六十三:灯す希望、という名の君の存在
「清くん、なにを悩んでいるのですか?」
灯は目の前のテーブルに紅茶の入ったカップを置きつつ、心配そうに聞いてくる。
ソファにくつろいで座っていた清は聞かれると思っておらず、すぐには言葉が出なかった。
灯は微笑みながら、清の隣にふわりと座ってくる。その時、透き通る水色の髪が小さく揺らめき、清の肌に優しく触れる。
微かなくすぐったさを感じながらも、清は落ちついて言葉を口にした。
「灯……俺が悩んでいるって、よくわかったな」
清が苦笑いしつつ誤魔化さずに言えば、灯は小さなため息を一つこぼし、ゆっくりと口を開く。
「私は誰よりも、清くんと長く一緒に居たのですから……それくらい、当然ですよ」
灯の言う「誰よりも」というのは、清の家族も含めているのだろう。
清は灯の優しさを嬉しく思いながら、今の悩みを打ち明けることにした。心の底から一番信頼できる、大切な存在に。
「灯。実はさ、ある夢をみたんだ」
「夢……ですか?」
「ああ。細かくは省くけど……見たことのない場所で、俺に灯、それから常和と心寧、ツクヨの五人で居たんだ」
「今のクラス、そのままの形ですね」
「そうだな。夢で見た光景は、俺と灯が魔法勝負をしていたんだ。見たことのない魔法に、本当の力っていう会話もしていたよ」
「そう、だったのですね」
「まあ、それで、悩んでいたのはこの夢を見たせいなんだ」
清が話終われば、灯は小さくうなずいた後、テーブルに置かれたカップを手に取り、静かに紅茶を口にする。
そして灯は小さく呼吸をし、ゆっくりと言葉を口にした。
「儚く散る夢は、どうあがいても夢のまま。それでも、夢が現実となり、目の前に舞い降りた時……清くんはどうしますか?」
「どうするって言われても……」
悩んだそぶりをすれば、灯は息を軽くこぼし、優しく微笑んでくる。
「ふふ、少しだけからかいすぎましたね。清くん、夢という名の未来を悩むのが悪いとは言いません。でも、未来ばかりを見て、今を見ない者に……本当の幸せ――いえ、未来は希望を灯しますか?」
灯の言っていることは、明らかに間違っていない。
今をおろそかにすれば、その先に待つ未来が孤独の絶望だと、過去に何度も痛感してきたはずだ。自分自身がそれを一番理解しているはずなのに、忘れていたのは愚か者だろう。
それなのに、灯はいつも静かに手を差し伸べ、隣に居て支えてくれていた。言うならば――心の救世主だ。
「すまない灯。そして、ありがとう」
「どういたしまして。迷い……晴れたみたいですね」
「ああ、おかげさまでな」
それから二人で顔を見合わせた後、静かに紅茶を啜る。
紅茶を飲んでいれば、灯は何かを思い出したのか、カップを静かに置いてから口を開いた。
「そういえば清くん、前に現実世界から帰る時、一つだけ持ち帰ったものがあるって言いましたよね?」
「あー、あの時は後で見せて欲しいって灯に言われて、結局見せていないよな」
「清くんが嫌じゃなければですが……今見せてもらえますか?」
「わかった。今出すから、少し待っていてくれ」
清は灯がうなずいたのを確認した後、手のひらに小さな魔法陣を展開した。
そして魔法陣からゆっくりと姿を現したのは――星の形をした、透明に透き通る魔力の宝石。
この星の形をした宝石は、気づいたときには魔力の源があるところに移っていた為、魔法陣から呼び出せるように清はしたのだ。
静かに様子を見ていた灯は、宝石を見た瞬間、小さく微笑む。
「久しぶりに感じましたよ……この懐かしい魔力」
「灯、懐かしいってどういうことだ?」
不思議に思いながらも灯に聞いてみたが、いずれわかりますよ、と言われたため答える気はないのだろう。
その時、灯が寄り添うように、そっと清の腕に体を寄せてくる。
「清くん……朝の連絡事項、ちゃんと聞いていましたか?」
「……すまない。聞いてない」
「はあ、でしょうね」
灯は分かっていたかのような微笑みをみせ、話を続けた。
「連絡事項で話されたことは、ゴールデンウィークが無い代わりに、四月の終盤に中間試験を行うようです。それと、五月の中旬に学校外行事を行うだとか……内容はお楽しみに、ということらしいですが」
「五月中旬のことはともかく、中間試験か……」
中間試験といっても、清と灯の通っている学校は実力主義の筆記試験となっている。そのため、魔法による格差が起きることはない。
一部例外としては、以前行われた「ペア試験」くらいだろう。
清は勉強が苦手というわけではないが、未だに過去を引きずることがある為、試験という言葉自体に苦手意識が存在している。
しかし、灯の隣に立っても恥ずかしくないようにという思いを込め、清は勉強に再度力を入れている分、いまさら中間試験に困ることは無いだろう。
「試験勉強、頑張るか」
清が小さく言葉をこぼすと、灯が思いついたかのように言葉を口にする。
「時間さえ合えばですが、四人で勉強会をしてみたいですね」
「確かにそうだな……お互いに苦手な部分を教え合えたら、楽しくできそうだし」
小さく呟くように言葉をこぼせば、灯が急に両手で手を握ってくる。清の手よりも小さい、温かく優しい手。
そして、透き通る水色の瞳でしっかりとこちらを見てくる。
「楽しそうですし……みんなで時間、合わせてみましょうか」
「そう、だな」
灯に手を握られつつ、目を真剣に見ながら言われたため、気づけば清は恥ずかしさの方が上にきていた。
灯は、私は何もしていませんよ、と言わんばかりに優しく微笑んでいる。
その時、灯が急にソファから立ち上がる。
「私と清くんの魔法勝負もやらないとですから、たのしくなりそうですね」
灯の言葉に、気持ちを鼓舞された清もソファから立ち上がった。
「どれも全力、だな!」
清がそう言うと、灯は静かに微笑んだ表情を見せ、手を優しく握ってくる。
「今日は料理のお手伝い……清くんにしてもらいますよ」
「いつも料理は全部やってもらっているんだ。たまには俺もできるってところを見せてやるよ。それに、灯を労わるって約束もしただろ」
小悪魔のように言ってくる灯に対抗するために、と言葉を返したのが間違いだったのだろうか。
灯は何も言わないでこちらを見たままだが、なぜか頬が赤みを帯び始めていた。
(こうゆう一面が、灯の可愛いとこだよな)
清は灯の手を包むように握り返し、二人でキッチンの方に向かった。
その日の夕食時は、新学年がまだまだ始まったばかりなのもあり、お互いのやりたい事の話題で話が尽きることは無かった。
この度は、数多ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございます!
唐突ですが、灯の名前に関する小ネタ情報!
灯の名前の由来は、輝く星のようにという意味で、灯と命名しましたが……もう一つの意味として、いつでも希望を灯す、という願いも込めた名前となっております。
物語の中でも今回はちょうど良い機会かなと思い、紹介させていただきました。
後書きを最後までお読みいただきありがとうございました!




