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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第一章:第三部

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第五十話:あの星夜の真実

『遅れてすまないね。その子(刺客)は魔法で創られた子だよ』


 刺客に気を取られて気づかなかったが、管理者が戻ってきていたようだ。

 そして管理者の意味不明な言葉に、隣に居る灯は首をかしげている。

 管理者は清達を気にした様子もなく、刺客の方に手を向けて伸ばした。その瞬間、手を向けられた刺客は魔法の粒になり消えていく。


 異様な光景に清は息を呑むしかなかった。


「ツクヨ……これはどういうこと?」

『理由も何も見たとおりだよ。刺客、言わば彼は操り人形なのさ』

「――操り人形って」


 管理者の『操り人形』という言葉に怒りを覚えた清は魔法陣を出そうとした。だが、灯の小さな手が清の手を包み込み、それをさせようとしない。

 怒りによる過ち。灯はそれを誰よりも深く知っているからこそ、清の手を汚させないために止めてきたのだろう。


『黒井君に星名君、君達は彼の魔力シールドが不完全だったのを知っているだろ。刺客はね、創成魔法で生まれたがために、魔法を上手く扱えず――魂の抜けた人形みたいなものなんだよ』


 刺客という人物について黙々と話した管理者は、近くのソファに腰をかけた。


『立ち話もなんだろうし、君たちも座ったらどうだい』


 管理者はそう言いつつ、向かいあっているソファに手招きをしている。

 灯にチラリと視線を送り、お互いにうなずいてからソファの方に移動して腰をかけた。灯とは多くの言葉を交わさなくとも、何をしたいか分かりあっているつもりだ。


 座ってから数分経った後、管理者は言葉を発した。


『単刀直入に言う。君達二人を現実世界に一日だけ、行けるようにできた』

「ありがとうございます。一日もあれば十分です」

「それでツクヨ、肝心の実行日は?」


 管理者に対して灯から発せられる、冷たい棘のあるような声。管理者と灯が話す度に起きるので、これが普通とすら思えてしまう。

 実際は現実世界に一日だけでも行ける、というのは大きな収穫なのだが、灯はどこか腑に落ちないのだろう。


『相変わらず冷たい子だね。日程に関しては追って連絡する。現実世界で言う春休みのどこか、とでも思っておいてくれたまえ』

「管理者も何かと大変なんですね」

『黒井君。私を労わろうとする前に、まずは彼女の気持ちを少しでも分かってあげたらどうだい?』

「余計なお世話だ」

「ツクヨには関係ない」


 昨日の出来事があってからは灯の些細な変化にも気づこうとしている為、管理者の言葉が的を射ているのも事実。しかし、管理者を労わったつもりは一切ない。

 また二人で同じ瞬間に喋ってしまった事もあり、後から恥ずかしさが込み上げてしまう。

 軽く深呼吸して気持ちを落ち着かせていれば、管理者があることを聞いてきた。


『そういえば黒井君。星名君が現実世界に帰れなくなった理由、彼女から聞いたことはあるのかね?』

「いえ、聞こうとしたことすらないです」


 公園で会った時や家族の話を明かした時もだが、帰れない理由を灯は頑なに話そうとしなかった。だからこそ、無理に詮索しようとは思わなかった。

 しかし草原で願いの話をしている際『ツクヨと話す時に嫌でもわかる』と言っていた為、今がその時なのだろう。


『そうか。星名君、つまり彼女が帰れなくなった理由――』

「ツクヨ。その理由は私が今ここで、清くんに話すから……少し時間を頂戴」

『構わないよ。つまりは覚悟が出来た、ということだろ』


 灯は管理者の言葉にうなずき、小さく息をして、静かに過去の出来事を話し始めた。


「清くん、私はこの世界……つまりは魔法世界に来る前に、管理者とある二つの契約、という名の約束を交わしました」

「……二つの、約束?」


 灯は不思議そうに尋ねた清を見るだけで何も反応せず、続きを話していく。


「一つ目の約束は、ツクヨがペア試験で話しかけていましたが、清くんの平穏無事な生活を保障する」


 清は魔法世界に来てから、管理者から過度の接触も受けず、平穏無事な生活をしていた。

 しかしそれは、裏で灯の努力があっての事だった。その話を知った今、灯に対する日々の感謝がどれほど足りていなかったのかを、強く実感させてくる。


「そして二つ目の約束、魔法と現実世界の行き来を可能にする。約束は簡単に通してもらいました、ある縛りを除いて」

「縛り?」

「ええ、私の魔法である……無制限合成魔法。それを魔法勝負及び日常で使用しない。そして一度でも使用すれば、行き来の約束は無効になる。後は清くんの知る通りですよ」


 話し終えた灯の表情はどこか悲しげで、それでいて清々しさすらも感じさせてくる。

 灯の言っていた「行き来の約束は無効になる」そのトリガーを引いてしまったのは、言わずもがな清だろう。

 草原で出会ったあの日、灯は帰れなくなるのをわかっていた上で魔法勝負を持ち掛け、無制限合成魔法を見せてきたのだ。

 灯はそれ程までに強い覚悟を持っていた、それなのに気づくことも出来ず、今まで平然と一緒に過ごしてきた。


 距離感や嫌いになって欲しくないとか、隣に居たいとかを思う前に、もっと灯の事を知って気持ちに寄り添ってあげるべきだったのではないだろうか。


(――俺は自分勝手で、灯という大切な存在を、わかったふりをしていただけだ)


