第四十話:四人で見る初日の出
「清くん、起きてください」
自分の名を呼ぶ優しく聞きなれた声。
呼ばれた方向に手を伸ばしながら、重たい瞼を持ち上げて優しく目を開ける。
気づけば伸ばしていた手は、ふわりとした温かさに包まれている。それは、いつも握っていてくれる優しい手の感触だ。
ぼやけた視界には水色の髪が揺らめき、透き通る水色の瞳が顔を覗き込んでいるようだ。
眠たい目を擦り視界を戻せば、見えてくるのは隣で一緒に寝ていたはずの少女の姿だ。
「……あ、灯?」
「清くん、おはようございます」
確認のために名前を聞いてみたが、優しい声の挨拶が返ってきた。そして、握っていた手を優しく離される。
灯の方にしっかりと目をやれば、服を着替えているあたり、清より先に起きて準備していたらしい。
時計を見てみれば、まだ朝の五時前のようだ。
「四人で初日の出を見に行く約束、忘れていませんよね?」
「あ、すまん。今すぐ準備する」
準備するために起き上がろうとしたのだが、清はあることに気が付いた。灯の頬が何故か赤くなっているのだ。
灯の隣で一緒に寝てしまったのは事実だが、頬を赤くする理由なんてあるのだろうか。
「灯、頬赤いけど……何かあったのか?」
「う、これはその……うるさいです! うるさいお口は、この口ですか?」
灯はそう言うと清の顔へと両手を伸ばし、両頬を引っ張ってきた。また躊躇なく引っ張ってくるため、頬がじわじわと痺れを感じさせてくる。
「灯、俺が悪かった! やめてくださいおねがいします」
「しょうがないですね。今回はこれくらいで許してあげます」
どうにか許されたようで、頬が痺れを負うくらいで済んだ。
灯は頬を引っ張って満足したのか、どこか清々しさすらも感じさせている。それを指摘すれば、清は今度こそ見逃してもらえないだろう。
清はソファから立ち上がり、準備をするために自室へ戻ろうとした。
「灯、行く準備してくる」
「わかりました。私は軽く食べられるものでも用意しておきますね」
「いつもありがとうな」
清が感謝を言った後、その場は一時解散となった。
支度が終わりリビングに下りれば、待っていた灯がおにぎりを手渡してきた。
「いつもすまない」
「ふふ、これくらい好きでやっていることですから」
おにぎりを有難くいただきながら、少し経った後に清は時計を見た。気づけば、待ち合わせの時間は刻一刻と近づいていたようだ。
残っていたおにぎりを口にほおばり、灯と一緒に玄関へと向かった。
「よし。鍵はしっかり閉めたから大丈夫だ」
玄関の戸締りをしっかりと確認した後、転送魔法陣の方に向かおうとした時だった。
「……あれは」
灯が声を出して気づくのと同時に、魔法陣から二人の人影が姿を現した。また、二人もこちらに気づいたようで手を振っている。
「よっ、お二人さん。明けましておめでとう」
「常和に心寧、明けましておめでとう」
「あかりーにまことー、あけおめだね」
「明けましておめでとうございます」
新年早々この四人で集合できるのは、発案者である心寧のおかげだろう。
「清に星名さん、話は移動しながらしようぜ」
「そうだな」
返事をした後、清たちは家を後にした。
道中はやはりというか、太陽が出ていないのもあり暗いままだ。
灯は怖いのか手を繋いでくるため、二人から温かい眼差しを向けられる事となった。
変にいじられなかっただけ、まだマシな方なのだろう。
そうこうしているうちに、初日の出を見る場所に着いたらしい。
家からあまり離れていない場所に、河川敷があったのは知らなかった。また、ここら辺で川が流れているのは珍しい程だ。
ふと周りを見渡せば障害物は無く、ましてや人気もない。
「俺ら以外に誰も居ないんだな」
「そっかー、二人は知らないよね」
「心寧さん、どういうことですか?」
心寧の言葉に灯も疑問を持ったらしく、即座に聞き返している。
心寧が答えるよりも先に、常和の方が話を繋いだ。
「魔法世界の初日の出はさ、嫌われているんだよ。こんな固定時間の太陽は模造品だって」
「それでも、とっきーとうちは毎年見ているけどね。それにさ、二人の大切な瞬間でもあるからね!」
「そうだったのか」
「そうだったのですね」
「それにさ、周りがどう言おうが俺らには関係ないからな。な、心寧」
「うん。とっきーの言う通りだよ」
不自然にも程があるとは思っていたが、嫌われているとは知らなかった。それよりも、常和と心寧の大切な瞬間、という大事なところにお邪魔してしまってよかったのだろうか。
