第七話:君の優しさに包まれていく
「ただいま」
「……黒井さん、おかえりなさい。お二人はいらっしゃいませ、どうぞごゆっくり」
清たちが帰宅をすると灯が音を聞きつけたようにリビングからやってきた。
灯は案内するように常和と心寧をリビングの方に招き入れているようだ。それを見つつ、清は二階の自室に向かおうとした。
(家主よりも立派すぎるんだよな……)
そんなことを思いながら階段に足をかけた時、制服の袖を引っ張られる感触があったので目をやった。そこには、案内が終わったらしい灯が立っていた。
どうしたのかと思い聞こうとしたら、灯の方が先に声を出した。
「あ、あの、できるだけ早めに来てくださいね……」
灯が小さく恥ずかしそうに言うのは、常和たちにまだ慣れていないから安心できないのだろう。
みんなでゆっくり話したいという心寧の要望もあったため、放課後に急遽、家に来ることが決定したのも清の落ち度だ。
灯が慣れていると思ってしまっていた自分の愚かさに、清は反省しつつ返答した。
「わかった。すまない、早く戻ってくるから」
そう言い残すと、清は階段を早足で駆け上がった。
凛としている灯の一面をこの数日で多く見てきたが、あんなにもおどおどとした灯は初めてで、とても可愛らしく思えてしまった。
今のことを頭から追い出しつつ、清は制服から着替え、灯たちの居るリビングに戻った。
「あかりーは家だと髪をおろしているのね! 可愛い!」
階段から降りている最中に心寧の声が響いてきた。また暴走しなければなと思いつつ、清はリビングに入った。
……入った瞬間清は目を見張った。
リビングのテーブル近くに今まではなかったはずのソファがあり、そこに常和と心寧が座っていたのだ。
灯に関しては、これも見たことのない柔らかそうな小さい椅子に座っていたのだ。
「あ、黒井さん。こちらにどうぞ」
灯はそう言うと近くにある椅子を指さしていた。見たことないので、これも灯が用意したものだろう。
客人を迎え入れるために先に帰宅し、ここまで準備をしてくれた灯には頭が上がらなくなる。
清はこの状況を整理しつつも、促されるままに椅子に腰を掛けた。
「それで、話すって何を?」
素っ気ない声で常和たちに問いかけた。しかし、聞かれるのが分かっていたかのように、灯の方が先に教えてくれたのだ。
「朝の連絡であったことを話したいそうですよ」
「あー、確か。ペアが決まっている人は他のペアとグループになってもいいって話だよな」
「どうせ、清と星名さんはペア何だろう?」
常和はなぜこう勘が鋭いのだろうか。お互いにバレないようにしていたはずなのだが、常和には見抜かれているようだった。
灯の方を見ると、こちらを見てきているので同じことを思っているのだろう。
常和は表情一つ変えずに、こちらをジッと見ている。その隣の心寧はニコニコしつつ、うずうずしているので、諦めろと暗示しているのだろう。
「星名さんとはペアなのは認める——」
「やっぱりそうだよね!」
話している途中に、心寧が身を乗り出しながら興奮気味に食いついてきたのだ。さすがに常和もまずいと思ったのか、瞬時に心寧を止めに入ってくれたので助かった。
「心寧がすまない。気にせず続けてくれ」
「ああ。お互いの利害が一致したからペアになっただけであって、恋愛感情や、他意が一切ないことだけは理解してくれ」
ペアになっている理由を話したのだが、常和はどうも納得していないらしく腕を組んでいた。
丁度その時、灯が人数分の飲み物を持ってきてテーブルの上に置いたのだ。
話すことに集中してしまった為、灯が隣にいるにも関わらず気づけなかったのは情けなく思えてしまう。灯の気遣いが回るのは性格あってのものなのだろうか。
よそ見をしている清を横に、灯が先ほどの事に訂正を入れるように話し始めた。
「例外として逃れることが出来なかったのもありますが、私は黒井さんを安全と知っての上でペアを許したのです」
灯から安全と認識されているのは理解していたが、人前でも言えることを褒めればいいのか、または呆れるべきなのだろうか。
灯の方を見たら、凛とした様子で置いた紅茶を啜っていた。それにつられるよう、清も紅茶に口を付けた。
