第四十六話:君はチョコよりも甘くズルい【後編】
今日がバレンタインとはいえ特に変わった事もなく、普段通りに夜ご飯を食べ終わり、清はソファに座っていた。
灯に「後片付けくらいは俺がやる」と言ったものの、何故か灯は頑なに譲ろうとせず、押し切られて今に至っている。
普段から頑張っている灯を労わるためにも、少しくらいはと思ったのだが、余計なお世話だったのだろうか。
ふと気づけば、灯は後片づけが終わっていたらしく、目の前のテーブルにカップを静かに置いてきた。
灯を見れば、何やらもじもじした様子だ。
「灯、これは?」
「……コーヒーです」
「コーヒーなんて珍しいな」
「そ、そうですね」
「……灯、さっきからどうした?」
「えっと、その……飲まずに少しだけ待っていてください」
灯はそう言い残すと、またキッチンの方へと向かい姿を隠した。
灯を待っている間、清は置かれているコーヒーの入ったカップの中身を覗いた。
「黒い」
色の濃さを見るに砂糖やミルクが入っていない、完全にブラックのコーヒーとわかる。
コーヒーをまだ飲んではいけない理由はわからない。それでも、灯には何か考えがあるのだろう。
この数か月を共に過ごしてきたからわかるが、灯が意味の無い行動をするとは考えにくい。
灯がキッチンに向かって、数分が経過した頃だろうか。
落ち着いた様子の灯は、お皿に何かを乗せて清の居る方へと戻ってきた。
(あれは……ケーキか?)
見た目的にはケーキそのものだが、灯が持ってきたものは生地という断層が存在していない。
灯が清の目の前に、静かにケーキの乗ったお皿を置いた後、清の隣にふわりと腰かけた。
「チョコケーキ?」
「えっと、チョコケーキではありますが……細かく言えばガトーショコラですね」
ふと灯の方を見れば頬を薄っすらと赤くしていた。
いつもはきちんとした姿勢も、今は縮こまったように背が少しだけ丸まっており、灯は何かを伝えたいような上目遣いをしてくる。
普段の様子からは想像できない可愛さに、自然と灯の頭に手を伸ばしたい、とすら思えてしまう。
互いに何も言わず黙っている中、限界を先に迎えたのは清の方だった。
「灯、どうかしたのか?」
「え、あ、その……」
灯は少し声を漏らした後、小さく呼吸をしていた。
「清くん。今日はバレンタインですから……私からのプレゼント、受け取ってくれますか?」
「灯から貰えて、すごく嬉しいよ。ありがたく頂くよ」
「はい、受け取ってください」
灯に満面の笑みで言われ、その表情を直視してしまった清は顔を赤くした。
体にこもった熱を誤魔化すように、お皿の上に置かれたフォークを清は手に取った。
置かれたケーキが灯の手作りなのは見てわかるが、職人が作ったのかと思うくらい綺麗な断面をしており、上にかかった粉砂糖がガトーショコラの色を更に際立てている。
食べるのがもったいないと思えてしまう。
「清くん、どうしましたか?」
見ている時間が長かったせいか、様子を見ていた灯が疑問そうに聞いてきた。
「あ、いや。すまん、なんでもない」
清はそう言ったあと、一口大にケーキを切り、口の中へそっと招き入れた。
口の中に入れた瞬間、内側のしっとりとしたチョコの感触になめらかな舌触り。そして、外側の焼かれて固まったチョコの硬さが食感をしっかりと伝えてくる。
消えてしまうけどずっと口にしていたい、と思えるほどの感覚に清は溺れていた。
「灯、すごくおいしいよ。ありがとうな」
「ふふ、よかったです」
美味しいと伝えた後もこちらを見ている灯に、清は疑問を抱いた。
(……あ、そういうことか!)
