四十八テン八話:今日くらいは甘えとけ
※四十八話のその日の夜を描いた話となっております
ふと目を覚まして机に置いてある時計をみれば、十九時を過ぎていた。目を軽くつぶったつもりだったが、夜まで眠ってしまったらしい。
手の方を見れば、眠っている灯が優しく握ったままだ。
少しだけ手を離そうとした時、甘えるかのように清の手を寄せ、自身の頬を手の甲に当ててくる。
離さない、と言わんばかりの、そんな頬擦り。
(……可愛い。でも、反応に困る)
この状況をどうしようかと悩んでいれば、灯の潤んだ瞳が薄っすらと姿を見せる。
灯は焦点がぶれた水色の瞳で、清を見てきた。正確には清の方向を見てきている。
起きそうなのかわからないくらい、ぼやけたように小さく喉を鳴らしているが……起きる様子はない。
しばらくすれば、灯は起き始めてきたのか瞼のカーテンを開け始める……。
「うー、うーん……まこと、くん」
「灯、大丈夫か?」
「え、あ。ご、ごめんなさい」
灯は自身が何をやっていたのか理解したようで、恥ずかしそうに頬から清の手を離した。
「え、なんかすまん。それより、体調はどうだ?」
「えっと、少しだけだるいです」
灯の顔色を見るに、普段見ている白さになってきているので嘘ではないだろう。
ほっとするよりも先に、まずは灯に聞くことがある。
「灯、またお粥食べるか?」
「……うん」
「わかった。あと、着替えはどうする?」
「……えっと、着替えてきますね」
灯はそう言った後にベッドから足を出し、立ち上がろうとしている。
無理はさせたくないな、と清は静かに灯の背中と膝裏に手を回して持ち上げた。
朝と同じように抱いて寄り掛からせれば、灯は服をぎゅっと掴んでくる。
灯はもう普通に歩けますよ、と言っていたが、今日くらいは甘えとけ、と清が言ったことで静かに甘えた様子を見せた。
(スポーツドリンク、灯に言われるまで忘れていた……)
灯を部屋に運んだあと、清はキッチンに立っていた。
お粥くらいなら簡単に作れるが、わざと時間をかけている。灯の着替えや汗を拭く時間を考えれば、合理的で妥当な判断だろう。
桃は体調を崩した体に良い、と灯が言っていたのでそれも加えるつもりだ。灯もそうだが、清も桃が好きなため缶詰が最低限常備されている。
(これくらい時間が経てば大丈夫だよな)
少し時間が過ぎた後、お粥が食べやすい温度になったため、清は自室へと用意したものを運んでいた。
お粥を用意している時、二階から微かにドアの音がしていたので、灯が清の部屋に戻っているのは確実だろう。
静かにドアを開ければ、灯が上半身を起こしていた。
清は机にお盆を置きつつ、灯にスプーンとお粥を手渡した。
お粥を受け取った灯は眺めたまま食べようとしない。
「灯、俺が食べさせてやろうか?」
「じゃあ、食べさせてもらってもいいですか?」
「……え?」
「食べさせてやろうか、と言ったのは清くんですよ。……それに、今日くらいは甘えとけって言ったのも。だ、駄目でしたか?」
灯はスプーンと器をこちらに差し出してきている。
茶化すつもりでわざと言ったのだが、本気にしている灯の気持ちを無下にしたくない。
そして透き通る水色の瞳で真剣に見つめられている以上、引き下がるわけにもいかないだろう。
「わかったよ」
清は灯から受け取った後、お粥をひとすくいし、灯の口許へと差し出した。
灯が与えられたお粥を恥ずかしがらずに小さく口に含み、幸せそうな笑みを浮かべてくるのだ。
灯の方が先に恥ずかしがってやめると思っていた為、こちらの方が恥ずかしくなってくる。
(この笑顔、心臓に悪すぎだろ)
食後に桃も食べられる、と言われて食べさせた後、一息ついていた。
「灯、今日はこのまま寝ていた方ほうがいい。治っていたとしても、自身を大事にしてくれ」
「……わかりました」
灯の事を心配して言ったのだが、水色の瞳は寂しげに見える。
そっと手を伸ばし、灯の小さな手を包み、ゆっくり枕もとの方へと近づけた。
「安心しろ、今日はずっとそばに居てやるって言っただろ」
「清くん、ありがとう。おやすみなさい」
「おやすみ灯。良い夢を」
しばらくすれば、灯から小さく寝息だけが聞こえてくる。
いつも一緒に過ごしているのからこそ、元気が無い姿だけは見たくない。そう思えてしまうのはエゴなのだろう。
灯との距離感が近くて遠いからを理由に、心配にならないわけがない。
(……君との時間はかけがえのない大切な記憶だよ)
清は灯が寝入ったのを確認した後、ふとした睡魔に負けて目をそっと閉じた。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
限界負荷の話が絡んでいなかったらの、魔法のない魔法のような二人の日常でした。
ちゃっかりと判明しておりますが、二人揃って桃好きです。そして、プリンもお互いに好きという……なんで未だに付き合ってすらいないのか。




