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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第一章:第三部

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第四十二話:君との願いと、魔法勝負の真実

「……灯、明らかにここだよな?」

「ええ、多分そうかと。扉の奥から空間魔法の魔力を感じますから」


 その日の授業が終わった放課後、清と灯は目の前の光景に少し驚いていた。それは、校内で今まで無かったところに不思議な扉が作られていたからだ。


(開けてみるしか、ないよな……)


 清は覚悟を決め、ドアノブへと手をかけた。すると思ったよりも簡単にドアは開き、魔法の空間を露わにした。


「とりあえず入ってみるか」


 灯が何も言わずに軽くうなずいたのを見てから、清は灯の手を取り、魔法の空間へと足を踏み入れた。

 見えていた魔法の空間は、のれんやカーテンの役割を果たしていたのだろう。


 足を踏み入れた矢先、ある人物――黒いフードを着た管理者が、椅子に座っている光景が目に入った。まるで来るのが分かっていたかのように、こちらを見てきている。


『君たちが来るのを待っていたよ。黒井君に星名君』

「ツクヨ……私たちが来るのを知っていたと?」

『ああ、もちろん知っていたよ。立ち話もなんだろう、そこに座ったらどうだい』


 管理者はそう言いながら、近くにある茶色のソファを指さしていた。

 清は灯と顔を見合わせ、お互いに大丈夫と思いながら、促されるままに二人でソファに座る。

 灯は座るなり小さく呼吸をしていた。それは、覚悟を決めて話す時にする癖なのだろうか。


「ツクヨ、願いはどの条件でも叶えられるの?」


 灯は棘のあるような言い方で、管理者に願いの有無を確認していた。


『私一人の権限で動かすわけではないから、願い次第、と言ったところかな。それで、願いは決まったのかね?』

「ええ、私たちの願いは」

「現実世界に行きたい。それだけだ」


 管理者は赤く光る瞳の仮面をしている為、表情はわからない。それでも、動揺しているのはわかる。

 今まで冷静な雰囲気を出していたのに、現実世界と言った瞬間、微かな焦りを見せたのだから。


 管理者の様子を灯と見ていれば、管理者は軽く一呼吸置いた。


『わかった。その願いは一度持ち帰って、管理者全体で相談させてもらおう……星名君、君も絶対に行けるようにするためにもね』

「……今だけは感謝しておきます」

『相変わらず、素直じゃない子だね』


 灯は管理者であるツクヨの事を前から知っていたみたいだが、ツクヨも灯の事を知っているのだろうか。この二人の会話から、直感がピリピリと感じさせてくる。

 灯が呆れたような表情をしながら立ち上がろうとしたのを見て、清も立ち上がろうとしたその時だった。


『ああ、もう少しだけ話していかないかね?』

「話すって何をでしょうか?」


 管理者には願いだけを言いに来ただけで、清としては灯の事も考えれば特に話す気がない。しかし、管理者がここで帰るのを引き留めてきた。何か裏があるのでは、と思えてしまう。


 ふと考えていれば、灯が制服の袖を引っ張ってきていた。


「清くん……気乗りはしませんが、聞くだけ聞いてみましょう」

「灯、本当に大丈夫か」


 灯が何も言わずソファに座り直しているあたり、無理をしているわけではないのだろう。

 この後何も起きなければな、と思いながら清も姿勢を正して座り直した。


『帰らないでくれてよかったよ。話したいのは魔法勝負について、だよ』

「ペア試験の時に話されたと思うのですが?」

『黒井君、良い着眼点だ。もし、それよりも詳しく、と言われたらどう思うかね』


 ペア試験のあの時に話されたのが全ては無かった、というのであれば聞くだけの価値はある。

 管理者の話を聞く前に灯の様子をチラリと見たが、冷たい視線であること以外は問題ないだろう。


「……清くん。そんなに心配しなくとも、本当に大丈夫ですよ」

「そうか。気にしすぎていた、すまない」


 灯を少しだけ見ただけなのに、心配していると感づかれていた様だ。

 清は胸を軽く撫で下ろし、雑念を捨てて管理者の話に集中することにした。


『大丈夫そうだね。では、話を始めようか』


 管理者は軽く一呼吸置いた後、魔法勝負について話し始めた。


『魔法勝負はね、弱者や強者関係なく楽しめるために用意された……魔法世界特有の習わしだよ。魔力の質に差があれ、今は魔力シールドさえあれば誰とでも競えるだろ? だがね、当初はそれだけでは駄目だったのだよ』