「清と星名さんのペア関係は理解できた。星名さんは清から聞いているかもだけど、俺は心寧とペアなわけよ」
常和のこの様子から何を言いたいのかは大体察することが出来る。グループとしての話を切り出したいのだろう。
「黒井さんどうします? あなたの判断に任せますよ」
「とっきーが何を言いたいのか、あかりーは理解しているみたいだねー」
やはりというか、灯も理解しているらしく判断を任されることになった。
また、黙っていた心寧が常和の焦らし具合に待てなくなったらしく、呆れながら棒読みに喋ったのだ。
仮に常和たちとグループになったとして、灯が周りからの誘いを断りやすくなるのではないだろうか、と清は考えていた。
「グループとしての成立、俺はいいと思うぞ」
「やったぜ! やっぱり持つべきものは親友だな!」
嬉しそうに喜んでいる常和は、断られるかもという心配でもしていたのだろうか。
「一応確認しときたいんだが、これも報告制ではなかったよな?」
常和たちがうなずいたのを見るに、やはり肝心なとこは抜けている学校だなと思ってしまう。
それはそうと、灯に否定的な感情は見えないので、どうやら本当に選択肢をゆだねてくれたそうだ。後でお礼をしてあげたいのだが、どうしたものか。
清が少し悩んでいると、いきなり心寧が立ち上がった。動くなり灯の方へと近寄って行ったのだ。
「あかりー! これからはグループとしてもよろしくね!」
「え、ええ、こちらこそよろしくお願いします」
近寄るなり、抱きしめるように灯とくっついて話をしているのは心寧らしさがある
「それはそうと、あかりーとまことーはお互いを名前で呼ばないよね?」
「し、心寧さんいきなり何を言っているんですか!?」
……油断していた。心寧がいきなり爆弾を落としてくれたのだ。
確かに灯とは名前で呼び合わずに苗字で呼び合っているが、距離感的にも名前で呼び合うのはいかがなものかと思ってしまう。
灯も聞かれるとは思っていなかったらしく、珍しく動揺してなのか、焦り気味に声を出していた。
「さっきも言ったけど、俺らはおまえらみたいな関係じゃないんだよ」
「……清、悪いけど、そこは信用性がないぞ」
「そうだよ、まことー。あかりーに朝助けられていたの、しっかりと見ていたからねー」
「あ、あれは心寧さんが黒井さんを突き飛ばしたのが原因ですよね」
灯がカバーに入ってくれたのだ。だが、二人は引き下がるつもりはないらしく、こちらを見てはニヤニヤしていた。
常和と心寧は普段チャラく見えているが、本気で手を組んだらお互いに隙を見せない連携をとってくる。どうして普段からちゃんとしないのか謎に思えるほどだ。
そんなことよりも、今はこの状況下をどうにかするのが先だろう。
「おまえら、それ以上言うなら追い出すぞ」
強硬手段ではあるが、右手を前に出し、常和たちを脅すように転送魔法陣を見せつけようとした。だが、そのやり方は瞬時になかったことにされたのだ。
「黒井さん、物事をなんでもかんでも力で解決しようとしてはいけません」
灯はそう言いつつ、清の腕を優しくおろさせてきた。
灯の表情はいつになく険しく、清をしっかりと見てくる水色の瞳をそらそうともしない。怒っているというよりは、何か他の違うことを心配しているようにも見える。
「言葉で解決できることに力を行使するのは更なる争いを生む行為です」
灯の言っていることは最も理にかなったことなので、清は何も言えず聞くしかなかった。
「なので、あなたの持つ言葉の思いをちゃんと相手に向けてあげてください」
「すまない。俺が間違っていた」
「大丈夫ですよ……あなたがまた間違いそうになっても、私がただして差し上げますから」
無意識からなのだろうか、しっかりと手を握ってくる灯に恥ずかしくなってしまう。
気づけば、灯の表情は険しかったのが嘘のように、とても柔らかく、優しいものとなっていた。
甘えたくなってしまうような君の存在は、どうしてこう、近いのに遠くにいるように感じるのだろうか。
しかし、次の一言で清は空想から現実に戻されるのだった。
「あのー、お二人さん? いちゃついているところ悪いけど俺らもいるからな……」
「あかりー、まことーは付き合っていないのが不思議なほど仲いいよねー。付き合えばいいのに」
