第五十五話:さようなら、操り人形だった自分
小さな音が鳴り終わった後、ドアが開き、過去に見覚えのある姿が視界に写りこむ。清の父だ。
こちらを視認するなり、ギロリと睨みつけるような目で見てくる
清は圧迫されるような視線に、過去の恐怖が蘇り息を呑んだ
(――決別するため、今の覚悟を話すために来たんだ)
清が意思を伝えようと口を開こうとした時、父の方が先に言葉を口にした。
「今更何をしに来た? すぐに泣く弱虫がよ」
低いトーンの中にしっかりとした芯があり、男の中でも強さと深みのある父の声。更には、大人だという威厳を本気で感じさせる風格。
世間一般で言う、目に見てわかる圧、というものだろう。
清は両手に拳をつくり、父をしっかりと見て、伝えたい思いを口にした。
「父様、話をつけに戻ってきた」
「逆らうような態度――俺への反抗は反抗期でも許さねぇって言ったよな。……今は見逃してやる、家に入れ、話くらいは聞いてやる」
「ありがとう」
父の前では何の意味もなさない言葉は無視され、見慣れたリビングへと速やかに案内される。
清が指定された椅子に座るのと同時に、階段の方から足音が大きく響いてくる。
そして、足音を響かせながらリビングに姿を見せた。清の母だ。
「まこと、心配したんだよ! そんな魔石なんて捨てて、一緒に住もう? ね?」
耳に響くような高い声は、母だという事実を脳に直接語り掛けてくる。
そしてこの母の過保護気質に、何度も未来を狭められてきた。こちらの苦労を知らないから、母はこのような事を言えるのだろう。
――灯に言われたあの時の言葉がなければ、この場で手を出し、怒りに身を任せ、悪に落ちていたのかもしれない。
その時、目の前に出された麦茶と共に、父の制止が入ったのだ。
「うるせえ。お前は少し黙ってろ。話したい事があるんだろ? 話していいから言ってみな」
向かい側の椅子に父は腰を下ろしながら、初めて話すことの許可をくれたのだ。その言葉は、話すことすらも規制してきた、あの面影すらも思い出させてくる。
清は軽く呼吸をして、今の気持ちを伝えるために言葉を紡いだ。
「話は二つある。一つ目は、家族との訣別だ。そして二つ目は、俺は魔法世界で――最高の仲間と共に今後は暮らすと決めたことだ」
言葉を紡いでいく中、父と母は黙ってこちらをしっかりと見たまま、静かに聞き入れてくれていた。
「家族との訣別に関してだけど、二人に育ててもらったことは感謝しているよ。でも、権力構成の関係に、弟以外を家族だと思ったことは正直ない。俺は自分として今を生きている。だから、二人の操り人形としての自分はもう――あの日、さようならしたから」
清が最後に笑顔を見せて言い切ると、今まで静かに聞いていた母はテーブルを強く叩き、口を開いた。
「ねえ、あんたはなんでそうやって好き勝手なことをいえるわけ!? まことが怪我や病気にならないか、心配しているのがどうしてわからないの!」
母がこの状態になれば、もはや呆れるしかない。
簡単に言っても馬鹿だからこそ、周りが見えていないし、感情任せに怒ることが前から多かったのだ。しかし、今回の引き金はこちらにある。
家中は愚か外にも響く声で怒り続ける母に、父は口を開いた。
「おい、おまえは怒りすぎだ。もう黙れ」
父のその一言が、怒っていた母を静かにさせる。
「清。前にも言ったけどさ、俺に逆らうんなら別にいらねぇから、どこにでも勝手に出ていけ。……二つ目の話はしっかりと聞いてやるから、今ちゃんと話せ」
父の今の言葉は、最後の慈悲という名の、見えている権力の裏に隠れた優しさなのだろう。
今にでも追い出されると思っていた清は、父の発言に驚きつつも、ゆっくりと口を開く。
「最初にも言ったけど、今後は魔法世界で暮らす気でいるんだ。それに今は、魔法世界で最高の親友、常和に心寧もいるから」
「心寧……ああ、美咲さんの娘さんの名か」
「父様、何で心寧の名字を?」
「その娘さんのお父さんとは顔見知りでな。で、悪いか?」
「……え?」
「別におまえが気にすることじゃねえ。ほら、話にはまだ続きがあるんだろ? 早く言え」
ツクヨの時もそうだが、心寧のお父さんは一体何者なのだろうか。
(過去に一度会ったことがあるとはいえ……謎すぎる)
清は疑問を抱きつつも、一呼吸置き、言葉を綴りなおした。
「二人もよく知っていると思うけど、俺が過去に隠れて一緒に遊んでいた星名。今は一緒に暮らしているんだ。俺は、星名灯と今後も一緒に暮らす気でいる――いや、暮らす」
「俺には関係ない、好きにしろ。ただし、今から言う三つの約束だけは、最低限でも守れ」
「三つの……約束?」
父は清の言葉に強くうなずいた後、口を開いた。
「ああ、まず一つ目だ。どうせ星名さんのお世話になるんだから、しっかりちゃんと労わってやること。そして二つ目、星名さんと末永く幸せでいること。最後に三つ目……清、お前はお前らしく、清という自分らしく生きろ。俺から言える事は以上だ」
もはや灯と結婚前提のようなこの約束は、不思議にすら思えるのに、どこか後押ししてくれているとすら思える。
それよりも清が驚いたのは『清という自分らしく生きろ』という言葉だ。父からは絶対に言われない、と清は思っていた言葉だからこそ、心のどこかに嬉しさが芽生えていた。
「父様、それくらいわかっているよ」
父に向かって言った小さな言葉は、最後に送る小さな反抗だ。
「じゃ、話したかったことはこれだけだから」
椅子から立ち上がり、リビングを去ろうとした――その時だった。
「まこと、ちょっと待って!」
「母様? どうしたの?」
「あのね、最後に紡に会ってから……帰るなら帰って欲しいの。別に、まことを止めようってわけじゃないの。ただ……」
清を止める小さくとも響くような母の声は、どこか悲しげに聞こえてくる。
そして紡という、弟の名前を出してきたあたり、何か事情があることだけは事実だろう。
「まことが居なくなっていこう、紡はずっと寂しそうだったから……顔だけでも見せてあげて欲しいの」
清は兄でもあり、弟でもある。だからこそ、弟が兄を失う気持ち、兄が弟を失う気持ちは誰よりも理解しているつもりだ。
清は母の方を見ずに、父の方に顔を合わせてから口を開いた。
「あいつは今どこに?」
「紡なら、いつもの部屋に居る」
「……あいつと会ってから帰ってもいいか?」
「清の好きにしろ」
清は父の許しを得た後、紡の居るいつもの部屋……リビングと同じ一階にある、弟の部屋へと向かった。
清が魔法世界で住んでいる家は、現実世界のこの家を無意識のうちに元にして、自身の魔法で同じように建てていたのだ。そのため、しばらく住んでいなかったにも関わらず、全ての部屋の位置は自然とわかっていた。
(紡の部屋はここか……本当に変わっていないんだな)
リビングから歩いて一分もかからない場所に弟の部屋はある為、迷うことは一切ない。
清は久しぶりに弟に会える、という興奮しそうな気持ちを押さえつつ、ドアの方へと手を伸ばした。