 魔石自体の質が違いすぎる、というのを除けば平等に競える。しかし、魔法の威力に差があって平等、と言えるのだろうか。

 それと気になるのは、当初は、という過去を連想させる言葉だ


『……魔法勝負での賭け事が頻繁に起こっていたよ』

「賭け事って……」

「ツクヨ、今では賭け事は禁止のはずですよね」

『今はそうだね。今でも魔法使用の制限は設けていないけど、当初はそれだけで勝てて、勝者は敗者に賭け事を実行させていたよ。そうなれば、後はペア試験で話した通りだよ』


 魔法勝負は今では誰もが楽しめる……管理者がペア試験で言っていた『平和を願った犠牲の上で創られた』が何を意味していたのか今なら理解できる。


 魔法勝負の本当の意味を知った清は、息を呑んだ。

 内心で驚いていたその時、灯がそっと清の手の上へ、手を重ねる様に優しく置いてきた。ふともう片方の自分の手を見れば、微かに震えている。


 清が気持ちを落ち着かせながら、灯の方を見れば小さく微笑んでくる。それでも、手の上に重ねられた灯の手も震えているのが分かる。

 魔法勝負は例外を除き、ずっと安全だと思っていた。灯も同じ考えだったのだろう。


「灯、大丈夫か?」

「……大丈夫ですよ。清くんこそ、手が震えていますけど……大丈夫ですか?」

「大丈夫だ」


 大丈夫、というのは嘘に近い。

 今まで何も意識していなかったことの真実を知れば、動揺するのは当然だろう。

 ふと気づけば、管理者が静かにお茶の入ったカップを目の前のテーブルに置いてきていた。


『暗い話をすまないね。それでも飲んで、少しは落ち着いたらどうだい』

「……いただきます」

「有難く飲ませていただきます」

『人の優しさには素直だね。良かったよ』


 管理者が小さく呟いた言葉に疑問を抱きながらも、清はカップへと口を付けた。喉を通り体内へと染み渡るお茶は、自然と気持ちを落ち着かせてくる。

 お茶を飲んでいれば、清はある違和感を持った。それは、どこかで飲んだことがあるのか、と思えるほど慣れた味わいだったからだ。


(これは……考えすぎ、なのか?)


 清が疑問を抱いていれば、管理者が言葉を発した。


『飲んでいるところ悪いが、そういえば黒井君。記憶のカケラ、二つ戻ったのだろう?』

「……何で知っているんだ」

『魔法世界を管理する者、だからね。知っていてもおかしくないと思うがね』


 魔法世界の管理者、という言葉で納得できるとでも思っているのだろうか。

 清の記憶の一部である、記憶のカケラが二つ戻っているのは事実だ。しかし、どうやって管理者が情報を知ったのかが問題だろう。

 チラリと灯の方を見れば、灯は不思議そうな顔をしていた。


「ツクヨ、なぜ今聞くの」

『いやなに、ちょっとした好奇心だよ』

「管理者、結局は何を言いたいんだ?」


 このまま話していても埒が明かない、と清は判断し、灯が喋るよりも早く管理者に尋ねた。


『黒井君の魔法……つまりは記憶と関連して、星の魔石の本来ある――』

「ツクヨ。それを今触れる気で?」


 管理者の言葉を遮った灯の周りには、無数の魔法陣が展開されていた。魔法陣が向いている矛先は、もちろん管理者だ。

 慌てて灯の方に目をやれば、怒ったような表情をしているとわかった。それは、透き通る水色の瞳が魔力を帯び、星のような光を強くともしていたからだ。


 管理者に魔法が効かないとはいえ、空間を破壊する事態が起きれば話は別だ。


『こちらとしては思い出されたら都合が悪いからね。今は話さないよ』


 その言葉を聞いたからなのか、灯は展開した魔法陣を消していた。それでも、どこか気がかりがあるのだろう。灯の表情は曇ったままだ。

 清はその場を立ち上がり、灯の手を優しく握った。


「すいませんが、そろそろおいとまさせていただきます」

『こちらこそ貴重な若者の時間を奪ってすまない。気をつけて帰るようにね』

「ええ、では失礼します。……灯、行こうか」


 清は小さくうなずく灯の手を引き、管理者の部屋を後にした。


 二人で外に出て空を見上げれば、夕日が沈みこもうとしていた。

 灯は少し歩いて落ち着いたのか、繋いだ手を優しくしっかりと握りしめてくる。

 無言で歩く時間が続いていたが、灯が落ち着いたことを察して、清は言葉を口に出した。


「灯、嫌でなければでいいんだけどさ。管理者の言っていた俺の魔法について……灯は知っていたのか?」


 記憶のカケラが不足している、というのは清も薄々わかっていた。それでも確信が持てずに悩んでいたが、今日の出来事ではっきりとした。


 灯は少し悩んだ様子を見せた後、静かに小さく呼吸をした。


「これはあくまでも私の推測ですが、最後の記憶のカケラに魔法が関わっているのは事実かも知れません。でも……」

「でも?」

「現段階、魔法世界だけで思い出すのは不可能に近い、としか言いようがないのです」

「……思い出すためのカケラが足りていないって言ったところか」


 灯がうなずいたのを見るに間違いではなさそうだ。

 灯が魔法世界だけではと言っているあたり、現実世界に行けば何かわかるのかも知れない、という希望があるのだろう。


(小さな希望が何も無いよりかはマシか)


「灯、これからもよろしくな」

「ふふ、これで何度目ですか? 清くん、こちらこそよろしくお願いします」


 灯が清の手を優しく握り直し、微笑みながら清の方を見てきていた。

 この微笑みに一体何度救われるのだろうか、と思いながらも、灯の手を優しくそっと離さないように握り返した。


 気づけばお互いにいつも隣同士で、近くて遠いような距離、交わした大切な約束はズルさも感じさせて、清と灯は月明かりが照らし始めた帰り道を静かに歩いた。

この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。

謝罪:後書きにても補足させていただきますが、今回の話でもあった通り、この第三部で清の記憶が全て戻るのは見送らせていただくこととなりました。第三部で戻るのを楽しみにしていた読者様がいましたら、大変申し訳ございません。

ですが、簡単に思い出させたり、いい加減なやり方での思い出し方は絶対にないと、ここに心より誓わさせていただきます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 清が過去の記憶を、取り戻すこを管理者が恐れているような気がしました。そしてきおくが清の、魔法に関係がある? また謎が深まりました。 清の記憶の、カケラが現象世界に? 気になります! し…
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