第五十四話:現実世界、覚悟の音が鳴る
清は意識がぼんやりしつつも着替えを終えた後、窓のカーテンを開けた。
その視界に入ってくるのは、輝いて生き続けるきれいな星々だ。
ふと机の上に置いてある時計へと目をやった。
「……午前四時か。灯と現実世界に行く約束の時間が近いな」
清は小さく呟いた後、階段を下りてリビングの方へと向かった。
灯は先に起きていたらしく、リビングは電気がついており、キッチンのテーブルの上には朝ご飯が用意されていた。
テーブルに置かれた料理を見ていると、ソファのある方から声が聞こえてくる。
「……清くん、おはようございます。眠れましたか?」
「灯、おはよう。ああ、おかげさまでな……灯は?」
「ふふ、私も大丈夫ですよ」
灯はソファに座って清が下りてくるのを待っていたようで、その場を立ち上がり清の方に近寄ってくる。
この時の灯の服装は、学校のとは別物のローブらしく、フードが付いた羽織らないタイプのローブをしっかりと着こなしていた。また、透き通る水色の髪はヘアゴムで一つに束ねられており、学校で見慣れたポニーテールをしている。
「清くん、とりあえずは朝ご飯を食べましょうか」
「わかった。いつもありがとうな、灯」
……清と灯は朝ご飯を食べ終わった後、辺り一面が薄暗い庭へと出ていた。
朝ご飯を食べている際に、気持ちの準備が改めて完了した清は、現実世界に行く覚悟はしっかりと決まっている。
庭に出てから少し歩いたところで、灯は足を止めた。
「清くん、少しだけ私の後ろに居てください」
灯の言葉に、清は何も言わずに従った。
その様子を見ていた灯は、前を向きなおして口を開いた。
「星と星は虚空で光の道を創りて、現実と魔法の世界を繋ぐ線となる」
灯が詠唱を終えると、時空が歪んだように目の前の風景は姿形を変え、歪んだ空間が現れたのだ。
これが以前から聞いていた、世界を行き来する力なのだろう。
歪んだ空間に軽く動揺していれば、灯が手を差し伸べてきていた。
「清くん、この空間に入ったら……後戻りは出来ませんよ。覚悟はできていますか?」
「灯、覚悟はできているよ。……ありがとう」
感謝を告げた後、灯から差し伸べられた手を優しく握り、もう一度覚悟を決めた。
「入った後、絶対にこの手を離さないでくださいね」
その言葉に小さくうなずき、灯と共に空間へと足を踏み入れた。
入ってから後ろを見れば、入り口は歪みを戻しながら消えていた。
空間の中は先の見えない黒い世界が一面に広がっており、足場は白い光が導くかのように一直線に続き、周りに星のような小さな光が輝いている。例えるのなら、星の輝く夜道が一番近いのだろう。
灯はこの空間に詳しいようで、優しく手を引かれるままに、二人でただひたすらに歩き続けた。
そんな中、黙っていた灯は小さく口を開いた。
「清くん、虚空の意味を知っていますか?」
「ああ、それくらいは本で読んだことがある」
虚空とは、簡単に言ってしまえば何もない空間のようなものだ。今まさに歩いている、この空間そのものを指していると言っても過言ではないだろう。
「それならよかったです。虚空の意味と詠唱の言葉も含めて、私はこの空間のことを『星の導』と呼んでいます」
この名もないような空間に、星の導という名前を付けてあげる灯はとても優しいのだろう。
(灯は本当に星が好きだよな……)
そしてまたしばらく無言で歩き続けていれば、灯は握っていた手を少し強くしてくる。
「清くん、改めて聞きますが――家族と会い、何を話す気ですか?」
灯は理由を知っているうえで、改めて聞いてきているのだろう。
自分が家族と再度向き合うことを、灯はあまり望んでいないのだ。それは、家族と再度会って話すことにより、今あるこの気持ちが壊れてしまうかもしれない、と危惧しているからだろう。
灯の心配してくれる気持ちはありがたいが、自分が決めたことを受け止めきれないほど弱くない、と内心は思っている。
「魔法世界で仲間と共に暮らすこと。そして、今の俺は家族の操り人形としてはさようならしている、と……この二つを話す気でいるよ」
「ふふ。それだけ覚悟が決まっているのなら、過度に心配する必要はなさそうですね」
小さく微笑みながら言う灯は、覚悟を認めてくれたってことだろうか。
清は灯に聞こえるか聞こえないくらいの声で小さく、ありがとう、と言葉を口にしていた。普段から二人の間にある魔法の言葉、ありがとうを。
感謝を口にしてから、少し歩いたところで小さな一筋の光が差し込んでくる。
「そろそろ空間の終着点です。……清くん、私は現実世界でこの髪を見られるわけにはいかないので――」
「灯、言わなくてもわかっているよ。その服装を見た時からな……」
灯は清の言葉を聞いて嬉しそうな微笑みを見せた後、フードを優しく被り、透き通る水色の髪を覆い隠した。
水色の前髪がチラリと見えている今の灯の姿は、透き通る水色の瞳も相まってか、どことなくツクヨと似たような印象を感じさせてくる。
そんなことを思っていれば終着点についたようで、灯は足を止めていた。
「この先が、私達が過去に暮らしていた世界――現実世界ですよ」
「……やっと着いたんだな」
「ええ。それと清くん、星の導の空間内に入ってから時間がずれているので、現実世界は十時くらいになっていると思っておいてください」
(確か家を出たのが四時半くらいで、ここまで歩くのにおおよそ一時間くらいか……)
魔法世界と現実世界は何かと時間がずれているらしく、灯の言葉からするに、四時間ほどは時差があるのだろう。
清は灯の手をしっかりと握り直し、歪んだ空間の出入り口へと二人で足を踏み入れた。
空間から出た瞬間、清は見えた光景に深く息を呑んだ。
「ここは……」
「ええ、清くんと私の家の近くにある……星の魔石を拾った草原」
清と灯の住んでいたところは、都会が近くにある田舎のような場所で、自然豊かなところだ。そのため、家が一か所の地域に集中しているのもあり、草原らしきところがあるのはそう珍しくない。
灯は言い終えると、清が住んでいた家の方に向かって静かに歩き出した。それを見た清も、後を追うようにその場を後にした。
……庭の広さは相変わらず、といったところだろうか。
清が住んでいた家の庭は、田舎の中では他と比べて明らかに広い。
「清くん、私が付き添えるのは一旦ここまでです」
その時、灯は黙っていた口をゆっくりと開いた。
「あ、実家に一人で戻るわけではないですよ。清くんが家族と話し終わるまで、私は待っていますから」
家の庭前付近で、灯から言われた言葉に清は軽く震えた。
家族が怖いというわけではないが、灯の小さな気遣いに心からの感謝をしたせいだろうか。
灯は多くを言わないが、家族との話を絶対に邪魔しない、というのを遠回しに伝えているのだろう。
「わかった――頑張るよ」
清が灯に笑顔で言えば、灯は頬を赤くし始め、誤魔化すかのように清の背を優しくも強く押した。それはまるで、覚悟の後押しをしているかのように。
それから清は広い庭を歩き、玄関前までたどり着いた。
(家族と決別するために来たんだ……覚悟を、決めろ)
清がしっかりと腕を伸ばして押したインターホンから、低い音が鳴る。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
今話より第一章の最終幕、一テン八章始まりました。
本日を含め、この五日間は毎日一話ずつ投稿になりますので、一テン八章の終わりまでお付き合いしていただければ幸いです。