(一応、聞いてみるか)
「そんな大切な瞬間にさ、俺と灯が一緒でよかったのか?」
「清、この四人で見たいから誘ったんだ……他に理由なんて必要か?」
どうやら、清は余計に神経を使いすぎていた様だ。
笑いながらも真剣に言う常和は、誰よりも周りを大切にしている。そんな仲間思いの気持ちを、清は危うく無下にするところだった。
「確かに理由なんて必要ないな」
「はいはい! 暗い話はそのくらいにしてー、初日の出までは少しだけ時間があるから、四人で楽しく話そう!」
心寧が楽しそうな表情で、暗い空気を一気に吹き飛ばしたのだ。
清が灯の方にふと目をやれば、小さくうなずいたのが見える。
「そういえば、お三方は今年の目標とかあるのですか?」
疑問そうに灯が三人に対して尋ねてきた。
清に常和、心寧は悩むように考え込んでいる。
(今年の、目標か……)
清は普段から目標無しにやっている為、具体的な一例が思い浮かばない。
ふと考えていれば、急に心寧が声をあげた。
「見てよ三人とも!」
心寧の指さす方を見てみれば太陽が昇り始めている。気づけば時間になっていたらしい。
清の目に映るのは、オレンジ色の光が空を染めて、あたり一面の暗闇を照らして輝く太陽だ。
これだけ美しく綺麗にも関わらず、この魔法世界で嫌われているのが疑問にすら思えてしまう。
「……すごく綺麗ですね」
綺麗と言葉を漏らす灯の隣で、心寧が太陽に向かって手を伸ばしている。
「一人でなく、この四人で輝いていたいね」
太陽を見ながら心寧が小さく呟いていた。
心寧の今年の目標、というよりは未来への希望なのだろう。
心寧の言葉に押されたのか、隣で見ていた常和が口を開いた。
「現実と魔法の世界という境を超えて繋がった絆だ……絶対に輝いていられるさ」
その自信はどこからと思ってしまう。それでも、信頼性が高いのは常和だからだろう。
気づけば、灯が清の服の袖を引っ張ってきている。
清が目を合わせれば、灯はいつもより柔らかい微笑みを見せた。その表情を見るに、灯と考えていることは同じなのだろう。
「常和、グループの絆は永遠に不滅、なんだろ?」
「そうですよ。この四人なら、どんなことでも乗り越えられるって」
常和と心寧は言われる、と思っていなかったのだろう。驚いたような表情をして固まっている。
「……そうだったね」
「あの時の約束、だったよな」
この数か月で色々な出来事が起きたため、常和達は忘れていたのだろう。そして、約一か月前の話は花を咲かせた。
気づけば、太陽は全体を見せて空で輝いている。
その後、初日の出を四人で見終わり帰路を辿っていた。
灯は心寧に手を引かれながら、清と常和の前を歩いている。
清の隣で歩いていた常和が声をかけてきた。
「清、この四人で居るのは楽しいな」
「常和、俺もそう思うよ」
魔法は今でも嫌っているが、使えたからこそ今こうして四人は集まれている。それはまた、使えなければ会えなかったことを意味している。
生まれが違っても、出会えた奇跡には感謝しか湧かなかった。
清は魔法を使うのに嫌気があるものの、救える命があるのなら惜しみなく使うつもりだ。
自分と同じ過ちを繰り返す人を無くすには、魔法が必要不可欠なのだから。
気づけば、前を歩いていた灯と心寧が手を振っていた。
「二人ともー、後ろ歩いてないでこっちおいでよ!」
「清、美女二人に呼ばれたら行くしかないよな!」
「……常和は本当に彼女には甘いよな」
「お前がそれを言うのか?」
常和と笑い合いながらも、灯達の方へと小走りで向かった。
「清くん、古村さんと何を話していたのですか?」
「常和が彼女に甘いなって」
「まことー、もしかして自覚ない?」
「心寧。どういう意味だよ……それ」
心寧が笑って誤魔化しているあたり、答える気はないのだろう。
ふと気づけば、灯が清の手を握ってきていた。
その様子を見ていた常和と心寧に、ニヤニヤされているのは諦めるしかないだろう。
輝く太陽の下を歩き、話しながら帰る四人に笑顔が絶えることはなかった。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
これにて第一章の第二部は完結となります!改めまして、第二部を最後までお読みいただきありがとうございました。
最後に。今後とも「君と過ごせる魔法のような日常」をよろしくお願いします!