 気づけば清は拳を握り締め、自分のあどけなさを悔いていた。


『一応言っておくが、私は君達二人が【魔法の出会い】で勝負をしたのは知っているよ。その帰り道の星名君に接触して、世界を行き来する魔法だけを打ち消したのは私だからね』

「……結果的に私は次の日に公園で清くんと出会って、共に過ごす運命として動き出した。だからこそ、あの行動に後悔したとは微塵も思っていません」

『星名君、君は随分と素直になったね。黒井君のおかげかい?』

「ツクヨに答える道理はない」


 灯は自身のやったことに後悔をしていない、と前向きなのに対して、過去を悔いていた自分は何なのだろうか。

 全てとは言えなくとも、大体の事情を把握できた今、言えるべき言葉はただ一つだけだろう。


「あのさ、灯。ありがとう……こんな俺なんかの為に――」

「清くん、感謝は帰り道にでもゆっくりと聞きますから」

「わかった。それと管理者。帰る前にひとつだけ聞きたいことがある」


 こちらの様子を黙ってみていた管理者は首をかしげている。


『黒井君、なにかね?』

「俺の家の転送魔法陣に触れたか?」

『気になる事があったからね。大晦日前に足を運んだのは事実だよ』


 灯にこの事を黙っていたせいだろう。強い魔力を灯から感じ取れる。

 管理者に対して怒りを露わにしようとした灯を清は宥めつつ、二人でその場を立ち上がった。


「聞きたかったのはそれだけです。それでは失礼します」

『そうそう、連絡は君の家に私が直接行くから、その時はよろしく頼むよ』

「……わかりました」

「ありがとうツクヨ。さようなら」


 管理者との話を終えて部屋から出ると、ある二人の姿が目に映った――常和と心寧だ。

 こちらの話が終わるのを待っていたのだろうか。


「お二人さん、話は無事に終わったかい」

「ああ。常和はどうしてここに?」

「あいつに用があってな」

「……ツクヨに?」


 灯の疑問に対して、心寧が清に聞こえない程の声で灯に耳打ちをしているあたり、よほど知られたくないのだろう。

 そんな二人を横に、常和がすれ違いざまに「心配するな」と小声で言ってきたのだ。

 清は何も言わないでうなずいた後、灯と一緒にその場を後にした。


 結構時間が経っていたのか、外に出れば日は沈みかけている。

 二人の足音が静かに響き渡る帰り道、清は灯に言いそびれていた言葉を口にした。


「灯、本当にありがとうな。今まで苦労かけていたのを知らず……本当にすまない」

「気にしていませんよ。それに清くんは確かに鈍感ですが、誰よりも優しく、誰よりも他人の事を大事に思っている。私がそれを誰よりも一番見てきて、知っていますから」


 そう言い切った灯は、こちらを向いて優しい微笑みを見せてくる。清以外には見せない、その小さな微笑みを。


「灯……この恩は絶対に返すから」

「ふふ、どうやって返すつもりですか?」


 そう小悪魔のように言う灯は、自身がズルいと自覚していないのだろう。


「……思いを行動にする」

「……楽しみに待っていますね」


 清の言葉にどこか期待を寄せたような灯は、わかりやすい程に嬉しそうな笑顔をしている。

 そして日が完全に隠れようとした時、清は灯の手を優しく取った。


 その時に吹いた優しい風は、ポニーテールである灯の透き通る水色の髪をなびかせ、日の隠れゆく境界線の中、水色の髪はオレンジと暗闇を乗せて神秘的に煌めいた。


 月の明かりが差し込み始めた帰路、二つの足音は星夜の中を静かに響き渡った。

この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。

なんだかんだで第一章のうちに五十話を迎えました!

読んでくださる読者様から得れる元気のお陰です!本当にありがとうございます!

今後とも二人の行く末を見守っていただけると幸いです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 灯の想いは強いなって思います。 清のために現実世界を切り捨てたり。 でも危うさもあって。二人のどちらもが気がかりです。この後どうなっちゃうのかな。 そして常和たちも何かありそうですよ…
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