第三十九話:君と魔法のような年明け
※今話は二つの日付で物語を描いております
ペア試験にクリスマス、家族との記憶が戻る等の慌ただしい日常から一変して、気づけば十二月三十日……大晦日の前日となっていた。
家族の話をしたことで灯との関係性が変わる、ということもなく普段通りのままだ。
それとは別に、灯は疲れ気味なのだろうか。最近はうたた寝やお昼寝をすることが多くなってきているのだ。
心配しても「大丈夫ですよ」と笑顔で返してくるので、あまり気にしないようにはしている。
「清くん? どうかされましたか?」
「い、いや、別に……」
「その含みのある言い方、気になりますよ」
「本当になんでもないから」
そう言うと灯は分かってくれたのか、微笑みながら手に持った本へと視線を戻していた。
清が灯の隣に座りながら考えるような仕草をしてしまったせいだろう。そのため、悩んでいるように思われたに違いない。
灯の様子に関しては、確かに常和や心寧に相談してしまったくらいだ。
その時は二人から温かい視線で見られ、ニヤつかれた後に根掘り葉掘り聞かれそうになった。
常和からしてみれば『心配しすぎる程度が今のお前には丁度いい』という感じらしい。また心寧は、成長したね、と謎めいたことを言っていた。
ふと気づけば、灯がまたもやこちらを見てきていた。
「今度こそは悩んでいましたよね?」
「悩んでないから。実際は灯の方が悩んでいるんじゃないか?」
「ええ、悩んでいますよ」
なんと、灯は素直に悩んでいると認めたのだ。
何を悩んでいるのか聞く前に、灯は続きを話し始めた。
「大晦日前なのに大掃除とかのやることがないな、と」
「まあ……普段から掃除だけは完璧だからな」
「それは認めざるえない程に凄いですよね。それに、清くんはおせち料理を好んで食べないでしょうし」
おせち料理を灯に嫌いとか言ったことは無いのだが、好き好んで食べないことがばれていた様だ。作る予定があったのなら、申し訳ない気持ちがある。
「ですが、おせち料理の代わりになるかはわかりませんが、別のもので代替えは作る予定です。もちろん、清くんの分も作りますよ」
「そ、そうか。灯、ありがとう」
好まないせいでの変更には申し訳なさもあるが、清は楽しみな気持ちが上になりそうでもある。
灯が読んでいた本をテーブルに置き、違う本に手を伸ばそうとしていた。
清が寄せるように手を伸ばし、灯の近くに取ってあげれば、嬉しそうな表情で清の方を見てきたのだ。
「あ、ありがとうございます」
「別に。これくらいはな」
感謝をした後に、灯は本を優しくめくりだす。その優しい触れ方は、物に対する丁寧さの表れと言ったところだろう。
少し気を抜こうとした時だった。
テーブルに置いておいたスマホがメッセージを受信したようで、急に音を鳴らしたのだ。
近くに置いてあった灯のスマホと同じタイミングだったため、片方だけが見ればいいと直感で分かる。
灯の方に目をやれば、灯もわかったように目を合わせてきた。
「多分、最近のあれだよな」
「そうだと思いますよ。私は他との関わりはないですから」
魔法世界では他の人と関わっていない、と軽く暴露した灯を不思議に思えばいいのだろうか。
(……黙って流すのが賢明か)
清が苦笑いしつつもスマホを手に持てば、灯が隣から顔を覗かせてきていた。見られて困るものはないので、問題はないだろう。
メッセージを確認してみれば、やはり、先日追加されたグループ内に送られていた。
内容を見てみれば『初日の出を四人で見に行こー! 決まりね!』というものだ。
「心寧さん、相変わらずですね。予定は無いと言いましたが」
「とりあえず、大丈夫とだけ返しといていいか?」
「私は構いませんよ。この四人で見られる、良い思い出にもなりますからね」
笑顔で言う灯を横目に大丈夫、という返信だけはしておいた。
休日であっても四人で集まる機会を作ってくれる心寧には、感謝しかないだろう。
魔法世界の初日の出は七時固定らしく、六時くらいに自宅前に集合となったのだ。自宅前が集合場所なのは常和曰く『清の家からの方が近い』という理由らしい。
無理に違う場所に集まるよりかは良いため、断る理由はなかった。
「年明け後、すぐに会えるのが楽しみですね」
「そうだな。楽しみだな」
夜が明ければ十二月三十一日、年の最終日である大晦日を迎えていた。
昼前にも関わらず、灯はキッチンで忙しそうにしている
初日の出の後に、おせち料理の代替えを食べられるようにと準備しているらしい。
何を作っているのか灯に聞いてみたのだが、食べるまでのお楽しみです、と言われてしまったのだ。
秘密にしていたいのであれば、無理に詮索する必要はないだろう。
それから全ての準備が終わったのは、夜前である夕方過ぎだった。
夜ご飯を食べ終わり、お風呂も済ませた後、時間を置いてからリビングに向かえばある姿が目に入った。
朝からずっと作り続けていたからだろう。灯は疲れた様子でソファに座り、うとうとしているのだ。
