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君と過ごせる魔法のような日常  作者: 菜乃音
第一章:fragment of memory
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第四話:君の存在は近くて遠い

「黒井さん、おはようございます」

「……おはよう」


 朝起きてリビングに向かうと、灯がキッチンで朝食の準備をしていた。

 昨日から一緒に住むことになったのは言うまでもない。しかし、灯が朝食を作ってくれるとは聞いていなかったため、嘘と思える光景には驚くしかないだろう。


 清が立ったまま停止しているのを灯は不思議に思ったのか、首を傾げて見てきていた。そして、思い出したように、はっとした表情をしている。


「昨日の夜、明日から朝ごはんを作ることを伝えに行ったのですが……寝ていたようなので言いそびれていました。すいません」

「いや、星名さんが謝ることじゃない。こちらこそすまない、朝ごはんを作ってくれるのはとても助かる。ありがとうな」


 舞い降りた天使とは、まさにこの事だろう。

 料理が作れない清からしてみれば、灯が料理を作ってくれるのは棚から牡丹餅以上にありがたいものだ。


 灯に手伝いを聞いたところ、もうすぐで作り終わるようなので、清はそっと食器を灯の手が届くところに出しておいた。


 料理の盛り付けが終わり、テーブルの上を色鮮やかに彩っていた。

 灯は和風の料理が好きなのだろうか。朝食は白米に味噌汁、卵焼きと焼き鮭が並んでいる。


 卵焼きが引き続き食卓に並んでいるのは、昨日お話をしていた時、灯に美味しかったと伝えたからだろう。これを見た清は、灯の小さな気づかいに心の中で微笑んだ。

 席に着いてから、食材への感謝を告げ、朝食に手を付け始める。

 清が卵焼きを口に運んで美味しそうに食べている時、灯の手が止まっていた。


「そういえば、黒井さんは学校で流れている噂聞きましたか?」

「……噂? 何のことだ?」


 学校で他人との関わりが無いに等しいため、灯の方から教えてくれるのはありがたいものがある。


「ザックリと言いますね。見張りの回らなくなった学校側が、私たち生徒でペアを組ませるかもしれない、って噂です」


 一瞬気後れした清は、誰と組めばいいんだ、という思考が頭をよぎった。

 常和に関しては彼女がいるため、彼女と組む未来は絶対と言えるだろう。

 噂なわけであり、確定事項ではない、と気づけば自分自身に言い聞かせていた。


「もし仮にそうなったら、星名さんは誰と組む予定なんだ?」

「仮になったとしても私は誰とも組みませんよ。私の魔法がどれほどの知名度かはご存じでしょ?」


 灯が誰とも組まないというのは、自分の身を案じての事か、周りとのいざこざを避けるための事だろうと清は思った。


 灯の魔法は学校での知名度も高く、少数制のこともあり、魔法目的の男が寄ってきているのをよく耳にする。

 灯が誰かとペアなんて組めば、その矛先は火を見るよりも明らかに相方へと行くだろう。


「すまない、聞くべきではなかった」

「いえ、私がさきに言ったことなので気にしないでください」

「ありがとう。それはそうと、今日の朝ごはんとても美味しいよ」


 話題をそらすために朝食のことを褒めると、灯は恥ずかしくなったようで首を小さく縦に振り、静かに箸を進めていた。



 朝食を食べ終わり、後片づけが済んだ清は学校に行く準備をしていた。

 灯はというと、先に制服へと着替えて家を出ている。その際に、『遅刻は絶対にしちゃいけませんよ』と言われたことに清は恥ずかしさがあった。

 変に火照った頭を冷やしながらも、準備が終わった清は家を出て学校へと向かう。


 学校の昇降口に着くと、ちょうど同じ時間帯に登校してきたらしい常和と出会った。


「お、清、おはよ!」

「おはよう。無駄に朝から元気だな」

「無駄とはなんだ、無駄とは」


 無駄に、と言ったのが気に食わなかったらしい常和に清は愛想笑いをしつつ、教室へと一緒に向かった。


 廊下を歩いている時、灯と話した噂が耳に入ったので、学校中に浸透しているのだろう。

 隣でその噂に耳を傾けていたらしい常和は、何故か表情をニヤつかせている。

 教室についてから席で黙々と準備をしていれば、常和が近寄ってきていた。


「清もあの噂が事実なのか気になるのか?」


 常和が小さめな声で話しかけてきているのは、不確定要素である噂を今更だと思うが、さらに広げすぎないための考慮だろう。

 清も噂のことは気になるところだが、それよりも心配ごとの方が勝ってしまうため気が気ではなかった。

 心配した気持ちを形として出さないよう、冷静な目で常和の方を見た。


「気にはなるが噂だ。真実にならない限り興味ないな」

「清。……人はそれをフラグって言うんだよ」


 常和に正論を言われて、清は図星気味にぐぬぬといった声を出しそうになった。

 この後にチャイムが鳴れば、すぐに担任がやってきてホームルームが始まった。そして、朝の連絡事項で告げられた情報に、清はとても悩むこととなる。



 お昼休憩になり、清は常和と一緒に食堂へと来ていた。

 お互いに頼んだ料理を受け取ってから、空いている席へと腰を掛けた。


「噂が現実になったな。二人で一組らしいけど、清はどうすんだよ?」


 常和が心配そうに聞いてきたのは、清が常和以外と友達付き合いをしていないからだろう。


「どうするもなにも、決めないといけないのかな……」

「決めない選択肢を得れるのは、俺の彼女と同じクラスにいる星名さんくらいだろ」


 常和が唐突に灯の名前を出したのは、常和の彼女が好奇心旺盛すぎるために、灯のことをよく話しているのを聞くからだろう。また、同じクラスなのを良いことに、灯を好き勝手にしているらしい。

 清は、常和の彼女とは何度か関わったことはある。だが、正直なところ清が苦手としている性格だ。


「弱きものには選択権すら与えられないのか」

「要注意危険人物で、単体魔法だけなら最上位のおまえが言ってもピンとこないんだが?」


 食べている最中に足で小突いてきた常和にイラっとしながらも、清は考え事をした。


(灯にダメもとで組めないか頼んでみるのも手なのかな……)


 ふと常和に視線を向けるとこちらを見てニヤニヤしていたのだが、清は無視をして箸を進めた。



 放課後になり、特に予定もなかった清は一直線に帰路を辿って家へと戻っている。


(あっ……帰ってきていたのか)


