第五十一話:未来に動きだした過去の歯車
次の日は授業が自習になり、いつもの四人で図書室の机を囲んでいた。
頼れる二人の女子が居るから、といって一緒に勉強するかと言えば、否だろう。
近くにノートを開いて勉強する姿勢と見せかけて、実際は常和と話しているだけだ。
灯と心寧の方をチラリと見れば、向かい合い徹底した勉強方法を教えあっているのが見えた。
男二人が話して時間を潰そうとしている中、真剣に頑張り合う灯と心寧の努力には尊敬しかない。
(なんか申し訳ないし……灯に後でご褒美でも買っておくか)
ふと考え事をした意識を戻した時、常和が言葉を止めていた。また、同じ瞬間に心寧も手を止めたらしく、灯が心配そうにしている。
どうしたのかと聞こうとした時、常和は口を開いた。
「清に星名さん、俺らから二人に話があるんだ」
「常和と心寧の二人から?」
「うん。うちらの今の危険度。それを二人にだけは話したいと思ったの」
「私と清くんが現状で知っている二人の危険度は……危険人物、でしたよね」
灯の言葉に二人して静かにうなずいた後、常和は本題を切り出した。
「まあ、答えから先に言うとさ、俺らは正式に要注意危険人物に認定されたんだよ」
「遅かれ早かれ、こうなるのはペア試験の組み合わせを見た瞬間からわかってはいたけどね」
ペア試験という言葉を心寧から聞き、一つの記憶が知識の棚から蘇る。
ペア試験が終わった後、常和と心寧は管理者に呼び出されていた、その時にでも話をされたのだろうと察しがつく。しかし、なぜ今更になってという疑問が同時に浮かんでくる。
常和は実質的に要注意危険人物である、と本人から相談を受けていた為、少し考えれば納得がいく。
しかし問題は心寧の方だろう。以前魔法について触れた際、心寧は他言無用だよ、と清に圧をかけてきた程だ。
管理者が四人の魔法勝負を見て、心寧の魔法の原理を理解した、と思うのが妥当だろう。
「つまり、ペア試験の後の話になりますよね?」
「そうだよ、あかりー。ペア試験が終わった後、うちらが呼び出されたのは知ってるでしょ?」
「その内容を簡単に話すとさ、星の魔石の使い手である清に星名さん……二人を相手に俺らは普通の魔石で対等に渡り合った。そして他の魔法使いと比べても実力が高ければどうなるか、清ならわかるだろ?」
「要注意危険人物になるのは免れない、か」
常和がそう言う事だ、と言ってうなずいたため、清の見解は間違いでなかったようだ。
「ちなみに、心寧は更に別途案件で要注意危険人物になった」
「え、なんですか?」
「ありゃ? まことーはわかったみたいなのに、あかりーは気づかなかったの?」
心寧は灯が気づいていないのを不思議に思っているが、無理はないだろう。
清の持つ星の魔石は、魔力の圧縮と膨大を主にしているが、魔力の探知と魔法の分析にも長けているのだ。
しかし魔法の分析は知識に疎いと意味がない、というデメリットも合わせ持つため、清は基本的に普段使いしていない。脳への負荷も考えれば尚更だろう。
灯はこちらをジロリと見てから、どういうことか説明して、というような視線を向けてくる。
「あかりー、うちがちゃんと説明するから安心して!」
「心寧さん、持ち前の鋭い観察力と察し力は相変わらずですね」
心寧は灯の言葉に「まあねー」と言ってから、言葉を紡ぎ始めた。
「実はね、うちが使っている水魔法の雨……三属性の合成魔法なんだよー」
「え、そうだったのですか? てっきり水の単体魔法かと……」
「うん。水の単体魔法に見えるけど、水と水の混合、そしてそこに土の属性を混ぜていたの。今までは騙せていたみたいだけど、直接見て気づいちゃったみたい」
心寧はあっさりと三属性の合成魔法と言っているが、主属性に対して二属性以上混ぜること自体が世界の法――魔法論理法に触れているのだ。
魔法論理法は魔法世界への隔離に気を引かれやすいが、合成魔法に対しても圧をかけている程だ。
心寧は過去に三属性合成の失敗で周りに被害を出した事がある、と常和が以前に話していた為、完成しているとなれば要注意危険人物になるのも無理はないだろう。
「まあ、うちらは要注意危険人物に認定されるのは今更感はあるし受け入れたよ」
「それにさ、正直そっちの方が気兼ねなく行動できるからいいけどな」
「……常和と心寧にも監視が付かないってことか?」
そう言う事だ、と常和は気にした様子もなく笑いながら口にした。
常和と心寧が要注意危険人物になったからといって、今までの関係性が変わる、という心配をする必要はないだろう。
そんな常和の様子に清が苦笑していれば、心寧があることを聞いてきた。
「ねえねえ! あれから聞いた話でなんだけど、二人は現実世界に行って何をする気なの?」
心寧の言う、あれ、とは話の内容から察するに管理者を指しているのだろう。