「灯、大丈夫か?」
「あ……清くん、大丈夫ですよ。心配ありがとうございます」
灯の反応が遅れたのを見るあたり、疲れているのは間違いないだろう。
近寄って隣に座れば、微かにふわりとした甘い香りがしてくる。灯がお風呂後なのもあり、シャンプーの香りがするのは当然といえば当然だろう。
「年越しまで、ゆっくりと話して待つか」
「そうですね。嬉しいです」
「何が嬉しいんだよ」
「嬉しいものは嬉しいのですよ?」
「そうかよ」
何故か微笑みながら言ってくる灯に疑問を抱きつつも、他愛もない雑談をしていれば時が過ぎるのはあっという間だ。
ふと時計を見れば、年明けまで残り五分を切っていたのだ。
年明け前の現実世界なら、テレビやラジオで年越し番組等があるのだろう。だが、この魔法世界では電波放送は存在しないのだ。
時計の針の動く音だけが、空間に鳴り響いている。
「そろそろ年明けの時間ですね」
「ああ」
時計の針の長針と短針が十二時に重なった瞬間、世界は次の年へと時間を動かしたのだ。
「灯、明けましておめでとう。……何をしているんだよ?」
「清くん、明けましておめでとうございます」
灯が手の平を前に出し、魔法陣を小さく展開していた。
ふと疑問に思っていれば、魔法陣から氷の粒が舞い上がり、氷で美しい花火を作り出したのだ。
「今年もよろしくお願いします。花火を作ってみました……綺麗でしたか?」
「こちらこそよろしく。灯みたいに綺麗だったよ」
「うう……急にそうやって言うのは、ズルいです」
灯が恥ずかしそうに肩を優しくポコポコ叩いてきたのだが、清は意味が分からなかった。
魔法のような新年の挨拶になったが、年明け初の大切な思い出になるだろう。
朝から初日の出を見に行くとなれば、起きる時間や準備する時間を考慮し、もうそろそろ寝た方がいいだろう。
灯は十二時過ぎまで起きていることが滅多にないらしく、そこも考慮すれば尚更だ。
「灯。朝早いだろうからそろそろ寝ようか」
「うー……もう少しだけ起きて……清くんと話していたいです」
灯は眠気に負けかけているのか、寝ぼけたような声を出している。普段の灯からは想像できない程、甘くて可愛い声だ。
(――その声は反則だろ)
この状態で話を続けようものなら、明らかに清の精神が持たないのは本人が一番自覚している。
灯を部屋に戻そうにも、灯の部屋は魔法で念のため結界を張ってある。それは、清ですら解除できない合成魔法の代物だ。
今なら灯が起きているから結界は問題ないが、万が一寝落ちする事態が起きれば話は別だ。
他に考えられる手段は、このまま灯が満足するまで話すくらいだろう。しかし、寝落ちしそうな灯と話すのは、清の気持ち的には怖さがある。
ふと気づけば、灯は瞼が閉じそうで閉じない半開きにしつつ、こちらの方を見ていた。
「あ、ごめんな。どうした?」
「……甘えたいです」
「それは無理だ」
「うー」
「そんな顔しても、無理なものは無理だ」
灯はどうしても甘えたかったのか、頬を膨らませてまでこちらを見てくる。それと同時に、服の袖を手で優しく引っ張ってくるため、清の精神は限界を迎えそうになっている。
このままだと状況は変わらないと思っていたが、先に睡魔に負けそうになったのは清の方だった。
「……灯すまない。俺、そろそろ眠いから部屋に戻っていいか?」
これを好機とでも思ったのだろうか。灯が急に肩へともたれかかってきたのだ。
突然の出来事に思考が止まりかけたが、清は何とか意識を保てている。しかし、灯だけならまだしも、睡魔という悪魔も同時に襲ってきていた。
「あ、灯も部屋に戻ろう、な?」
「嫌です」
灯は断ってきた挙句、いきなり抱きしめてきたのだ。そして、清の右肩に頭を乗せて、小さく寝息を立て始めていた。
数分もすれば、至近距離で聞こえてくるのは灯の可愛い寝息だけだ。眠っているのにも関わらず、抱きしめた腕を離そうとしない。
最初こそは距離感があったものの、清は安全な人物として灯の中では存在していたらしい。
記憶を思い出していく中で、最初よりも態度は柔らかく、接しやすくなっていた。
だから今こうして、安心して清の傍で眠っているのだろう。
(本当に今までありがとう。そして、これからもよろしくな……)
そう思っていたのも束の間、眠気が限界を迎えていたのだ、
灯を起こさないようにしつつ、温かい手のぬくもりを感じながら、清は目を閉じた。
寝ている際にいつの間にか、灯の方へと首が傾いていたのだろう。
しかし清が気づくことは無かった。
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
世は夏序盤だと言うのに、この世界は年を越してすらいなかったようですね。
作者は今年の目標を「やりたいことを見つけてやる」にしてました。こうして小説を書けてるのも、やりたい事として見つかったおかげです。
読者の皆様も、今年の目標をふと思い出してみてはいかがでしょうか。