 家に着きドアのカギを開けると、先に帰宅していたらしい灯の靴が見えた。


「ただいま」

「黒井さん、おかえりなさい」


 キッチンの方で灯は何かしていたらしく、ひょっこりと顔をのぞかせて返事を返してきた。


「……もしかして、何か作業の邪魔をしたか」

「いえ、そんなことはないですよ。夜ご飯の準備をしていただけですので」


 邪魔をしてしまったらどうしよう、と思っていた清はそっと胸を撫でおろす。

 それから部屋に戻って着替えを済ませた清は、灯がいる一階のキッチンへと向かった。


「今日もご飯を作ってくれてありがとうな」


 灯に一言感謝を述べつつ、清は椅子に腰を掛ける。

 灯もちょうど準備が終わったのか、ふわりと椅子に腰をかけた。


「学校でのペア決めの話、黒井さんはどうする気なのですか?」


 先に話題として出そうとしたのだが、灯から聞かれたことで清は少し気が楽になった。

 灯にペアの事を持ち出すのはまだ気恥ずかしいため、少し悩んだそぶりをしておく。


「俺は友達付き合い全くないし、常和は彼女と組む気みたいだからどうしようかなと」

「ああ、あの人ですか。彼氏さんも大変そうですね」


 灯が若干呆れた表情をしているため、好き勝手されているのだと心中お察しした。


「それはそうと、私も今回限りは見逃してもらえないみたいで」

「え、そうなのか? てっきり、星名さんは組まなくてもいいのかと――」

「でしょうね。周りからそのようにみられているのは十分承知の上ですから」


 こちらの話を遮ってまで答えた灯は、どこか寂しそうに見えた。

 透き通るような水色の瞳に隠された本音を、他人である自分が無理に聞き出すわけにもいかないだろう。ましてや、お互いに住みやすい条件としても深入りは避けている。


「あのさ、もしよければなんだが」

「は、はい、なんでしょうか」


 何故か灯は動揺していたようで、焦り気味に返事をしてきた。

 灯のその様子に清は驚きかけたが、深呼吸をして冷静を欠かないようにする。

 じっと見てくる灯は、全てを受け入れてしまうのではないかと思えるほど、気を抜けば引き込まれるくらい透き通った水色の瞳をしていた。


「単刀直入に言う、俺とペアになってほしい」

「え、でも……」

「勝手なことは承知だけど、星名さんが抱えきれない不安や悲しみを俺に背負わせてくれ」


 灯の言葉を遮ってでも、清は今ある思いを偽りなく伝えた。

 誰かの支えになりたいわけじゃない、共に歩んでいける仲間を恋しく思ったうえでの発言だ。


 目の前の水色の瞳から映って見えるのは、反射して輝いている清の姿である。

 灯はきょとんと固まっていたが、瞳をぱちくりとさせ、軽く息を吸っていた。


「今は考えさせてください。夜ご飯を食べ終わるまでには決めますので」


 嫌われたわけではないと安心した清を横目に、灯は話を続けた。


「あなたのおっしゃる事はとても嬉しいですし、無下にするような真似はしません」


 答えが出ているようなものだが、言葉に出さず、そっと微笑んで灯を見ておく。

 灯は清の表情を見て恥ずかしくなったのか、顔を隠すそぶりをして席を立ち、食事の支度を進めていた。

 言葉を交わさないこの時間は、お互いの距離が近くて遠いような不思議な感覚だ。


「ごちそうさま。とても美味しかった」

「あ、ありがとうございます」


