第五十六話:過去からの希望を紡ぐ者
「紡」
清は紡という弟の名を呼びながら、ドアをとても優しくノックした。……ノックの音は聞こえるはずもない。
それでも中からは「入っていいよ」と聞きなれた声がした。清の声よりは少し低く、それでも芯があり、母譲りの響くような声だ。
言葉を聞いた清はドアノブに手をかけ、ゆっくりとドアを開いた。
「久しぶり、紡」
「……うん、清」
弟ということもあり、容姿は清よりも身長が少し低く、多少太っているのを除けば似た者同士だろう。しかし、目つきの鋭さや雰囲気から醸し出される威圧感は、明らかに一線を画している。
清は紡の姿を見つつ、慣れた感覚でベッドの上へと腰を下ろした。
「紡、最近の調子はどうだ?」
「今更何をしに来たん?」
紡の反応はやはりというか、こちらの質問に答える気がないと瞬時にわかる。
自分の話を無視されることに、これが日常であった清は慣れている為、苦笑いしつつも紡の質問に答えた。
「父様、母様と話に来ただけだよ。そのついでに、お前の様子を見に来ただけだ」
「ふーん、そうなんだ」
「話しているだけだとあれだしさ、久しぶりに一緒にゲームでもしないか?」
清は魔法世界にないテレビの方を指さしつつ、紡にゲームの誘いを持ちかけた。
紡はうなずいた後、テレビの電源をつけてから隣に座ってきた。こちらの誘いに乗ってくれたのだ。
そしてこれが、弟という名の紡と刻める、現実世界で最後の記憶になるのだろう。
「いつもやってたやつでいい?」
「ああ、好きなやつで俺は構わないから」
「……おまえ、良い意味で気持ち悪いくらい変わった」
紡は褒めているつもりだろうが、あまり褒められている気はしない。しかし、家族と過ごしていた時よりも、格段に変わったのは事実だ。
清が過去の記憶を思い出していれば、紡は黙ったまま、コントローラーを清に軽く投げてくる。
そして起動されたゲームは、相手のキャラクターを画面外にぶっとばすゲームだ。
(最後に遊んだのは二年以上前なのに……懐かしいな)
……昔ならば楽しく話してやっていたゲームも、今は無言の時間が続いていた。だが、弟と遊べるこの感覚はとても楽しく、これだけは昔と変わっていないのだろう。
「清はさ、どうして今になって戻ってきたん?」
「ああ……紡にもわかりやすく言えば、家族と決別するため、かな」
テレビ画面を見ていた紡は、コントローラーを手から離し、清の方に顔を向けてくる。その目はまるで、赤の他人を見る時と同じ目だ。
「あのさ、ここは今の清が居ていいような場所じゃないから。用が済んだら無事に……魔法世界に早く帰るんだよ」
清はそんな紡の優しい言葉に、瞳を閉じて小さくうなずいた。
「心配しなくても大丈夫だから。俺は最後に、紡という名の弟と……大切な思い出を刻みたかっただけだから」
紡は、そうなんだ、と興味がなさそうにテレビの方へと視線を戻していた。
思い出を作りたかった、と直接言えば紡が怒るとわかっていた清は、敢えて別の言い方をしたのだ。
上手くなったな、と紡に言葉を添えて、清は紡と笑い合いながらゲームを再開した。
近くの時計を見ればあれから一時間は遊んでいたらしく、時計の針は十一時半を示している。
「紡、俺はそろそろ帰るよ」
「――ちょっと待って!」
紡はそう言うと、慌ててベッドから立ち上がり、机の上に置かれていた箱を清の前に差し出してくる。
紡が箱を開ければ、中からは光と共に、星の形をした宝石のような物が姿を見せた。また、宝石からは微かだが、自分と同じ魔力を感じとれる。
「これ、返す」
「……これは?」
「忘れたん? 清が魔法世界に行く前『俺が現実世界に帰ってくる時まで、紡が預かっておいてくれ』って言って渡してきたやつ」
この瞬間――清の中で形そのままに空いていた記憶の穴は、紡の言葉で過去の記憶が戻り、形を埋める欠片が静かに形成された。
過去の清は魔法世界に行く前日、その時の自身の魔法を使い、魔力の形をそのままに圧縮した星の宝石を創り、紡に希望として託していたのだ。
「すまない……忘れていた。今まで預かってくれて、ありがとう、紡」
感謝を言いつつ、紡の手から宝石の入った箱を受け取った。
宝石は箱に入っているにも関わらず、これが本当の自身の魔力である、と感覚的に伝えてくる。それでも自分の魔力に変化が起きないのは、他の何かが足りていないのだろう。
(……この宝石のこと、後で灯に伝えるか)
そう思いつつベッドから立ち上がり、清はドアの方へと歩を進めた。
「紡、じゃあな」
「じゃっ」
紡との言葉は多く交わさない、これがいつもの日常で、最後の音になるのだから。
外に出ようと玄関で靴を履いていた時、後ろから足音が聞こえてくる。
「睨むな。見送りに来ただけだ」
「……父様。別に見送りとかしなくていいから」
「清、最後くらいは素直に言う事を聞いとけ」
父は引き下がる気が無いらしく、靴を履き隣に立ってくる。
清が呆れつつもドアを開けて外に出れば、庭の中央には灰色のローブで自身の身を隠した少女――灯が立っていたのだ。
目の前の光景に驚いていれば、後から出てきた父がゆっくりと口を開いた。
「清、今まで辛い思いをさせて、本当にすまなかった。兄弟の中でも、お前には圧をかけすぎたのかも知れねぇな。あっちに帰ったら、星名さん家の娘さんとちゃんと仲良くしろよ」
父は最後にそう言い残すと、灯の方を向いて深くお辞儀をした後、家の中へと戻り姿を消した。
父から言われた言葉に清は驚きつつも、庭で待っている灯の方へと駆け寄った。
「灯、長く待たせてすまない」
「別に謝る事じゃないですよ。私が今も待っているのは、清くんの謝る言葉ではないですから」
「――灯。家族との話、全てにケリをつけたよ」
「ふふ、それならよかったです」
灯はそう言いながら、清の手を優しく握ってくる。
「清くん、今度は私の予定に付き合ってもらいますよ」
「灯の家に行くんだよな?」
「そうですね」
灯に握られた手を引かれ、清は自分の家だった場所を後にした。
灯の家に向かっている最中に吹いた小さな風は、とても優しく肌を撫で、握った小さな手との距離を……静かに縮めさせる。
そんな二人を照らし続ける日差しは、一番高い位置に差し掛かろうとしていた。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
清くんの家族との話はこれで終わりとなります。
次回は……灯の家でお会いしましょう!