清は先ほどよりも小さめに、フォークを使ってケーキを一口分切り、灯の前に差し出した。
何も言わずにいきなり向けられたせいだろう。灯は驚いた顔をしている。
「……え、清くん?」
「ずっと見ていたから食べたいのかと思って」
「そ、そういうわけじゃ……」
灯が食べたそうにしていると思ったのだが、勘違いだったのだろうか。
灯は少しうつむいた後、清の方を再度向いて言葉を口にした。
「じゃあ、その、お言葉に甘えてもいいですか?」
「灯が作ったんだし、別に遠慮することは無いだろ」
間違いはなかったらしいが、灯はどこか不服そうな顔をしている。
「……清くんの為だけに作ったのに」
「え、なんか言ったか?」
「別に。何でもないです」
清が言葉を聞き返したせいか、灯は呆れたようにため息をついた。
灯は目をつむりながら、差し出されたケーキを小さく口に含んだ。
口を離した後、静かに咀嚼していた。
餌を口の中に含み食べているウサギのような可愛さがある。
様子を見ていれば、灯は次第に顔を赤くし始めた。
「灯、どうかしたのか?」
「クリスマスの時もそうですけど……何で気づかないのですか」
灯にクリスマスと言われ、知らぬ間に間接キスをさせていた、と清は気づいた。
間接キスだけで顔を赤くする、とは到底思えないため、他にも何か見落としがあるのだろう。
ふと灯の方を見れば、小さく呼吸をしていた。
「クリスマスは、あーんさせるのを要求。そして、今回はあーんさせてくる」
あーん、と言われ何をやらかしたのか瞬時に理解できた。
これは下手すれば許されざる行為だろう。灯とは付き合ってすらいないのに、恋人のようなやり取りを強制していたのだから。
清が無自覚でやっていたとしても、灯はわかっていたようなので、恥ずかしかったのは事実だろう。
「灯、すまない!」
「べ、別に、嫌だったわけではないですから」
「だとしても、本当にすまない」
「本当に気にしてないですから。……それに、嫌だったらさせませんよ」
灯から小さく呟かれた言葉を聞いた瞬間、クリスマスの行動が脳裏で鮮明に浮かんでくる。
自分の行動が何を意味していたのか分かった今、とても恥ずかしく思える。
清は今までの行動が恥ずかしくなり、少しだけうつむき顔を赤くした。
(本当に、知りたくなかった)
数分が経ち、気持ちが落ち着いてから清はケーキを口にする。
その時、灯は冷めたコーヒーを入れ直したらしく、カップを二つ持って戻ってきた。
「灯、改めてありがとうな」
「美味しそうに食べていただけて何よりです」
「まあ、灯の手料理が一番好きだからな」
「今の言葉、嬉しいけど反則です」
「なんでだよ」
「なんででしょうね」
ケーキを食べ終われば、苦みのあるコーヒーを飲みつつ、清は灯に疑問を問いかけた。
「灯、ホワイトデーのお返しは何がいい?」
「特にないですね……清くんと一緒に居るだけで嬉しいですから」
小さく呟かれた言葉に、清は心がドキッとした。
灯は前からそうだが、あまり物を欲しがらない。物欲が無いというよりも、欲しい物が本当にないのだろう。
それでも何かお返しがしたいのは、わがままなのだろうか。
「灯、ありがとう。それでも、何かお返しをしたいんだ」
流石にわがまま過ぎたのか、灯は悩んだように首を傾げている。
その様子を見ていれば、灯は考えがまとまったのか、視線を清の方にしっかりと向けてきた。
「……この後、眠くなるまで少しだけお話したいです」
「それくらい、いつでも叶えてやるよ」
「清くん、ありがとう」
透き通る水色の瞳を半開きにし、軽く首を傾げ、小さく微笑む灯の笑顔。
この笑顔を見るたびに、何度手を伸ばしてでも、守り通したいと思わせてくる。好きの独占欲とかはではない、隣に居る大事な輝きを失わせないためだ。
(ホワイトデーのお返しは、自分で決めてみるか)
ふと気づけば、灯が肩にもたれかかってきていた。
「灯、眠かったら無理はするなよ」
「清くんはいつも優しいですね。心配しなくとも、わかっていますよ」
その後は灯が眠くなるまで、二人の会話には絶え間なく甘い花が咲き誇った。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
バレンタインはこれにて完結です!三日間の連続投稿にお付き合いいただきありがとうございました! この後の投稿頻度は二日か三日のペースに戻ります。
次も楽しみにお待ちいただければ幸いです。
※余談
今回の三話の投稿方法は、第二章のナンバリング+サブタイトルだけになる予定の前借みたいな感じでやらせていただきました。
文字数は普段よりも減りますが、一つ一つのシーンに観点を当てることを実現いたしました。
第二章はこんな感じの進み方なんだ、程度で思っていただけたらありがたいです!




