七十一:ご褒美後の変化、行事のまとめ
「あかりー! ご褒美どんな感じだった?」
「心寧さん、今はツクヨに説明された『ある場所』についてまとめましょうね」
「ふーん、今はそうしとくね!」
微笑みながら流した灯もそうだが、心寧も引き下がる気が無いようだ。また、心寧が視線をこちらに向けてくるため、どことなく気まずさがある。
清はそんな二人に苦笑いしつつ、四人の机を常和と囲うように寄せた。
ご褒美をもらった次の日の現在、ツクヨから『ある場所』の事について説明されたため、授業の一環としてまとめようとしているところだ。
肝心のツクヨは、資料を作成してくる、と言った後に席を外している。
一週間『ある場所』に泊まるのはわかったが、問題はそこではないだろう。
「そう言えばさ、常和と心寧は『ある場所』の名称は知っているのか?」
「あー、清……ある場所の名称は『魔法神社』だ。もしくは、『魔法の庭』と呼ばれてるんだ」
「魔法神社、か……」
「心寧さんも知っているのですよね?」
「もちろん! 美咲家と管理者の所有地だからね」
「なんで大事なことを先に言わないのですか……」
心寧は察したように、ごめんねー、と言いながら灯に抱きついた。
行く予定の場所が、美咲家と管理者の所有地、というのは驚きだ。しかし、名称がわかっただけありがたい事だろう。
常和が「とりあえず情報をまとめようぜ」と言ったことにより、各自それぞれの席に座った。
「えっと、一日目は場所に慣れてもらうための説明、という事でしたよね?」
「うん、そうだね」
灯はしっかりと確認を取り、ペンを持った細い指先を動かす。
白い紙に文字は美しく綴られていき、紙とペンの擦れる音が空間に小さく鳴る。等間隔で音を奏でており、心地よさすら感じさせてくる。
綴りゆく音に聞き惚れていれば、常和がニヤつきながら横腹を肘で小突いてきた。
「清、嬉しそうだな」
「……まあな」
「お前がこの世界で嬉しいを実感できる程、変わったんだな」
「常和と最初に会ったあの頃とは、変わったからな」
「はいはーい。そこのふたりー、あかりーがしっかりまとめてるんだから、雑談は後にしようねー」
心寧はそう言いながら小さく手を叩き、音を出して視線を集める。
灯の手により文字の書き込まれた紙を覗き込めば、一週間の情報は既に分かりやすくまとめられていた。
ツクヨから言われた通りの内容でもあるため、理解するのは造作もないと言える。
清は灯がさらに書き込んでいる中、まとめられた情報を整理した。
・一日目は場所に慣れてもらうための説明。
・二日目から三日目は魔法についての勉強。
・四日目から六日目は自由時間。
・七日目は感謝の掃除をしてから帰宅。
四日目から六日目の自由時間は、四人で過ごせる時間を大事にしてほしい、というツクヨからの粋な計らいらしい。
今の清としては、自由時間の内に記憶を取り戻したいのが本音だ。いつまでも灯に想いを伝えず、記憶を理由に踏み出せない自分と別れたい、という覚悟でもある。
また、魔法について触れるとなれば、以前に灯やツクヨが避けようとしてきた、自分の記憶と魔法の関連性が露わになるのも時間の問題だろう。
弟から返された魔力の宝石に、灯との魔法勝負で受けた零式とその後の発言は、最後の記憶のカケラは魔法に隠されている、と裏付けてもおかしくない。
「おーい? 清、聞こえてるかー?」
「あ……す、すまん。ちょっと考え事していた」
「清くん、困ったら私を頼ってもいいのですよ?」
「あかりー、まことーにさらに甘くなってない?」
「右に同じく」
何気にニヤついている常和と心寧を灯は軽く流し、服装と部屋でのことについて話そうとしていた、と説明してくれた。
考え事をしていたとはいえ、話を聞き逃してしまったのは申し訳なくなる。
灯が見透かしたかのように「悩みの種は誰にでもあるものですよ」と言ってくるため、余計に恥ずかしさが込み上げてくる。
「本題に戻りますが、服装は学校指定の体操着のみなのは……お三方理解していますよね?」
「体操着だけで寒かったら、上に指定ジャージを着てもいいのもわかっているよ」
「清、そこだけはちゃんと理解してんだな」
「まことーはこの中だとずば抜けてジャージとパーカー教だから、しょうがないでしょ」
