第五十三話:君に告げる未来への約束
日がオレンジ色に輝きだす空の下、静かな空間に二つの足音は響き渡る。
風が肌を撫でてそっと吹いたとき、透き通る水色の髪と瞳を持つ少女はゆっくりと口を開いた。
「清くん。こうやって二人で行けるの、嬉しいです」
「灯。どこに向かっている、とは一言も言ってないんだが?」
からかうように灯に言えば、そうですね、と微笑みながら言葉を返される。からかったつもりなのに、こちらが逆に恥ずかしさを覚えそうだ。
清は恥ずかしさを誤魔化しながらも、ふと灯の方を見た。
灯の服装は出かけることもあってか、手首にフリルが控えめに付いた白色の長袖ブラウスに、その上から水色のカーディガンをしっかりと着こなしている。
そしてふわりとした印象の中に、ボトムが足のラインを意識させてくるきっちりとしたデニムの為か、清としては目のやりように困るとしか言いようがなかった。
(……この服装が無意識なら、俺は男として見られているのか不安だ)
清は灯の姿を見たくないというわけではないが、今の灯の姿は純粋な男からしてみれば、視線を逸らさずにはいられない毒そのものだろう。
「……清くん、どうかしましたか?」
「え、あ、いや、別に。本当に春休みなんだなって」
「その言い淀みは気になりますが、確かにそうですよね」
「だろ。常和達とも遊んだりはしたけどさ、時間が過ぎるのは、早いな……」
あの日以降の時間というものは無慈悲で、あっという間に学校は春休みに入り、二人……いや、常和や心寧も含めた四人で清達は休みを過ごしてきた。
また、春休みに入る際は急な発表のこともあり、珍しい事件と思われて魔法で騒ぎが起こったほどだ。怪我人や退学者が出なかったのは、不幸中の幸いと言ったところだろう。
魔法のような時間は気づけば二十七日となり、あの日約束した場所に、清は灯と一緒に向かっている最中だ。
ある場所まで近くなり始めた時、灯は清と繋いでいた小さな手を、優しくも力強くぎゅっとした。
(灯らしいな……この可愛らしい仕草)
町の至るところで桃色の花びらが見えている中、この場所だけは緑豊かに木々や草花が生い茂っている。
清は灯の手をしっかりと握り直し、けもの道となりつつある場所を歩き抜け、木に囲まれた草原へと出る。
「ここに来るの……久しぶりだな」
「ええ。……清くんと共に生活をするきっかけとなった、再会の草原」
「そうだな。夜まで少し時間もあるし、出会った時の出来事を思い出しながら話したいんだけど……灯、いいか?」
「いいですよ。それに、断る理由なんてないですから」
「ありがとうな」
嬉しそうな表情で言う灯に、清は気づけば感謝を口にしていた。
木よりも高い位置にあるオレンジ色の日が差し込む中、灯がその場に座るのを見た後、背中を合わせるように清もゆっくりと座る。
ぴくり、と微かに震えた感触が背中を伝う。それと同時に、灯の細い指は清の指の隙間を通り、離さないといわんばかりに絡めてきている。
小さく恥ずかしそうな声で、馬鹿、と聞こえてきたが気のせいだろう。
「灯。ここで初めて会った時はさ、二人で星を見ながら話したよな」
「ええ。自己紹介をして、それから要注意危険人物の話……魔法勝負もしましたね」
「そうだな、驚く出来事ばかりだったよ。……今思えばさ、あの時の灯は他人行儀を演じていたってことだよな?」
今ではこんなにも灯と親しい中だが、会った頃は完全に赤の他人だと思っていたほどだ。その時は記憶を忘れていたから、といってしまえばそれまでだろうか。
「そうですね……演じるの、大変でしたよ」
呆れながら言う灯に「それはすまないな」と返せば、小さく笑う灯の振動が背中を通して伝わってくる。
この先の未来でも思い出に花を咲かせて笑い合えていたらな、と思うのは灯の事が誰よりも好きということだろうか。もしくは、灯をこの手から離したくない、というワガママなエゴだろう。
思い出話に花を添えていれば、時間が経つのは早く、夕日を隠す夜の帳は完全に落ちていた。
清は音を立てずにその場を立ち上がり、そっと灯の横に腰を下ろした。
灯は清が急に立ち上がったことを不安に思ったのか、清の方へと静かに体を寄せてくる。
(……風は少し冷えているのに、灯はいつも温かいな)