管理者にしか話していない願いの事を聞かれると思っておらず、清は反射的に灯の方に顔を向けた。
管理者が情報漏洩したことに灯は呆れた様子で「お二方になら話してもいいかと」と言ってきたので、清は常和と心寧に話すことにした。
「俺は過去と決別するために行く気だ。内容は悪いけど……言う事は出来ない」
「私は清くんの付き添いで行く予定ですね。実家に忘れ物もありますし」
「過去との決別ねー。辛いと思うけど、頑張ってね!」
心寧の様子から見るに、内容の深堀をする気はないらしく、清は心からホッとする。
落ち着いていれば、静かに聞いていた常和が言葉を口にした。
「俺達四人の凍って止まっていた過去はさ、この魔法のような出会いをきっかけに、未来へと向けて動き始めていたんだな」
「おお! とっきーたまには良いこと言うね! 流石うちの彼氏!」
意気投合してイチャつき始めた隣同士の二人に清は苦笑しながら、灯の方へと静かに顔を向ける。
灯は視線で気づいたのか、体ごとこちらに顔を向けてきた。
「灯、常和の言う通りかもな」
「ふふ、そうですね。星の光が過去から未来に向けて送られてきたように、私達もいつまでも立ち止まっているわけにはいきませんね」
灯はそう言いながら小さな微笑みを見せてくる。いつもの可愛らしい微笑みを。
灯の微笑みを凝視してしまった為か、清は頬を赤くした。
「お二人さん、なんでイチャついてんだ?」
「イチャついてない」
「あかりーは何気に鈍感まことーに唯一効く薬だよね」
「心寧さん、やめてください」
灯は心寧の言葉に小さく返した後、清の制服を優しく掴み、清の背に顔を隠した。その行動が更なる燃料投下になるのを、灯は理解していないのだろうか。
背に隠れた灯の頭を優しく撫でつつ、唯一効く薬の意味を心寧に聞こうとしたが、唖然とした顔をしていた。
そして常和が、何故か苦笑いをしてこちらを見ている。
「あのさ清……まあ、星名さんもそうだけど、お互いに無意識でイチャつくのは辞めてくれないか?」
常和のその言葉にハッとして、灯の頭から慌てて手を離した。
清が灯を落ち着かせようとして無意識にとった行動、それは傍からみればイチャつきだったらしい。しかし、灯は未だに顔を隠したままなので、もはや手遅れなのは確定だろう。
「それより二人とも、後悔の無いよう、あっちの世界を全力で楽しんできてね!」
心寧の言葉を聞いてか、灯は清の背中から顔を覗かせつつ小さくうなずいた。そして灯の様子を見ていた清も、小さくうなずいた。
それから数分程経ち、灯が落ちついたのを見計らうように、心寧が言葉を口にする。
「二年生の始めくらいに、過去と決別して成長した二人の魔法勝負を見てみたいんだけど、いいかなー?」
心寧から突然提案された言葉に、清は悩むしかなかった。
この学校はクラス替えがあるわけでなく、同じクラスメイトと一緒に新学年になっていく仕組みだ。しかし、人数合わせのために他クラスからの移動が来ないとも限らない。
そして灯との魔法勝負を見たい、と言われても魔法を全力でぶつけ合えるのは無いに等しいため、難しいのも事実だろう。
唯一全力でぶつけられるとしても、管理者の作る空間くらいだ。
「私は構わないのですが、新学年のクラス次第、と言ったところですね」
「俺も構わないけど、魔法スタジアムを壊すわけにもいかないし、学校でやるしかないよな。それに他のクラスから移動が来た場合はどうする気だよ?」
「そこらへんは新学年になってからのお楽しみだな!」
常和がニヤニヤしながら意味深そうに言ったので、何かを企んでいるとだけ察することが出来る。
二年生の始めに灯と魔法勝負をするのが決定した、といっても過言ではないだろう。
「清、星名さん、心寧……俺達四人で、未来に向かって頑張ろうな!」
「常和、当たり前だ」
「ふふ、そうですね」
「四人での約束、だね!」
四人で約束を交わした時、常和が小さく声をかけてきた。
「清。おまえは彼女との関係も頑張れよ」
「……言われなくても、わかっているよ」
灯に何を話していたのか聞かれたが「秘密」とだけ返したせいで、むっとしたような顔をしている。どうやら機嫌を損ねてしまったらしい。
常和と心寧に茶化されながらも、清が灯の機嫌を直せたのはお昼休憩になってからだった。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
前から決まってはいましたが、この四人全員がついに要注意危険人物へと。
要注意危険人物になったからといって、関係性が変わるなんてことは絶対にありませんので、今後もこの四人が送る不思議な日常をお楽しみいただければ幸いです!
清くんと灯のイチャつきも何気に加速しております。




