第三十八話:君が居てくれてよかった
「灯、準備は大丈夫か?」
「ふふ、大丈夫ですよ。少ないですから」
時と共に夕日が差し込みかけていた頃、外へと出かける事になったのだ。
準備を終えてリビングに向かえば、温かそうな服を着た灯が椅子に座って待っていた。
家族事情を灯に話したことで、気を使わせているのかもしれない、と思ってしまう。
明るい表情で気にしている様子を見せずに、灯は清の手を取り握ってきた。
「じゃあ、行きましょうか」
「……ああ」
清は灯の手からカバンをサラッと取り、優しく握った手を離さないように家を出た。また、嬉しそうに灯が寄り添ってきた為、慣れているにも関わらず恥ずかしさがある。
少し歩けば鳴り響く足音と、冷たい十二月の風が肌をなぞり、体温に寒さを感じさせる。
何も話さないで灯に手を引かれていれば、ある場所――もはや、馴染み深い場所が目に入った。それは、灯と初めて魔法のような出会いをした草原だ。
十二月にも関わらず緑豊かな生い茂る木々や草花を抜け、木に囲まれた草原へと二人で出た。
中央へとゆっくり向かえば、灯が清の手を少し強く握ってくる。
「ここに来るのも久しぶりだな」
「先月ぶりですからね」
「あの時も……記憶、だったな」
「まるで運命みたいですね」
運命と言えば運命なのだろうか。または運命のいたずら、とでも言ったところだろう。
ふと考えれば、灯が服の袖を掴み引っ張ってきていた。
「星を眺めたかったのですが……少し早すぎたみたいですね」
「なら、夜になるまで話すか」
「はい」
少しだけ空を見てみれば、夕日が境目となり、夜の帳が落ちきろうとしていた。
灯に視線を戻せば、微笑んだ表情を見せてくる。それは好きな人にやるものでは、とすら思えてしまう。
そう思っていれば、灯が先に口を開いた。
「清くんは今後どうしたいですか?」
いきなり聞かれた質問に、清は理解が遅れた。
今後、というのは何を指しているかにもよるだろう。
「今は……俺らしく、清として生きていたい」
「……家族の事を思い出したからですよね」
「ああ、そうだな」
気にした様子を見せないで話したつもりが、灯は心配そうな顔でこちらを見てきた。その見つめてくる水色の瞳は、何かを訴えているようにすら思える。
その時、冷たく吹いた風は草木を優しく揺らし、自然の音を鳴らした。
「家族とは、会いたいですか?」
「……すまない。それは考えてなかった」
「清くんが謝る必要はありませんよ。私こそ、急に聞いてごめんなさい」
家族とは血の繋がった存在。それ以上でも、それ以下でもない。しかし一つ違うと言えば、家族と居る幸せ、という言葉が存在しなかったくらいだ。
暗くなりかけていた気持ちを誤魔化すように、別に気にするな、と言えば灯は嬉しそうに体をそっと寄せてくる。
過去の灯は普段から一人で居たため、ずっと寂しかったのだろう。そう思えば、今まで灯の気持ちに気づいたふりをしていた、ということになる。
(灯には、これ以上寂しい思いをさせたくないな……)
灯とは一つ屋根の下で一緒に住んでいる関係だ。それでも、好きという気持ちが湧かないわけではない。
ただ単に嫌われるのが怖い、と清は思っている。大切な存在を何度も失いたくない、というエゴに近いだろう。
ふと気づけば、夜の帳は完全に落ちており、辺り一面を黒く染めていた。
「夜になりましたね……」
「怖いか?」
「ふふ、怖いと言ったら?」
「手でも握っていてやる」
「清くん、ありがとう」
清は黙って灯の手を握ったままにした。とても優しく温かい手を。
夜空で光輝く無数の粒に、雲の隙間から月の明かりが差し込んで二人を照らしてくる。
「清くんは、私の事をどう思っていますか」
灯から不意に小さく呟かれた言葉。それを清の耳は聞き逃さなかった。
辛いときはいつも傍に居て支えてくれて、知らないところでずっと守ってくれていた。また、長く一緒に居る関係では、一番親しい存在に近いだろう。
「信頼している」
灯が何も言わずにうなずいたのが見えた。
その時、風が弱く吹き、灯のロングヘアーを優しくなびかせたのだ。透き通る水色の髪は月明かりに照らされ、宙で星の光を反射し輝いている。幻想的とはこのことなのだろうか。
「鈍感……」
「なんか言ったか?」
「ふん、別に。あ、そうでした」
灯は何故か少し不満げにしつつも、自身のカバンへと手をかけた。
清が不思議そうに見ていれば、中からは包み布が二つと、水筒が取り出されたのだ。
それを見ていれば灯は包み布を一つ、目の前へと差し出してきた。
「おにぎりです。清くん、お昼を食べないで寝てしまいましたからね」
「そうだったな。灯、ありがとう」
