの光景だったからだ。
「これ、ずいぶんと最近……というか、約一ヶ月前のだな」
「そうですね。時間が経つのは早いものですね」
「そうだな。この写真だと、二年生になって早々に四人がクラス一緒って判明した時だよな」
二年生早々に、四人のクラスが固定になる。その当時は、常和と心寧の叶えてもらった願いが関係していた、というのが印象に強く残る記憶だろう。
また、心寧が灯に抱きつき、それを眼福と言った理由を述べた常和が反感を買ったりと、思い返せばあの一時で色々な出来事があった。
(……ここで管理者、いや、ツクヨさんが直接関係するようになったんだよな)
何よりも衝撃的だったのは、担任が判明した時だろう。
灯も同じことを思ったのだろうか、一つの写真……ツクヨが教壇に立った時を指さした。
「ここでツクヨが担任になると判明しましたよね」
「俺からしてみれば、四月の中で二番目に衝撃的だったかな」
「……二番目? 一番は何だったのですか?」
灯はページをめくりながら写真を貼る作業に戻りつつ、首をかしげて聞いてくる。
ツクヨが担任になったのも衝撃的ではあったが、清の中ではそれ以上に衝撃的なことがあったのだ。
自己紹介による心寧の秘密、灯との魔法勝負、四人での勉強会に中間試験、どれも心に残るほど大事な思い出ではある。それでも、一番衝撃的、とまではいかない。
(三番目に灯の無制限合成魔法【零式】が入るくらいだよな)
清の中で一番衝撃的だったのは、中間試験後の出来事だったのだから。
「……灯からの、ご褒美かな」
「ふふ、なるほど。清くん、たくさん泣きましたもんね」
「灯、分かっていてそう言っているのか?」
「どうだと思います?」
「どうなんだろうな」
「むっ……なら、もう一度体験しますか?」
「……俺が悪かった。今は遠慮しとく」
「今は、ですか」
「なんでそこだけ拾った!?」
灯は何も言わず小さく微笑み、写真を優しく丁寧に貼る作業に戻っていた。
灯は隙を見せればからかってくることがある為、油断が出来ない。
しかし、灯が隣でよく寝落ちしたり、寝ぼけて甘えてくることがあるのも事実だ。
俯瞰してみればお互い隙だらけであるのに、隙が無いように見えるのは、普段の距離感問題だろう。
家ではお互いにやることを優先しており、いつも一緒にいるわけではないのだ。また、傍から見れば夫婦のようだが、付き合ってすらいない。
ふと視線を灯に戻せば、ちょうど全て張り終わったらしく、腕を上に伸ばしていた。
近くにあった飲み物の入った灯のマイカップを目の前に差し出せば、灯は嬉しそうな表情をして受け取る。
「ありがとうございます」
「これくらいはな。ところで灯」
「はい? 何でしょうか?」
「その本の中を見させてもらってもいいか?」
「これは二人に、と心寧さんに渡されたものですから、遠慮せずに見てもいいのですよ」
「そうか、ありがとう」
灯はそっと本を閉じ、清の目の前に本を静かに置いた。
以前見た時、本の表紙は古めかしく読めない状態だったが、きれいな表紙に移り変わっていた。それは、四人が一緒に集合した時の写真だ。
四人で初日の出を見に行った時、帰り際に灯が『四人での思い出を残しませんか?』と言って撮った思い出の一枚。
清は過去を思い返しながら、ページを優しくめくった。
灯と再会して以降の、懐かしい写真が次々と思い出を見せてくる。
ペア試験にクリスマス、初詣やバレンタインなどの様々な思い出をよみがえらせ、季節行事を一人じゃなかった、とゆっくりと実感させてくる。
ふと一つのページで清の手は止まった。
「……ああ」
横から覗いていた灯が小さく声をあげ、小さな笑みを浮かべた。
「現実世界、といっても約二ヶ月前のことなのに、懐かしいですね」