ふと夜空を見上げれば、数多ある星は綺麗に輝いており、神秘的な光景だ。
隣からは「わあー」と可愛らしくも、どこか子供らしさを感じさせる声が聞こえてくる。
灯と同じくらい星が好きなため、自然と声を出したくなるのはわかるが……灯の隣では冷静でいたい、という葛藤がある為、清は声を出すのを心の中だけで抑えていた。
「星、綺麗だな」
「ええ、そうですね」
「……灯と見られて、俺は幸せ者だよ」
「もう……それは私も、ですよ。あ、そうでした」
灯は何かを思い出したようで、持参したカバンの中を探っている。
そして取り出されたのは、何度も目にしている二つの包み布だ。
「清くん、これをどうぞ。おにぎりですよ」
「ありがとう。いつもすまないな」
感謝しつつ灯から受け取った時、清はあることに気がついた。それは、灯の手が微かに震えていたのだ。
寒すぎるというほど空気は冷えてはいないが、灯が冷え症であることを考えれば少し肌寒いだろう。
「……灯、今日はこれで我慢してくれないか」
清は自分の太ももの上に包み布を置いた後、そっと手を伸ばし、灯の手を優しく包み込むように握った。
やはりというか、灯の手は少し冷たく、温めてあげたいと思えてしまう。
ふと灯の方に目を向ければ、嬉しそうな笑みを浮かべている。
「我慢はしませんよ」
「え、あ、すまん」
「そういう意味では無くて、嬉しいという意味ですよ」
嬉しそうな笑みを浮かべながら灯に言われ、心臓の鼓動は早さを増してくる。
息を深く吐きながら気持ちを落ち着けつつ、清は心の底で決めていた覚悟を――言葉として口にした。
「あのさ、灯……いずれは絶対に言うから、その……隣をその時までは空けといてくれないか」
このような発言は、傍から見れば告白も同然だろう。
灯を誰よりも大事にしたいから、優しい笑顔を守りたいから……そんな考えもあるが、何よりも他の人には灯を奪われたくない為の、未来に向けた告白という名の約束だ。
灯は清の言葉に一瞬驚いて硬直していたが、硬直が解けると小さな笑みをこぼしながら、ゆっくりと口を開いた。
「ふふ、それはどういう意味で?」
「灯はどういう意味だと思う?」
清がそう返せば、灯は軽く息をこぼしながらも言葉を口にする。
「……もう。清くんは本当に鈍感で、それなのに優しすぎるほど……真面目の大馬鹿者で、ズルいですよ」
灯の言葉を聞き、清は握っていた灯の手を優しくも強く、温かく握り直した。
「……本当にズルいのは、どっちだよ」
そんな小さな囁きは、灯の身体を微かに震えさせていたことに、清が気づくことはなかった。
あれから星を見続けて数分ほど過ぎただろう。
清は静かに立ち上がり、灯にそっと声をかけた。
「灯、そろそろ帰るか」
灯は何も言わずにうなずき、その場を立ち上がった。
そして寄り添うように、清の腕を抱きしめるかの様に張り付いてくる。
ブラウス越しの小さなふくらみが腕にしっかりと当たり、灯のふくよかな柔らかさと温かさを感じさせてくる。
(……心臓に悪い)
灯に胸が当たっている、と言いたいが、諦めて黙っておくべきなのだろうか。
清が意識を逸らしながらも歩き出そうとすれば、腕に抱きついていた灯は小さく口を開いた。
「……魔法のような草原」
「ああ、そうだな」
灯の言う通り、ここは魔法のような再開をした草原――二人だけの秘密、魔法のような草原。
清は抱きつかれた腕とは逆の手で、灯の頭を優しく撫でながらも、帰路に向かって歩き出した。
その時、雲の中から差し込んだうっすらとした月明かりは、清と灯を見送るように、二人の背中を静かに照らし続けた。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
第三部はこれにて完結となります。いつも読んでくださる読者様方、本当にありがとうございます!
そして前回も後書きにて触れましたがこの次は「一テン八章」現実世界編が第一章の最終幕として始まります。
※補足としまして、現実世界での出来事は、全て一日の中で行われる話として収まる形となります。
長くなりましたが最後に、五十四話から行われる清くんと灯の二人による現実世界編、優しく見守っていただけると幸いです。