……忘れていた。うっかりしていたが、今この家には常和たちがいたのだ。それも目の前にいる。
常和たちから呆れられたように指摘されて清は気を取り戻した。
今までのやりとりを見ていた彼らから送られてくる視線は、今の清にとって痛く感じるほどだ。
灯も思い出したかのように握っていた手を放し、頬を赤く染めていた。やはりというか、見られていたことが恥ずかしかったのだろう。
「……い、いちゃついてなんていませんから!」
「てか、心寧はなんで付き合ってほしそうにしているんだよ」
「あはは、星名さん冗談だって。それと清、心寧に聞くだけ無駄だから諦めろ」
そんな常和の言葉に清は呆れつつ、灯に軽く頭を下げた。灯もそれに気づいたらしく、小さく頭を下げてきた。
言葉を交わさない謝罪ではあるが、お互いに理解しての上で成り立っているというところだろう。
「あの、常和さんに心寧さん、もしよければ夜ご飯を一緒に食べませんか?」
「あかりーいいの!? うちは賛成だよ!」
「清と星名さんがいいなら俺も食べたいかな」
「星名さんがいいって言うんなら、俺は反対する気ないから安心しろ」
唐突に灯が二人を夜ご飯に誘ったが、清は作る側の立場ではないので反対する理由が無いのだ。それに、食べる人数が多ければ多いほど幸福感は満たされるのだから。
夜ご飯を四人で食べることが決まったため、灯は準備のためにキッチンへと向かった。心寧も手伝うらしく、後に続いてキッチンの方へと消えていった。
二人きりになると常和が口を開いた。
「あれだけ星名さんがお前を心配しているんだ、あまり迷惑かけんなよ」
「……ああ、わかっている」
常和が心配してくれているのは、学校で孤立しがちの清を思っての事だろう。
灯との関係で親友に心配をかけさせるわけにはいかないな、と清は心に改めて刻み込んだ。
それから常和と軽く話していると、キッチンの方から声が聞こえた。
「とっきー、まことーも一緒にご飯作るの手伝おうよ!」
「可愛い美女たちに誘われたら断る理由がないな! ほら、清もいくぞ」
常和に言われるがまま腕を引っ張られ、清たちもキッチンの方へと向かった。
……常和たちが帰ったあと、清と灯は同じソファに据わっていた。
「今日は大変だったな。諸々準備とかさせてすまなかった」
「いえ、私としては楽しかったので問題ないですよ」
灯はふんわりとした笑顔を向けながらこちらを見てきた。
「星名さんに苦労させてばっかりだから、たまには俺の方から労わりたいんだけどな」
口からボロッとこぼれてしまった言葉は、灯にしっかりと聞こえていたらしく目をぱちくりさせていた。
「それなら……お願いがあります」
「お願い? 俺に叶えられることならなんでも聞いてやる」
灯は恥ずかしそうにしながらも口を開いた。
「清君から名前で呼ばれたいです……」
唐突に清の名前を呼ぶと同時に、名前で呼んでほしいと言ってきたのだ。
真剣な眼差しで見てくる透き通った水色の瞳は、全てを受け止める勇気があるように思わせてくる。それと、軽く体を寄せてくるのは清の逃げ道を無くすかのようだ。
「灯……ありがとう」
「いえ、こちらこそ。……清君」
また名前を呼んでくる灯は嬉しそうな表情を絶やさなかった。
「あ、灯、そろそろ遅い時間になるから部屋に戻って寝ようか」
「ふふ、そうですね」
軽く微笑んだ灯を横に二階へと上がった。
お互いが部屋に入ろうとしたとき、灯が話しかけてきた。
「私がいる限り、清君を一人にはさせませんよ。では、おやすみなさい」
「……ああ、おやすみ」
灯はそういうと静かにドアを閉じた。
(灯……君は本当に、忘れた過去を知っているからこそ心配しているのか)
清はそんなことを思いながら部屋に入った。
ベッドに横になるよう身を預けた。
「灯が居てくれる今が本当に幸せだよ。ありがとう」
そう小さく呟きながら、清は目を閉じた。
寝る前に頬を伝う水を流したのはいつぶりだろうか。
落ちた雫は、清の枕を静かに湿らせていくのだった。
この度は数ある小説の中から、私の小説を読んでいただきありがとうございます。
今回は慣れてきたのもあり早く書き終わったので投稿させていただきました。
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