「そうだな。現実世界で本当の家族に別れを告げ」
「自身で創った魔力の宝石を思い出し」
「灯のお母様、満星さんに出会って、家族の本当の意味を知れた気がした」
「私のお母さんとの出会いが、清くんに希望をもたらしたのなら……出会ってもらってよかったです」
小さく微笑みながら言う灯は、なぜか悩んでいるように見えた。
悩んでいるというよりは、何かを決めかねている、というように見えるが正しいだろう。
灯は普段悩む様子は見せないため、変化がわかりやすいのだ。
「灯、どうしたんだ?」
「あ、えっと、その……」
「俺の事は気にせずに言えよ」
「清くんと二人で並んで映っている写真がないな、と思いまして」
灯から言われて写真を見直してみれば、灯と二人で映っている写真はあるが、並んで映っている写真は一枚もなかった。
意識して二人で並んで写真を撮るという行為をしたことが無いため、一枚もないのだろう。
その時、灯は小さな透き通る球体を魔法で創りだした。
突然のことに驚いていれば、灯は真剣な眼差しでこちらを見てくる。
「あの、清くん……嫌でなければ、一緒にお写真……撮りませんか?」
撮りますよ、と言わんばかりに用意された魔法を見て、断る理由はないだろう。また、大切な人の頼みとなれば断る必要が無い、と清は言い切れる。
「そうだな。俺と灯の、二人だけの思い出を――今ここに綴ろうか」
「はい」
灯は小さくうなずいた後、この球体で写真を撮りますからね、と言って球体の位置を宙に固定する。
清と灯は二人で球体の撮る枠に収まりつつ、互いに身体を寄せた。
灯の右腕と零距離で当たっているが、清は平然を保てている。慣れ、というのは恐ろしいものだろう。
しかし、灯の透き通る水色のストレートヘアーが肌に触れるのは、今でもむず痒さがある。
灯が慣れたようにピースサインをするので、清も同じ仕草をした。
「じゃあ、撮りますよ」
「ああ」
「ハイ、チーズ」
灯の合図とともに、球体は小さな光を発する。
その後、灯は写真を撮り終え、すぐに創成魔法で具現化していた。
そして、一つのページに思い出は紡がれる。
「上手く撮れましたね」
「そうだな」
「……清くん、どうしました?」
「あ、いや、この写真をスマホにも移せないのかなって」
スマホはあるが、写真を撮っても具現化するための機械がこの世界にないため、ほとんど使うことがないのだ。
清が悩んだようにしていれば、灯が口を開いた。
「それくらいなら、すぐにできますよ?」
「俺のスマホに送ってもらっても――」
「今送りましたよ」
「早いな」
行動が早い灯に苦笑しつつ、清はスマホを確認した。
先ほど撮った写真が灯から送られてきており、解像度が異様に高く、鮮明に映っている。
清は細かい設定をした後、写真フォルダにそっと隠す。
「灯、ありがとう」
「どういたしまして。あの、清くん」
「どうした?」
「今日の夜、少し思い出を振り返りながら話しませんか?」
「別にいいけど、急だな」
「魔法合宿まで残り数日ですし、四人の思い出を振り返るのは良い機会だと思いましたので」
「わかった、夜になったら眠くなるまで話すか」
「清くん、ありがとう」
清は小さく笑った後、灯が夜ご飯の準備を手伝ってほしい、と言ったため手伝うことにした。
その夜、灯が安定して寝落ちしたことにより、清は頭を抱える事態となった。
(安心されるのも……考えもんだな……)
魔法合宿の夜が心配だな、と清は心底思わされる。
次回から本編の路線に戻ります!
この二つの閑話は、本編の路線に戻るまでの空白期間を描かせていただきました。
君と過ごせる魔法のような日常の中で、この話数がお気に入りです、というのはあったりしますでしょうか?