「俺はそこまで酷くない」
「清くん……部屋にある普段着のほとんどがパーカーかジャージなのに?」
灯が思わぬ爆弾を小さく呟いて投下したことにより、常和と心寧にマジかという目で見られ、苦笑される事態となった。
落ちついてから部屋の話に入ったところ、ある程度の自由は約束されているらしい。心寧曰、部屋は四人一緒と言っていたので、手を出さない限り事件は起きないだろう。
しかし、灯と心寧がいちゃつき出さないか、それだけが男である清と常和の同意見の心配だ。
「寝間着はあかりーどうする気?」
「心寧さんさえよければ、後で一緒に買いに行きますか?」
「うん! 後で一緒に行こー! とっきーとまことーの度肝抜くやつ買っちゃうー?」
「心寧、灯に変な入れ知恵しないでくれるか?」
「えー? してないよー」
「清、心寧も口だけ……だと思うから安心しろ」
「……なんでそこで間が空くんだよ」
「清くん、心配しなくとも大丈夫ですから」
ほんとかよ、と清が言った瞬間、教室のドアが音を立てずに静かに開いた。
情報をある程度まとめ終わったところで、ツクヨが戻ってきたのだ。
ツクヨが戻ってきた早々、「何か目標はあるんですか?」と常和が聞いたためか、ツクヨは一呼吸置いてから言葉を口にした。
『目標というよりは、魔法世界の自然や歴史に触れ、仲間との思い出を作って欲しいくらいだね』
ツクヨはサラッと触れたが、魔法世界の歴史に触れることは確定しているようだ。
灯は軽く言われたことですら、ペンを進めて紙に文字を綴っている。この一歩一歩のまとめ上げから、今の知識まで成り立てているのだろう。
『伝え忘れていたのだけど、食事は皆で準備したいかね?』
「うちとあかりーで作りたーい!」
「ふふ、それもいいですね」
『そうか。では、食材の要望があれば紙にまとめておいてくれたまえ。そうすれば、こちらで事前に準備しておく』
食事についても決まったところで、灯がそっと近づいてきた。そして、灯は耳元に口を近づけてくる。
「清くん、楽しみですね」
「そ……そうだな」
灯の言葉に清が顔を赤くすれば、灯は楽しそうに、頬をむにーっと引っ張ってくる。
強くも弱くもないせいか、変にむず痒さを感じさせてくる。
気づけば、常和と心寧、ツクヨから微笑ましいような視線が送られてきていた。
灯も視線に気づいたのか、瞬時に白い頬を赤くし、恥ずかしがるように清の背中に顔を隠した。その行動が逆効果、というのを理解してほしいと内心思えてしまう。
小さな笑いが空間を包みつつ、その場は幕を閉じた。
放課後、清は常和と一緒に帰路を辿っていた。
「清、顔つきが本当に変わったよな。なんとなくだけどさ、ご褒美がキッカケで何か二人の間に変化があったんだろ?」
「……まあ、そんな感じかな」
分かっていたかのように、お互い歩いている足を止めた。
最高の親友だからこそ、常和はこちらの考えや変化をお見通しなのだろう。
ふと気づけば、常和はどこか寂しそうな顔をしていた。それは、心寧のことになると度々見せていた、あの顔だ。
「……すごいな、清は」
「……常和もすごいだろ。心寧をずっと見守ってきたんだろ? もっと自分に自信を持てよ」
「はは、清にそれを言われるとはな……正直思ってなかった」
常和は深く呼吸をした後、しっかりとこちらを見てきた。
「清、この後の休日……相談に乗ってくれないか?」
「常和、俺たちは親友なんだ。断る理由が無いだろ?」
「……俺は清がこの世界に来てくれて、本当によかったよ」
「いきなりどうした……怖いんだが?」
「独り言だ、気にすんな!」
常和がそう言って背中を強めに叩いてきた為、軽く背中を叩き返しておいた。
信頼できる親友だからこそ、言葉を交わさない小さな支え合いみたいな感じだ。
(魔法やこの世界が嫌いだったはずなのに……今は好きになってきているんだよな……)
常和や心寧に出会い、いつの間にか灯と過ごせる関係になったのは、この世界ありきと言えばその通りだ。
だが、四人の思い合う心が常に未来へと導き合い、清き灯となって今の縁の形になったのだけは……紛れもない友情の証だろう。
気づけば、日はオレンジ色の光を帯びながら、世界の境目へと姿を隠そうとしていた。




