第四十四話:君はチョコよりも甘くズルい【前編】
※今回の話は前編、中編、後編の三部構成で分かれております
管理者からの音沙汰がないまま二月になっていた。
清は灯に気持ちを伝えられないでいるが、お互いに普段と変わらない日常を過ごしている。
微かながらの変化、灯の買い物に付き合うことが多くなったことを除き。少しでも二人で居る時間が増えたのは、清は心から嬉しかった。
二月に入ってからは、何故か灯がそわそわした様子を見せている。
学校に登校して教室に向かっていれば、周りの雰囲気が違って見えるのは気のせいだろうか。
清は不思議に思いつつも、灯と一緒に教室へと入った。
「あ、まことーあかりー、おはよー!」
「仲のいいお二人さんおはよう」
「おはよう。常和、あのな……」
「心寧さんに古村さん、おはようございます」
常和のからかいに呆れつつも席に向かえば、常和がニヤニヤした表情で近寄ってきた。特にニヤニヤされるような行動をしていないため、不思議でしかない。
灯の方に目をやってみれば、心寧と楽しそうに話しているのが目に映った。
二人の様子に微笑ましさを感じていれば、常和が清にしか聞こえない程度の小声で話しかけてきた。
「清はさ、星名さんからチョコを貰う予定とかあるのか?」
「何の話だ?」
「バレンタインだよ」
常和に呆れながらもバレンタイン、と言われ二月の恒例行事を思い出した。また教室に来る途中、周りの雰囲気が違ったのにも納得がいく。
といっても、今更女子に対して愛想をよくした所で、意味が無いのは目に見えているだろう。
言われるまで忘れていた清からすれば、縁もゆかりも無い行事に変わりはない。
「常和、俺はバレンタインとは無縁の人間だ」
「本当かよ。説得力が無いんだよな」
なぜ怪しむんだ、と常和に思いつつ、清は小さくため息をこぼす。
(灯からチョコを貰えたら……嬉しいけどな)
そんな清の様子を見ていた常和は、清を不思議そうな表情で見ていた。
「まことー! そういえば、チョコってどんなのが好き?」
「何でいきなり聞いてくるんだよ」
いつもの四人揃って食堂でお昼を食べていれば、急に心寧が聞いてきた。
そして食べている灯の手作りお弁当へと目線が集中している辺り、あわよくば狙っているのだろう。
心寧にチラリと中身を見せつけつつも、清は質問に答える。
「どんなのって言われても、食べられるなら何でもいいかな」
「へー、意外だね……」
「意外で悪かったな……取りたいもん取れよ」
「えへへ、バレてた? まことーありがとー」
「清、心寧がすまない」
常和が苦笑いしながら謝っている横で、心寧は関係なさげに、清のお弁当からおかずを取っていた。
清の隣でやりとりを静かに見ていた灯も、面白かったのか小さく笑みをこぼしている。
家で食べている時は大体静かに食べる為、灯の笑顔を食事中に見られるのは珍しいものだ。
「あ、そうだ! このお礼に実験用のチョコ食べる?」
「心寧……お礼って言葉を辞書で調べてから言えよ」
「まことー、わかってるよー?」
本当かよと思いつつも、清は手に持った塩おにぎりを口にほおばった。しょっぱすぎず、味が無さすぎない、清好みの味で作れる灯には感謝しかない。
「清は星名さんが作ったおにぎり、いつもすごくおいしそうに食べてるよな」
「とっきーも手作りおにぎり食べたいの? うちが作ってあげるよ?」
「え、遠慮しとくわ」
「ふーん。謝っても許さない」
常和が心寧の手作りをサラッと断ってしまい、地雷を踏んだらしい。
いつの間にか心寧の魔法陣が無数に現れ、気づけば常和を取り囲んでいた。流石に常和も察したのか、全力で心寧のご機嫌取りをしている。
心寧が魔法陣を出したことにより、見ていた周りの生徒が焦っているのは眼中に無いのだろうか。後ほどこの二人が呼び出しをくらうのは確実だろう。
苦笑いしつつも常和と心寧を見ていれば、灯が声をかけてきた。
「清くんは辛いもの以外なら、好き嫌いは特にないですよね?」
「そうだな。それに……」
「それに?」
「灯が作ってくれるものなら何でも美味しいからな」
「……馬鹿」
「何でそうなる」
「ふん。少しは自分で考えたらどうですか」
灯は頬を赤くし始め、それを誤魔化すように箸を進めている。
「まことーとあかりーは青春だねー」
「青春してるのは良いこ……心寧、本当に許してくれ」
未だに心寧から許されず、こちらからはよく見えないが、常和は物陰で横腹をぐりぐりされているようだ。
二人の仲睦まじい様子を横目で見つつ、清も再度箸をつけた。
その日の放課後になった瞬間、心寧が清の席へと勢いよく近寄ってきた。また、心寧の隣で手を引っ張られた灯が苦笑いしている。
心寧が何を言いたいのか、なんとなくでも分かってしまうのが恐ろしい。
「まことー、あかりー借りるね」
「何で俺に許可を取るんだよ。灯に聞け」
灯は清の所有物や付き合っているわけでもないため、本人に聞かないで許可を取ろうとしないでほしいものだ。仮に付き合っていたとしても、清はそこまで独占欲が強いわけではない。
ふと気づけば、常和も清の席に近づいてきていた。
「俺からしてみれば、てっきり、星名さんは清の――」
「常和はいつも面白いな?」
「本当にすまなかったって!」
清が笑顔で常和の足を踏んだことにより、恐怖が増したのだろう。常和は苦笑いしつつも、慌てた表情をしている。
「古村さんの自業自得ですね」
「あかりー手厳しいねー正論だけど。じゃ、まことー、あかりー借りてくね」
「もう勝手にしてくれ」
灯達が教室を後にしたのを確認した後、清は常和を踏んでいた足を離した。
優しく踏んだつもりだったのだが、痛そうに足を押さえている常和に謝りつつも、清は思ったことを口にした。
「常和、この後どこかで遊んでいかないか?」
「お、寄りたいところあったからそこ行こうぜ!」
常和の切り替えの早さに清は苦笑しつつも、二人で教室を後にした。
この度が、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
世は夏でチョコが買いにくい時期に、物語はバレンタインへと突入していきます。
中編は明日投稿します! 次回は心寧と常和がちょっとした悪ふざけをしますので、優しく見守っていただけると幸いです。




