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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
一テン八章:goodbye to my past

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第五十七話:君と居たから知れる愛情

「灯の家、久しぶりだな」

「清くん……家どころか、庭にすら入ったことないですよね」

「……それは言わない約束だろ」


 清が苦笑いしながら言葉を返すも、事実ですからね、と灯に微笑みながら返される。

 灯には幼いころから気遣われているが、灯の家には一度も入ったことがない為、清はそわそわして落ち着かなかった。


「清くん、忘れもの取ってきますので……少しだけ待っていてください」

「はは、灯のことならいつまでも待っていてやるよ」

「あ、ありがとうございます」


 灯は感謝を言うと、ほんのりと頬を赤くしつつ、家の中へと姿を隠すように入っていった。


 灯は家に入ってから数分も経たないうちに、開いたドアから顔を覗かせ、呆れた表情でこっちに来て、と手招きをしているようだ。

 どうしたのかと思いつつも、灯の方に近寄れば呆れながらも口を開いた。


「清くん。何も言わず、中に入ってきてください」


 何も言わず、という言葉による謎の圧を灯から感じつつ、清はうなずいて家の中へと足を踏み入れた。

 数秒も経たずに、清は家に入ったことを後悔した。それは、目の前に現れた、というよりも待ち構えていた人物がいたからだ。

 灯が呆れるのも無理はないな、とその人物が口を開いた瞬間に思うこととなった。


「あら、あなたが黒井さん家の息子くんである、清くんね! 会えてよかったわ!」

「お母さん。清に抱きつくのは絶対にやめてね……」

「なーにー、灯? もしかして、奪われると思ったのかしら? 娘の彼氏を奪おうなんて野暮なことはしないから、安心しなさい」


 そう笑いながら答える人物は――灯の母のようだ。

 灯の母は女性にしては背丈が高いようで、一般の小柄な男性よりは高いとわかる。

 髪型はショートヘアをしており、髪色は透き通るような金髪だ。

 黒色の服に白色のスカートを合わせた清楚な服装からうかがえる、起伏に富むんだ体つきに整った体型は、田舎では理想の形だろう。

 そして綺麗な目鼻立ちに顔立ち、美人という言葉はこのためにあるとすら言える。

 話しを聞くだけで分かる明るくテンションが高い彼女は、誰もが近寄りやすいと思え、寄せ付けない印象を与えてこない。


 二人のやりとりに清が困惑していれば、灯が耳の傍に口を近づけ、小さく言葉を発した。


「清くん。今目の前でテンションが高いのは私のお母さんです」


 灯が呆れながらに言い終われば、灯の母は嬉しそうな表情で口を開いた。


「ふふ、灯が何を話したのか気になるわね。あ、自己紹介がまだだったわね! 私は星名(ほしの)満星(みらい)、灯の母よ」

「えっと、あ、俺は黒井清です。灯にはいつもお世話になっています」

「そうなのね! よかった……灯が一人じゃないって聞いて、お母さん安心したわ」


 満星はそう言うと灯が被っていたフードを脱がせ、灯が呆れた表情をしつつもヘアゴムを外せば、灯の髪を慣れた手つきで梳かし始めた。

 数分で灯の髪を綺麗なストレートヘアーにすると、満星は思い出したかのように言葉を口にした。


「立ち話もなんだから、リビングの方で話しましょうか! それに見た感じ、二人はお昼食べてなさそうだし……お蕎麦作り置きしてあるから食べていったら?」

「……お母さん、また最初から作ったの?」

「灯。うちのお蕎麦はいつも一からよ?」

「清くん、今は何を言っても無駄ですから、時間も十分にありますので食べていきましょうか」

「灯がそういうなら」


 清は流されるままリビングに通され、いつの間にか椅子に腰を下ろしている状態だ。

 それから数分が経ち、テーブルの上には三人分のお茶と蕎麦が用意され、色を添える様に一凛の赤い花が置かれた。

 料理の用意は全て灯がしたようで、満星はその慣れた仕草を絶賛している。


 用意された料理に感謝の言葉を告げ、清は蕎麦を口にした。その瞬間口の中に広がるのは、しっかりとした蕎麦の風味に、特製のつゆと交わることによるコクの出る美味しさは、清の表情に笑顔を咲かせた。


