第四十三話:君に伝えられない隠した気持ち
管理者に願いを伝えてから数日過ぎたが、未だに音沙汰はない。音沙汰がないどころか、学校内で管理者の姿を見ていない。
「おーい、清? 箸が止まってるけど、どうした?」
ふと気づけば、常和がこちらを見て疑問気に聞いてきていた。
「あ……常和、すまない。つい考え事していた」
清たちは学校のお昼休憩で、食堂でお昼を食べているところだ。
お昼は灯や心寧も普段は一緒に食べているのだが、今日は珍しく別々で食べる形になっている。
事の始まりは心寧が、灯と二人で食べたい、といきなり言い出したからだ。
その時は灯が申し訳なさそうにこちらを見てきたが、清としては自分の事を優先して自由にしてくれ、としか思えなかった。
「もしかしてさ、星名さんと一緒に食べられないから悲しんでたとか?」
「……なんでそうなるんだよ」
「はは、冗談だって。そんな怖い顔するなよ」
清が常和の方を見て軽く睨んだからか、常和は苦笑いしつつも静かに箸を進めていた。
「そういえばさ。清は結局、星名さんの事をどう思っているんだよ?」
常和から急に聞かれた質問に、清は一瞬固まり、持っていた箸を落としかけた。
以前にも常和から聞かれた事はあったが、その時はよく分かっていない、と答えて終わった記憶がある。しかし、今は灯に対する気持ちは変化している。
(胸の奥で残るようなこの思い。相談にはちょうどいいか)
「……常和、放課後でもいいか?」
「別にいいぜ。それに、心寧もその方が都合良いだろうしな」
「なんで心寧の名前が出るんだよ」
「あれだ。放課後になればすぐわかるさ」
何かを察したような常和に清は疑問を抱きつつも、ゆっくりと箸をつけた。
放課後になり、清は常和と二人だけで第二グラウンドに訪れていた。灯と心寧はというと、二人で話したいことがあったようで、昇降口で別れている。
常和は知っていた上でお昼の際に黙っていたのだろうか。だとしても、灯が先に言わなかったあたり、知っていたわけではないだろう。
ふと考え事をしていれば、常和が木の剣を手渡してくる。
「これは?」
「魔法のかかった木の剣だ」
「話すだけじゃないのか?」
「少しだけ体を動かすのに付き合ってほしくてさ」
「なるほどな……わかった。無理だけはするなよ」
常和も木の剣を持ち構え始めたので、とりあえずは付き合うことにした。
数分間はお互いに無言で、剣のぶつかる音だけが聞こえてくる。魔法がかかっているだけあり、木とは言いにくい重い音を時折鳴らしている。
少し距離が空いた瞬間、常和が剣の振りを止めて口を開いた。
「あの話の続きだけどさ、星名さんの事をどう思っているんだよ」
「前とは違ってさ……今では隣にずっと居たいと思えるほどに好きなんだよ。でも、こんな気持ちになるのは、初めてでわかんないんだ」
「わかんないって、お前な……」
常和が呆れながらに再度振ってきた剣を間一髪で受け止めた。しかし、この一撃がとても重く感じてしまう。
常和に悩みを話して気を抜きそうになったのが原因、というわけではないだろう。心の隙間に生じた、一瞬の迷いが重く感じさせたのかも知れない。
だからといって、恋愛感情で錆びる刃になった記憶はない。
清としては、恋愛とは思いを伝えてから始まりに立てるものだ、と思っているのだから。
「一緒に居たいと思える程好きな気持ちを、星名さんに伝えないのか?」
「……伝えられたら苦労してない」
「それもそうか」
少しの沈黙の後、黙ったままお互いに剣を振り始めた。
常和は心寧という彼女がいるから、他人を好きになるという感情を理解してくれるのだろう。
(気持ちを伝えてはいるんだけどな……)
清は気持ちを灯に伝えていないわけではない。気持ちというよりも行動に近いせいで、言葉ですれ違っているのだろう。
そして清の鈍感さが故に、伝えたいが伝わらないのかもしれない。
「常和」
「どうした?」
常和が剣を止めたのを見て、清は思っていたことを口にした。
「灯に好きだと伝えて、灯の今の意思が揺らいでしまうのが……本当は怖いのかもしれない」
そんな清の言葉に呆れたのか、常和はため息を漏らしながら言葉を口にする。
「清。俺が心寧を好きな理由はさ、心寧が心寧らしく居てくれるからなんだ。俺の前でしか見せない一面もあるけどよ……それはお互いに今を受け入れてるからなんだ」
「今を受け入れる、か」
「そうだ。言うだろ? 高校生までの告白が好きで居続けたいと本気で思えるのかって」
常和の言っていることはごもっともだ。
高校生までの告白は所詮ただの遊びで、高校を卒業すれば縁が勝手に切れることが多い、と聞くほどだ。
(……俺は灯を好きで居続けられる。今直ぐに思いを伝えることが出来なくても)
清が大きく振りかざした剣は、常和が振るった剣に強く重くぶつかり、鈍くきしむ音を立てた。
「灯の事が大好きだから、告白して嫌われるのが怖い。でも、俺は諦めて折れる気はないから」
「その覚悟が宿っているような目! 流石は俺の最高の親友だな!」
その瞬間、常和が剣を勢いよく振るってきた。
清が反射的に剣を強く振るい受け止めた時、お互いの剣は鈍い音と共に崩れ落ちたのだ。
その後は少し休憩するためにベンチに座っていれば、隣に座っていた常和が声をかけてきた。
「清。清は清のままでいいんだ。だけどさ、気持ちを伝えられないで終わる後悔だけはするなよ」
「常和、ありがとう。わかっているよ」
言葉を言い切れば常和に軽く背中を叩かれたが、常和なりの後押し表現なのだろう。まだ告白するとは言っていないため、清は常和の行動にむず痒さがある。
常和と話を終えた後、清は家に帰宅していた。
静かに玄関のドアを開ければ、透き通る水色の髪を持った少女――灯がリビングから姿を見せた。
家の中なのにも関わらず、髪をポニーテールにしてまとめているあたり、料理をしている最中だったのだろう。
「清くん、おかえりなさい」
「ただいま」
この時、清は変に気持ちが落ち着かなかった。灯に思いを伝えたいと、常和に相談したのが原因なのだろうか。
「ご飯はあと少しで出来ますから……今日は清くんの好きなプリンも作ってありますよ」
「灯、ありがとう。いつもすまないな」
「どういたしまして。これくらいは当然ですから」
「……部屋で着替えてからすぐに下りてくる」
「え、あ、わかりました」
清は灯に感謝を言った後、階段を早足で駆け上がり、自室に入って部屋の壁へと額を当てた。
灯の前では気持ちが落ち着かないし、安静を保つのが困難になりそうだ。
(気持ちを伝えられないのが……こんなにも、もどかしいものなのかよ)
額を壁から離し、清は額に手を当てつつもその場に座り込み、気づけば涙が頬を伝うように流れていた。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
今回は、清くんの徐々に変わりつつある気持ちの変化に着目して、物語を進めさせていただきました。
清くんと灯は本当に仲がいいのに、すれ違った様な、近くて遠い存在同士……いつか花が咲くと、作者としては嬉しいものです。




