第四十九話:気づかない変化、再来
「朝ですよ。清くん、起きてください」
自分の名を呼ぶ優しい聞きなれた声。
眠たい程に温かく優しい意識の中「あかり」と大切な存在の名を清は小さく口にする。
ゆっくりと瞼を持ち上げれば、ぼやけた視界には水色のベールが揺れて写っていた。
視界が安定してくれば、透き通る水色の瞳を持った少女が上から顔を覗かせていた。
清の額に手を置いて撫でているのか、前髪を静かに揺らし、肩から流れる透き通る水色の髪が頬に優しく触れる。
「ふふ、ゆっくり眠れましたか」
「え、あ、灯……おはよう」
「清くん、おはようございます」
視界が戻ってくれば、下に顔を向けてこちらを覗き込んでいる灯の姿が写った。
どうやら目を閉じた時、灯に寄りかかって寝落ちしていたようだ。
灯が上半身を起こして見ているあたり、清は膝枕をされている状態らしい。
仰向けで目を覚ましたため見える、スウェットに覆われた小さな起伏と優しい微笑み、覚醒を促すのには十分すぎる以上に刺激的な光景だ。
「灯、す、すまない」
灯が額から手を避けた瞬間、清は焦って起き上がった。
手を握っていただけならまだしも、好きな人に寄り掛かって寝てしまった挙句、起きたら膝枕までされていた。
そして普段はできる限り目を逸らしている、ふくらみを寝起き早々に目にしてしまったのだ。動揺しない理由がないだろう。
早まる心臓の鼓動を落ち着けようと、清は軽く深呼吸をした。
「謝っている割には頬が赤くなっていますよ」
「しょうがないだろ。……目に優しくなかったんだから」
「ああ。清くんはやっぱり男の子ですね」
「灯、男以外に何があるんだよ」
何でしょうね、と白を切る灯に清は呆れるしかなかった。
ふと灯の様子を見れば、昨日の体調不良は夢だったかのように、元気そうに見える。それでも、どこか心配になってしまう。
「そういえば灯、体調は大丈夫なのか?」
「大丈夫ですよ。それに……」
「それに?」
「私が眠っている際に、清くんが魔力を流してくれたおかげで、思っていたよりも早く魔力が回復しましたから」
魔力を流していたのは隠しておくつもりだったが、灯にばれていたようだ。
小さく微笑んだ灯から「ありがとう」と優しく言われ、心臓の鼓動は再度早さを増している。
心の温かさを笑顔として灯に返せば、灯は頬を赤くしていく。
「えっと、そろそろ着替えてきますね」
「あ、そうか。また後でな」
清が言葉を返すと、灯は顔を赤くして部屋から逃げていく。
灯の不自然な行動を不思議に思いつつも、清は制服に着替える事にした。
朝ご飯を食べた後、玄関前で再度灯から持ち物の確認をされている。
灯のいつも以上に細かな確認は、清のどこか抜けている一面を考慮しての意味合いも込めてなのだろう。
忘れ物をするほど子供じゃない、と言いたくなるが、灯の優しい気遣いにはどこか甘えてしまう。
「忘れものとかは大丈夫そうですね」
「まあな。……もう確認は大丈夫だし、行くか」
「そうですね」
玄関の鍵を閉めた後、灯の手からさりげなくカバンを取って腕にかけ、空いたもう片方の手で優しく灯の手を繋いだ。
吹き抜ける風のような清の行動に、灯は動揺したのか頬を少し赤く染めていた。
この行動が灯に対して正解かはわからないが、頬を赤くしつつも嬉しそうに微笑んでいるあたり、間違いではなかったのだろう。
学校に近づいたところで、校門付近に見慣れた二人の姿が見えた。
そしてその一人がこちらの存在に気づいたのか、手を振って駆け寄ってくる。
「まことー、あかりー、おはよー! あかりー心配したよ!」
「心寧さん、古村さん、おはようございます。ご心配おかけしました」
灯が挨拶を返すなり、心寧は飛びつくように灯に抱きついていた。
心寧の行動を苦笑しながら見ている常和は、彼女の暴走を止める気がないようだ。
「よ! お二人さんおはよう」
「おはよう常和……こいつどうにかしろよ」
「どうした清? もしかして、心寧が星名さんに抱きついてて羨ましいのか?」
「なんでそうなるんだよ。別に……羨ましくないから」
「ツンだな」
余計な言葉を言った常和を軽く睨みつければ、誤魔化すかのように心寧を軽く制止している。
心寧が羨ましいか、と言われれば実際は羨ましさがある。同性だから簡単に話せて、共に行動をしやすいのはズルだ。好きな人に近づきたい面だけを考えるのであれば、それを羨ましくないと思う理由がないだろう。
しかし、異性だからこそ好きになれるという理由を考えれば、絶対に羨ましいわけでもない。
灯との今の距離感を大切にしたい、と思っている清からしてみれば尚更だろう。
ふと考え事をしていれば、常和がこちらを見てきていた。
「おまえ、星名さんに出会ってから本当に変わったな」
「ふん。常和、俺が簡単に変わるわけないだろ」
「付き合いの短いうちらが言うのもなんだけど、結構変わってきてはいるよ? まことーは鈍感だから気づいていないかもだけどー」
灯に抱きついていた心寧も聞いていたらしいく、余分な言葉を添えつつ話を続けた。
「だってさー、前までのまことーなら、あかりーが体調崩したくらいじゃ学校休まないでしょ?」
「心寧、俺を一体なんだと思っているんだよ」
他人を簡単に見捨てる、と思われていたのなら辛らつだ。それでも、以前までなら否定しきれなかっただろう。
「……俺らに連絡してきた清、悲しそうだったからな」
「常和……おまえ」
「はは、そう怒るなって。別に心配するのが悪いって言ってんじゃないんだからさ」
心寧から解放された灯が手を優しく握ってくるため、二人の前なのもあり気恥ずかしさがある。
(常和達の前ではやめてくれ……)
常和と心寧が阿吽の呼吸で手を組んでからかいだせば、言葉で勝つのは正直不可能に近い。
そんな事を考えていれば、常和が口を開いた。
「あ、そうだ。昨日さ、管理者が二人を探して教室尋ねてきたから、放課後にでも会いに行ってやれよ」
「……管理者の方から来たのか」
「わかりました。古村さんありがとうございます」
ふと気づけば朝の時間が迫っていたこともあり、四人で話しながら教室に向かうことにした。
何事も無く放課後になり、灯と一緒に管理者の部屋前へと来ていた。
相変わらずの不思議な扉は、学校の中でも気配を一際強く放っている。
「灯、部屋に入らないと何も始まらないし、とりあえず入るか」
「ええ、そうですね」
灯の手を握りつつ管理者の部屋に入った瞬間、清は目の前の光景を疑い、息を呑んだ。
「なんで、お前がいる――刺客」
部屋の中に管理者はおらず、代わりに刺客が一人でその場に居たのだ。
あの襲撃事件以降、一切の音沙汰がなかった為、刺客は退学になったと思いこんでいた。それでも、今この場に居る事が存在証明を露わにしている。
(……なんか刺客の様子、変じゃないか?)
今目の前にいる刺客は、魂が抜けた人形のように静かでどこかが変だ。
その時、清達の背後の扉が音を立てないで静かに開いた。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
今話にて、灯が体調を崩していた際に着ていた服をスウェットに指定したため、四十八話を軽く修正いたしました。
まさかの刺客が再来しましたね。それでも、様子がおかしい?