 特に言葉を交わすこともなく終えた食事は、何故か寂しいように感じてしまう。それでも、灯と一緒に食事をする時間は、何事にも代えがたい、大切な記憶のカケラだと清は思っている。


 しばらくして、ゆっくりと紅茶を差し出してきた灯は、どこか決意が固まったような表情をしていた。

 灯に感謝をし、清は差し出された紅茶に口を付けた。とても甘くて、苦いような切なさを感じるひと時だ。

 この空間に香る紅茶の香りは、語ることのないような落ち着きを与えてきている。


「……ペアのことなのですが」


 と灯は切り出し、ゆっくりと話し始めた。


「結論から言いますとペアになりたいです」


 灯からペアの承認をされたのは、とても嬉しくて言葉に出したい。しかし、灯がまだ何か話を続ける様子をしていたので、清は首を縦に小さく振るだけにした。


「それと訂正させてほしいことがあります。あなただけが背負うのは駄目です」

「……それはなんでだ?」

「ペアなのですから、お互いに支えあっていきたいというか……」


 消えていくような声で言った灯はどこか恥ずかしそうに見える。

 ふと考えると、理解できたことを聞いてしまった自身の落ち度に、清は心の中で悔いた。


「ま、これからはペアとしてもよろしくな」

「はい、よろしくお願いします」


 普段は見ないであろう灯の笑顔は、可愛い笑顔に弱い清の心拍数を上げていく。

 熱くなった心境を灯にバレたくない清は、どうにか誤魔化すことを考えた。


「ごめん。少し外に行ってくる」

「え、黒井さん……」


 清は灯の言葉を聞かず庭へと出た。

 空を見上げると、星々がきれいに輝いていた。小さな光の粒が祝福しているかのように。


(勢いとはいえ、告白まがいな行為だった)


 そんなことを思っていると、後ろからドアの開く音がした。


「この時期にそんな格好で外に出ていったら風邪ひいちゃいますよ」


 そう言いながら灯は近くに駆け寄ってきて、ブランケットを肩にかけてきた。

灯の優しい気遣いを、清は静かに受け取った。


「……俺は星名さんの近くに立っていていいのかな」


 小さくこぼした言葉を、灯の耳は拾っていたらしい。

 ふと気づけば、灯はこちらを真剣に見てきている。


「なら、私の近くに立っていても恥ずかしくないように勉強しません?」

「そうだな。明日は土日で休みだし、俺の勉強に付き合ってくれないか」


 灯が微笑むように「端からそのつもりです」と言ったことに感謝しかなかった。


「そろそろ家に戻るか」


 灯は小さくうなずいて、そばに近寄ってきた。

 灯を先に家に上がらせてから、入る直前に清は聞こえないほど小さく呟く。


「君と過ごすことになってよかった」


 静かに閉まるドアは、一日の終わりを告げるのだった。

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[良い点] 足音で感じる誰かの存在、相手より早く起きる気持ち。素敵すぎる。美味しいを素直に言える君は太陽だ!そしてペア申し込み。もうそんなの告白じゃないか!!と思ったら本人も思ってた。なんだろう。脳汁…
[良い点] 二人が空を眺めている情景が見えるようでした。 読んでいるこちらの心まで 温かくなりました [一言] また読みに来ますね、
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