「……美味しい」

「灯……良い彼氏を持ったわね。そういえば、二人はどういった関係なのかしら?」


 満星から聞かれた言葉に、清と灯は二人してむせたのだ。

 清はそもそも灯に告白すらしておらず、彼氏とは程遠い存在だ。


「お母さん。関係も何も、清の家に私が住まわせてもらっているだけだから」

「あら、二人は同居していたのね! 娘が良い彼氏さんと一緒に住んでいるなんて、お母さん嬉しいわ」

「……清くん、薄々感づいているとは思いますが、私のお母さんはポジティブ思考でテンション高めなので……まともに付き合おう、なんて考えなくていいですからね」


 灯がドアから顔を覗かせた時に呆れたような表情をしていたのは、こちらが満星に振り回されるのを考慮してのことだったのだろう。

 清が少し笑いつつも「別に大丈夫だよ」と灯に言えば、照れたように頬を赤くしていた。

 その二人の様子を見ていた満星は、真剣な表情で清の方を見てくる。


「清くん、私から一つだけお願いしたいの、いいかな?」

「えっと……はい」

「その子……灯はね、父が行方不明になって以降、何かとため込んで我慢しがちだから面倒をみてほしいの」

「……灯のお母様、わかりました」


 清にお母様、と言われたのが嬉しかったのか、満星は満面の笑みで二人をニヤニヤと見てくる。

 話題の中心である灯は「本人の居る前で言うことなの?」と完全に呆れた様子を見せていた。

 満星は灯の機嫌を宥めながらも、ある言葉を口にした。


「清くん……これは星名家の教育方針ではあるのだけどね、子供には伸び伸びと成長してほしいって、夫の月夜(げつや)と決めているのよ」


(……え? つい最近、どこかで同じようなことを聞いた気が)


 清は満星の言葉に疑問を抱きつつも、灯と付き合っているかなどの質問攻めを、蕎麦を食べつつ楽しく答え続けた。


 数時間経っても清と満星が話に花を咲かせている中、ふと窓の外を見た灯が口を開いた。


「お母さん、ごめんね。もうそろそろ帰らないといけないみたい」

「そう……それは残念ね。でも、仕方ないわよね」


 満星はそういうと椅子から立ち上がりながら、言葉を再度口にした。


「清くん、今日は来てくれてありがとうね! おかげで娘への心配が晴れたわ」


 灯は清との魔法勝負がきっかけで帰れなくなってしまった為、満星は今まで心配していたのだろう。

 灯が自分との関わりで満星に心配かけさせてしまったことを悪く思いつつ、清は何も言わずにお辞儀した。


 三人で玄関の方に向かい、玄関で靴に履き替えようとした時、満星が清に制止の声をかけてくる。

 また灯は「……先に帰る準備していますね」と言い、ドアを開けて外の方へと姿を隠した。

 灯が玄関から出たのを見計らった後、満星はある言葉を口にする。


「あの子はさみしがり屋なくせに、我慢強くて、何かと心配性だけど……苦労するかもしれないけど、あっちに帰っても娘をお願いね」


 この言葉は、灯を託されている、と受け取っても間違いはないのだろう。


「――灯は自分が幸せにします」


 これは本人が居ない前での、灯の母親に対して、娘をもらう宣言だ。

 清がキッパリと言い切れば、満星は拍手をして満面の笑みをしている。


「その覚悟、心配なさそうね! あの子が外で待ちくたびれる前に出ましょうか」


 清は満星の言葉にうなずき、ドアをゆっくりと開けた。

 その瞬間、オレンジ色の光が視界に輝きながら差し込み、透き通る水色の髪を持った最愛なる彼女を――今まで以上に美しく見せた。


この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。

灯の母親は清くんが心から安心できる程、とても良い存在みたいですね。

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