「温かいお茶もありますからね」
灯に感謝を言いつつ、清はおにぎりの入った包み布を受けとった。
布を開けば、中にはおにぎりが二つ入っている。灯のおにぎりはとても美味しく大好物なため、清は気持ちの底から嬉しくなった。
心から喜んでいれば、灯がお茶の入った紙コップを渡してくる。受け取ろうとしたその時、微かだが灯の腕が震えているのに気づいた。
「あ、灯、少し待ってくれ」
「え、は、はい」
不思議そうな表情をしている灯を横目に、清は自身のカバンを漁った。
(持ってきておいてよかった)
「ほら、これ」
冷え症である灯の事を思い、カバンの中にパーカーとブランケットを入れておいたのだ。
灯の手から紙コップを受け取りつつ、パーカーなどを手渡した。
使ってない新品だから大丈夫だと思うが、灯がギュっと抱きしめて温かさを確認する仕草をしているのが、内心恥ずかしくなる。
「……ありがとうございます。清くんなら優しいから、信じていましたよ」
危険が無いとわかってくれているからなのか、灯が素直に着てくれたのでよかった。
ブランケットを膝にかけた灯がゆっくりとおにぎりを食べている。おにぎりやお茶を口にしつつ、清は星を見ながら灯に話しかけた。
「あのさ、家族と会いたいか、という話の続きなんだけどさ」
「……考えがまとまりましたか」
「ああ。現実世界に戻って、家族と話をつけたい」
聞いた灯は少し驚いたような表情をしていたが、すぐに真剣な眼差しでこちらを見てくる。
「あなたを苦しめた親と再度向き合う、それを理解していますか?」
「理解しているさ。だからこそだよ」
決めた決意が揺らぐことはない。たとえ、どんな結末が待っていようとも、受け止めようと決めたのだから。
今は灯という大切な存在が居て、常和や心寧と言った頼れる存在も居るのだ。
過去から怖がって逃げてばかりでなく、しっかりと目を向けたい。そして、操り人形に――さようならをする為にも。
「わかりました。……出来るかわかりませんが、叶えてもらう願いは現実世界に行くことにしましょうか」
「いいのか?」
「いいのです。叶えてもらう願い、と聞いた時から決めていた事ですよ」
この灯の発言からするに、現実世界に行きたい、となるのがわかっていたようだ。
灯が記憶のカケラを持っていたのを考慮すれば、必然的にわかるものなのだろうか。
「問題としては……私も一緒に行けるか、と言ったところでしょうかね」
「そう言えば、灯は現実世界に帰れなくなったって言っていたよな? どうしてなんだ?」
「それを今は話す気が無いです。でも、ツクヨと話す時に嫌でもわかりますよ」
触れてはいけない禁忌と言うのだろうか。管理者の名前を出し、棘を見せるような口調をされてまで深堀する気はない。
今は、お互い共通の願いを持てたことに喜んでおくべきだろう。
それから星を眺めながらおにぎりを食べ終われば、その直後、灯が急に抱きしめてきたのだ。
首に手を回しつつ、清の肩に顔を置くように抱きしめてくる灯。それは、とても可愛らしく、ずっと甘えさせていたいと思えるほどだ。
灯の髪からする微かな甘い香りに、ふわりとした柔らかい温かさが安らぎを感じさせてくる。
抱きしめ返すようにそっと頭を撫でてあげれば、灯は体をピクリと震わせた。
「星、綺麗だな。灯のように」
「え、今何て!? もう一度言ってください」
「ふん、忘れた」
「馬鹿。素直じゃないですね」
「素直じゃないのはどっちだよ……」
灯と他愛もない話をしながら、馬鹿みたいに笑い合って、これからも星空を二人で見続けたい、と思ってしまうのは欲張りなのだろうか。
この時、抱きしめたまま微笑む灯の可愛い笑顔を守り通したい、と清は心から思ったのだ。
かれこれ星を数十分は眺めていたのだろうか。
「灯、そろそろ帰るか」
「そうですね」
微笑みながら言う灯の顔は、差し込んだ月明かりに照らされ輝いて見える。
その場から立ち上がると同時に、清は灯の手を優しく握った。
「灯。改めて、その……これからもよろしくな」
「ふふ、こちらこそよろしくお願いします。清くん」
帰路を辿ろうとすれば、月明かりが導くように二人の歩く道を照らしていた。
(近くて遠い、でも、灯のこの手だけは……何があっても絶対に離したくないな。傍で守ってくれていた、大切な存在だから)
この度は、数ある小説の中から、私の小説をお読みいただきありがとうございました。
三話に渡り描かれた、清の家族との記憶はいかがでしたでしょうか?
二人が送る、今後の展開はどうなっていくのでしょうかね。
第二部はもう二話ほどで終わりになります。今後とも「君と過ごせる魔法のような日常」をよろしくお願いします。




